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2007年3月

2007.03.02

四国、よいとこ 2023 高知市 「けぞりにくる人がいなくなった」。ある理髪店主のつぶやき。

 二〇〇七年三月二日。

 久しぶりに高知市内の理髪店にいきました。
 丁寧な仕事をする店です。
 そこの男性の店主、いわく。
 「以前は、催しなどに出る前に『けぞり』(ひげをあたってもらうこと)にくる人がいた。客全体の三割くらいがけぞりだった。しかし、いまは、ほとんど、けぞりにくるひとがいない。景気が回復して、みんなが暖かくならないと理髪店には人がこない」

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四国、よいとこ 2024 高知市 いま、僕は「還暦うつ」の最中です。

 二〇〇七年三月二日。

 今夜、「還暦うつ」という言葉を創造しました。
 いまの僕の状態です。

 ● 何か、「人生、もう終わったな」という感覚がまとわりつくのです。
 ぐんぐん発展していくという感じではなく、できるたけ、この状態を持続していく、歯止めをかけるという感覚に陥っています。
 ● いままでは、何につけても「いけいけどんどん」だったのに、迷ってしまうのです。
 これでいいのかなって。
 ● 仕事でも「きょうの仕事は、きょうのうちに」と夜遅くなっても仕上げていました。
 しかし、その瞬間的起爆力が希薄になってきました。希薄になってきたことに気づいて、また、落ち込んでしまうのです。

 でも、この二カ月ほど、何かわからずに落ち込んでいましたが、それが「還暦うつ」だとわかった(?)のは幸いでした。
 原因がわかれば対策が立てられます。
 少し無茶をやって、一気に「還暦うつ」を突破したいとチャンスをうかがっています。

 きょうは、二つ仕事をしました。
 そして夜、一学年下の友人の父の通夜に出席しました。

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2007.03.03

四国、よいとこ 2025 高知市 大津の畑に群れるシラサギたち。

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 二〇〇七年三月三日。

 高知市大津の朝を楽しみました。

 新居から数分歩いて大津バイパスを南にいくと、畑が広がっています。
 畑は、まだ茶色のままです。
 そこにシラサギがたむろしています。
 二十数羽いました。
 初夏になると緑の中を白い鳥が群れている姿は綺麗だろうと思いました。

 少し歩くと路面電車の通りにでます。
 電停の表示を見ると、高知市の市街地方面には午前八時台には十一本も出ています。
 けっこう便利な所です。

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四国、よいとこ 2026 高知市 うっ、二層式の電気洗濯機。

 二〇〇七年三月三日。

 高知市の新居に弟が持ってきた洗濯機は「二層式」でした。

 使ってみました。
 めんどくさいです。

 「全自動」は、革命だったんですね。

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2007.03.04

四国、よいとこ 2027 高知市 人として生をまっとうすることの意味。

 二〇〇七年三月四日。

 一九六六年以来の友人の父が三月一日に亡くなりました。
 八十八歳でした。
 きょうの午後、高知県土佐市宇佐の寺での告別式に参列しました。
 お経に聞き入りながら、「人として生をまっとうすることの意味」を考えました。
 
 そのあと、オートバイで高知市に戻って仕事をし、二つの記事を仕上げました。

 とにかくも パソコンを開け 向かうこと
 迷いが解けて
 記事、姿なす

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2007.03.05

四国、よいとこ 2028 高知市 ブオオーッ、ブオオーッとすごい音をたてて…。

 二〇〇七年三月五日。

 高知市は、昨夜からすごい雨と風です。
 吹き込んだ風が庭の所でブオオーッ、ブオオーッとすごい音をたてています。
 午前八時半現在、まだ雨も風も止んでいません。

 午後一時にはやんでいないと僕は仕事上困るのですが…。

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四国、よいとこ 2029 高知市 韓国映画「初恋のアルバム」の衝撃。

 二〇〇七年三月五日。

 夜、DVDで韓国映画「初恋のアルバム」を見ました。
 えぐい、どこかしこに、たんをはく「おばさん」が、二十歳のときには、おぼこい純情な女の子だったというお話です。
 こう書くと何ですが、実は泣ける映画です。

 この映画を見て、わが妻のことを考えました。
 彼女が十八歳のとき出会いました。
 それは、顔にしわは刻みましたが「ローバは一日にしてならず」と妻はいっています。
 しかし、その優しい心根、立ち振る舞いは十八歳のころのままです。
 何か「奇跡の人」って感じです。 

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2007.03.06

四国、よいとこ 2030 高知市 日本映画「ドレイ工場」。この気高い作品。

 二〇〇七年三月五日。

 「労働者ってもうのは、どんなときにでも団結してたたかわなければいけない。たたかいをやめたとき待っているもののは奴隷工場だけだ」
 今夜、DVDで見た日本映画「ドレイ工場」のせりふです。

 僕たち日本の国民は、こんな気高い作品を持ってたのです。

 随所に出てくる荒木栄さんの曲が素敵。
 宇野重吉さん、やっぱ、いい演技。

 一九六七年十一月の作品です。
 僕は、十九歳でした。
 当時も感激を持って迎えた作品でした。

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四国、よいとこ 2031 研究 感動を伝える文章 その一 自分の心の前向きの変化を率直に語っている一文。

 二〇〇七年三月六日。

 感動を伝える文章を書きたいと思っています。
 どうすればいいか。研究してみたいと思います。
 まずは、僕が感動した文章を集め、それを分析することからはじめたいと思います。

 最初に「“平和に生きる”- Peace alive -」という記事から。
 高知市の「平和資料館・草の家」の「平和資料館・草の家だより」二〇〇六年六月十五日発行、九十一号に載った、同市の中内愛(まな)さんの文章です。

 去年の今頃のわたしには、今の自分は想像できなかっただろうと思う。
 ここ半年で、世界の見え方が以前とは明らかに違う。色を変えたというよりも、鮮やかに色づいてきた。考え方も行動も、前よりずっと外向きになったと思う。
 以前のわたしは、活動熱心で勉強家の母親とは反対に、立派な世界の傍観者だった。「分かっているってば」と、深く関わることを避け、ブラウン管の前で知った顔をしていた。悲しいことに今日の日本では、知らないでも、考えないでも生きていくことはできるし、多くの人は「自分が知らない」ということを知らない。
 草の家に出入りしていると、自然と社会に溢れる多くの問題や、戦争のこと、平和のことに触れることができた。そして、そういう問題について話し合える仲間との出会いが、自分の中の変化と一番大きく結びついていると思う。
 戦争の歴史を生身で生きてきた人の話に耳を傾けるとき、目を背けられない事実を知ったとき、感じたことを言葉にして相手に伝えるとき、お酒を片手に他愛ない話をするとき。
 知らないふりをして、客観的に生きていくことが、あまりに不自然なことに思えてきて、「自分にも何かできるだろうか」と思えるようになった。それは、知りたいと望むことや、そこに集う人達に会いたいと思うことと等しい。
 4月30日に開催したPeace alive は、まさに去年の自分には想像できなかったこと。それから、「自分にも何かできるだろうか」の答え探しでもあった。結局は、自分ができることをやるしかなかったけど。
 当日、それからそれまでの道のりは、わたしの中に「しんどいけれど楽しい」という不思議な感覚を残している。
 答えは、これから先の自分の人生の中で見つけられる、ような気がしている…。
 世界の見え方が変わってきてから半年、今自分が生きているこの同じ地上で起きたこと、起きていること、起きるかもしれないことに真剣に向き合いたい気持ちと、「知りたい、考えていきたい」そういう気持ちで、自分の欠けていた隙間が一つ埋まった気がする。

 この文章の魅力は、やはり、自分の心の前向きの変化を率直に語っていることだと思います。
 率直に語る。感動を伝える文書は、そこから生まれるのではないでしょうか。

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四国、よいとこ 2032 高知市 わおーっ、ハクモクレン!!

