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2006.09.20

四国、よいとこ 820 木村久夫さんの遺書が語りかけること その二 「木村久夫は、善良で実にいい男でした」(関田英里さん)。

 木村久夫さんは、一九一八年四月九日生まれ。大阪府出身です。
千里第二尋常小学校を卒業。
 一九三八年四月、彼は、高知高等学校(三年制)に入学しました。
 文科甲類二組です。
 入学と同時に、母、妹の孝子(こうこ)さんも、大阪から高知市に移住しました。
 高知市の新屋敷に住みました。
 同級生に関田英里さん、竹内邦夫さん(後に香川大学教授)、畔上孝さんなどがいます。
 高知高等学校三年間のうち二年間、同じクラスで机を並べていた関田さんが高等学校時代の木村さんを語っています。
 「木村久夫は、善良で実にいい男でした。高知市新屋敷にあった彼の家に私はちょいちょい遊びにいったりもしました。彼には一風変わったところがあり、自分が尊敬できない先生には反抗もするし、欠席もする。その課目はあまり勉強もしない。そのため、私より一年早く入学していながら、卒業も一年遅れましたが英語は達者でした」
 「木村は吉井勇の歌が好きで、吉井が一時期住んでいた高知県香北町猪野々の『溪鬼荘』を高校時代よく訪れて逗留(とうりゅう)していたようです」
 吉井勇(よしい・いさむ)は、一八八六年十月八日、東京芝区生まれ。一九六〇年十一月十九日没。歌人、脚本家。
 香北町(かほくちょう)は、高知県の北東部、物部川中流の山間に位置していた町です。二〇〇六年三月一日、土佐山田町、物部村と合併し、香美市となりました。
 「旧制高知高校の校歌は冒頭が『自由の空に寄す南溟(なんめい)の 永久(とわ)なる浪の響き…』ですし、寮歌の『豪気節』では、『南のお国は土佐の国 革命と自由の生まれし地』と歌われています。自由民権運動の発祥の地に大正デモクラシー期に創立された高知高校は、全国でも珍しいほどリベラルな学風で、建学の精神は『感激なき人生は空虚なり』。しかし私が入学した三八年には、国家総動員法が公布され、戦時体制は外から整えられてきていました。“自由”“自治”の精神はしだいに侵され、奪われていったのです。けれども精いっぱいの抵抗を示し、学びあった学友たち――」(「しんぶん赤旗」一九九五年八月十八日付、「’95年夏 問いつづける平和 4」)。

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