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2006.07.08

四国、よいとこ 668 国民学校の音楽の時間 四十時間目 「汝(なれ)を股肱(ここう)とのたまひし…」。

 二〇〇六年七月七日。

 『初等科音楽 三』です。

 「小楠公(せうなんこう)」という歌が載っています。
 小楠公というのは、楠木正成の息子・楠木正行のことです。
 大阪の千早赤坂村に生まれ、南北朝時代、父とともに足利勢とたたかい、父は湊川のたたかいで死亡。父は、湊川への出陣の前に死を覚悟し、桜井宿において、十一歳だった正行に「父の教えを守って正統の天皇に仕えるよう」さとしたということになっています。その後、南朝の武将となった正行は、四條畷の決戦に際し、吉野の如意輪堂にいき、一族百四十三人名の名を留め鏃を用いて板壁に辞世の句、「帰らじと かねて思えば梓弓 無き数に入る名をぞ留むる」を記したといいます。正行は、四條畷の決戦で討死しました。

 この歌は、そうした話をなぞっています。

 一 梅雨(つゆ)の晴れ間の桜井に、
   別れし父の面影(おもかげ)を
   しのべば悲し、十一の
   楠(くす)の一本、なお若し。

 二 母のさとしを身にしめて、
   かをりも清き楠木(くすのき)や、
   河内(かわち)の里に十余年、
   今はこずえに風高し。

 三 汝(なれ)を股肱(ここう)とのたまひし、
   玉のみ声の身にしみて、
   覚悟は強気あづさ弓、
   生きて帰らじ、この門出(かどで)。

 「股肱」は、「ももとひじ。転じて、手足となって働く、君主が最もたよりにする家臣」(『広辞苑』)。
 「あづさ弓」は、アズサの木でつくった丸木の弓です。

 四 いくさも利あらず、矢は尽きて
   四条畷(なはて)に、ををしくも
   花とは散れど、永(なが)き世に
   光かがやく、そのいさを。

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