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 二〇〇七年三月六日。

 高知市の街を走るとハクモクレンが綺麗に咲いています。

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四国、よいとこ 2033 高知市 新居で住人までの会食、会議ができるようになりました。

 二〇〇七年三月六日。

 高知市の新居に、テーブル二つ、いす十個がやってきました。
 一階のフロアーに置きました。
 とにかく十人までの会食、会議ができるようになりました。

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四国、よいとこ 2034 韓国映画「チム あこがれの人」、文句なしに楽しめます。

 二〇〇七年三月六日。

 夜、DVDで韓国映画「チム あこがれの人」を見ました。
 文句なしに楽しめる作品です。

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四国、よいとこ 2035 高知市 ここは「シラサギの里」です。

 二〇〇七年三月六日。

 朝見たら、高知市の新居の前の田んぼにも水が張られていました。
 その田んぼにシラサギが一羽やってきていました。
 高知市大津乙の、この土地を僕は「シラサギの里」と呼ぶことにしました。

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2007.03.07

四国、よいとこ 2036 高知市 「庭産直」のニンニクの葉っぱ。

 二〇〇七年三月七日。

 このところ高知市東部の新居に寝泊りすることが多いのですが、朝食に「庭産直」のニンニクの葉っぱを使っています。
 ネギとかニラとかに似た形状ですが、やっぱり刺激があっておいしい。

 日本でもあまり食べない所があるようですね。
 高知市ではスーパーマーケットでも売っています。

 インターネットで調べてみたら沖縄県では食べるようです。
 「ピルンパー」と呼んでいるようですね。

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2007.03.08

四国、よいとこ 2037 高知市 城西公園わきの江の口川の美しい風景。

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 二〇〇七年三月八日。

 高知市の城西公園わきの江の口川の風景です。
 川面が映し出す青空、右手の黄色の花。
 いい感じです。
 しかし、川のボラがはねるたびにドブのにおいが周りにひろがります。
 もっときれいな川にしたいものです。

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四国、よいとこ 2038 高知市 寺田寅彦旧邸のツバキの花。

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 二〇〇七年三月八日。

 高知市の寺田寅彦旧邸に寄ったら、こんなツバキが咲いていました。
 あんまり綺麗なので、あなたにも見せたいと思って写真に撮ってきました。

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2007.03.09

四国、よいとこ 2039 高知市  「口から出た錆」ってありますよねー。

 二〇〇七年三月八日。

 「身から出た錆(さび)」という言葉があります。
 「刀身から生じた錆が刀身を腐らせる」の意味。「自分が犯した悪行が原因で、みずからが苦しむこと」です。

 そこで僕の造語。
 「口から出た錆」

 ありますよねー。こんなことって。

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四国、よいとこ 2040 高知市  「日没一分後の群青色(ぐんじょういろ)の空が奇麗だ」。

 二〇〇七年三月八日。

 「日没一分後の群青色(ぐんじょういろ)の空が奇麗だ」
 あるカメラ好きの「おんちゃん」から、こんなことを聞きました。
 「へーっ、そんな色になるときがあるんだ」
 彼が携帯で撮った映像を見せてくれました。
 なるほど。

 僕も撮ってみたいものです。

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四国、よいとこ 2041 高知市 「花冷え」。花にヤキモチして寒さが戻ってきたのでしょうか。

 二〇〇七年三月九日。

 花冷えで 風邪ぶり返し 震えてる
 ぬける青空
 そう快なのだが

 「花冷え」は、桜の花が咲くころ、陽気が定まらないで一時的に寒くなること、または、その寒さをいいます。

「みふぁ」さんのブログによると、ハングルでは、

 꽃샘추위
 コッセmチュウィ
 【kkotsemchuwi】
 と、いうそうです。

 꽃 コッ=花
 샘 セm=ヤキモチ
 추위 チュウィ=寒さ

 花にヤキモチして寒さが戻ってきたのでしょうか。
 いい感じの言葉です。

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四国、よいとこ 2042 島根県出雲市 JR高知駅から六時間かけて…。

 二〇〇七年三月九日。

 土佐弁の 高知駅から
 六時間
 「東北弁」の 出雲の店屋 

 午後二時にJR高知駅を出て午後八時前にJR出雲市駅に着きました。特急なのですが…。
 ビジネスホテルの近くのラーメンの店にいったら男性の客が二人でおしゃべりに夢中。しかし、あまり、何をいっているのかわかりません。

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2007.03.10

四国、よいとこ 2043 「添削」だって、なあんだ改悪じゃねえか。

 二〇〇七年三月十日。

 次々と 改悪をして
 ほくそ笑む
 テレビ俳句の 添削講師

 本日朝のNHK教育テレビの俳句番組です。

 それと、見ていて読者の句で、一つのまとまった言葉が七、五と分かれるものがいくつがありました。
 これではリズムがとれません。

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四国、よいとこ 2044 島根県出雲市 鉄道の大社線(たいしゃせん)が廃止になって…。

 二〇〇七年三月十日。

 出雲市にきて驚いたのが「箱物」がどんどんできていることです。
 本日も出雲大社の近くに島根県立古代出雲歴史博物館が開館しました。

 以下、ある男性の解説。

 鉄道の大社線(たいしゃせん)が廃止になってから、大社駅から出雲大社正面までの商店街がさびれました。
 観光も、バスできて、まず出雲大社にいき、出雲ワイナリーで無料のワインを飲んで、玉造温泉泊まりというコースが多くなり、出雲大社近くの旅館もさびれています。

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四国、よいとこ 2045 高知市 百十四銀行って、なぜナンバーのつく名前なの?

 二〇〇七年三月十日。

 JR松江駅午後五時四十三分発の特急に飛び乗りました。午前零時前に高知駅に着く予定です。

 さて、八日、ある男性の高知市内を走っていたら百十四銀行の支店がありました。
 「なぜ、名前がナンバーなのかな。本店は高松市のようだけど」
 「読みは『ひゃくじゅうし』なのかな」
 「ほかには、どんなナンバーのつく銀行があるのかな」

 以下、インターネットの情報です。

 ● 百十四銀行は、正確には株式会社百十四銀行で、香川県高松市に本店を置く地方銀行です。
 読み方は「ひゃくじゅうしぎんこう」です。
 ルーツは、一八七八年(明治十一年)十一月一日に創立した第百十四国立銀行です。
 店舗数は香川県内を中心に百二十二店舗(二〇〇四年三月現在)。東京、大阪、神戸、名古屋、福岡にも支店があり、十一都府県に展開している広域地銀です。

