« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »

2005年12月

2005.12.01

四国、よいとこ 165 このごろ、少し元気がないかもしれません。

 二〇〇五年十二月一日。

 そういえば 単身赴任も 半年か
 月一回の
 織姫テキパキ

 青年の 突進のさま 見ているよ
 心は仲間だ
 「すごいぞ、君ら」

 病から 抜け出せそうな 友のこと
 ゆったりいこうか
 還暦世代

 「個食(こしょく)」って やな言葉だね
 「すき焼きで 一杯飲むか」
 弟、誘う

 いっぱいに 食べ散らかすよに 手を広げ
 自分をせめてく
 日々のありかた

 ハングルの 表音文字に 四苦八苦
 たぶん、この音
 古代は同じ

 来年は 五十九歳か いい年だ
 金髪頭を
 鏡に映す

 世の未来 語る夫婦が 育てた子
 どう働くか
 じっくり見てるよ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.04

四国、よいとこ 166 ちょっと遅い冬支度

 二〇〇五年十二月四日。

 とにかく冷やくなりました。
 ということで、きょうは冬支度。
 ● ストーブ。
 ● 暖かいズボン。
 ● 暖かい上下の下着。
 そして、なぜか、ご飯炊き用の内ぶたのある土鍋。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 167 高知県土佐山田町 川添寿昭(かわぞえ・としあき)さんの短編小説「夢枕(ゆめまくら)」、「風鈴」。 

 二〇〇五年十二月四日。

 高知県土佐山田町の川添寿昭(かわぞえ・としあき)さんの短編小説二編を読ませていただきました。
 一つは、「夢枕(ゆめまくら)」(高知新聞、一九九七年十月三十一日付)。
 一九四三年九月八日、イタリアが無条件降伏し、休戦協定を締結しました。
 そのころの高知県香長平野が舞台です。
 主人公は、海軍予科練習生の試験に合格するのを夢見る中学校二年生の耕一です。
 もう一つは、「風鈴」(高知新聞、一九九七年十二月十八日付)。
 日本の敗戦の日、一九四五年八月十五日。同じ場所が舞台です。
 主人公は、中学校四年生の健太です。
 二つの作品を読んでみて短編小説は、ここまでやれるのかと思いました。
 僕も、いつか短編小説を書いてみたい!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 168 高知市 わが家のガスが使えなくなりました、なぜ。

 二〇〇五年十二月四日。

 朝。
 風呂がわかないので水でシャワー。
 夜。
 ご飯をたこうと思ったのにコンロが点火しない。
 ガスがとまっています。

 なぜなの。
 料金はきちんと払っています。

 明日も早朝からの仕事なので対策が取れません。
 うーん。

 追記

 五日朝、業者と連絡がとれました。
 「なんらかのことで安全装置が作動したのでしよう」
 と、いとうことで復旧の仕方を教えてくれました。
 操作をしてガスが復旧。
 やれやれ……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 169 高知市 単身赴任で発見したこと

 二〇〇五年十二月四日。

 かたわれが いない暮らしの ちぐはぐさ
 単身赴任で
 気づいた一つ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.05

四国、よいとこ 170 高知市 雪のため高速バスも列車も動きません…。

 二〇〇五年十二月五日。

 早朝、高知市も雪がちらついたようです。
 午前七時に高知駅のバスターミナルへ。仕事で愛媛県に向かいます。

 しかし、午前七時半、松山駅いきの高速バスが運休。
 高速道が雪でとおれないそうです。

 列車にと思って駅にいくと、池田駅の近くで雪のために立ち木が線路に倒れて運休。駅員は「経験則でいうと昼までは無理でしょう」。

 午前八時半のバスは出発しそうですが「到着は相当遅れます」。
 これでは到底「約束の時間」に間に合いそうにありません…。

 追記

 また高知の山間部に雪。
 高知自動車道の大豊インター-川之江東ジャンクション間が十二月十二日午後十一時四十分から約十二時間通行止めに。
 そのうえ、迂回路の一般道も交通事故で通行止めに。
 そのために高知市内でも全国紙のいくつかが早朝配達できませんでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 171 高知市 クジラ肉のアク取り、どうするんだっけ…。 

