« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »

2006年4月

2006.04.01

四国、よいとこ 414 高知県、愛媛県 予土線(よどせん。しまんとグリーンライン)の旅 その一 新聞たちの座席。

20060401_005


 二〇〇六年三月三十一日。

 午前六時過ぎ。
 高知県四万十町のJR窪川駅の予土線(よどせん。しまんとグリーンライン)宇和島いき(愛媛県の宇和島です)のワンマン。四番線の一両の列車に乗っています。
 六時二十八分の始発です。
 特徴はトイレがないこと。これは困りますねー。
 この旅、れっきとした仕事です。

 宇和島いきは、始発をふくめ七便。
 最終は夜七時五十六分です。
 
 えーつと思ったのは、右側の一番前のシートにビニールに入った各新聞の朝刊の束が「座っていた」ことです。
 僕が十八歳の時から購読している新聞の束もいくつかありました。

 これから各戸に配達されるのでしょう。
 新聞たちがいとおしくなりました。

 若井(わかい)駅。
 家地川(いえじがわ)駅。
 土佐大正駅。男性が乗り込んできて、新聞の束をいくつか持っていくした。
 土佐昭和駅。青年が乗り込んできて、新聞の束をいくつか持っていきました。
 十川(とうかわ)駅。二十代前半らしいセンスのいい女性が降りていきました。
 半家(はげ)駅。
 江川崎駅。男性二人が乗り込んできて残った新聞の束をぜんぶ持っていきました。

 新聞の 束の席あり 予土(よど)線の
 始発列車は
 山間をぬう

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 415 高知県、愛媛県 予土線(よどせん。しまんとグリーンライン)の旅 その二 四万十川と桜。

 二〇〇六年三月三十一日。

 車内では女性のおとしよりの会話がはずんでいます。
 「けさ、ひやいけん」
 「ああ、桜がきれいなぞ」
 などの声が聞こえてきます。

 「カタン、コト カカカカカカカッ」
 四万十と 桜を見せて
 予土線(よどせん)はいく

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 416 高知県、愛媛県 予土線(よどせん。しまんとグリーンライン)の旅 その三 トロッコ列車。

 二〇〇六年三月三十一日。

 帰りもガタゴト。もとの窪川へ。
 ワンマン、一両の列車の後ろにトロッコ列車がつながれています。
 「指定席券」、三百十円を買えば十川駅、土佐大正駅間は、トロッコ列車に移動できます。
 約二十七分だそうです。

 もちろん「指定券」を買いました。

20060401_078_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 417 高知県四万十市 安並地域の水車。

20060401_127


 二〇〇六年四月一日。

 仕事でオートバイを飛ばして高知市から四万十市へ。
 走っていると安並地域の水車にぶっかかりました。
 大小、いろんな形の水車が十二もありました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.02

四国、よいとこ 418 高知県四万十市 「ケロゴ、ケロゴの大合唱」。

20060402_1_004


 二〇〇六年四月二日。

 本日も高知県四万十市です。
 雨の中、オートバイでまわっています。
 仕事です。

 雨の中
 ケロゴ、ケロゴの 大合唱
 トラクターたち 田植えの準備

 カエルの声を聞いたのは何年ぶりでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.03

四国、よいとこ 419 高知県宿毛市 朝から開いていた喫茶店、横瀬川の渓谷。

 二〇〇六年四月三日。

 高知県四万十市からオートバイで出発。
 昨日、雨の中を走ったせいでグローブ、靴下、靴はまだべちょべちょです。
 気持ち悪ーい。でも、そのうち乾くでしょう。
 宿毛市に向かいます。

 高規格道路を「平田」で降りたら「うわーっ、まだ午前七時四十五分です」。
 仕事の約束の時間にはまだかなりあります。
 「喫茶店はどこだ」
 右手にいくと、すぐありました。
 午前七時開店。
 すでに開いています。
 こったつくりの店でした。
 こんなふうに花も生けてありました。

20060403_1_004

 しばらくして、地元の男性に案内していただいて横瀬川の渓谷へ。
 道から「伝い下り」して、川の岩から岩へ。
 上ってきて、また道から別のほうに「伝い下り」して岩から岩へ。
 上ってきた時には、もう「はー。はー」いっていました。
 それにしてもこの流れの水はエメラルドグリーンで美しい。
 
 終わって、案内していただいたかたと分かれて一路、四万十市へ。

 何が仕事だって?
 この横瀬川渓谷の「伝い下り」「岩から岩へ」が、昼飯前の仕事でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 420 高知県四万十市 トンボ自然公園での昼休み。

 二〇〇六年四月三日。

 高知県四万十市に帰ってきました。
  「あっち」にいったり、「こっち」にきたり‥‥。
 さて、昼食です。
  「トンボ自然公園の近くに店があったな」
 しかし、いってみると閉まっています。
 「ま、公園で休んでいくか」

 と、いいなかがら、結局、ここでの写真撮影会になってしまいました。
 気がついたら午後一時近く。「わーっ、腹減った!!」

レンゲ咲く 湿地の遊園
 めぐりいて
 一時間ほど 自然児となる

 20060403_3_067

20060403_3_038

20060403_3_025

20060403_3_101

20060403_3_110

20060403_3_119

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 421 高知県四万十市  「少しずつ暖かくなってきましたね」。中村駅の飲み物の自動販売機の声。

 二〇〇六年四月三日。

 午後、高知県四万十市から高知市に帰るぞ。
 中村駅のホームでジュースを買おうと思って自動販売機にコインを入れました。
 そしたら、女性の声で、
 「いらっしゃいませ。少しずつ暖かくなってきましたね」
 飲み物を選ぶと
 「ありがとうございました」
 
 「少しずつ暖かくなってきましたね」には「すっごーい。やるーっ」と思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 422 高知市  「夕方、家に帰ってきたら‥‥」。

 二〇〇六年四月三日。

 夕方、高知県四万十市から高知市の「わが家」に帰ってきました。

 高知市にやってきていた妻、娘、娘の二人の娘は、すでに空の上。東京都に向かっています。
 庭の黄色い花が迎えてくれました。

 おかげで室内は片付いていました。
 風呂場の壁のカビもなくなっていました(娘がやってくれていました)。
 冷蔵庫に豆腐とかつお節が残っていました。
 ご飯を炊いて、これで夕食としましょうか。

 妻から電話がかかってきました。
 娘の夫が車で迎えてくれて、いま羽田空港から高速道路に入り、一路、自宅に向かっているとのことでした。

 孫たちの パンダの人形 残ってて
 さびしくなった
 独り住む部屋

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 423 「心をわしづかみする」文章。

 二〇〇六年四月三日。

 実は、この間から「心をわしづかみする」文章をどうやったら書けるのかと考えています。
 僕の文章にたいして、こんなコメントをいただいたからです。


 まずは、僕の文章。


 四国、よいとこ 414 高知県、愛媛県 予土線(よどせん。しまんとグリーンライン)の旅 その一 新聞たちの座席。


 二〇〇六年三月三十一日。

 午前六時過ぎ。
 高知県四万十町のJR窪川駅の予土線(よどせん。しまんとグリーンライン)宇和島いき(愛媛県の宇和島です)のワンマン。四番線の一両の列車に乗っています。
 六時二十八分の始発です。
 特徴はトイレがないこと。これは困りますねー。
 この旅、れっきとした仕事です。

 宇和島いきは、始発をふくめ七便。
 最終は夜七時五十六分です。
 
 えーつと思ったのは、右側の一番前のシートにビニールに入った各新聞の朝刊の束が「座っていた」ことです。
 僕が十八歳の時から購読している新聞の束もいくつかありました。

 これから各戸に配達されるのでしょう。
 新聞たちがいとおしくなりました。

 若井(わかい)駅。
 家地川(いえじがわ)駅。
 土佐大正駅。男性が乗り込んできて、新聞の束をいくつか持っていくした。
 土佐昭和駅。青年が乗り込んできて、新聞の束をいくつか持っていきました。
 十川(とうかわ)駅。二十代前半らしいセンスのいい女性が降りていきました。
 半家(はげ)駅。
 江川崎駅。男性二人が乗り込んできて残った新聞の束をぜんぶ持っていきました。

 新聞の 束の席あり 予土(よど)線の
 始発列車は
 山間をぬう


 そして、Comments。


 毎朝ポストに届いているのが当たり前のように思っていた新聞にも、作るひと、届けるひとの日々の壮大なドラマがあるんですね。
 宇和島は私のおばあちゃんの故郷。いったいどんな所なんでしょう。私も新聞になって電車に揺られて旅してみたくなりました。


 うわーっ。すごい文章です。
 「心をわしづかみ」にされてしまいました。
 どうしたら、こんな素晴らしい文章を書けるのか。
 この人の生き方の素晴らしさが文章に表れているということだけはわかるのですが‥‥。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.04

四国、よいとこ 424 高知市 路面電車通の「街路花」。

20060404_1_025


 二〇〇六年四月四日。

 高知市の路面電車通の「街路花」が綺麗です。
 いっせいに春が花開いた。
 そんな感じです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 425 高知市 ひさしぶりに自分で夕食。

 二〇〇六年四月四日。

 高知市で仕事をしました。

 夜。「今夜は、つくって食べよう」と、最寄のスーパーマーケットへ。
 ぎりぎりセーフ。
 「今夜はおごって牛肉にするか」

 「国内産牛肉モモ一口うすぎり」。固体識別番号は書いていますが、どこのものかはわかりません。
 とうふ。遺伝子組み換えでない大豆をつかって、高知市でつくったものだとのことです。どこからの大豆かは不明。
 ニラ。四万十農協が出荷したものです。「高知県産」と書いてありますが、どこでとれたのかは不明。
 ニワトリの卵。愛媛県西条市の農場で収穫したものです。
 こうしてみていくと、いろいろと疑り深くなりますね。