 ● いまある、ほかのナンバーのつく銀行の名前、読み方、本店の所在地は次のとおり。
 第三銀行
 だいさんぎんこう 三重県松阪市
 第四銀行
 だいしぎんこう 新潟県新潟市
 十六銀行
 じゅうろくぎんこう 岐阜県岐阜市
 十八銀行
 じゅうはちぎんこう 長崎県長崎市
 七十七銀行
 しちじゅうしちぎんこう 宮城県仙台市
 八十二銀行
 はちじゅうにぎんこう 長野県長野市
 百五銀行
 ひゃくごぎんこう 三重県津市
 長野市に一年間住んだことがあるので八十二銀行にはなじみがあります。

 ● ナンバーのつく銀行のルーツは明治初頭に誕生した「国立銀行」でした。これは、紙幣発行を委託された民間会社で全国に百五十三行ありました。
 ただし、第三銀行は「国立銀行」を継承したものではないようです。

 ● 第一国立銀行は、後に第一勧業銀行、現在、みずほ銀行に継続しています。

 ● 八十二銀行は、第十九銀行と六十三銀行の足し算の銀行です。これは、富士銀行が継続銀行になっています。

 ● 三和銀行というのも、第三十四銀行と第十三銀行、第百四十八銀行の「三和」です。

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2007.03.11

四国、よいとこ 2046 高知市 NHK総合テレビの「風林火山」は、かの地の亭主よりは面白いらしい…。

 二〇〇七年三月十一日。

 東京都の妻に一週間ほど電話をしませんでした。
 「いつも電話といえば僕から、何日か電話しなければ心配してかかってくるかもしれない」
 そう思っていたのですが、やっぱり電話はなし。

 たまりかねて今夜、電話しました。
 「これから『風林火山』を見ますので、お急ぎでなければ…」
 ていねいに切られてしまいました。
 僕たちのきずなは………。

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四国、よいとこ 2047 高知市 しっちゃかめっちゃか、いまこそ「はみかえる」とき。

 二〇〇七年三月十一日。

 このごろ土佐弁の「はみかえる」というのをよく聞きます。
 「ひらきなおって頑張る」といった意味でしょうか。
 何か好きな言葉です。
 
 このところきつい日程です。
 十一日に寝たのは午前四時。
 起きたのには午前七時。
 十二日に起きるのは午前四時半。

 いまこそ、はみかえらなくてはという思いで走っています。

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2007.03.12

四国、よいとこ 2048 高知県東洋町 十三日朝九時から町議会一般質問。高レベル放射性廃棄物最終処分施設で八議員が質問します。

 二〇〇七年三月十二日。

 町長が原子力発電環境整備機構(原環機構)の「高レベル放射性廃棄物最終処分施設の設置可能性を調査する区域」の公募に応募したことが大問題になっている高知県東洋町のニュースです。
 十三日午前九時から町議会本会議で一般質問があります。
 十人中八人の議員から、この問題で発言通告が出ています。

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四国、よいとこ 2049 高知県東洋町 「野根のひるね郷(ごう)」の大きなラワン。

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 二〇〇七年三月十二日。

 午前六時、知人の車に乗せてもらって高知市から高知県東洋町へ。
 東洋町の自炊できる宿泊施設「野根のひるね郷(ごう)」に着いて庭を見たら、大きな丸太が。
 室戸の浜に打ち上げられたラワンだそうです。
 これも使って遊び場をつくっている最中とか。

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四国、よいとこ 2050 高知市  「悪いけど 仕事の電話 待ってるの」。

 二〇〇七年三月十二日。

 「悪いけど 仕事の電話 待ってるの」
 午後十一時
 妻との通話

 高知市から電話したら、東京の妻は、いつもの調子。
 しかたがないから東京の息子に電話。
 妻は出張中とか。
 「ひさしぶりに一人の時間ができたよ」と、強がっておりました。

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2007.03.13

四国、よいとこ 2051 高知県 「根回し」って、どんなことをいうんだっけ?

 二〇〇七年三月十三日。

 本日も同乗させていただいて高知市、東洋町を往復。
 その人が「山の木を根回しして…」という言葉を聞いて、さて、本来の「根回し」って、どんなことをいうんだっけ?

 教えていただきました。 


  「木を移植するに先立ち、根の周囲を切り詰めて細根を発達させておくこと」なんですね。

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2007.03.14

四国、よいとこ 2052 高知市大津 田んぼに水がはいっています。日の出の光で水面が美しい光を放っています。

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 二〇〇七年三月十四日。

 朝の高知市大津を歩きました。

 ここらは田んぼや畑の地帯に工場、店、マンションなどがにょきにょきとできた所のようです。

 やや、田んぼに水が張られています。
 日の出の光で水面が美しい光を放っています。

 春にかけて、この地域は、もっともっと美しい光景を見せてくれることでしょう。

 僕は朝七時の列車で高知駅から岡山市へ。

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四国、よいとこ 2053 高知市 飛行機には乗ったことがないという六十五歳の男性。

 二〇〇七年三月十四日。

 夜。高知市。
 ある六十五歳の男性と話していて前日の高知空港の事故の話に。

 彼は、もともと漁師で海は平気だけど、飛行機は乗ったことがないということです。
 飛んでいる飛行機を見上げていると「もし、あれが落ちたら」と恐ろしくて乗ることができないというのです。

 外国にいったのは韓国のみ。
 それはフェリーでいったそうです。

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四国、よいとこ 2054 高知市 山の竹やぶを切り開いてブンタンの苗を植える仕事。

 二〇〇七年三月十四日。

 高知県いの町から高知市大津に引っ越した弟は、いくつか「稼ぎ口」を見出しつつあります。

 本日は、高知市内の山の竹やぶを切り開いてブンタンの苗を植える仕事。
 午前八時十五分に出て、午後四時半に帰宅。
 四千八百円の収入だったようです。

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2007.03.15

四国、よいとこ 2055 高知県東洋町 町議会が高レベル放射性廃棄物最終処分施設の設置可能性を調査する区域」応募の田嶋裕起町長への辞職勧告決議案を可決。

 二〇〇七年三月十四日。

 十三日の高知県東洋町議会(松本太一議長。十人)は、田嶋裕起町長への辞職勧告決議案を挙手多数で可決しました。
 これは、同町長が一月二十五日、原子力環境整備機構の「高レベル放射性廃棄物最終処分施設の設置可能性を調査する区域」の公募に応募したことについてのものです。
 提案者は無所属の田島毅三夫議員(この議会は全員が無所属です)。
 決議は「これは、住民・議会を無視した議会制民主主義の根幹を覆す暴挙であり決して許されるものではない」としています。
 同議会は二月九日にも、この問題で同町長への辞職勧告決議案を可決。しかし、同町長は勧告を無視してきました。

 同決議から。

 「その(町長の)無責任に怒った住民は以後、本日までに住民決起集会、討論会、町長直接抗議、各種団体の反対抗議、昨日十二日には、共産党国会議員まで応援に駆けつけられた激励を受けた。こうした広範多角な反対運動が、今や全国的規模に拡大して町長退陣の声は爆発寸前に達して居る」

 「このまま町長独断を放置すれば、東洋町及び周辺市町村は放射能の墓場と化して、子や孫の住めない廃墟となる。
 国家プロジェクトへの加担とうそぶき、独断で私たちの町を、金と引き換えに放射能のゴミ捨て場にするなどとは、たとえ町長といえどもその権限はない」