 クジラ肉 ぐつぐつ煮ながら
 亡き母の
 ふしくれだった 手を思い出す

 二〇〇五年十二月五日。

 仕事の帰りに近くのスーパーマーケットに寄ったらクジラの肉がありました。
 早速、買いこんできてニラと炊きました。
 うーん、うまい。
 
 小さい時、高知県伊野町の、わが家の「すき焼き」の肉は、これでした。
 そうだ。アクを取るべきだった。
 どうやるのかな。
 ゆがいてからアクを取って、それからほかの物と煮るんだっけ…。
 しばらくつくらなかったので、すっかり忘れています。
 
 ところで、きょうは、まっこと冷やいねー。
 と、思いながらテレビを見ていたら愛媛県の肱川(ひじかわ)河口近くに住む人も「冷やい」といっていました。
 愛媛でも、こういうんですねー。全域ではないかもしれませんが…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 172 ハングルの「さよなら」の位置関係。

 二〇〇五年十二月五日。

 この間の木曜日に習った韓国語の復讐をしています。

 「さよなら」をいうときには、両者の位置関係によって二つのいいかたがあります。

 アン ニョン ヒ  カ セ ヨ

 去る人に向かっていいます。
 共にわかれるときも、これです。

 アン ニョン ヒ  ケ セ ヨ

 その場に残る人に向かっていいます。

 うん、複雑で面白い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.06

四国、よいとこ 173 高知市 高知センター合唱団第三十六回定期演奏会を聞いたよ。

 二〇〇五年十二月六日。

 夜、高知市の高知県民文化ホール・オレンジホールで開かれた高知センター合唱団第三十六回定期演奏会にいきました。
 聞く人を楽しませ、感動させてくれる、いいステージでした。

 ハングルの「アリラン」を聞けたのがラッキー。キム・ヨンハンさん(高知市の平和資料館・草の家事務局長)の歌でした。
 僕も、この歌をハングルで歌えるようになりたいと思っています。

 この合唱団、四十一年目だということです。
 二十歳前後に何カ月か入っていたことがあります。
 あのまま続けていれば、きょうの出演者のように合唱ができ、踊れ、太鼓を打てたのかもしれません…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 174 感動!!! うたごえの青春の歌の数々

 二〇〇五年十二月六日。

 高知センター合唱団第三十六回定期演奏会の続きです。

 会場でCD「うたごえ名曲選① 青春の歌」(制作・発売 音楽センター)を買いました。
 十七曲入です。
 独居の部屋で、かけて、一緒に歌っています。

 「星よお前は」。
 「♪星よ おまえは知ってるね…」。
 「あの」荒木栄さんのつくった歌です。
 「世の中を国民本位の方向に変革する意気込みとロマンチシズムを統一した」彼の作品の数々は、高知市の高知大学に入学して以来の僕の生き方を決めてくれたものです。
 
 「どこまでも幸せを求めて」。
 「♪夕べ二人で歩いたことが 私の心を開いてくれた…」
 うーん。いいですねー。

 「ドンドン」。
 「♪赤いトンボを知っているかい ぼくがおまえの年ごろは…」
 「なかにしえいじ」さんのつくった歌です。
 ギター、ハーモニカで歌う彼の演奏を何度か聞いたことがあります。

 「青春」。
 「うどん屋娘」。
 「私の愛した街」。
 横井久美子さんが歌っています。
 「のび」のある、すごくいい声です。
 彼女の東京都国立市のコンサートを聞きにいきました。

 「ふるさと」。
 「ふるさと ふるさと…」。
 なんて素晴らしい歌だろうと思います。
 そういえば、今年だったと思いますが、東京都小金井市の劇団で、この歌を作曲した岡田京子さんを見ました。何だか、すごく感激しました。

 青春の歌の作詞をしたいものです。いつか…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 175 高知市 妻へのラブコール。

