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2006.06.29

四国、よいとこ 633 国民学校の音楽の時間 二十三時間目 広瀬武夫たちを戦死せ、賛美の歌をつくらせ…。

 二〇〇六年六月二十九日。

 「入営」して外国の戦地にというケースがあります。
 
 『初等科音楽 二』にも戦闘の歌が出てきます。
 「広瀬中佐」です。

 主人公は、広瀬武夫(ひろせ たけお)です。一八六八年七月十九日~一九〇四年三月二十七日。
 明治の大日本帝国海軍軍人である。日露戦争でのエピソードで知られており、「軍神」として神格化されました。
 一八九四年の日清戦争に従軍し、九七年にロシアへ留学してロシア語などを学び、貴族社会と交友。その後、ロシア駐在武官となり、一九〇二年に帰国。〇四年から始まった日露戦争で旅順港閉塞作戦に従事。
 広瀬は、第二回の閉塞作戦においては閉塞船「福井丸」を指揮し、撤退時に行方不明となった部下の杉野孫七上等兵曹を探索して船内を三度探し、退却時にボート上で砲弾の直撃を受け戦死したとされました。

 一 とどろくつつ音、
   飛び来る弾丸(だんがん)。
   荒波洗ふ
   デッキの上に、
    やみ貫ぬく中佐の叫び。
   「杉野はいずこ、杉野はゐずや」
 二 船内くまなく
   たずぬる三たび、
   呼べど答へず、
   さがせど見へず、
    船はしだいに波間に沈み、
    敵弾いよいよあたりにしげし。
 三 今はとボートに
   移れる中佐、
   飛来る弾丸(たま)に
   たちまち失せて、
    旅順港外(りょじゅんこうがい)うらみぞ深き、
    軍神廣瀬とその名残れど。

 「旅順港外(りょじゅんこうがい)うらみぞ深き…」といいますが、侵略しているのは日本の天皇です。
 「敵」が抵抗するのは当然です。
 広瀬や杉野を殺したのは本当は誰なんでしょうか。

 「真犯人」たちは、広瀬を、戦死後、中佐に昇進させ、「軍神」とまつりあげました。
 そして、歌にまでして子どもたちの「教化」に利用しました。
 この歌は、一二年の『尋常小学唱歌 第四学年用』に初出しました。

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