 「住民を見捨てた為政者を、我々議会は断じて町長と認めることは出来ない」

 なお、同町議会は十二日には予算案を否決しています。

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2007.03.16

四国、よいとこ 2056 高知県東洋町 さ、寒い、オートバイ走行。「♪雨 雨 風 風 吹き荒れてみろ…」なんちゃって…。

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 二〇〇七年三月十五日。

 高知市から高知県東洋町へオートバイで。

 冷たい雨。強い風。震え上がります。
 それでも、うたごえの曲「嵐」(作詞・作曲・登伸身さん)の「♪雨 雨 風 風 吹き荒れてみろ…」のフレーズが脳裏をよぎります。

 一、さみしそうな あなたのために この歌を贈ろう
   明日の朝は あなたの顔に 笑顔もどるように
   雨 雨 風 風 吹き荒れてみろ
   そんなときこそ 俺たちは また強くなってゆく

 二、さみしさに 沈んだことや 苦しみに なやんだことが 
   あしたからの 生きる力に なってゆくだろう
   雨 雨 風 風 吹き荒れてみろ
   そんなときこそ 俺たちは また強くなってゆく

 三、生きてるなら 叫んでみたい あの陽の落ちる その前に
   今日も一日 たしかに生きた 俺たちだから
   雨 雨 風 風 吹き荒れてみろ
   そんなときこそ 俺たちは また強くなってゆく

 四、あたたかい 南の風と 雪解け水の 冷たさが
   長かった 冬の終わりを 伝えてくれる
   雨 雨 風 風 吹き荒れてみろ
   そんなときこそ 俺たちは また強くなってゆく

   雨 雨 風 風 吹き荒れてみろ
   そんなときこそ 俺たちは また強くなってゆく

 「♪雨 雨 風 風 吹き荒れてみろ…」
 そう歌いながら走りました。
 しかし、寒すぎ。三月中旬なのに冬。
 体の真ん中から凍りついたような感じです。

 午後五時、目的の所にたどり着きました。
 集まりは午後六時からのはずです。
 「いえ、七時からです」
 うえーっ。
 そのうち、何人かやってくると「ひばち」が出されました。この写真です。
 なっつかしーーーい。
 「ひばち」という名前さえわすれかけていました。

 ちなみに「嵐」は、ここで聞くことができます。
 http://bunbun.boo.jp/okera/aaoo/arasi.htm

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四国、よいとこ 2057 高知県東洋町 よかったね。妻が「漢検準一級」に合格。

 二〇〇七年三月十五日。

 夜中、びしゅぬれ状態で高知県東洋町のホテルへ。

 東京の妻に電話したら「漢検準一級」に合格したとか。
 すごいですね。
 勉強家です。
 つぎは一級をめざしてください。

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四国、よいとこ 2058 高知市 散々な健康診断結果。

 二〇〇七年三月十六日。

 朝五時半、高知県東洋町を出発。
 午前十時から高知市の病院で健康診断を予約しているのです。

 朝六時 室戸を西に 走行中
 僕のバイクが
 一万(キロ)超えた

 朝六時半過ぎ、やっとやっているガソリンスタンドに出合いました。
 ガソリン、セーフ。

 なんとか、間に合いました。

 しかし、血圧を測ってもらったら、げーっ。
 思わず、「これじゃあ、死んじゃうよ」。
 いままでに体験したことがない、すっごーく高い血圧でした。
 この間の無謀な生活が響いているようです。

 例の「宇宙遊泳」などの後、問診。
 気になっていた「部位」について「それは、悪くなるばかりです。手術したほうがいいですよ」。
 手術すると回復までに三週間かかるそうです。
 初夏には入院したいと決意しました。

 とにかく、元気になって、全力投球したい!!!!

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四国、よいとこ 2059 「♪青い空 白い雲 ナノハナの 小道を…」。

 二〇〇七年三月十六日。

 山崎ハコさんの歌で一番好きなものは…。
 考えてみました。
 やっぱ、「望郷」かな。

 ♪
 青い空
 白い雲
 ナノハナの
 小道を
 かけまわり
 チョウチョとり
 遊んだ
 ふるさと
 真っ白な
 霧の中
 神社の
 石段を
 かけ上がり
 手をあわせ
 泣いてた
 小さな子
 寂しくて
 悲しくて
 出てきた
 横浜
 優しいと
 思っても
 みんな
 他人さ
 ……

 聞きながら僕は、過去と、今とに身をおいて浸りこみます。

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2007.03.17

四国、よいとこ 2060 高知市大津 晴れの日三景。

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 二〇〇七年三月十七日。

 わーっ、晴れ上がっています。
 高知市大津です。
 バッグに荷物をいっぱい入れて、出勤。
 途中の大津の風景です。
 田んぼわきのナノハナ。
 水をはった田んぼ。
 舟入川。

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2007.03.19

四国、よいとこ 2061 徳島県阿南市 わーっ、ビジネスホテルの部屋に入れなくなった。

 二〇〇七年三月十七日。

 高知市から徳島県阿南市にやってきました。
 夜は高知県香美市からやってきた知り合いのSさん(男性)、東京都からやってきた初対面のKさん(女性)と同じビジネスホテル。
 Sさんの部屋で三人でビールで乾杯。
 で、終わって部屋の鍵をあけたら、途中までしかドアがあきません。
 Sさんに救援を頼みました。
 ホテルの従業員にペンチを持ってきてもらってSさんがあけてくれました。
 感謝。
 Sさんって何でもできる人です。

 ところで、この日夜、東京都の娘が、その娘二人を連れて高知市にやってきています。
 電話すると「えっ、お父さん、出張なの」。

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四国、よいとこ 2062 徳島県阿南市 この花は、何の花でしょうか? (ソラマメでした)

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 二〇〇七年三月十八日。

 前日に引き続き徳島県阿南市で仕事。
 こんな花に出合いました。
 野菜の花のようですが、何の花でしょうか。
 わが家の農夫(弟)は知っているでしょうか。

 列車で高知に向かう間、ずーっとパソコンで文章を書く作業。
 土佐山田駅のころから悪酔いしたような状態になりました。
 うーん、車中のパソコン作業に強くならなくては。

 追伸

 十九日夜、弟によると、これはソラマメの花だといいます。

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四国、よいとこ 2063 高知市大津 娘たち三人の来訪。

 二〇〇七年三月十九日。

 夜、高知市大津の家に帰ると、娘、娘の長女・エミ(六歳)、二女・ユリ(三歳。三月十六日が誕生日でした)がやってきていました。

 ユリは、だいぶ会話がしっかりしてきました。

 エミは、この四月に小学校一年生。
 まん丸の顔が少し面長になってきました。
 四月から地域のサッカークラブにも入るとのことです。
 「また割り」ができることが自慢です。
 弟、ユリとトランプの神経衰弱をやっているのを見ていると、エミは勝負にこだわるタイプ。
 娘が小さなとき家族でトランプをやったとき負けると悔しくて泣いていたことを思い出しました。

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四国、よいとこ 2064 高知市 山原健二郎さんの色紙、「野根山の 番所の卆の きびしくて 江藤新平 のがるすべなし」。