 二〇〇五年十二月六日。

 「会いたいよ。今月二回、やってきな」
 独居老人
 妻への電話

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.08

四国、よいとこ 176 高知県梼原町(ゆすはらちょう) 氷ついた山の美しさ。

20051207_2_085

 二〇〇五年十二月八日。

 午前十一時、徳島県から高知市に帰ってきました。
 午前十一時半からオートバイで県下の梼原町(ゆすはらちょう)へ。
 梼原町に入ると、うわー、雪が降ってきました。
 道路は氷ついています。
 午後二時半着。
 一時間半仕事をして、また高知市へ。
 途中、梼原町内で氷ついた山をみました。美しい情景で、しばらく見入りました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 177 高知市 馴田(なれた)正満さんの「朝鮮人連行と高知県」。

 「すごいねー。なれちゃん」

 二〇〇五年十二月七日付の高知新聞の「所感 雑感」に、高知大学文理学部文学科の歴史学専攻で一学年下だった馴田(なれた)正満さんの文章が載っていました。
 タイトルは「朝鮮人連行と高知県」。

 何回も読みました。
 「うーん。彼は勉強しているなー」
 えらい人です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.10

四国、よいとこ 178  軍国歌謡「梅と兵隊」の評価

 高知新聞の二〇〇五年十二月一日付夕刊に「情愛漂う『海と兵隊』」という見出しが躍っていました。
 軍国歌謡「梅と兵隊」のことです。

 作詞・南條歌美(うたみ)、作曲・倉若 晴生、歌・田端義夫。
 一九四一年一月にポリドールが出しました。

 歌詞を読んでみました。

 一、春まだ浅き戦線の
   古城にかおる梅の花
   せめて一輪母上に
   便りに秘めて送ろじゃないか

 二、覚悟を決めた吾が身でも
   梅が香むせぶ春の夜は
   戦(いくさ)忘れてひとときを
   語れば戦友(とも)よ愉快じゃないか

 三、明日出てゆく前線で
   何(いず)れが華と散ろうとて
   武士の誉じゃ白梅を
   戦闘帽(ぼうし)にさして行こうじゃないか

 手練手管はありますが、結局、中国侵略戦争に駆り出された兵隊を「明日出てゆく前線で 何(いず)れが華と散ろうとて 武士の誉じゃ…」と、なだめ込み、戦死に追い込む歌だったのではないでしようか。
 軍国歌謡、軍歌にも、その侵略戦争への動員という目的を貫きながらも、一律でなく、いろんな迫り方がありました。
 こういうものに、何かよい点を見つけ出そうとする傾向はいかがなものか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.11

四国、よいとこ 179 やっと年賀状に頭がいきました。

 二〇〇五年十二月十一日。

 休みたいなと思いつつ、やはり職場にいってしまいました。
 やることがいっぱいです。

 夜十時半にやっと帰ってきて、遅い晩御飯を食べています。
 おいしい。
 ホンと、僕って素材の味を生かす料理が上手…。

 本日の成果は年賀状の構想が決まったことです。
 年一回のものですから、楽しく書きたいと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.12

四国、よいとこ 180 「締めつけられるような『寂しさ』が…」

 二〇〇五年十二月十二日。

 仕事は休みにしました。
 少し疲れたせいかフットワークが悪くなったのです。

 悪いことに、この日の高知新聞の朝刊に、こんな記事が出ていました。
 「晩秋のある日、おじさんは道を歩いていて、急に締めつけられるような『寂しさ』に襲われた。頭を抱えてへたりこみそうになるほどの『寂しさ』だった。体が悪いわけではない。友だちも多いし家庭もある。貧乏だが行き詰ってはいない。
 それでいて、『ああ』と思わず声を上げてしまう寂しさが襲ってくるのはどうしたことか。…」(「おじさん図鑑」、飛鳥圭介)。
 わかりすぎる!!!
 ●さん、若い君にはわかんねーだろう。
 いいね。

 で、かなりめげました。

 しかし、朝から、休みでなければやれないパソコンでの作業に突っ込みました。
 うーん、つかれた。

 夕方、食材を買いに近くの商店街に。
 帰りにカランコエの鉢を買いました。
 小さな赤い花をたくさん咲かせてくれています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.13