 ともあれ。すき焼き的なものができました。
 「うまい」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.05

四国、よいとこ 426 高知市 路面電車通の「街路花」 続き チューリップ。

 二〇〇六年四月五日。

 休み。
 ゆっくり二度寝しました。

 午後から自転車で高知市の中心部を散歩。
 また「街路花」を撮りました。
 いろいろ撮りましたが、きにいったのは、この一枚だけ。

Dsc_6621

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 427 高知市 木下恵介監督の映画のビデオ。

 二〇〇六年四月五日。

 午後、高知市の「ひろめ市場」前の広場で、木下恵介監督の映画のビデオを五つ手に入れました。

 順次見ています。

 ○ 「不死鳥」(一九四七年十二月十一日、松竹大船)。
 召集され、入営後の結婚。外地での戦死。残された妻に生まれた息子。‥‥。
 その子が四歳になりました。

 僕が生まれて九カ月後の発表です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 428 高知市 若手の新聞記者・三国連太郎の叫び。「この事実を無視して、誰も新しい幸福を得(う)ることは許されないのだ」。

二〇〇六年四月五日。

 引き続き、木下恵介監督の映画のビデオのことです。

 ○ 「善魔」(一九五一年二月十七日。松竹大船) 。

 感動しました。

 三香子役の桂木洋子さんが、チャーミングです。
 その恋人の若手の新聞記者・三国連太郎。これが、すばらしい演技です(彼のデビュー作だということです。彼の芸名は、この役柄からとられているということです)。

 三国連太郎が、長年の「愛人」を紙くずのように捨て去り、何年か前の恋人と結婚しようとしている上司に投げつける激しい言葉が美しい。

 「過去は葬れるかもしれないが、現在は葬れない。きょう、ある男に冷たく振り捨てられた女が、いま、東京の街を当てもなくさまよい歩いているのだ。‥‥この事実を無視して、誰も新しい幸福を得(う)ることは許されないのだ」
 問われているのは人としての生き方です。

 わが妻に見せてあげたいビデオです。
 きっと共感するでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 429 高知市 「二人で歩いた幾春秋」。どこの親も子どものために苦労をしてきていますね‥‥。

 二〇〇六年四月五日。

 木下惠介監督の映画を引き続き見ています。
 「二人で歩いた幾春秋」(一九六二年八月十二日。松竹)。
 小学校が同じ組で、「結婚したのも同じ日」という夫婦の物語です。

 一九四六年。
 買出しする妻。
 戦地から帰ってきた夫。
 幼い一人息子がいます。

 道路工夫として働き始める夫。
 役所のこづかいとして働き始める妻。

 働きながら一浪して京都大学にいく息子。
 息子は経済的な理由から大学を辞めざるを得なくなります。
 しかし、父母に説得されて、また京都に旅立つ息子。
 夫は、酒を辞めて仕送りを増やすことにしたのです。
 妻は、お茶を断ちます。

 そして、一九六二年三月、息子が卒業。
 きょうは夫は酒を飲み、妻はお茶を飲みます。

 人生ってつらいですね。

 倍賞千恵子さんが出ていました。
 大学生の息子の恋人役です。
 やわらかい京都弁です。

 しみじみと 親子の営み 描き出す
 木下恵介
 すごい人だね

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.06

四国、よいとこ 430 高知市 「住む所 稼ぐ方など あれこれと‥‥」。

 二〇〇六年四月五日。

 住む所 稼ぐ方など あれこれと
 一年あとは
 六十になる

 いろいろと 夢は描いて みるけれど
 「費用がない」で
 すべてが消える

 「将来不安」で寝つけない夜です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 431 映画「カルメン純情す」 「再軍備」か否かを背景に。

 二〇〇六年四月六日。

 朝のハングル教室の後、仕事で高知市から高知県四万十市へ。
 帰ってから、また木下恵介監督の映画を見ました。

 「カルメン純情す」(一九五二年十一月十三日。松竹大船)です。

 僕が五歳の時に公開された映画です。

 ストリッパーのリリー・カルメンこと「おきん」のお話です。
 純な片思いに目覚め、「正業」につこうとしますが‥‥。

 徹底して「斜めの画面」を多用して「不安定で動きのあるシーン」をつくっています。
 おっ、東京都の中心部とおぼしい所に路面電車が走っています。

 アメリカのいいままに「再軍備」するか、それとも否か。そうした時代のつばぜり合いを丹念に描き込みながらの「娯楽作」です。

 えせ芸術家宅の「お手伝いさん」のせりふがすごい。
 アメリカが日本に落とした原爆への憤りでいっぱいです。
 「こりゃぁ、かわいそうに。原爆です」
 「ほんとに、こりゃぁ原爆です」
 「はい。もう原爆はこりごりでございます」
 「原爆、すごいです。あの子は原爆で死にました」
 「めんどうくさいけど原爆のおかげです」
 「奥様、原爆です。きましたよ。赤ん坊を抱いて」
 「まあ、はばあだなんて。なさけない。これも原爆のおかげです」
 「こんどは長崎でございます。もう、こうなったら駄目でございます」
 この彼女は「再軍備」反対派です。

 外にも、へーっというせりふがたくさん出てきます。
 「弱いものは、みんな泣いているんだ」
 「日本って、お金がないのねー」
 「独立日本とともに生まれ変わりなさい」
 「ああーっ、生きていくってさびしいや」
 「(「私は弱気を助け、強きをくじく」に)共産党かー」
 「(「ああ、恋をしたのか」に)ばかーっ! はっきりいうな」

 左胸に「日の丸」を張り付け「君が代」を歌い、「君が代」の扇子を振り回す「日本精神党」(?)の女性代議士候補「佐竹熊子」がいい。
 再軍備派の彼女を登場させることで、侵略の過去を反省しないで引きずったままばっこしている人々を批判しています。
 娘も、この「逆コース」に批判的です。

 「再軍備反対大演説会」のポスター張りや「再軍備反対」のデモンストレーションのシーンも出てきます。
 長く続くデモのシーンのプラカードの主張。
 「私の夫を殺すな」
 「美しい家庭をコワスナ」
 「戦争反対 私の子供は真平だ」
 ‥‥
 デモのシーンに流れる勇壮な音楽で、つくり手の、このデモへの共感が伝わってきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.07

四国、よいとこ 432 高知市 わが家の庭のヤマブキの花。

20060406_003

 二〇〇六年四月七日。

 高知市の、わが家の庭のヤマブキの花が、ますます美しく咲き誇っています。
 以前に住んでいた人が残していったものです。
 ヤマブキの花に見送られての出勤です。

 桜が去っていこうとしています。
 夜、自宅近くの堀川の所では、こっちに九人、あっちに六人と桜を見ながら「お客」をする人たちがいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 433 高知県四万十市 「百笑(どうめき)」を『地名大辞典』でひいてみましたが…。

 二〇〇六年四月七日。

 『角川日本地名大辞典 39 高知県』(角川書店)を古本屋で手に入れました。

 さっそく、前から気になっていた四万十市の「百笑(どうめき)」をひきました。
 「地名は、川瀬の音がどよめくことによるという。」とあります。

 なんか「浅い」。
 「いつごろ、だれが、そういったの」くらいは書いておいてほしい。
 なんの例証もありません。
 「よるという」なら僕でも書けます。
 それをなぜ「百笑」と書くのかも解かれていません。
 高知県の春野町にも同じ地名があること、それとの関連性にも触れていません。

 はっきりいって、ここの部分は×。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 434 「カルメン故郷へ帰る」の主題歌「そばの花咲く」。

 二〇〇六年四月七日。

 引き続き木下恵介監督の映画を見ています。
 一九五一年三月二十一日公開の「カルメン故郷へ帰る」です。
 以前に見たことがあります。
 舞台は、浅間(あさま)山ろくのまちです。駅は「北軽井沢」。

 のっけに「わーっっ」と思ったのは、主題歌の合唱の素晴らしさです。

 ♪ 火の山のふもとの村よ なつかしのふるさと …こずえの鳥に… わが里… 緑濃き牧場の… カラマツの林をぬけて 岩清水わくほとり…

 「そばの花咲く」(作詞・木下忠司さん)です。

 十日夜、続きを見ました。

 昨年から見たいと思ってきた、この地方のトロッコのような列車が動く姿を見ることができました。
 すごい。このころも走っていたんだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.08

四国、よいとこ 435 高知市 土佐電鉄・鏡川橋電車・バス待合所の生け花のサービス。

20060407_1_021


 二〇〇六年四月八日。

 午前七時、高知市の土佐電鉄・鏡川橋電車・バス待合所にいます。
 ふと見ると堂々たる生け花がありました。
 「本物かな」
 思わず花びらを触ってしまいました。
 本物でした。
 いいサービスですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 436 高知県四万十市 沈下橋の川を見ながら…。

 緑色 四万十川を 右に見て
 くねくね走る
 車の助手席


20060407_3_057


 二〇〇六年四月八日。

 午前七時半、高知市の鏡川橋で拾ってもらって一路、高知県四万十市へ。

 やっぱり四万十川は奇麗です。
 緑色の流れです。

 途中に見た三つの沈下橋が印象的でした。

 写真は、岩間の沈下橋です。

 四万十川の源流点は、高知県と愛媛県の県境近くの津野町北西部(船戸地区)の不入山(いらずやま。標高一,三三六メートル)の東斜面の標高一,二〇〇メートル付近です。
 四万十川は、蛇行を繰り返しながら、多くの支流を集めて大河となって、土佐湾に注いでいます。
 四万十川には、二十一の沈下橋があるとのことです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.10