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 二〇〇七年三月十九日。

 八十三歳の山原健二郎さんの色紙に出合いました。

 野根山の
 番所の卆の
 きびしくて
 江藤新平
 のがるすべなし


江藤新平
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から。

 江藤新平(えとう しんぺい、天保5年2月9日(1834年3月18日) - 明治7年(1874年)4月13日)は、江戸時代後期から明治初期の政治家である。

 肥前国佐賀郡八戸村(現在の佐賀県佐賀市鍋島町)に佐賀藩士 江藤胤光・千代子の長男として生まれる。江藤家は肥前小城郡晴気保の地頭千葉常胤の末裔を称する。父は「手明鑓」という身分の下級武士であったとされる。1848年(嘉永元年)に藩校の弘道館へ入学し内生(初等中等)過程は成績優秀で学費の一部を官給されたが、父助右衛門が職務怠慢で郡目付の役を解職永蟄居の身であったため当初から困窮し、外生過程に進学せず弘道館教授で儒学・国学者であった枝吉神陽の私塾に学び、神道や尊皇思想に影響される。このころ彼は窮乏生活を強がって、「人智は空腹よりいずる」を口癖にしたという。

 江戸時代後期の外国船の日本近海への出没や、アメリカのマシュー・ペリー艦隊やロシアのエフィム・プチャーチン艦隊などが来航して通商を求めるなどの時勢の影響を受け、1856年には意見書である『図海策』を執筆する。大隈重信・副島種臣・大木喬任らと義祭同盟を結成する。1857年(安政4年)に結婚。藩の洋式砲術、貿易関係の役職を務める。

 1862年(文久2)に脱藩し京都で活動し、長州藩士の桂小五郎(木戸孝允)や公家の姉小路公知らと接触する。2ヶ月ほどで帰郷し、通常脱藩は死罪であったが、江藤の見識を高く評価した藩主鍋島直正の直截裁断により永蟄居(無期謹慎)に罪を軽減されたと言われる。蟄居後は寺子屋師匠などを務め、同士との密かな交流や、幕府による長州征伐(幕長戦争)での出兵問題では藩主直正への献言を行うなど政治的活動は続けている。

 15代将軍徳川慶喜が大政奉還を行って幕府が消滅した1867年(慶応3)の12月に江藤は蟄居を解除され、郡目付として復帰する。薩摩藩、長州藩は公家の岩倉具視と結び1868年の王政復古の大号令を行い、新政府が誕生すると佐賀藩も参加し、江藤は副島種臣とともに京都に派遣される。

 旧幕府軍との戊辰戦争を行う新政府において江藤は征東大総督府軍監に任命され、土佐藩士の小笠原唯八とともに江戸へ偵察に向かう。薩摩藩の西郷隆盛と幕臣の勝海舟の会談で江戸城の無血開城が決定すると、江藤は城内の文書類を接収する。さらに江藤は京都へ戻り、大木喬任と連名で岩倉に対して江戸(東京)への遷都を献言する。江戸で旧幕臣らを中心とする彰義隊が活動していた問題では長州藩の大村益次郎らとともに討伐を主張し、江藤は軍監として上野戦争で戦い、彰義隊勢を上野寛永寺周辺に追い詰めた上で佐賀藩のアームストロング砲を遠方射撃するという戦術など新政府軍の攻勢で彰義隊は瓦解する。

 戊辰戦争が一段落した新政府が設置した江戸鎮台においては、長官の下の6人の判事の1人として会計局判事に任命され民政や会計、財政、都市問題などを担当する。7月には江藤の献言が通り明治天皇が行幸して、江戸は東京と改称される。1870年1月には佐賀に帰郷し着座(準家老)として藩政改革を行うが、中央に呼び戻され、同年11月に太政官中弁となる。12月には虎ノ門で佐賀藩の卒族に襲撃されて負傷する。2月には制度取調専務に任じられ、国家機構の整備に従事し、大納言岩倉具視に対して30項目の答申書を提出する。近代的な集権国家と四民平等を説き、国宝会議や民法会議を主催して民法典編纂に取り組む。

 文部大輔、左院副議長、司法省が設置されると72年には司法卿、参議と数々の役職を歴任、その間に学制の基礎固め、四民平等、警察制度整備など近代化政策を推進、特に司法制度の整備(司法職務制定・裁判所建設・民法編纂・国法編纂など)に功績を残す。政府内における急進的な民権論者であり、「牛馬ニ物ノ返弁ヲ求ムルノ理ナシ」として牛馬解放令とも呼ばれた司法省達第二十二号(娼妓解放令)、民衆に行政訴訟を認めた司法省達第四十六号などが知られる。また官吏の汚職に厳しく、1872年には新政府で大きな力を持っていた長州閥の山縣有朋が関わったとされる山城屋事件、井上馨が関わったとされる尾去沢銅山事件らを激しく追求、予算を巡る対立も絡み、2人を一時的に辞職に追い込んだ。
 だが、その一方で欧米的な三権分立の導入を進める江藤に対して、行政権=司法権と考える伝統的な政治的価値観を持つ政府内の保守派からは激しく批難された。また急速な裁判所網の整備に財政的な負担が追いつかず、大蔵省との確執を招いた。

 1873年(明治6)には朝鮮出兵を巡る征韓論問題から発展した明治六年政変で西郷隆盛・板垣退助・後藤象二郎・副島種臣と共に下野後、1874年(明治7)1月10日に愛国公党が結成され、同12日民撰議院設立建白書に署名。副島、後藤らの帰郷を思いとどまるようにとの説得にもかかわらず、翌13日に離京。すぐには佐賀へ入らず、2月2日長崎の深堀に着き様子を見る。2月10日佐賀へ向い、翌11日、憂国党の島義勇と会談を行い、翌12日、佐賀征韓党首領として擁立される。16日夜、憂国党の暴発から武装蜂起。士族反乱である佐賀の乱が起こる。乱は大久保利通率いる政府軍に短期間のうちに敗れ敗走、鹿児島に隠棲中の西郷隆盛、高知の林有造、片岡健吉のもとを訪ね武装蜂起を説くが、いずれも容れられず岩倉具視への直接意見陳述を企図して東京への上京を試みる。その途上に現在の高知県安芸郡東洋町甲浦付近で捕縛、佐賀へ送還される。江藤は急設された佐賀裁判所にて裁かれ、処刑・梟首された、享年41。梟首された写真を撮られ全国の県庁で掲示され、その写真は現在に至るも残っている。

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2007.03.20

四国、よいとこ 2065 高知市 市役所前のトサミズキの花。

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 二〇〇七年三月二十日。

 夕方、高知市役所前にいくとトサミズキの花が咲いていました。
 といっても初めて知った花です。
 この写真です。

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四国、よいとこ 2066 高知市 馴田正満さんの「毎月九日に断食」の意味。

 二〇〇七年三月二十日。

 夕方、高知市役所前で高知大学文理学部文学科史学選考で一学年下の、馴田正満さんと会いました。
 四国文映社の社長です。
 今年になってから憲法第九条を守れのアピールで毎月「九」日に断食をしているとのことです。
 水と湯だけはOKとのこと。
 一月は一人でしたが、二月、三月は計十一人に。
 憲法記念日の五月三日には高知市中央公園で日の出から日没までの座り込みをやるとのことです。
 すごい!!!!