四国、よいとこ 181 高知市 浦戸地区のタヌキたちの悲劇。

 二〇〇五年十二月十三日。

 高知市浦戸地区で、九月末から十月にかけてタヌキの死がいが、たくさん(十二匹以上)見つかりました。
 何がおこっているのでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 182 わがスリム化作戦は…

 二〇〇五年十二月十三日夜。

 次々と 焼いてる、食べてる 十八個
 ギョーザは、うまい
 やせるわけない

 今晩も、わがスリム化作戦はついえました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.15

四国、よいとこ 183 高知市 桂浜で「あかつきの大合唱」をやったころのこと…

20051214__044

 二〇〇五年十二月十四日。

 朝から仕事で、高知市の浦戸、桂浜方面へオートバイで走りました。
 走っていて、ふいに「あのころ」を思い出しました。

 高知大学の学生だったころです。
 除夜の鐘を合図に、仲間たちと市内の中心部から桂浜に向けて歩き始めました。
 桂浜に着いたら、たくさんの人が集まっていました。
 初日の出とともに、合唱です。
 「あかつきの大合唱」という行事だったと思います。

 ところで、いまのことです。
 県道14号は快調な道路です。
 太陽と太平洋が一体になって、いいシーンをつくっていました。
 すごい、これこそ「高知遺産」だと思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 184 高知市 自転車で通勤したら…

20051215_038

 二〇〇五年十二月十五日。

 いつもはオートバイで通勤していますが、本日は自転車で。

 午前八時、帯屋町にいって韓国語会話の授業。みそ汁をごちそうになりました。
 終わって、そのまま出勤。
 とにかく必死で仕事。
 自転車でコンビ二へいって弁当を買い込みます。
 自転車で銀行にいって支払いなど。
 仕事を終えて帰宅途中。各所に寄り道。
 ● 登山用具の店。防寒の上着を買いました(僕の持っている衣類では最高の値段でした)。そして、赤いグローブも。
 ● 本町あたりにセルフのうどん屋がありました。「やっほー」ということで、ここで夕食。この店は一年以上も前からやっているそうです。気がつかなかった…。
 ● コンビニで買い物。
 ● 以前、妻が住んでいた帯屋町界隈を散歩。
 ● 中央公園でイルミネーションを見物。
 自転車も楽しいですね。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 185 僕は、「ブタ年」だったんだ…。

 二〇〇五年十二月十五日。

 本日、仕入れた知識。

 韓国でも十二支というのがあるそうです。
 でも、一つだけ動物が違うのだそうです。
 「イノシシ」でなくて「ブタ」。
 何だか精かんだったイメージが、ぶよふよという感じになってしまいました。
 僕は、その「ブタ年」です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.18

四国、よいとこ 186 街で会って声をかけてくれる人

 二〇〇五年十二月十六日。

 夜九時前、仕事の帰りにコンビニに入って、出てくると、僕の名前を呼ぶ声あり。
 自転車に乗った楽器をかついだ女性でした。
 仕事で知り合った人で十九歳です。
 七月に高知市にきてから五カ月。やっと街で会って声をかけてくれる人が現れました。

 高知市の街を歩いていて、あちこちから「おー」と声がかかるような「人気者」になりたいと思う、きょうこのごろです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 187 映画「チルソクの夏」を見たよ。

 二〇〇五年十二月十六日。

 家に帰って大橋通りの古本屋で買ってきたDVD、日本映画「チルソクの夏」を見ました。
 結論から先にいうと、すごくよかった。
 以下、この映画を見ながらのメモです。