四国、よいとこ 437 高知市  「執拗(しつよう)な わが性格の 哀しさよ」。

 二〇〇六年四月十日。

 「執拗(しつよう)な わが性格の 哀しさよ」
 落ち込んでいる
 昨夜も、きょうも

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 438 高知市  「結婚し 三十五年 離れ住む 妻と会いたい‥‥」

 二〇〇六年四月十日。

 結婚し 三十五年
 離れ住む 妻と会いたい
 きょうは変かな

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.11

四国、よいとこ 439 高知市 「グリーン・グリーン」という歌。

 二〇〇六年四月十一日。

 高知市にいます。
 夜、若い女性の歌う「グリーン・グリーン(Green Green)」を聞いて感動しました。

 原作詞・作曲は、アメリカのバリー・マクガイアとランディ・スパークス。作詞は、日本の片岡輝さんのものです。

 一、ある日
   パパとふたりで 語り合ったさ
   この世に生きる喜び
   そして 悲しみのことを
   グリーン グリーン
   青空には 小鳥が歌い
   グリーン グリーン
   丘の上には ララ 緑がもえる

 二、その時
   パパが言ったさ ぼくを胸に抱き
   つらく悲しい時にも ラララ 泣くんじゃないと
   グリーン グリーン
   青空には そよ風ふいて
   グリーン グリーン
   丘の上には ララ 緑がゆれる

 三、ある朝
   ぼくは目覚めて そして 知ったさ
   この世に つらい悲しいことがあるってことを
   グリーン グリーン
   青空には 雲が走り
   グリーン グリーン
   丘の上には ララ 緑がさわぐ

 四、あの時
   パパと 約束したことを守った
   こぶしをかため 胸をはり
   ラララ ぼくは立っていた
   グリーン グリーン
   まぶたには なみだがあふれ
   グリーン グリーン
   丘の上には ララ 緑がぬれる

 五、その朝
   パパは出かけた 遠い旅路へ
   二度と 帰って来ないと
   ラララ ぼくにもわかった
   グリーン グリーン
   青空には 虹がかかり
   グリーン グリーン 
   丘の上には ララ 緑がはえる

 六、やがて
   月日が過ぎゆき ぼくは知るだろう
   パパの言ってた
   ラララ 言葉の意味を
   グリーン グリーン
   青空には 太陽がわらい
   グリーン グリーン
   丘の上には ララ 緑があざやか

 七、いつか
   ぼくも 子供と 語り合うだろう
   この世に生きる喜び
   そして 悲しみのことを
   グリーン グリーン
   青空には かすみたなびき
   グリーン グリーン
   丘の上には ララ 緑がひろがる

 この歌を作曲したバリー・マクガイアさんとランディ・スパークスさんは、アメリカのフォークソングのグループ、ニュー・クリスティ・ミンストレルズ(The New Christy Minstrels)のメンバーでした。

 ニュー・クリスティ・ミンストレルズのデビュー・アルバムは、一九六二年に発売されました。

 ● こんなアルバムがあります。

 The New Christy Minstrels (1962)
 The New Christy Minstrels In Person (1962)
 Tall Tales! Legends And Nonsense (1963)
Ramblin' (1963)
 Today (1964)
 Land Of Giants (1964)
 Merry Christmas (1964)
 Chim Chim Cher-ee (1965)
 Cowboys And Indians (1965)
 The Wandering Mistrels (1965)
 Christmas With The Christys (1966)
 New Kick (1966)
 The New Christy Minstrels In Italy (1966)
 On Tour Through Motortown (1968)
 You Need Someone To One (1970)

 ● オリジナル・メンバーは以下のとおりです。

 ランディ・スパークス
 ジャッキー・ミラー
 ニック・ウッズ
 ジョン・フォーシャ
 キャロル・ダンガン
 ジェリー・イェスター
 ビリー・カドモア
 テリー・ワズワース
 ドラン・エリス
 アート・ポデル

 ● 後から加入したメンバーは、以下のとおりです。

 バリー・マクガイア
 バリー・ケイン
 ペギー・コネリー
 ゲイル・カルドウェル
 ラリー・ラモス
 クラレンス・トリート
 ジーン・クラーク
 カレン・ガンダーソン
 アン・ホワイト
 ポール・ポタッシュ
 ビル・ティーグ
 ラスティ・エヴァンス
 マイク・セトル
 ケニー・ロジャース
 キム・カーンズ
 デイヴ・エリングソン
 カレン・ブラック
 テリー・ウィリアムズ
 テルマ・ルー・コマーチョ

 「グリーン・グリーン(Green Green)」の日本語の歌詞のものは、一九六七年四月、発表されました。
 歌詞は、片岡輝さんが担当しました。原詩の翻訳ではなく自由に作詞したものです。
 日本では、片岡さんの作詞で、戦争にいく父が息子に人生を説いている作品として知られています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 440 高知市、東京都府中市 妻の電話の陽気さ。

 二〇〇六年四月十一日夜中。

 離れ住む 妻の電話は
 「かははのは」
 何でここまで 陽気なのかかな

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 441 高知市 城西公園のフジの花。

Dsc_7095

 二〇〇六年四月十一日。

 夕方、高知市の城西公園に通りかかったらフジの花が咲いていました。
 なぜ、こんなに早くと思いました。
 でも、どう見てもフジの花でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.12

四国、よいとこ 442 高知県南国市 ヤギ皮製の財布と筆入れ。

 二〇〇六年四月十二日。

 うわーっ、暑い。昼間は初夏の陽気。
 ご近所の高知市九反田の堀川ぞいの桜は終わってしまいました。

Dsc_7131

 その暑さの中、高知市から隣の南国市にやってきました。

 七十五歳の女性からお話をうかがいました。
 話が終わってから、彼女がインドのヤギの皮を使ってつくった財布と筆入れを見せてくれました。
 ていねいに花を彫刻した素晴らしい作品でした。

Dsc_7166

Dsc_7161

 追記

 この日の高知県の最高気温は以下のとおりです。
 ○ 須崎市 二五・九度
 ○ 高知市 二四・七度
 ○ 後免(ごめん) 二四・〇度
 ○ 佐賀 二三・四度
 ○ 中村 二三・〇度

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.13

四国、よいとこ 443 高知市 見事な紫色の花(?)をつけたテッセンの鉢。

Dsc_7221

 二〇〇六年四月十三日。

 夜七時ころ、身も心もよれよれになって高知市の街中を歩いていました。
 最近、うまく眠りをとることができないこともあって、つらい。

 花屋をのぞきこむと見事な紫色の花(?)をつけたテッセンの鉢がおいてありました。
 しばらく、見ほれました。
 「やっぱり、僕ってテッセンが好きだったんだ」

 「手に入れたい」
 値段を見たら、「げげげっ」。
 立ち去る僕。

 しばらく歩いて、またテッセンの前まで引き返してきました。
 買いました。

 それからしばらくして「ひと仕事」。
 世界と向かい合ってしなやかに生きる青年の話を聞きました。
 素晴らしい青年がたくさんいます。
 うれしくなりました。

 そして、いまは午後九時半。
 テッセンの鉢は、僕の本ばかりの部屋の真ん中にいて、僕をなぐさめてくれています。
 東京の妻に電話すると「もう、きょうは疲れてへろへろ‥‥」。
 それを先にいわれるとぐちをこぼせません。‥‥
 「おいおい。ぐちをいうのは僕の役回りだったはずだよね」

 おっと、いま小説のほうの『猟奇的な彼女』を毎晩読んでいるので文章のタッチが似てきたのもしれません。
 これは映画とはかなりちがった世界ですね。設定やストーリーも「まっこと」違うし‥‥。

 あっ、それと昨日から新しいブログを始めた娘さんから「おたより」をいただきました。
 これまでのブログ見ましたよ。
 ドキッとしました。
 また、ブログ見せていただきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 444 高知市 「僕は、前のめりに生きたい」。

 二〇〇六年四月十三日。

 そういえば思い出しました。
 二十代だか三十代だかに、東京都で高知出身の大先輩の女性と話したとき、「僕は、前のめりに死にたい」
 といって、「生き急ぎしなさんな」と、たとしなめられたことがあります。
 その人は、高知県立丸の内高校出身の人で国立市に住んでいました。

 高校時代には、「きっと僕は二十代の後半までは生きていまい」と、思っていました。
 なんか、世間の泥と垢に汚れまくって精神も世の中に屈服して生きている自分の将来を想像して寒気がしました。
 きっと、そうなる前に、みずから命を絶つだろうと思ってきました。

 その男が、いま五十九歳になって、生きています。
 精神的にだけ見てみると、「世間の泥と垢に汚れまくって精神も世の中に屈服して生きている」という感じでなく、いたってピュアーで自由。
 もっとも、「自由」すぎて、最近も「口害」で親しい人たちに迷惑をかけ、たしなめられて、反省の日々ですが‥‥。

 わがままを許してくれる「まわりの人々」や妻に恵まれて、しあわせだと思う、きょうこのごろです。

 ま、「前のめりに」、いけるところまでいってみましょう。

 「僕は、前のめりに生きたい」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.14

四国、よいとこ 445 高知市 寺田寅彦邸跡のドウダンツツジの花。

2006040614_043


2006040614_078


 二〇〇六年四月十四日。

 本日は、高知市を自転車で走り回った一日でした。
 午後九時前に帰宅しました。

 城西公園の脇を通っていたら寺田寅彦さんの石碑がありました。
 『花物語』の一部が刻まれていました。

 その足で寺田寅彦邸跡へ。
 赤いボタンの花が綺麗です。
 それと、小さな白い花をたくさんつけた木がありました。
 見ていた人たちが「ドウダンツツジです」。
 「へーーっ、これが」
 昨年秋、紅葉は見ました。
 「あの木が、こんな可憐な花をつけるのか」
 なんだか、すごく感激しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 446 高知市升形 シャガの花の群れ咲く場所。

