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2006.06.25

四国、よいとこ 624 国民学校の音楽の時間 十六時間目 天皇への「忠義のこころは 鉄より堅」い楠木正成の登場。

 二〇〇六年六月二十五日。

 『初等科音楽 一』までに、ずいぶんと特定の方向の歌をうたわされましたね。
 なんかこわいみたいです。
 それでは、『初等科音楽 二』に入ります。

 例によって最初の六曲は、別格です。
 「君が代」
 「天長節」
 「勅語奉答」
 「明治節」
 「一月一日」
 「紀元節」

 『初等科音楽 一』でも習ったのに、また載っています。

 少し進むと「千早城」という歌が載っています。

 あの楠木正成(くすのき・まさしげ。一二九四年~一三三六年七月四日)のことを歌っているようです。
 楠木正成は、河内国石川郡赤坂村(現・大阪府南河内郡千早赤阪村)に生まれます。
 河内を中心に付近一帯の流通ルートを支配する「悪党」とよばれる在地の豪族だったようです。
 一三三一年、後醍醐天皇の挙兵を聞くと傘下に入り、下赤坂城で挙兵し、湯浅定仏とたたかいます。
 後醍醐が隠岐島に流罪となっている間にも、大和国(奈良県)の吉野などでたたかった護良親王とともに、河内国の赤坂城や金剛山中腹に築いた山城、千早城に篭城してゲリラ戦法を駆使して鎌倉幕府の大軍を相手に奮戦したといいます。
 一三三三年、正成らの活躍に触発されて各地に倒幕の機運が広がり、足利尊氏や新田義貞、赤松円心らが挙兵して鎌倉幕府は滅びました(元弘の乱)。
 後醍醐天皇の建武の新政が始まると、正成は記録所寄人、雑訴決断所奉行人、河内・和泉の守護となります。

 と、いうことで天皇に味方した人としての音楽教科書への登場のようです。

 一 そびえる金剛(こんがう)、
   とりでは千早、
   寄せ来る賊軍、
     一百よ万。

 二 忠義のこころは
   鉄より堅く、
   まもるは楠木
     一千よ人。
 三 戦ふたびごと
   賊軍やぶれ、
   みついにかがやく
     菊水の旗。

 時の天皇の敵は「賊軍」とされ、時の天皇に見方した楠木の「忠義」の心が持ち上げられています。

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