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2007.02.03

四国、よいとこ 1964 高知市  三十一文字(みそひともじ)の「戦争はいや」。

 二〇〇七年二月二日。

 夜、昨年の「平和の短歌」をまとめてみました。


   三十一文字(みそひともじ)の「戦争はいや」

 パソコンで
 三十一文字(みそひともじ)を 組み立てて
 「戦争いや」を ブログにはなつ

 ああ、ここに
 防空壕(ぼうくうごう)が あったんだ
 「すべり山」わき 通る真夏日

 一豊の 銅像なども 奪い取り
 武器にしたとか
 あの戦争は

 「をじさんが、今日は無言で 帰られた…」
 あのころ歌う
 少年、白髪

 アメリカに 家を焼かれた 十七歳
 そこから始まる
 義母の戦後史

 新しい 花を供えられ 生きている
 槇村浩(まきむら・こう)の
 反戦の遺志

 僕たちを 育ててくれた 教師らの
 「繰り返さぬぞ‥」の
 詩碑読みふける

 胴体に
 九条守れを 大書した
 路面電車が ゆきかう高知

 出張の 帰りの道わき
 「平和像」 すっくとたってて
 バイクを停める

 青年に 中年たちも 手助けし
 八時間もの
 平和のライブ

 あの人も おおあの人も 名を連ね
 九条守れの
 新聞広告

 自社の壁 「輝け憲法!!」 大書する
 社長のいるまち
 わが高知市は

 平和への 思い託した 折り鶴が
 七十万舞う
 アーケードにいる

 戦争いや 筆と墨とで 伝えたい
 紅真(こうしん)、着物で
 涼しげにいく

 九条を
 守れの署名 過半数
 清水、大月 十和の村も

 勤評の 大闘争が 生きていて
 教育長ら
 教育基本法(きほんほう)守れ

 このままじゃ…
 教育基本法さん がんばれと
 「ぞーもんでいる」 きのうも、きょうも

 悪法が 衆院通過
 その夜にも
 教育守れの ビラ配りいく妻

 「♪戦争が 起きないように」
 綾香、聞く
 改悪法が 通った翌朝 

 戦争は やってはいかん 六十年
 九条守れの
 声満ちる年

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