2006040614_142


 二〇〇六年四月十四日。

 午後、高知市朝倉に向かっていたら、升形のちょっとした空き地にシャガの花が群れ咲いていました。
 升形といっても鏡川沿いの手前で、上町(かみまち)一丁目との境の所です。
 平和資料館・草の家の前の通りを上町一丁目方面にいっていると左手に、その空き地はあります。
 とってもいいスペースですよ。
 ぜひ、ごらんになってください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 447 高知市 高知大学生活協同組合ができたころ。

 二〇〇六年四月十四日。

 夜七時、高知市朝倉の高知大学にいました。
 学生がいっぱいゆきかっていてにぎやかです。
 学生会館前では三十人くらいの学生が、よさこい鳴子踊りの練習をしていました。
 学生会館の高知大学生活協同組合の食堂も学生でいっぱい。

 この生活協同組合を「つくったころ」のことを思い出しました。
 「高知大学の後輩有志」でつくった本『ひとすじの道 渡辺靖二さんの青春』に、そのころのことが載っています。

 僕が二年生で、文理学部学生自治会委員長をしていた時でした。
 設立総会は、一九六六年九月二十六日でした。
 文理学部、教育学部の学生自治会、日本共産党や日本民主青年同盟の学生たち、教職員組合‥‥みんなで運動を広げてきたことが実りました。
 のちに学長になった西澤先生、関田先生たちとも手をたずさえてがんばりました。

 生協の運営は、それまで僕らがやってきたサークル部室よこせの運動、大学祭、新入生歓迎集会、ベトナム侵略戦争反対の運動などとは少し違ってたんねんな実務活動の積み重ねが必要な分野でした。
 でも、 できてからも多くの学生が、この生協の役員としてがんばってきましたね。
みんなねばり強く、生協をつくり、育てていきました。
 いま名古屋で書店を経営している男性。小学校の教師をしている村上さんのつれあい。上海で日本語学校の教師をしているらしい男性。東京にいる男性。東北にいる男性。高知県の小学校で校長をしている女性。大阪府堺市にいる男性。‥‥
 みんな元気かい。
 いまの、この学生たちのシーンを見せたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 448 高知市 小説『猟奇的な彼女』を読了しました。

 二〇〇六年四月十四日。

 本日、小説『猟奇的な彼女』を読了しました

 「彼女」は、剣道は強いけど、ほかのスポーツにはあまり強くなさそうですね(映画ではテニスも強かったけど)。

 「彼女」は、ピアノはやっと弾けるというった感じだったんですね(映画では上手だったけど)。

 「彼女」の「前の恋人」は生きていて近くで徘徊(はいかい)していたんですね(映画では亡くなったことになっているけど)。

 物語は、二人の手紙をタイムカプセルに埋めたところで終わり(映画では、その後の「再会」のシーンがあって「安心」できました)。

 僕の場合、美しい恋の物語は、最後は幸せになったシーンでないと「納得できません」。

 ところで、毎晩楽しかった小説を読了してしまいました。明日の晩からどうしましょう‥‥。
 なんか面白い小説ありませんか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 449 高知市 ハングル獲得 僕の実践的な作戦。

 二〇〇六年四月十四日。

 ハングルの勉強をしています。
 実は、この夜中にも会話のCDを聞いています。
 先生はネイティブで素晴らしい人ですが、覚えが悪くて少しも前進しません。

 で、突破口を考えました。
 できるだけ韓国料理店にいって食べることです。
 まずは、韓国料理の味と、その名前を覚えることにします。

 実は、きょうの夜は、食堂で「キムチ」チャーハンを食べました。
 でも、どうも、これは、韓国の料理ではなさそうな気がしますね。

 韓国料理もいくらかは食べてきていますが、いまのところ僕がキチンと形状も味も熟知している韓国の食べ物は「キムチ」だけです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.15

四国、よいとこ 450 高知市 「街路花」の赤いツツジたち。

 二〇〇六年四月十五日。

 土砂降りの 雨の中でも 胸はって
 輝いて咲く
 ツツジたち赤

 朝からすごい雨です。
 カッパを着て自転車で高知市内を動いたのですが、冷えました。
 江ノ口川も水量を増してすごい勢いで流れています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 451 高知市 韓国料理・ビビンバ。

 二〇〇六年四月十五日。

 さて、韓国料理です。
 夜、近くの肉屋でビビンバを買ってきました。

비빔밥  ピ ビム パプ

 です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 452 高知市 韓国の小説『サランバン ソンニングア オモニ』を読みました。

 二〇〇六年四月十五日。

 今夜は韓国の小説『サランバン ソンニングア オモニ』(作・チュヨソプさん)を読みました。
 「サランバンのお客さんとお母さん」ということでしょうか。
 
 一九三〇年代の物語です。
 六歳の娘・パクオッキの心を通して、「未亡人」である二十六歳の綺麗な「お母さん」と「お客さん」との恋情と心理を描いています。

 「お客さん」は、「お母さん」の亡くなった夫の友人でした。
 ソウルからきた中学校の美術科の教師です。

 「サランバン」は、その家の主人(男性)が住む家屋で、かつては「お母さん」の夫が住んでいました。
 そこに「お客さん」が下宿するようになりました‥‥。

 韓国には、一度結婚した女性は再婚してはいけないという「再婚禁止法」がありました。
 この法律は一八九四年に廃止されました。
 しかし、その因習はかなりのちまで続きました。
 一九三〇年代の「未亡人」も、そんな時代に生きていました。

 おっと、そろそろ寝る時間です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.16

四国、よいとこ 453 徳島市 「がんばれは誰が言ってもたった四字だけど‥‥」。

 二〇〇六年四月十六日。

 新聞を整理していたら、読んでいない記事ではっとするものがたくさんありました。
 その中の一つです。

 ○徳島新聞、二〇〇五年十二月二十二日付

 がんばれは誰が言ってもたった四字だけど君のは言霊(ことだま)こもる

 「三十一文字の小劇場」(主催・徳島中・高生短歌の会)の第十三回年間受賞作の最高賞に川島裕子さん(城ノ内高校三年生、徳島市北前川町)の、こんな作品が選ばれました。

 七月の作品です。数学の追試で悩んでいることをメールで友人に伝えると、「がんばれ」の励ましの返信をもらいました。そんなときの思いです。
 
 彼女は、これまでにもいろんな短歌を詠んできました。

 「明日ね」と君が受話器を置いてから僕は聞いてるつーつーの音(徳島中学三年生のとき)

 さみどりの風の野原へ蝶々は私の中からひらり飛び立つ(二〇〇四年)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 454 愛媛県八幡浜市 幸町の山すその「八幡浜第一防空壕」。

 二〇〇六年四月十六日。

 新聞整理の続きです。

 ○愛媛新聞、二〇〇五年十二月二十七日付

 愛媛県八幡浜市幸町の山すそに本格的コンクリート製防空壕(ごう)「八幡浜第一防空壕」が残っています。
 この防空壕は、一九四一年二月に完成。
 出入り口は二カ所。
 内部は全長約十五メートルの「コ」の字形通路になっています。
 天井は高さ二メートル前後のアーチ形。
 ホール(約三十平方メートル)や洗面所、トイレもあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 455 愛媛県 「‥原子炉の上ゆく雲は‥」。

 二〇〇六年四月十六日。

 限りなき不安いだかせ原子炉の上ゆく雲は夕陽に染まる

 愛媛県大洲市(おおずし)の品田佐代子さんの作品です。
 愛媛新聞三月二十八日付の「文芸」欄に載りました。

 選者の吉田みのるさんの「評」。
 「プルサーマル問題に揺れる、原子力発電に対する不安を詠んでいる。このような社会詠は、ともすると事柄の報告かスローガン的になりやすい。しかし、品田さんは夕焼け雲に託して自分の気持ちを表現し、文学的な作品に仕上げている。」 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 456 ドウダンツツジは「満天星躑躅」。

 青空に 白い鈴たち
 群れている
 「満天星」の ツツジというらし

 二〇〇六年四月十六日。

 「今日はこの花っ!★ 花ことば366日の世界」というページを見せていただきました。

 ドウダンツツジの漢字表記のことが書いてありました。
 「満天星躑躅」だそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 457 高知市 出張カバンは「うっ、重すぎる」。

 二〇〇六年四月十六日。

 「よっしゃーっ」と
 出張バッグ 引き寄せる
 一眼デジカメ パソコン二台

 いま、高知駅です。
 列車で四万十市に向かいます。

 この出張に幸多からんことを‥‥。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 458 六平太の思いかな。次に咲く花を楽しみにしている人生って‥‥。

 二〇〇六年四月十六日。

 散る花を惜しむのではなく、
 次に咲く花を楽しみにしている‥‥
 そんな人生でありたい。

 高知駅の売店で『ビッグコミック』四月二十五日号を買いました。
 読んでいたら、こんな言葉に出合いました。
 連載漫画「総務部総務課 山口六平太」(原作・林律雄さん、作画・高井研一郎さん)の巻頭に書かれてありました。

 高井さんは、長崎県出身。一九三七年七月十八日生まれです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.17

四国、よいとこ 459 高知県四万十市 夜中に、すっごくいいことがありました。

 二〇〇六年四月十六日。

 夜中の高知県四万十市。
 すっごくいいことがありました。

 人間って面白いですね。
 爽快なことがあると、ぱーっと目の前が開けてきて、心が解放されていきます。

 いいこと。
 もっともっと経験したいですね。

 真夜中の ビジネスホテルの 大鏡
 いい顔してるよ
 今夜の僕は

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 460 最後まで果敢に自分の演技を‥‥。

 二〇〇六年四月十七日。

 すごく遅い時間になりましたが、NHK衛星放送第一で女子のフィギィアースケートの試合を見ています。

 荒川静香選手は完璧。
 余裕さえ感じさせます。
 当然、金でした。

 でも好きになったのはアメリカの、二回も転んだ選手。
 Sasha cohen です。
 最後まで、果敢に自分のプログラムをやり遂げました。
 銀でした。

 変ですね。僕って。
 完璧なほうが「すごい」に決まっているのに。

 「すごいなー」と「好き」は少し違った感情なのだと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 461 高知県四万十市 赤鉄橋は悲劇を乗せて。 

