« 四国、よいとこ 1037 「高知県伊野町立伊野小学校 同盟休校の十六日間」 その七。 | トップページ | 四国、よいとこ 1039 「高知県伊野町立伊野小学校 同盟休校の十六日間」 その九。 »

2006.12.07

四国、よいとこ 1038 「高知県伊野町立伊野小学校 同盟休校の十六日間」 その八。

 二〇〇六年十二月六日。

 伊野町立神谷中学校校長だった近藤利仲さんが、一九六〇年三月、四月当時のことを書き残しています。

 「町内はわいた。町教委の措置に怒った。
 吾川郡四名、その中の三名が伊野町、しかも三名とも節をまげない県教組の校長とあっては黙ってはいられない。
 『不当処分撤回』のポスターは町内くまなく張出された。
 郡教組、町教組、革新議員、地区労、民主団体は連日町教委へ詰めたが肝心の町教育長は行方をくらまして全く顔を出さない。
 首は切ったが人前に顔をよう出さない非礼にして卑劣な態度に怒った伊野小・神谷中の父母達は多くの民主勢力の私事を受けて四月十一日遂(つい)に同盟休校に入った。
 伊野小は吾川郡教育会館の二階と部落の集会書、神谷中は近辺の手漉(てすき)製紙工場の乾燥場。
 思い出のある生徒達、Nは私と掛図の棚を造り中庭の石つきの修理をした二年生、今三年生でこの教室の指導役におされている。
 新しい一年生まできている。聞いてみると『小学校の卒業式でお話が嬉しかったから。』という。私も嬉しかった。
 ここに来ている六十名余りの者は生徒会の中心になって私の処分撤回の署名運動を早くからはじめていた。『そんな事をしていたら進学・就職のためにならんぞね』といういやみをおし切って家から言えへ歩いて集めた。
 生徒会十三名の代表は地元の革新議員に頼んで町教育長交渉を行った。
 記録によると教育長の答えは『法にあるから』『法治国であるから』の一点張り。人間味のある質問、教育の本質にかかわる質問には一切黙秘」」(『四十二人の手記 高知の勤評不提出校長たち』。文章の行替えをしています)。

 この時、この町の中で、僕も呼吸していました。
 町中のおとなも、子どもも自分の意見を持ち、それをぶっつけて、行動していました。
 わくわくする毎日でした。

|

« 四国、よいとこ 1037 「高知県伊野町立伊野小学校 同盟休校の十六日間」 その七。 | トップページ | 四国、よいとこ 1039 「高知県伊野町立伊野小学校 同盟休校の十六日間」 その九。 »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30274/12969049

この記事へのトラックバック一覧です: 四国、よいとこ 1038 「高知県伊野町立伊野小学校 同盟休校の十六日間」 その八。:

« 四国、よいとこ 1037 「高知県伊野町立伊野小学校 同盟休校の十六日間」 その七。 | トップページ | 四国、よいとこ 1039 「高知県伊野町立伊野小学校 同盟休校の十六日間」 その九。 »