 日本の下関市の高校の陸上選手の四人の女子。
 韓国では、女同士が手をつないで歩いている。
 戒厳令下。 
 「カルサ ハルミダ」。
 韓国の男子高校生と日本の女子高校生の英語でのラブコール。
 流しのギター弾き。
 七夕 チルソク。
 映画「幸せの黄色いハンカチ」。
 「ラジオの電波は、海を越えられるんですね」
 「愛の力やねえ」
 「これっきり これっきり もう これっきりですか…(山口百恵さんの歌)」
 「いっちゃん。煮物つくったけん。お母さんに」
 「ええけ。ええけ」
 「うん。ボロボロ」
 「あれが、きたんよ。一か月も遅れて」
 「なんか、これは」
 カメラいい。映像がエイゾー。
 「私の伯父さんは、日本兵に殺されたのよ」
 「今年の七夕、アン君にあえますように」
 「体育大学なら、大丈夫ぞ」
 「こいつは、うちの店のカラオケ、ぶち壊したぞ」
 「チルソクの約束を思い出して…」
 「ネー」
 「韓国の受験体制は厳しく…」
 「ばっきゃろーーーッ」
 「目標決めて、クリアするのが楽しいんやろう」
 「うちには、金なんかないぞ」
 「ありがとう。♪およばぬことと あきらめました だけど恋しいある人よ ままになるなら いま一度 一目だけでも会いたいの…」
 「アン君だけが男やないけん」
 「カルメン」
 「なごり雪」を歌うアン君。
 「何をやっているんだ。日本語の歌は禁止だ」
 「やけど、しょうがないやん」
 「君の友だち、勉強不足だね。ハングルが、ひどすぎる」
 「五番ゲートで待ってる」
 「母のおじさんが日本人に殺されたみたい。それで日本人が嫌いみたい」
 「ほんとに、おかしいよ」
 「同じ十七歳なのに…」
 「フサンでも日本のレディオが聞けた」
 「七夕に会えてよかった。来年も、会えるやろうか」
 「今度会うのは四年後。長いね。けど、絶対に会おうね」
 「目を閉じて」
 四人の女子高校生の友情に乾杯。
 「去年より ずっと きれいになった…」
 「アンくんーん」
 「私は結婚し、そして、離婚も経験したよ」
 女性の主人公の演技がいい。
 「懐かしい思い出のために」
 またも「五番ゲート」。
 またもや「なごり雪」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 188 うおおおおおーっ、「連絡船うどん」か。

 二〇〇五年十二月十七日。

 土曜日でも仕事。朝、高知駅を高速バスで出発し、JR高松駅に。
 途中で雪が降り始めました。
 高松駅の構内に「連絡船うどん」というのがあるのを「発見」(駅の外からも入れます)。
 「おーっっっ」という感じで入って「きつねうどん!!」。
 うまい。
 あの、「いまはなき」宇高連絡船(高松市、岡山市間)のデッキでやっていた店だということです。
 栄光のうどん屋です。

 初めてあのうどんを食べたのは、一九六五年夏、高知大学一年生のころだったと思います。
 京都市の学生で学生の集会があって、先輩たちと参加しました。
 そのとき、ここのうどんを食べて「うまーい」。
 その後、名古屋市での学生の集会、東京での学生の集会などに参加するたびに、ここのうどんのお世話になりました。
 東京に出て、高知市出身の後輩と結婚し、「里帰り」や仕事で高知に帰るたびにお世話になりました。
 連絡船好きでした。
 デッキのうどん好きでした。

 それがいつの間にか消えていきました。


宇高連絡船のうどん その後

 二〇〇五年十二月二十日。

 宇高連絡船のうどんについてフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』が面白いことを書いていました。
 以下、引用。

 宇高連絡船(うこうれんらくせん)とは、岡山県玉野市にある宇野線宇野駅~香川県高松市にある予讃線・高徳線高松駅間を航行し、 日本国有鉄道(国鉄)・四国旅客鉄道(JR四国)が運営していた鉄道連絡船。
 ホバークラフトによる「急行」も運航されていた。
 1988年(昭和63年)4月10日、本四備讃線(瀬戸大橋線)が開業したことから、前日限りで普通便とホバー便の運行は廃止され、宇野周辺の利用者のために残された高速艇の運航も1990年(平成2年)3月に休止、翌年廃止となり、国鉄・JR四国の運営した「宇高連絡船」は消滅した。
 なお、平行して運行していた他の会社(四国フェリー・宇高国道フェリー)の宇高航路は、瀬戸大橋の道路の通行料が高いことなどから今でもトラックドライバーなどから愛用され、存続している。」