_20060417_1_038


 二〇〇六年四月十七日。

 高知県四万十市です。
 午後一時で前日からの仕事は終了。
 次の仕事の中土佐町に向かわなければなりません。
 きょうもオートバイでの移動です。

 その前に四万十市で碑を見ていく必要があります。
 ある人に「四万十市で橋といえば‥‥」という質問をしたら「赤鉄橋」。
 四万十川にかかる赤色の鉄橋、四万十川橋のことです。中村地区と対岸の具同地区を結ぶ橋です。
 「橋を左にいったところに、赤鉄橋ができたきっかけの事故の碑と詩人の大江満雄の碑がある」
 通り道なので、いってみました。

 彼の話と碑文などを総合すると赤鉄橋ができた経過は、こういうことだったようです(大江満雄のことは、また勉強します)。 

 改修前の四万十川は毎年のように氾濫を繰返す暴れ川でした。
 氾濫すると、交通手段を渡し舟にたよっていた当時は数日間対岸への通行ができなくなってしまいました。

 一九一五年五月十二日午後三時ころ、築地(ついじ)-渡川上りの渡し(いまの赤鉄橋付近)で、渡船の乗客十一人が水死するという悲惨な事故が起こりました。
 その日は晴天でしたが、前々日、前日と二日続きの雨で川の水かさは増していました。
 乗客のほとんどは、対岸の具同のクワ園へクワの葉を採りにいく、幡多郡立実科高等女学校(現在・中村高校)の女生徒たちでした。
 定員四十人くらいに六十人くらいが乗っていました。
 流れの中ほどを過ぎ、岸に近づきつつある時、渡船はバランスをくずしました。
 そして、全員が川の中に投げ出されました。
 この事故で、女生徒の池内遊亀さん、柳川美恵さん、岸本梅野さん、安田君子さん、中学生四年生の尾崎彦太郎さん、一般乗客六人が亡くなりました。

 この事故が、四万十川橋建設の引き金になりました。 
 橋は、二四年四月に着工され、二六年六月三十日に竣工しました。
 こうして長さ約四百三十八メートル、有効幅員五・五メートルの橋が建設されました。
 竣工の祝賀行事は三日間にもわたったそうです。

 しかし、四六年十二月二十一日の南海大地震で落下してしました。
 ちなみに、僕は大阪市在住の母のお腹の中にいました。

 復旧工事は翌年六月十日に着工され、四八年八月に完成しました。

 この項、十八日夜に入手した本『四万十川 赤鉄橋の町』(金井明さん、高知新聞社)を参考に少し書き直しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 462 高知県四万十市 四万十川の始まりは‥‥。 

20060417_2_004

20060417_2_012


 二〇〇六年四月十七日。

 海辺を走って、山里に入り、やっときました中土佐町。
 仕事を終えて帰ろうとすると、同年配の男性が、きた道を帰らずに直進して右に回ると高知市に近いと教えてくれました。

 走っていくと津野町に出ました。
 こんな看板に出くわしました。
 きっと、このかすんでいる山が、それだと思います。

 追記 十八日。

 不入山は「いらずやま」と読みます。
 あの純信、お馬を弾圧した、にっくき土佐藩が、木材資源確保のため、立入禁止にしたことから、この名がついたといわれています。
 四万十川の源流点です。標高一三三六メートル。
 その南面に本流が、北面の第一の支流、梼原川(その支流、北川川)が源を発します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.18

四国、よいとこ 463 すごいね。mari-chanのコメント。

 二〇〇六年四月十七日。

 このブログの左のmari-chanのコメントを読んでください。

 読んでいると、すごくいい気持ちになります。
 「僕って、生きている価値のある人間だったんだよね」
 そんな、とってもいい感じになれるのです。

 mari-chanは、言葉の魔術師です。
 でも、mari-chanは、「うーん。うーん」と、うなりながら、この文章を書いているのではなさそうです。
 気持ちのおもむくままに書いているのだと思います。
 そこに、彼女の「すごさ」があります。

 彼女の、いい生き方がにじみ出ている文章です。

 mari-chanは、僕の娘の世代です。
 僕も、mari-chanに学んで、「いい文章」を書きたいと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 464 聞いてみたかったね。「すごいブーイングの嵐」。 

 二〇〇六年四月十八日。

 いやーっ、痛快な文章に出会いました。

 ブログ「江川招子ジャーナル」の四日付です。
 四月三日夜、サントリーホールのホールでのプッチーニの歌劇「トゥーランドット」の初日でのことを書いています。

 「いやはや、すごいブーイングの嵐でした。
 これまで音楽会やオペラで、こんな激しく長いブーイングは、聞いたことがありません。
 しかも、このブーイングがあったのは、公演が始まる前のこと。」
 「‥‥通路やロビーに眼光鋭く、耳にイヤホンをさした背広姿の男性が何人もうろうろしており、誰か要人が来る気配。聞いてみると、『首相が来られます』とのこと。
 で、開幕直線、2階席の最前列に小泉さんが現れたのですが、なんと荒川静香選手を伴っていました。
 その姿が見えた途端、すさまじいブーイングが起きたのでした。」
 
 続きは
 http://www.egawashoko.com/c011/000061.html
 で、どうぞ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 465 短歌は「自分の生を彫り込んでいく詩」。

 二〇〇六年四月十八日。

 「‥‥短歌は自己表現であって、自分の生を彫り込んでいく詩である。」
 歌人の加藤治郎さんが「四国新聞」四月十五日付でこう書いています。

 そうか、自分の生を彫り込んでいくのか‥‥。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 466 高知県中土佐町大野見 「四万十川代官 大川猿候左衛門」の立て札。

 二〇〇六年四月十八日。

 高知県中土佐町大野見に昨日いったとき、「四万十川べりのあの立て札は‥‥」と探しましたが見当たりません。 
 よく見たら上のほうだけになった残骸がありました。
 「あー、残念。いい立て札だったのに」

 「四万十川代官 大川猿候左衛門」名のものでした。
 「告 この川を汚す者打首獄門に処す」
 だったと思います。

 前回、ここにきたのは二〇〇二年夏のことでした。

 ここで、こんな短歌を詠みました。

 「川汚し 打首獄門」
 代官名
 四万十川の 怒りの立て札

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 467 高知県 四万十川クイズ 四万十川の本流、支流の沈下橋はいくつあるでしょうか。

 二〇〇六年四月十八日。

 午後十時四十分、高知市の自宅から東京の妻に電話したら、不快そう。
 「あなた。いつも、この時間に電話、かけてくるのね。あと十分後がいいわ」
 がちゃん。

 テレビの番組を見ていて、それが決着していないということでしょう。
 「夫をテレビ番組の下におく恥ずべき思想」です。
 でも、ま、いいか。

 話を変えて、高知県の四万十川についての、あなたへのクイズ。
 「四万十川の本流、支流の沈下橋はいくつあるでしょうか」
 じゃじゃーん。

 答えは、私も知らない。
 調べてみることにしましょう。

 しばらくして、妻が電話をかけてきました。
 NHK教育テレビの「知るを楽しむ」を見ていたとのことでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 468 高知県四万十市 シンガーソングライター・浜田裕介さんの歌は、いい。

 二〇〇六年四月十八日。

 高知県四万十市在住のシンガーソングライター・浜田裕介さんを聞いたことがありますか。

 彼のホームページなどで何曲か聞きました。
 いい。いいのです。

 尾崎豊さん(亡くなってしまいましたが)の雰囲気です。
 でも、ちょっと違うかもしれません。
 浜田さんは、尾崎さんより、もっと「前向きで果敢」かもしれません。、

 彼のホームページによると三十日、高知市の中央公園の青年たちが主催する「ピース・アライブ」で演奏するそうです(午前中から七時間半のすごいライブです)。

 いこう。
 彼の歌を聞こう。

 君も彼の歌に衝撃を受けると思うよ。
 きっと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.19

四国、よいとこ 469 プリンセス・プリンセスが聞きたくなりました。

 二〇〇六年四月十九日。

 「浜田さん」を聞いているうちに、なぜかプリンセス・プリンセスが聞きたくなりました。
 なぜか、座ったままで僕の右腕が届く至近距離に彼女たちのCDがありました。

 で、いま、聞き入っています。
 いい。彼女たちも。

 ところで、何の脈絡もありませんが、たぶん、僕の人生は、あと数年だと思います。
 「自分の決めた目標に向かって走り込む」
 そんな人生だと思います。

 妻は、百歳近くまで生きると思います。

 「ずっと前に死んだ私の亭主? 甘えん坊の、可愛い男だったよ。ワッハッハ」
 こんなノリだと思います。

 妻は、いまのところ、僕の、このブログを見ることはできません。
 妻に買ってあげたパソコンを、ちゃんと設定してあげたつもりなんですが「見られない」といいはっています。

 僕の死後、見ることができるようになってから、「かっての夫は、こんなことをほざいておったか。ワッハッハ」と楽しんでくれるかもしれませんね。

 うわーつ。もう「あした」です。
 そろそろ夢の世界に向かいましょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 470 「『生きている』 その喜びを 刻みつつ‥‥」。

