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2007.02.07

四国、よいとこ 1970 高知県東洋町 千四百五十二人が放射性廃棄物の持ち込みを禁止する条例を制定する直接請求を町選挙管理委員会に提出。

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 二〇〇七年二月六日。

 高知県の東洋町にやってくるとコバルトブルーの海の色が素敵です。
正午、同町の生見(いくみ)海岸では若者たち九人がサーフィンを楽しんでいました。
 午後一時過ぎ、この海岸近くの同町役場の前に、約四十人の町民が集まり、「応募撤回を」「核のゴミを埋めないで!」「未来の子どもたちに安心を…」ブラスターを掲げました。
 その中の一人、弘田祐一さん(69)が持つ同町への放射性廃棄物の持ち込みを禁止する条例を制定する直接請求書の署名簿の束には千四百五十二人分の署名がぎっしり。
 同町役場で一行は、この直接請求書を山岡七三十四(なみとし)同町選挙管理委員長に提出しました。


 同請求書は、同町に同施設などの持ち込みを禁止する条例をつくるためのものです。
 条例制定の理由として高レベル放射性廃棄物の地中処分の安全性についての諸懸念はクリアされていない、同町は南海地震の直撃を受ける運命にあり処分地としてはもっとも不適切な場であることをあげ、「我々東洋町民は、この自然豊かな東洋町を守り、安全な生活を未来に継承するためにも、全ての放射性廃棄物の持ち込みを禁止する必要がある」としています。
 千四百五十二人分の署名数は、直接請求に必要な有権者(昨年十二月一日現在、三千七人)の五十分の一(六十人)以上の有効署名を大幅に上回り、有権者の半数を超えています。
 この直接請求の署名運動が始まったのは一月三十日夕ですから、すごいスピードでの広がりでした。


 同町長は、一月二十五日、応募について町民の合意が得られたとして独断で原子力発電環境整備機構の高レベル放射性廃棄物最終処分施設候補地の公募に応募しました。
 その理由として、この問題の「勉強会」を一定やってきた、十人の町議のうち四人が応募に賛成していることを上げました。
 「勉強会」といっても、講師は公募側の幹部という一方的な宣伝でした。応募に反対する講師を呼んでの「勉強会」もやるといっていましたが、やっていません。
 実際には、昨年秋から町民の中から「ポンカンとサーフィンの町を守れ」と応募反対の声が起こり、一月十五日、町民有志が応募反対の陳情書を町同議会に提出を提出していました(人口三千四百四十六人中二千百九十三人の署名付)。
 二十五日には、応募反対の請願書も町議会に提出されました(二百二十八人の署名付)。
 同町長の応募は、二つの請願書が町議会で審査される前でした。
 こうした町民無視、町議会無視の応募に怒った町議六人は一月末に、同機構の山路亨理事長に「東洋町長からの応募の受理撤回を」の要望書を提出しています。
 同町長は、昨年三月にも「応募書」を出し、同機構から町議会、町民の合意を得てからでも遅くないと返却されていた「前歴」もあります。
 直接請求書を提出した町民たちは、同日午後、同町長と会見。参加した女性たちから「今のやりかたは民主的なやり方ではありませんねえ。議会にもかけずに勝手に出すというのはおかしいんじゃぁないですか」「四国の宝物を捨てないでください」「町長。(応募を)白紙に戻してください」の声が飛びました。

 この直接請求書の本請求を受けて、高知県東洋町の田嶋裕起町長は、請求受理から二十日以内に同町議会を召集し、条例案に意見をつけて町議会に付議します。
 また、同町議会は、九日午前九時から臨時議会を開き、応募反対の請願書、応募反対の請願書を審査します。

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