 宇高連絡船の思い出としてよく語られるのは、連絡船デッキで販売されていた讃岐うどん。宇野から高松へ向かう船の中で食べるうどんは、茹でてから数時間経っているため、味は最高のものではなかったが、故郷へ帰る香川県民はもとより四国島民にとって、ふるさとへ帰ってきたと実感させる特別な食べ物であったようだ。船上ではないものの、高松駅構内で「連絡船うどん」の名で現存しているが、あくまで当時の味を「再現」しただけのものであり、麺はJR四国グループの製麺/うどん店「めりけんや」が作ったもの。当時と同じ製麺所から仕入れている麺ではない(連絡船に麺を納入していた製麺所は現在も営業を続けている)。このため、「ホンモノではない」という声も多い。

 ホンモノが食べることができるのは、どの店?
 僕のイメージは、甘辛いあぶらげ、スマキのスライスしたのが二つ、ネギのみじん切りが入ったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 189 高松市 また、高速バスがダウン。

 二〇〇五年十二月十七日。

 高松市での仕事が終わりました。
 牧師さんに車で「高松ゆめタウン(?)」のバス停まで送っていただきました。感謝。
 午後三時着。あと二十分で高知いきのバスがきます。
 しかし、雪で高速道路高知県大豊、愛媛県川之江間が通行止め。
 「終日駄目でしょうね」
 JR高松駅にまわりこんでJRで高知市に帰ってきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 190 「友からの 酒温めて 飲んでいる…」

 二〇〇五年十二月十七日。

 夜、高知市の家に帰り着いたら、東京都の同年配の男性の友人から「カメ入りの一升の酒」が届いていました。新潟県加茂市のものです。
 早速、温めていただいています。

 友からの
 酒温めて 飲んでいる
 師走の夜の 寂しい一夜(ひとや)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 191 「野ブタ。…」と夫との関係。

 二〇〇五年十二月十七日。

 夜、東京都の妻に電話するも、お目当てのテレビ番組を見ているせいで相手されません。
 「野ブタ。をプロジュース」という番組だそうです。最終回。

 二回目に電話したら「もうちょい」とのこと。

 夫よりテレビ番組が「上位」にあるのですね。とほほ…。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.19

四国、よいとこ 192 「♪世界の国にさきがけて 戦争棄てた憲法の…」

 二〇〇五年十二月十七日。

 ある人が東京都渋谷区の千駄谷小学校の校歌(作詞・藤村作さん)の三番を教えてくれました。

 世界の国にさきがけて
 戦争棄てた憲法の
 こころ忘れず取り持って
 平和日本の民となる
 これが我等の将来だ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 193 高知市に九センチの積雪

20051218_078

 二〇〇五年十二月十八日。

 朝七時に起きたら、外は雪がつもっていました。

 高知市に、前夜九時二十分から、本日朝六時四十分まで雪が降りました。
 この冬初めての積雪。九センチも積もっていました。

 自転車で出勤しましたが、すべりそうでおして歩くことに…。

 この日午後、高知城の追手門の近くには夏のよさこい鳴子踊りのかっこうをした若い女性五人が勢ぞろい。県の観光コマーシャルの撮影でした。
 撮影が終わるとオーバーコートを着込んだ彼女たち。「ひやい!(寒い!)」と声をあげていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 194 愛媛県松山市 白鳥のいる堀

20051219_1_005

 二〇〇五年十二月十九日。

 高知駅、朝七時半発の高速バスで松山市へ。
 まずは県庁で仕事なのですが予定の時刻までだいぶ時間があります。
 で、県庁の近所の堀之内公園を散歩。
 堀に白鳥が四羽いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.20

四国、よいとこ 195 「二つもの携帯電話のアラームを…」

 二〇〇五年十二月二十日。

 二つもの 携帯電話の アラームを
 「オフ」にしている
 休日前夜

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 196 一九六三年の歌っている吉永小百合さんの映像

 二〇〇五年十二月二十日。

 夜、NHK総合テレビで一九六三年の歌っている吉永小百合さんの映像を見ました。
 白黒でした。
 年上の人ですが、なんと愛らしい!!

