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2006.04.17

四国、よいとこ 461 高知県四万十市 赤鉄橋は悲劇を乗せて。 

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 二〇〇六年四月十七日。

 高知県四万十市です。
 午後一時で前日からの仕事は終了。
 次の仕事の中土佐町に向かわなければなりません。
 きょうもオートバイでの移動です。

 その前に四万十市で碑を見ていく必要があります。
 ある人に「四万十市で橋といえば‥‥」という質問をしたら「赤鉄橋」。
 四万十川にかかる赤色の鉄橋、四万十川橋のことです。中村地区と対岸の具同地区を結ぶ橋です。
 「橋を左にいったところに、赤鉄橋ができたきっかけの事故の碑と詩人の大江満雄の碑がある」
 通り道なので、いってみました。

 彼の話と碑文などを総合すると赤鉄橋ができた経過は、こういうことだったようです(大江満雄のことは、また勉強します)。 

 改修前の四万十川は毎年のように氾濫を繰返す暴れ川でした。
 氾濫すると、交通手段を渡し舟にたよっていた当時は数日間対岸への通行ができなくなってしまいました。

 一九一五年五月十二日午後三時ころ、築地(ついじ)-渡川上りの渡し(いまの赤鉄橋付近)で、渡船の乗客十一人が水死するという悲惨な事故が起こりました。
 その日は晴天でしたが、前々日、前日と二日続きの雨で川の水かさは増していました。
 乗客のほとんどは、対岸の具同のクワ園へクワの葉を採りにいく、幡多郡立実科高等女学校(現在・中村高校)の女生徒たちでした。
 定員四十人くらいに六十人くらいが乗っていました。
 流れの中ほどを過ぎ、岸に近づきつつある時、渡船はバランスをくずしました。
 そして、全員が川の中に投げ出されました。
 この事故で、女生徒の池内遊亀さん、柳川美恵さん、岸本梅野さん、安田君子さん、中学生四年生の尾崎彦太郎さん、一般乗客六人が亡くなりました。

 この事故が、四万十川橋建設の引き金になりました。 
 橋は、二四年四月に着工され、二六年六月三十日に竣工しました。
 こうして長さ約四百三十八メートル、有効幅員五・五メートルの橋が建設されました。
 竣工の祝賀行事は三日間にもわたったそうです。

 しかし、四六年十二月二十一日の南海大地震で落下してしました。
 ちなみに、僕は大阪市在住の母のお腹の中にいました。

 復旧工事は翌年六月十日に着工され、四八年八月に完成しました。

 この項、十八日夜に入手した本『四万十川 赤鉄橋の町』(金井明さん、高知新聞社)を参考に少し書き直しました。

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