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四国、よいとこ 2067 高知市 孫娘エミとの七並べ。彼女は負けると「やっぱり」…。

 二〇〇七年三月二十日。

 夜、高知市大津の家に帰って娘、孫娘のエミと七並べ。

 二回とも一位、僕。二位、エミ。三位、娘。
 ついにエミがテーブルに顔をうつぶせにして泣いてしまいました。
 くやしいのでしょう。
 娘の小さいときと一緒です。

 娘にも孫にも負けてあげない僕も、おとな気ないかな。
 でも、なかなか乗り越えられない存在として立ちふさがる人も必要だと思っています。

 やっぱりね 娘の娘
 トランプで 負けてくやしい
 涙ためてる

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四国、よいとこ 2068 高知市 孫娘のエミがパソコンのソフトのオセロゲームと「勝負、勝負」。

 二〇〇七年三月二十日。

 孫娘のエミにオセロゲームを教えてあげました。
 彼女は、パソコンに向かいソフトと「勝負、勝負」。
 四回とも勝利。

 機嫌よく寝室に向かいました。

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2007.03.21

四国、よいとこ 2069 高知市 娘、孫娘二人と高知県下の「モネの庭」いきのつもりでしたが…。

 二〇〇七年三月二十一日。

 前日の午前まで、きょうは休むつもりでした。
 東京都から高知市にやってきている娘、孫娘二人と高知県下の「モネの庭」にいこうかなと思っていました。

 しかし、前日の午後になって出勤を決意。
 で、きょう、娘たちは高知市内の妻の父母の所にいきました。

 六十歳になっても仕事中毒というのはあまり感心したことではないと自分でも思いますが…。
 四十年来の「中毒」症状は、いまだに治りません。

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四国、よいとこ 2070 高知市 前進座の芝居「お登勢」を見ました。

 二〇〇七年三月二十一日。

 それでも夜には高知市内で前進座の芝居「お登勢」を見ました。
 人形浄瑠璃が劇とかみあっていい感じ。

 殺された 男も女も
 三味に乗り 笑顔で登場
 舞台あいさつ

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2007.03.23

四国、よいとこ 2071 高知県南国市(なんこくし) もう田植えがすんでいる所がありました。

 二〇〇七年三月二十二日。

 朝、高知県南国市(なんこくし)を通ったら、もう田植えがすんでいる所がありました。
 高知県下を走りながら、農のあれこれのシーンをカメラにおさめたいと思っています。

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四国、よいとこ 2072 高知県東洋町 生きいきと運動する女性たち。

 二〇〇七年三月二十二日。

 午後一時半、高知県東洋町役場に到着。

 町議会を見て、夜は、高レベル放射性廃棄物最終処理場誘致に反対する女性たちが主催する集会に。
 参加者の車の誘導も女性たちがやっていました。
 二百五十人が参加。
 終わってからのいすの片付けも女性たちがいっせいにてきぱきと。
 すごく組織的です。
 何か、生きいきと運動している姿に感激しました。

 【以下、その集会の様子です】

 二十二日夜、高知県東洋町で町長の高レベル放射性廃棄物最終処分施設への応募に反対している東洋町自然を愛する会女性部(松井利恵代表)が勉強会を開きました。
 この日の会場は、甲浦(かんのうら)公民館体育館。きびきびと参加者の車を誘導し会場を設営する女性たち。参加者は二百十人になりました。
 原発問題住民運動石川県連絡センター事務局長・児玉一八さんが「高レベル放射性廃棄物の問題点を考える」と題して講演。地中に埋めようとしている高レベル核廃棄物には数万年あるいはそれ以上の半減期を持つ放射性核種がふくまれている、長い時間のうちに容器が腐食して地下水中に放射能が溶け出す危険がある、地殼変動によって容器が壊れ放射能が地表に出現する可能性があると地中処分への疑問を指摘しました。地中処分でなく安全な処理、処分方法の研究開発にこそ力をと対案をしめしての話にうなづく参加者たち。
 勉強会では、原田英祐議員が、この日の臨時町議会で同町への核廃棄物持ち込みを禁止する条例案を可決したことを報告しました。
 同町では「東洋町の明日を考える会」(桜井淳一代表)が同施設候補地を公募する原子力発電環境整備機構の言い分を載せた資料を各戸に配布。二十四日夜に、同機構幹部などを迎えた集会を開こうとしています。

 核ゴミに 反対してる 女たち
 会場整理も
 一糸乱れず

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四国、よいとこ 2073 高知県東洋町 ペンションの一夜。初めての人たちとビールを飲んで…。

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 二〇〇七年三月二十三日。

 二十二日夜遅く、徳島県宍喰(ししくい)のペンションに。
 マスターに「ビールはないですか」と聞くと、「その奥の部屋で、お二人が飲んでいますが、ご一緒しませんか」。
 合流しました。
 七十五歳の記者の男性。
 六十三歳の元村長の男性。
 六十歳の前回、徳島県議選挙に無所属で出たといいうマスター。
 この三人と、わいわいいいながら楽しいひとときを過ごしました。

 そして、家族用の部屋で、ゆったり寝ました。

 朝起きたら、ペンションの前に浜がありました。
 びちゃ、びちゃ…という感じで静かな波が寄せています。
 遠浅で海水浴にも最適。
 ホーホケキョを久しぶりに聞きました。
 夏に娘や孫たちときたいものです。

 一仕事した後、バスで高知方面へ。

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四国、よいとこ 2074 高知県奈半利(なはり) マクワウリの種を買いました。

 二〇〇七年三月二十三日。

 きょうは、午後からは休みにしました。
 何だか、ずいぶん久しぶりの休日です。

 正午前に、くろしお鉄道奈半利駅(なはりえき)に到着。

 駅の近くの店でマクワウリの種を買いました。
 弟とプサンにいったとき買って食べたら美味でした。
 それを思い出しての衝動買いです。
 いままくと六月、七月、八月ころに収穫できるとのこと。
 夏休みにやってきた妻、娘、孫たちが「うまいよー」といって食べている姿を想像すると楽しくなってしまいます。

 追記

 夕方、高知市に帰宅して早速、畑に種を植えました。
 さて、どうなるか…。

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四国、よいとこ 2075 高知県北川村 やっと念願の「モネの庭 マルモッタン」にきました。

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 二〇〇七年三月二十三日。

 やっと念願の「モネの庭 マルモッタン」にやってきました。
 高知県北川村です。
 娘、娘の娘二人と一緒です。
 こんな所でした。


 くるくると 野を踊りゆく 六つの孫娘(こ)
 生きるエナジー
 内よりわいて

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四国、よいとこ 2076 高知県東洋町 「ぶっちょう造り」の家が残っているそうです。

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 二〇〇七年三月二十三日。

 ところで、本日午前、甲浦駅(かんのうらえき)前の看板で、高知県東洋町に「ぶっちょう造り」の家が残っていることを知りました。
 なんと合理的な工夫でしょうか。
 いつか、実物を見てみたいと思っています。

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2007.03.24

四国、よいとこ 2077 香川県観音寺市 「戦争・軍国美談 一太郎やーい」の意味は…。

 二〇〇七年三月二十三日。

 二十五日午後二時から四時まで香川県観音寺市池之尻町の心光院(しんこういん)本堂で、ぜにがた憲法塾第四回「戦争・軍国美談 一太郎やーい」が開かれます。
 講師は、香川県歴史教育者協議会会長の石井雍大さん。
 主催は、九条の会三豊・観音寺。
 観音寺出身で戦前戦中の軍国美談の主人公「一太郎」の話を通じて戦争の持つ意味や平和の大事さを考えます。