 ずいぶん後のことですが、映画「皇帝のいない八月」(封切・一九七八年九月二十三日)の撮影中に、彼女と話をすることができました。
 やっぱり、どきどきしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.21

四国、よいとこ 197  高知県四万十市の「濃縮しじみ汁」

 二〇〇五年十二月二十一日。

 休み。
 ゆっくり寝て午前十時に起床。
 洗濯。風呂。食事の用意。
 ご飯は炊いたのですが、おかずは…。
 食材があまりないので前夜にダイコンを水炊きしてあったものに「濃縮しじみ汁」を入れて炊きました。
 これが成功。あっさりしておいしいのです。
 この「濃縮しじみ汁」は三百ミリリットルで「約四十杯分」。高知県四万十市のものです。
 はかにもたくさんあるのかもしりませんが、僕は初めてお目にかかりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 198 元高知西武百貨店の行方

20051221_028

 二〇〇五年十二月二十一日。

 この日午前の、高知市南はりまや町一丁目の元高知西武百貨店の姿をまじまじと見ました。
 一九五八年からここで営業してきた高知西武百貨店(前身は土電会館)が二〇〇二年十二月二十五日で閉店し、四十四年九カ月の歴史に幕を閉じました。
 それ以降、元高知西武百貨店は、三年間「野ざらし」になっていました。
 それがとりこわされて新しいビルができるというのです。
 土電会館時代に、ここの映画館で洋画を見たことを覚えています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 199 白菜と日清戦争日露戦争。

二〇〇五年十二月二十一日。

 夜のNHK総合テレビの「ためしてガッテン」で、ハクサイのことをやっています。

 ホームページを探索してみると、

 ● 英語では、Chinese cabbage(中国のキャベツ)。アブラナ科アブラナ属です。

 ● 約二千年前、ヨーロッパの麦畑でアブラナ科の雑草と混じって生えていたナタネの種が麦などについて、地中海域、中央アジアを旅して中国へ。この種から、カブや漬け菜など多くの葉類が分化。そして、七世紀ころ、華北のカブと華南、華中のツケナが交雑し、十一世紀ころ結球ハクサイの原型が生まれたした。

 ● 日本に初めて入ってきたのはのは一八七五年(明治八年)です。このときの栽培はあまりうまくいきませんでした。

 ● 日清戦争(一八九四年-九五年)、日露戦争(一九〇四年-〇五年)に従軍した日本の農村出身者の兵士が中国でハクサイを初めて食べ、その大きさや味に感心し、種子を持ち帰って各地で栽培して普及しました。

 種々の記録を見ても天皇の侵略軍の食料調達は「現地調達」、つまり略奪が基本ですので、ルーツは略奪だったのだと思います。
 悲しい歴史です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.22

四国、よいとこ 200 高知市 また、十二月の積雪。

 二〇〇五年十二月二十二日。

 「久しぶり あなたの夢見た 大丈夫?」
 電話の妻の
 優しい口調

 昨夜のことです。
 
 ところで昨夜から寒いですね。
 氷に家を包囲されている感じです。
 こたつとストーブがありますが、それでは足りません。

 と、思っていたら、本日午前六時に起きたら、外は五センチほどの積雪。
 ぶるるる。
 新聞を読んだ後、風呂に入り、下着を三枚着込み、温かいご飯とシジミの味噌汁で食事をし、さぁ、出発。
 勉強会に出かけ、そのまま出勤です。
 本日は危ないので「徒歩」。

 追伸
 勉強会は降雪のため主催者の乗るべきバスが動かず中止になりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 201 高知市 「アメリカの友のファクス着いた朝…」