 二〇〇六年四月十九日。

 「生きている」 その喜びを 刻みつつ
 生きているんだ
 五十九歳も

 これ、もしかして、「すごい短歌」かもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 471 高知市 喫茶店のまち。

 二〇〇六年四月十九日。

 高知市は喫茶店の多いまちです。

 喫茶店は僕の暮らしの中でも大きな位置を占めています。

 まず、おしぼりと水。
 「さて、週刊誌でも読むか」
 そして、コーヒー。
 「うまい!」
 そして、最後にお茶。
 なんかほっとする場所です。

 出勤前に入って「モーニング」。たいてい「おむすびモーニング」です。
 昼も出先の喫茶店で「日替わり定食」ということが多い毎日です。

 十八日にも愛宕町一丁目に喫茶店Nが開店しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 472 高知県 四万十川の沈下橋 こんなにあります。

 二〇〇六年四月十九日。

 四万十川に沈下橋がいくつあるか調べてみました。
 支流に二十七、本流に二十二でした。

 ところで、いつから、この川を「四万十川」と呼び始めたのでしょうか。
 先日、四万十市立図書館で調べものをしていたら『四万十川(その名称の変遷)』(著・橋田庫欣さん)という本がありました。
 そこでは、
 「おそらく元禄二年(一六八九)の中村三万石断絶以後のことであろう」
 と、してありました。
 文献で、「四万十川」と出てくるのは、宝暦五年(一七〇八年)の『土佐物語』に「わたりがわ 四万十川」と記されているが最初だとのこと。
 それ以前は「渡川」などと呼んでいたとのことです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 473 韓国の歌手・チャン・ユンジョンさんの「チャンチャラ」。

 二〇〇六年四月十九日。

 夜、韓国の歌手・チャン・ユンジョンさんの「チャンチャラ」をDVDで聞きました。
 彼女は、韓国の演歌、トロットの歌手です。
 でも、この歌、演歌なんでしょうけど、はじけています。
 陽気です。
 とっても気に入りました。

 彼女の歌、もっと聞きたいよー!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 474 光州事件を背景にした韓国映画「ペパーミント・キャンディー」の「人生は美しい」かという問いかけ。

 二〇〇六年四月十九日。

 夜、韓国映画「ペパーミント・キャンディー」を、また見ました。

 花の好きな純真な青年が軍隊に入れられて民主運動を弾圧する側にまわらされて、その後、警察官として拷問執行の日々を送る‥‥。
 腐敗した権力のもとで、傷つき、ゆがんだ精神のいきついた所は‥‥。
 
 「人生は美しい」
 そうだろうか。
 そうあらねばならないのではないか。
 そんなテーマを鋭く問いかけています。

 追記。

 二〇〇六年四月二十日。

 いま、高知県いの町の弟が、わが家にやってきて韓国映画「ペパーミント・キャンディー」を見ています。

 この映画の背景をなす光州(こうしゅう。クァンジュ)事件のことが話題になりました。

 一九八〇年五月、韓国の全羅南道道庁所在地・光州市の学生や市民が民主化を求めて決起、それにたいして軍隊が全市を武力制圧し、学生・市民を弾圧した事件です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.20

四国、よいとこ 475 夜のナニワイバラの白の相貌(そうぼう)。

 「遅くまで ご苦労さんね」
 ありがとう
 白の相貌(そうぼう) ナニワイバラは

_20060419_050

 二〇〇六年四月二十日。

 十九日夜、自転車で帰宅の途中、高知市の高知大学付属小学校、付属幼稚園の庭に白い素敵な花が咲いているのに出合いました。
 通り過ぎましたが、また、戻ってきてまじまじと見ました。
 一重の清楚な花です。

 翌日、年上の女性に聞くと「これは、ナニワイバラよ」。

 バラ科バラ属のツル性低木です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 476 高知市 花の咲くのを楽しみにしています。庭のジャガイモ。

 二〇〇六年四月二十日。

 夜七時過ぎ、高知市のわが家に、いの町の弟がやってきました。

 庭を見て、「ジャガイモの葉っぱが出ちゅうねー」。

 かなり前に植えたのが十くらい芽が出ていました。
 うれしいですね。
 まず、花を楽しみにしています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 477 高知県 ヒノキの枝をいぶったら‥‥。

 二〇〇六年四月二十日。

 弟とヒノキの話になりました。
 いの町の山の畑で仕事をしている時、カがひどくて困ったそうです。
 それで、ヒノキの枝をいぶったらカが寄りついてこなかったとのことです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.21

四国、よいとこ 478 高知県 高知市から愛媛県大洲市(おおずし)の河辺町に。風の寒さに震えながらのオートバイ走行。

20060421_071


 二〇〇六年四月二十一日。

 午前八時にオートバイで高知市の自宅を出発。
 愛媛県大洲市(おおずし)の河辺町に向かいました。
 「土曜日でツーリングですかって」
 いえ、仕事です。
 帰ったのが午後八時半でした。
 その間、十時間ほどはオートバイに乗りっぱなし。
 「えらいぞ、君は。若いよ、君は」
 と、自分をほめてあげています。

 とにかく風が寒かった。
 震えました。
 仁淀川町に入ったところでダウン。
 喫茶店に。
 店内ではストーブが燃えていました。

 ずーっと山あいを走りました。
 ナノハナが綺麗です。桜が残っているところがあります。ヒモクレンが、すごく綺麗です。
 河辺の目的地に着いたのが午後一時半。
 ここでも、ヒモクレンが咲きかけていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 479 高知県 梼原町(ゆすはらちょう)で見たハングルの表示の意味は‥‥。

20060421_081


 二〇〇六年四月二十一日。

 愛媛県大洲市(おおずし)の河辺町からの帰りは高知県梼原町(ゆすはらちょう)まわり。
 梼原で、こんなハングルの表示を見ましたが
 ??????

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 480 高知県 梼原町(ゆすはらちょう)の千枚田(せんまいだ)は山中の水がめ。

20060421_001


 二〇〇六年四月二十一日。

 高知県梼原町(ゆすはらちょう)の千枚田(せんまいだ)に立ち寄りました。
 田植えは、これからのようです。
 けど、すごいですね。山の中腹の水がめです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 481 高知市、東京都 五歳の孫娘・エミへの「愛してるよ」電話。

 二〇〇六年四月二十一日。

 夜、東京都の娘の家に電話しました。
 娘の長女・エミと話したかったからです。

 妻が数日前に、エミが、まわりが妹を大事にするので「どうせ、私なんか‥‥」と、すねていると聞いたからです。
 エミは、五歳です。

 娘が出てきました。
 「エミを出して」
 出てきました。
 「エーミー、愛してるよ。僕も、お母さんも、お父さんも、おばあちゃんもエミのこと愛してるかね」
 「ユリ(妹)にかわろうか」
 「いいよ。エミ、愛してるからね」
 「うん、わかった。エミも愛してるよ」

 なんとぎこちない「おじいちゃん」。
 五十九にもなって。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 482 高知市 「薄荷砂糖(パッカ サタン)」。いの町の弟のハングルの現在。

 二〇〇六年四月二十一日。

 弟が二カ月ほど前から独学でハングルにとりくんでいます。
 すごい上達ぶりです(僕に比べて)。

 昨夜、韓国映画「ペパーミント・キャンディー」について、「あのタイトルは日本独自のものだ。原題は『ある男の人生』とか、いうものらしい」と、いいはるので、
 「映画を見ても、これこのとおり、ハングルのタイトルの下に英語でペパーミント・キャンディーと書いてあるではないか」と実物で勝負しました。

 で、今夜、電話がきました。

 「あのハングルは、『パッカ サタン』と読むようだ」
 一生懸命に辞書を駆使して調べたとのことです。

 パクハ  薄荷   ハッカ
 サタン  砂糖   あめ玉

 要するに「ペパーミント・キャンディー」だとのことです。

 ま、正確かどうかはわかりませんが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.22

四国、よいとこ 483 高知市 友人の母が勤めていたパン屋のパンの耳の話。

 二〇〇六年四月二十二日。

 高校三年生の時の同級生でK君という好漢がいました。
 父は早くになくなり、母と二人暮しでした。
 高知市に住んでいて、母は近くのパン屋につとめていました。
 家に遊びにいくと、おやつにパンの耳をくれました。
 パンの耳は、食パンをサンドイッチの材料に使ったりする時に残っていまう、まわりの硬いところです。
 食パンの耳だけでなくて、菓子パンの耳も入っていました。
 好物になりました。

 彼と市内の同じ大学の同じ学部専攻に進学しました。
 ときどき、彼の母が働いているパン屋に耳を買いにいきました。

 三年生が終わるころの二月、僕は大学をやめました。
 彼も「それでは、おれも」と、やめてしまいました。

 働きました。
 月給一万八千円でした。
 自宅から通っていましたが、それでは遠いので高知市内に部屋を借りることになりました。
 給料を二千円上げてくれました。

 二千円で二階の二畳一間の部屋を借りました。
 小さな押入れがありました。
 布団を入れるといっぱいでした。
 机を一つ入れました。
 机の下に足をつっこんで寝ました。
 となりに若い男女が住んでいました。

 こんな暮らしの食生活を支えてくれたのがパンの耳でした。

 この年の十月、上京して新しい仕事を始めました。
 月給は二万四千円になりました。
 このころからパンの耳は食べていません。

 いま高知市に住んでいます。
 通勤の途中にパン屋があると、店先をのぞいてみるのですが、パンの耳の袋は見当たりません。  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 484 高知県南国市 「かつおを割きて早苗宴(さなぶり)をせん」。

 二〇〇六年四月二十二日。

 さきがけて今年も田植しまいたりかつおを割きて早苗宴(さなぶり)をせん

 高知県南国市の岩貞健一郎さんの短歌です。
 本日の高知新聞の朝刊に載っていました。

 選の植田馨さんが「さなぶりは農家がする田植えじまいのお祝い、てがえ(労力交換)で田植えをしたところは、近所同士が集まるにぎやかなおきゃく(祝宴)だった」と書いていました。