 【参考】

 『尋常小學國語讀本 巻七』(一九二八年)から。

 第十三 一太郎やあい

 日露戦争当時のことである。軍人をのせた御用船が今しも港を出ようとした其の時,
 「ごめんなさい。ごめんなさい。」
 といひいひ,見送人をおし分けて,前へ出るおばあさんがある。年は六十四五でもあらうか,腰に小さなふろしくづつみをむすびつけてゐる。御用船を見つけると,
 「一太郎やあい。其の船に乗つてゐるなら,鉄砲を上げろ。」
 とさけんだ。すると甲板の上で鉄砲を上げた者がある。おばあさんは又さけんだ。
 「うちのことはしんぱいするな。天使様によくご奉公するだよ。わかつたらもう一度鉄砲を上げろ。」
 すると,又鉄砲を上げたのがかすかに見えた。あばあさんは「やれやれ。」といって,其所へすわつた。聞けば今朝から五里の山道を,わらぢがけで急いで来たのださうだ。郡長をはじめ,見送の人々はみんな泣いたといふことである。

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四国、よいとこ 2077 高知市 「へんしも」という土佐弁の意味は…。

 二〇〇七年三月二十四日。

 「へんしもやらにゃぁ…」
 こうつぶやいていたら、
 Iさんから
 「土佐人になったねえ」
 の、声がかかりました。
 「へんしも」は、「急いで」といった意味の土佐弁です。
 二十歳まで高知育ちです。
 しかし、三十数年、東京などで暮らしててきました。
 いつの間にか、口から出てくる土佐弁の量が少しへっていたかもしれません。
 「へんしも、土佐弁を再獲得しなければ」
 こう思っている、きょうこのごろです。

 夜、娘と、娘の長女に似顔絵を描いてもらいました。

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2007.03.25

四国、よいとこ 2078 高知市 娘の長女(六歳)との「しりとり」ゲーム。

 二〇〇七年三月二十四日。

 夜、高知市大津の家で娘の長女(六歳)と二人で「しりとりゲーム」をやりました。
 彼女は、言葉が出ないと、部屋をぐるぐるまわって探そうとします。
 見つかると嬉々として回答。
 即座に再回答。
 そして、また彼女は部屋の中をぐるぐる回ります。
 言葉を探して。

 弟が「辞書を見てもいいよ」。
 でも、まだ辞書は引けません。

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四国、よいとこ 2079 研究 感動を伝える文章 その二 うれしくって感動の涙が出たシーンを暖かい視点で。

 二〇〇七年三月二十五日。

 なんで、こんなにいいんだろうという文章に出合いました。
 ブログ「『もけっと』ポケット」の二〇〇七年三月二十二日の「旅立ちの日に。」という文章です。
 うれしくって感動の涙が出たシーンを暖かい視点で書いているのが素敵です。
 書き手の心が弾んでいるから、こんな文章が書けるのだと思います。


 以下、全文です。

 3月20日、小学生の息子の卒業式でした。
 6年前は大きなランドセルを重そうに背負って歩いていた息子。
 月日の経つのは早いものです。もう卒業の日を迎えました。
 小学校を卒業してしまったら何だか急に大人になってしまうような気がして親とてはとてもさびしい気がしてならないのですが、一方息子は新しい中学校生活が楽しみでたまらない様子で、この卒業の日を首を長くして待っていました。
 6年生でお世話になったN先生。式が終わった後、最後の言葉を述べられました。
 「みなさん・・・。
 だ、だめだ。・・泣きそうだ・・。ごめんなさい。式では泣かなかったのにね・・。
 ・・あななたちは、一生、僕の教え子です。何か困った事があったら、必ず僕のところに相談に来てください。
 保護者のみなさん・・。
 大きくなられるにつれ、親子の関わりは少なくなっていきますがこころはしっかりと子どもさんとつないでおいてください。
 ・・では、今、お子さんたちをみなさんの元にお返しします・・。」
 いつも笑顔ではつらつとした熱血N先生が涙です。
 この一年間、子どもたちを全力で「預かって」くださっていたのですね。
 思わずわたしも涙があふれてしまいました。
 このN先生は水谷豊さん主演の「熱中時代」にあこがれて教師になられた方です。
 まさに「天職」という言葉がぴったりのすばらしい方でした。
 ありったけの情熱とやさしさで、そして時にはきびしく、真剣に子どもたちと向き合ってくださいました。
 ほんとうにこのN先生に出逢えてよかった。・・そして、「先生」という職業は何て尊い、すばらしい職業なんだろうとしみじみ思いました。
 先生と在校生のみなさんに送られて校門を出たわたしたち。
 ふと息子を見ると・・泣いています。
 何度も何度も学校の方をふり返りながら立ち止まります。
 「もう一度、戻ってみる?」と、わたし。
 「・・ううん、いいよ。」と、息子。
 通いなれた帰り道ですが、今日のこの道は、君の果てしない未来へとつながっているのですね。
 彼はハンカチで涙を拭いて、まっすぐ前を向いてゆっくりと歩き出しました。
 式では小嶋登さん作詞の『旅立ちの日に』というとても美しい歌が唄われましたが、その歌詞がまさにその旅立ちの時にふさわしく、わたしにとっても「すばらしい歌との出逢い」となりました。

 ♪ 白い光の中に 山なみは萌えて
   遥かな空の果てまでも 君は飛び立つ
   限りなく青い空に 心ふるわせ
   自由を駆ける鳥よ ふり返ることもせず
   勇気を翼にこめて 希望の風にのり
   このひろい大空に夢をたくして・・

   ・・いま、 別れのとき
   飛び立とう未来信じて
   弾む若い力信じて

   このひろい
   このひろい大空に

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2007.03.26

四国、よいとこ 2080 高知市 高校の同学年生・小川有里さんがテレビに出ていました。

 二〇〇七年三月二十五日。

 朝、テレビを見ていたら「定年オヤジのしつけ方」というタイトル。
 「あれ、彼女の本の発想だな」
 彼女というのは高知県立追手前高校で同学年だったエッセイストの小川有里さんです。
 「あっ、彼女も出ている」
 若々しく、にこやかに語っていました。
 ここで顔を見ることができるとは思っていませんでした。

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四国、よいとこ 2081 高知市大津 水がはられた田んぼの上を飛びかう鳥たち。

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 二〇〇七年三月二十五日。

 高知市大津の朝。
 水がはられた田んぼの上をシラサギなどが飛びかいます。
 いいシーンです。

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四国、よいとこ 2082 高知県いの町 田んぼに種をまいて…。弟の原始的なコメづくり。

 二〇〇七年三月二十六日。

 弟は、高知県いの町に無料で田んぼを借りて機械なし、クワのみの原始的な農法でコメをつくっています。
 田んぼに苗を植えるのでなくて種をまくというのがポイントです。
 ● 稲を刈ったあとに残った部分を掘り返して土に入れる。
 ● 草、落ち葉を田に入れて春までおく。
 ● 腐敗した草、落ち葉を土にまぜこむ。
 ● 田をたがやす。
 ● 田に水をはって田の表面を水平にする。
 ● 田の水を抜いて田を乾燥させる。
 ● 田が乾いたら等間隔に種をまく。
 ● 芽が出て苗の丈が十センチメートルなどになったら田に水を入れる。   
 ……