 二〇〇五年十二月二十二日。

 アメリカの 友のファクス 着いた朝
 いよいよ世界も
 狭くなったか

 たぶん十年くらいは会っていない友人です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 202 高知市 テレビ高知のドラマ「ブラザービート」最終回。

 二〇〇五年十二月二十二日。

 夜、テレビ高知のドラマ「ブラザービート」の最終回を見ました。
 これまで、何回か、ちらちら見ていましたが、兄弟げんかが「素敵」でした。
 
 最終回の「兄貴」と婚約者の「ちさとさん」のバトルも最高。
 頑固で自分勝手な「兄貴」にパンチを。

 「兄貴」と、「ちさとさん」の結婚式まで波乱、波乱。
 リアルでハラハラのドラマでした。
 「とついでも、私はお父さんの娘だから」
 こんなこと、いってもらいたかった。
 
 いつか、このドラマのDVDを買って、ゆっくり全部見たいと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.25

四国、よいとこ 203 高知市 ハクサイ、ダイコン、ジャガイモ。

 二〇〇五年十二月二十四日。

 夜中に帰り着いたら、玄関先にハクサイ、ダイコン、ジャガイモが置いてありました。
 いの町の弟がきていたのです。
 早速、ジャガイモをゆでています。

 きょう、新しい友だちができました。
 ハンサムな男性で、娘(二十二歳)の成長ぶりを語る口調が素敵でした。

 といっているうちにジャガイモが炊き上がりました。
 醤油をつけて食べています。
 「うまーーーーい」
 「単品」で、その味をじっくり味わいつくすというもいいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.27

四国、よいとこ 204 高松市 冬の栗林公園。

 二〇〇五年十二月二十七日。

 仕事で高知駅午前九時発の高速バスで高松市へ。

 昼休みに栗林公園へ。
 やっぱり花はありませんでした。
 しかし、いいシーンが撮れました。
 なんか詩のある景色です。

 夜八時前に帰宅。
 東京の妻がきていました。
 体調が悪いといってさっさと寝てしまいました。

7_116

7_133

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005.12.31

四国、よいとこ 205 松山市 JR松山駅前の、もちつき大会。

8_001

 二〇〇五年十二月二十八日。

 午前七時半、高知駅前発、松山いきの高速バスに乗車。
 松山での仕事を終えてJR松山駅に出たら、駅前で、もちつきをやっていました。JR松山駅などの主催です。
 イギリス人の若い女性が通りかかって「私にもつかせて」。
 三週間の予定で日本にきているとか。
 つきかたもさまになっていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 206 「やけぼっくりにひがつく」なのか「やけぼっくいにひがつく」なのか。

 二〇〇五年十二月二十八日。

 この日夜、「やけぼっくりにひがつく」なのか「やけぼっくいにひがつく」なのかというのが話題になりました。
 『例解 慣用句辞典』(井上宗雄監修、創拓社出版)を見ると「やけぼっくいにひがつく」でした。
 「焼け木杭(ぼっくい)に火が付く」。「かつて関係のあったものは容易にもとの関係に戻りやすいということ。…燃えさしの切り株は火がつきやすいことから。…」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 207 高知市 英夫先生の墓参り。

 二〇〇五年十二月三十一日。
 午前十一時から僕たち夫婦とM君夫婦と四人で高知市内のお墓に。
 僕とM君の高校一年生の時の数学の教師・英夫さんの墓参りです。
 二年生、三年生の時も、週に一、二回、何人かで先生の自宅に通い無料で数学を教えてもらいました。
 その後も、ずーっとお世話になりました。
 一九八六年十月二十八日没。六十七歳でした。 
 いまでは奥さんも、一人息子も同じ墓に入っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 208 高知市 「うまじろう」という名のナシ。

31_014

 二〇〇五年十二月三十一日。

 この日は、僕たち夫婦とM君夫婦と四人で高知市内をうろうろ。
 回転ずしをたっぷり食べ、喫茶店に入りという感じで午後四時までおしゃべりしました。
 M君夫婦が別れがけにくれたのが、このナシ。「うまじろう」というのだそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年11月 | トップページ | 2006年1月 »