 午前七時過ぎに高知市の家を出てバスで徳島市にいって仕事をし午後九時十五分に家に帰ってきました。
 自分としてはいい仕事ぶりでした。

 途中、いま開かれているであろう、二十五歳になった男性・Mさんの誕生祝いのつどいに誘ってくれる人がいました。
 しかし、あすが早いので‥‥。

 Mさん、おめでとう。
 さぁ、独りで「さなぶり」しましょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 485 高知市 「デジカメの充電OK‥‥」。

 二〇〇六年四月二十二日。

 デジカメの 充電OK
 地図も見て
 あすの仕事の モードにしてる

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.23

四国、よいとこ 486 高知市 スピード違反をしない、「いい子」でがんばっています。

 二〇〇六年四月二十三日。

 午前八時半、オートバイで高知市を出発。
 目的地は徳島県上勝町(かみかつちょうです)。
 仕事です。
 乗用車の免許がないので、列車やバスなどではいきにくい所には二五〇CCのオートバイでいっています。
 二台持っていますが、本日は高速道路に入りますのでガソリンが多く入るほうにしました。
 これが、十年乗っているのですが、いいもので強風にも動じないがっしりしたオートバイです。

 天候は曇り。
 高知市から高速道路に乗り入れました。
 制限速度(七十キロとか八十キロ)すれすれのスピードで走っているのですが、ほかの車は百キロ以上出して、僕の脇をすり抜けて追い越していきます。
 「このやろう!!!」
 という感じです。
 アクセルを吹かせばすぐに百三十キロくらいは出るオートバイなのですが、ここは我慢・がまん・ガマン。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 487 徳島県 「イノシシに注意の表示 左に見‥‥」。

 二〇〇六年四月二十三日。

 徳島県上勝町(かみかつちょうです)いきの続きです。

 徳島の高速道路にやってきました。

 イノシシに 注意の表示 左に見
 ゆっくりとばす
 徳島高速

 徳島で高速道路を降りて、小松島市に。
 そして、県道16号線に。
 まずは勝浦町。
 美しい風景に出合いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 488 徳島県勝浦町 美しい風景の写真です。

 二〇〇六年四月二十三日。

 徳島県勝浦町で見た美しい風景の写真です。

20060423_1_006_3

20060423_1_020

20060423_1_029

20060423_1_042

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.24

四国、よいとこ 489 徳島県 県道16号 「霧の中、道を求めて突き進む‥‥」。

 二〇〇六年四月二十三日。

 徳島県の県道16号を走り上勝(かみかつ)町に入りました。
 目的地は、この町の山の中腹で標高三五〇メートル。
 途中、畑仕事をしている女性に道を聞いたら、教えてくれて「お気をつけて」。
 県道16号から山を登りはじめて、その意味がわかりました。
 きつい坂でした。

 目的のログハウスで一時間ほど楽しい時間をすごし、さぁ、高知市へ。

ログに住み 「九条パン」を つくってる
夫婦に会って
急坂下る

 こんどは高知方面に県道16号を突き進みます。

 車線のない道です。
 しばらくすると、山をぐるぐると降りていきます。
 標高が上がってくると目いっぱいの霧。
 うわーっ、前が見えない。
 急に紫の綺麗な鳥が道路を横切りました。
 霧の中から突然、車が飛び出してきました。
 うわーっ、前が見えない。

 霧の中 道を求めて 下ってる
 バイクのメーター
 二十キロだよ

 僕は、きょうは冒険旅行をしにきたんじゃぁないんだけど‥‥。
 早く帰らないと山道で暗くなると、また大変なのに‥‥。
 ガソリンは、まだ十分にあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 490 徳島県 国道193号 「大沢村 大轟の滝」。

20060423_1_075

 二〇〇六年四月二十三日。

 徳島県の県道16号を抜け、国道193号に。
 左手の山あいに勇壮な滝がありました。
 「うわーっ、すごい」
 一休みして見入れました。
 これだから「空間の移動」はやめられません。

 「大沢村 大轟の滝」という表示がありました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 491 徳島県 那賀町の川の色の美しさ。

20060423_1_082

 二〇〇六年四月二十三日。

 徳島県の国道193号から国道195号へ。
 那賀町を走ります。
 左に見える川の水は緑色。
 「なんという綺麗な色なんだろう。この色を絵の具でつくることができるのだろうか」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 492 徳島県と高知県の県境 四ツ足峠にやってきたよ。

 二〇〇六年四月二十三日。

 徳島県の国道195号を走って、徳島県と高知県の県境・四ツ足峠にやってきました。
 四ツ足峠というのは、この峠は険しすぎて「四ツ足」の動物でないと越すことが難しいというような意味でしょうか(これは僕の勝手な推測です)。
 いまは長いトンネルが通っています。
 トンネルを抜けると、そこは高知県だった。

 旧道は四ツ足堂峠(標高一〇四四メートル)を越えていったそうです。
 いまのトンネルは標高六六〇・二メートルの処にります。
 全長は千八百五十七メートルです。
 開通は一九六四年十一月二十三日です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 493 高知県香美市(かみし)香北町 核兵器廃絶平和の塔。

Dsc_7985


 二〇〇六年四月二十三日。

 出張の 帰りの道脇
「平和像」 しっかり建ってて
バイクを停める

 徳島県の国道195号を走っていくと、左手に等身大ほどの女性の裸像の彫刻がありました。台座には「核兵器廃絶平和の塔」。
 引返してじっくり見ました。
 つくったのは日本共産党香北支部、香北原水協などとあります。
 すごいものをつくっていたんだなぁ。
 知らなかった。不明でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 494 中原中也さんの「めぐり来た、これが今年の私の春だ。」。

 二〇〇六年四月二十四日。

 本日は、休みにさせてもらいました。

 いい天気。空は「ひゅうひゅうの青」です。

 小さな庭の花たちに水をあげました。
 ヤマブキの花は去ってしまって、わが庭ではジャガイモの緑が勢いを増しています。
 朝から洗濯を始めています。
 干したのが乾いたら次のを‥‥と思いながらパソコンに向かっています。

  ある人からのおたよりで「汚れっちまった悲しみに」と「山口県」のことが書かれてありました。
 この詩の作者の中原中也(なかはら ちゅうや)さんは山口県出身だったのか。

 早速、調べてみました。

 中原 中也さん(一九〇七年四月二十九日ー三七年十月二十二日)は、山口県山口市湯田温泉生まれでした。旧姓柏村。

 インターネットの「青空文庫」で読むと、こんな詩もありました。

   春

 春は土と草とに新しい汗をかゝせる。
 その汗を乾かさうと、雲雀は空に隲《あが》る。
 瓦屋根今朝不平がない、
 長い校舎から合唱は空にあがる。

 あゝ、しづかだしづかだ。
 めぐり来た、これが今年の私の春だ。
 むかし私の胸|摶《う》つた希望は今日を、
 厳《いか》めしい紺青《こあを》となつて空から私に降りかゝる。

 そして私は呆気《ほうけ》てしまふ、バカになつてしまふ
 ――薮かげの、小川か銀か小波《さざなみ》か?
 薮かげの小川か銀か小波か?

 大きい猫が頸ふりむけてぶきつちよに
 一つの鈴をころばしてゐる、
 一つの鈴を、ころばして見てゐる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 495 「ちん」と「チング」。どちらも「友だち」。

二〇〇六年四月二十四日。

インターネット上で「ともだちんぐ」という造語を見つけて「いい言葉だなぁ」と思っていました。

 「ちん」は、土佐弁で親友のことです。手元にある『高知県方言辞典』では「ごく親しい間柄。『あの男とあしはチンぜよ』」となっています。
 でも、この「ともだちんぐ」は、「友だち」とハングルの「チング」(友だち)をかけあわせたもののようです。
 「ちん」と「チング」。言葉としても友だちのような気がするのですが‥‥。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 496 高知市 晴れの日にぱっと開く黄色い花。

20060424_024


 二〇〇六年四月二十四日。

 桜の散るころか気になっていた花です。
 高知市の堀川のわきに咲いています。

 晴れの日にはぱーっと咲いているのです。
 しかし、曇りとか雨の日に花びらを閉じてしまっています。

 この花、なんという名前でしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 497 高知市 ついに、ついにやってしまった。韓国語の電子辞書をゲット。

 二〇〇六年四月二十四日。

 昼間。買物に出かけました。
 まずは電器店。
 「電子辞書は、どこですか」
 目の前にありました。
 半年前からハングルの電子辞書がほしかったのです。
 何度も何度も、いろんな店の電子辞書のコーナーの前に立ちましたが、なにせ高すぎます。
 今回も、あれこれ操作したうえであきらめてしまいました。
 「すごくいい辞書だ。でも、高すぎる。買いたいという衝動を抑えることが、いまの僕には必要だ」
 なんて考えて。

 フロアーを一回りして、なぜか、また、ふふらと、そのコーナーに。
 「何か、お探しでしょうか」
 店員が声をかけてくれました。
 「韓国語の電子辞書がほしいんですけど」
 ついに。ついに。買ってしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.25

四国、よいとこ 498 韓国映画「オアシス」の青年が求めた豆腐の意味。

 二〇〇六年四月二十五日。

 韓国映画「オアシス」で、刑務所を出所した青年が「豆腐はないか」と買い求めるシーンがありました。

 そんなに飢えていたのかと思いました。
 でも、それは違うようです。

 本日、チョ・ヒチョルさんの本『食わず嫌いの韓国』(グラフ社)を「読了」して、そのシーンの意味がわかりました。

  「昔から韓国では、刑期を終えて出てくる人に、家族や知人が豆腐を持って出迎え、出てくるやいなやその場で食べさせます」
 その理由については、本書をお読みください(別に宣伝ではありません)。
 あの青年には豆腐を持って迎えてくれる人もいなかったんですね。

 戦後の著者の世代の青年が「出所豆腐」を食べた経験も書かれてありました。

 夜十二時から午前四時まで外出を禁止する「通行禁止」制度に違反し、留置場に連れていかれ、翌朝、裁判にふされ罰金刑を受け「出所」した時の話でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 499 「うれしい日は、多い方がいい。」。

 二〇〇六年四月二十五日。

 高知空港からA航空の羽田いきの最終便で上京。
 高知空港で、この会社がキャチフレーズに
 「うれしい日は、
 多い方がいい。」
 というフレーズを使っているのを知りました。
 うん。いい。

 ところが出発は十五分遅れ。
 途中で変に揺れて「うわーっ」という声が機内に満ちました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 500 東京都 すごいね。妻の快活な長電話。

 二〇〇六年四月二十五日。

 夜。

 東京都の「妻の家」にいます。

 午後十時前に電話が鳴って、妻が電話を持って玄関のほうに飛んでいきました。

 いまだに電話し続けています。
 快活な対話を続けています。
 僕との電話の時の「何かある」「何もない」「じゃ」という感じとはだいぶ違います。

 同い年の同業者(教員)の女性が相手。
 別に用事はなかったようです。
 妻によると「ぐちを聞いてもらいたかったといってたよ」。

 それなのに、二人の、しゃべり時間は一時間。

 「しばらくぶりに、こんな長電話をした」
 と、妻はいっておりますが‥‥。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.26

四国、よいとこ 501 東京都 朝のラッシュの、もまれて立ちっぱなし。これはつらいね。

 二〇〇六年四月二十六日。

 朝。
 JR中央線の上り快速電車に乗りました。
 例によってぎゅうぎゅう詰め。ドアにくっついて立ちました。

 たえられなくて三鷹駅で、ここを発車する総武線各駅停車乗り換えました。
 やっと座れました。

 乗り物に乗ったら座席があるのが当たり前の世界で数か月もせい息していると、どうも、立ちっぱなしというのは精神的にもつかれきります。

 東京。
 なかなか住むのには大変な場所です。

 追記

 本日は娘の夫の誕生日。彼たちの家にお祝いのケーキを持っていきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 502 東京都 妻の名言。「老婆は一日にしてならず」。

 二〇〇六年四月二十六日。

 わが妻(?)の名言。

 「老婆は一日にしてならず」

 すごいですね。
 うんちくのかたまりです。

 わが家の「老婆」は五十八歳です。

 このすごい言葉を発案したのは、どなたでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.27

四国、よいとこ 503 高知市  「ワンハンドレットエンコイン ツー」。

 二〇〇六年四月二十七日。

 東京。広島。そして、夜、高知市に帰ってきました。

 帰りの岡山発、高知いきの列車で隣に座っていたのがヨーロッパ人らしい四十歳代くらいの男女。
 二人でしゃべっているのは英語ではないようです。
 でも、好奇心が旺盛な僕は、その男性に聞きました。
 「フロム アメリカ?」
 「ノー ホーランド」
 たぶんオランダからだとのことでしょう。
 「ツー コウチ?」
 「イエス」
 「高知県にも、オランダの人がいますね」
 「???」
 「コウチ ネクスト」

 二人は、高知駅で下車。
 路面電車で、どこかにいきたいようですが、困っていました。
 聞かれた男性の運転手も困っています。
 で、おせっかいを。
 地図を見せてもらったら「グランド前」のホテルでした。
 「ジス(この電車に乗ってください)」
 「ワンハンドレットエンコイン ツー(百円玉二つありますか)」
 「ジス」(一個は、ここで両替してください。百八十円です。はい、これが乗り換え券)
 乗客たちは「ようあれで通じるなぁ」といったあきれた顔をして見ています。

 「はりまや橋」で乗り換え。
 家の方向は逆なのに、なぜか僕も‥‥。
 「フォロー ミー」(僕に、ついてきてください。命令口調でいやだったけど、ほかに表現がわかりません)
 二人とも、わかってくれたようです。
 「いの」いきに乗り換え。
 そして、目的他の「グランド前」です。
 「ヒア ダウン」(ここで降りてください)
 「オー」
 「ジス ユアホテル」(目の前のホテルが、そうですよ)
 男性と握手して自宅に帰ってきました。

 それにしても、この英語!!
 自分でも「もっとなんとかせーよ」という感じでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 504 連休後に「韓国に飛ぼうか」の野望。

 二〇〇六年四月二十七日。

 連休後に「韓国に飛ぼうか」の野望を持っています。

 本日、急に四日間の休みが取れたからです。

 成功するか。
 破綻するか。
 ま、明日から、いろいろやってみます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.28

四国、よいとこ 505  高知市 「心が空」の一日 その一。

 二〇〇六年四月二十八日。休み。

 最近、ちょっと「心」がおかしい。
 ときどき、心の中が空(から)になって、心の中を風がすーすーと通り過ぎている感じで、けだるくて何もしたくない感じに襲われるのです。

 きょうは「寝なくては」という感じで、昼過ぎまで寝ました。
 寝ても、やっぱり「心の中が空」状態が治りません。
 どうなってしまったんだろう。僕は。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 506 高知市 「心が空」の一日 その二 山本薩夫監督の映画「ベトナム」。

 二〇〇六年四月二十八日。休み。

 この日の「しんぶん赤旗」を読んだら、うーんという記事がありました。
 この三月、ベトナムのテレビで山本薩夫監督の映画「ベトナム」(一九六九年)が放映されたというのです。
 アメリカのベトナム侵略とのたたかいをベトナムの側からえがいたすごい映画でした。
 それに、美しい映画でした。
 同時代に見て、ずーっと、もう一度見たいと思っていました。
 記事の写真によるとDVDになっているようです。
 なんとかして手に入れたいと思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 507 高知市 「心が空」の一日 その三 中央公園は、まつりの準備OK。

20060429_009


 二〇〇六年四月二十八日。休み。

 いい天気です。
 とにかく外にいかなくては。
 こんな「心がポカーンとしている日」にはオートバイは危険。とにかく「歩き」で。

 高知市の、近くの店で「おでん定食」。五百円。

 二軒の旅行代理店にいきました。韓国いきのいいコースがなくて、またにしました。

 大橋通で夜九時まであいている喫茶店を見つけました。

 帯屋町を、はいかいしました。
 小さなこいのぼりのかざりがなかなかいい。

 中央公園は、まつりの準備OK。舞台もできあがっていました。
 三十日 ピース・アライブ。青年、学生たちの企画です。
 五月三、四、五日 こうち春花まつり。

 帯屋町のクジラのデコレーションにも初めて気がつきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

四国、よいとこ 508 高知市 「心が空」の一日 その四 「まんが館」での読書。

 二〇〇六年四月二十八日。休み。

 そして、高知市文化プラザかるぽーとの「まんが館」に。

 美内すずえさんの漫画『ガラスの仮面』の四十一巻を読みました。
 そして、さかのぼって三冊読みました。
 たん能しました。
 美内さん。元気ですか。
 読ませてもらいました。ありがとう。
 あなたは作中のマヤのようにすばらしい芸術家です。

 次は『戦後漫画思想史』(著・片寄みつぐさん。未来社)。
 歌人の小名木綱夫さんについての記述に出会いました。
 彼については以前、勉強したことがあります。
 片寄さん(一九二一年生まれ)が、戦後すぐ、日本共産党本部に出入りしていたころの話です。
 「‥‥ここで会った小名木綱夫という歌人は、獄中から出てきたばかりで骨と皮ばかりの姿だった。私は、ゆっくり休んでから活動されたら、と言ったのだが、小名木氏はキッとなり、いや私はここで死ねれば本望です、と答えた。‥‥」

 一日、ふらふらして、心に風を入れて復活しつつあります。
 あすから、また、がんばれるかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.29

四国、よいとこ 509 高知市 「心が空」でなく風邪でした。

 二〇〇六年四月二十九日。

 一日、屋内で仕事。
 ひっきりなしなしに、しゃみが出ます。
 みずばなが出ます。
 悪寒がします。
 何を食べようとしてもおいしくありません。

 「心が空」ではなくて風邪でした。

 「これはいかん」と、仕事の帰りに薬局で薬を買いこんできました。
 明日は大切でハードな仕事があります。
 薬を飲んで暖かくして、ゆっくり寝なければ‥‥。

 ま、その前に、一冊読んでおかなければ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.04.30

四国、よいとこ 510 高知市 八時間、演奏を聞き、踊りを見ました。

 二〇〇六年四月三十日。

 青年に
 中年たちも 手助けし
 八時間もの 平和のライブ

 この日は、すばらしい青空。それに、初夏の陽気。

 高知市中央公園で午前九時から午後六時半まで過ごしました。
 高知の青年たちの「ヒース・アライブ」です。

 八時間、演奏を聞き、踊りを見ました。
 一日の「音楽摂取量」としては過去最高かもしれません。
 みんな、すごかった。
 堪能しました。

 特に「ビートルズクラブ」のビートルズの曲の演奏が僕にはよかった。
 ビートルズの曲は、何か僕の体の「青春」という弦と感応するようで、「うわあーーーっ。すごい」という感じです。

 それに高知大学のサークル「旅鯨人(たびげいにん)」の、よさこい鳴子踊りも素敵でした。

 しかし、しかし、この日、僕は移動用のパソコンを壊してしまいました。
 深刻な打撃にまだ立ち直れないでいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年3月 | トップページ | 2006年5月 »