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四国、よいとこ 2083 高知市 高知市大津 弟の朝食の定番は… 。

 二〇〇七年三月二十六日。

 きょうの朝食も弟は自分で焼いた特製パンを食べています。
 小麦粉。
 ムラサキイモを五ミリ各に切ったもの。
 すったゴマ。
 この三つの材料に生卵、牛乳を入れて溶きます。
 そして、それをふたをしたフライパンで弱火で焼きます。
 この特製パンとコーヒーが彼の、いつもの朝食です。

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四国、よいとこ 2084 高知市大津 「苗乗せた 田植え機がいく…」。

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 二〇〇七年三月二十六日。

 高知市大津です。
 朝見たら、いくつかの田は、もう田植えが済んでいました。
 ちょうど、田植えをしている所もありました。

 桜咲き
 みずうみの中 苗乗せた 田植え機がいく
 大津の里は

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四国、よいとこ 2085 高知市大津 田辺島用水に 五十センチメートルほどの魚が数匹も…。

 二〇〇七年三月二十六日。

 朝、高知市大津の田辺島用水を見たら、魚がぴちぴちと泳いでいます。
 五十センチメートルほどもあるのが数匹。
 コイでしょうか。

 いっぺん、ここに魚をとりにこようかな。

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2007.03.28

四国、よいとこ 2086 高知県奈半利町 朝の「奈半利」で見た疾走する男性。

 二〇〇七年三月二十七日。

 二十六日は、高知市、県下南国市、そして、列車で県下奈半利町へ。
 奈半利町のビジネスホテルに泊まって、「奈半利」翌朝の始発、七時八分発のバス(高知東部交通株式会社)で東洋町役場にいきます。
 これで午前九時前に着きます。ちょうどの時間です。
 「奈半利」から東洋町方面のバスは一日に六便。もっと便がほしいですね。
 写真はバス停「奈半利」の時刻表です。

 翌朝七時前、高知県奈半利町の「奈半利」のバス停で東洋町方面いきの始発を待っていたら、巡礼姿の男性が国道をタッタという感じで東に走り抜けていきました。
 マラソンというより、かけっこという感じのスピードです。
 もしかすると、あのスピードで走って四国八十八箇所巡りをしているのかな。そうだとすると、すごいことだな…。

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四国、よいとこ 2087 高知県東洋町 雨の中、四十人ほどのウェットスーツの人がサーフィンを楽しんでいました。

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 二〇〇七年三月二十七日。

 午後三時十五分、高知県東洋町役場での仕事が終わりました。
 役場を出ると国道55号に突き当たります。その向こうが生見(いくみ)の浜です。
 いってみました。
 雨の中、四十人ほどのウェットスーツの人がサーフィンを楽しんでいました。
 ウェットスーツの男性が海からあがってきました。
 東洋町への高レベル放射性廃棄物最終処理場誘致反対の運動に参加している青年でした。
 「やあ。あなたもサーフィンをやるんですね」
 「自然の恩恵は楽しまないとね。もう町議会は終わりましたか。近々、また反対集会をやりたいと思っています」
 近くの店の看板(写真)の言葉がすてきでした。

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四国、よいとこ 2088 高知県東洋町 六十一歳、走って四国八十八か所めぐり!!!

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 二〇〇七年三月二十七日。

 午後四時ころ、役場の前のバス停で安芸方面いきのバスを待っていました。
 突然、目の前を黄色いカッパを着た男性がかけっこで過ぎていこうとしました。東に向かっています。

 声をかけました。
 「すごいですね。朝、あなたが走っているのを奈半利で見ましたよ。同じ人ですよね」
 「そう、奈半利も通りましたよ」
 一月生まれの六十一歳。走って四国八十八か所めぐりをしていて、もうすぐゴールだそうです。
 毎日、ブログに、そのことを載せているといいます。
 ということはパソコンも担いで走っているのですね。ますます、すっごーい。

 短い対話を終え、タッタッタと東に向けて走りさっていきました。


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四国、よいとこ 2089 高知県奈半利町 ホッケの開き十匹(一匹百円)、ゆでタラバガニのパックをゲット。

 二〇〇七年三月二十七日。

 バスでうとうとしていたら奈半利町に入りました。
 「奈半利駅」で下車。
 列車の時間までかなりあったので駅前のスーパーマーケットに入りました。
 ホッケの開き十匹(一匹百円)、ゆでタラバガニのパック二つをゲット。

 高知市の家に帰ったら娘が、この食材を見て「あしたは、お母さんも(東京から)やってくるし、おじいちゃん、おばあちゃん(妻の父母)も呼んで夕食会をしようよ」。
 午後六時開始ということになりました。
 早速、各方面に連絡(娘が)。実現の運びになりました。
 祖父、祖母、僕、妻、弟、娘、娘の長女、娘の二女。計八人の夕食会です。

 ところで、ホッケには思い出があります。
 また、そのことも書きたいと思っています。

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四国、よいとこ 2090 高知市 「パパー。パパに会いたい」。孫娘のささやき。

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 二〇〇七年三月二十八日。

 夜、例の八人の食事会。
 途中、娘の長女・エミ(六歳)に異変。
 泣きだしてとまらないのです。

 娘が携帯電話で東京の夫に「エミと話してあげて」。
 代わったエミは涙声で、
 「パパー。パパに会いたい」。

 こんなことをいわれたら男親はめろめろでしょうね。

 娘の一家では、厳しくしかるのは娘の役目。
 夫は、ひたすら優しく包み込む役回りだそうです。

 しばらくしてエミが復活。
 家族とトランプに興じました。
 「パパいない病だった」
 ご本人の弁です。
 六歳で、こんなに自分のことがわかるなんて、驚異です。

 (写真は、しゃぽんだまに興じる姉妹。記事とは、直接には関係がありません)

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2007.03.29

四国、よいとこ 2091 高知市 百円札は、なぜ廃止されたのでしょうか?

 二〇〇七年三月二十九日。

 朝食のとき、かつて百円札があったということが話題になりました。
 娘は「私も、百円札はみたことがないわ」。
 娘の娘・エミが「なぜ、なくなったの?」

 調べてみると百円札の廃止が閣議決定されたのは一九六六年のことのようです。
 僕が大学生のころです。
 もちろん、娘は生まれていませんでした。
 娘が百円札を知らないのも道理です。
 で、なぜ、廃止されたのか。
 これはまだわかりません。
 ただ、当時、紙すきだった母が、廃止が高知県の紙産業に打撃をあたえるといっていたことをかすかに思い出します。

 ところで、ニコヨンという言葉がありますね。
 一九五〇年六月十一日、東京都が失業対策事業の日当を二百四十五円に決めました。
 百円札二枚と十円札四枚のいうことで、ニコヨンが肉体労働の代名詞になったそうです。

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四国、よいとこ 2092 高知市 娘のお説教。「きのう、おとうさんのやった洗濯物に洗剤がついていたわよ。

 二〇〇七年三月二十九日。

 朝食のとき、娘が僕にお説教。

 「きのう、おとうさんのやった洗濯物に洗剤がついていたわよ。
 お父さんは、洗濯物を入れて、その上に洗剤を入れているでしょう。
 まず、水を張って洗剤を入れてまわして、洗剤が溶けてから洗濯物をいれるのよ。
 わかった」

 いつの間にか、 けっこう口うるさい主婦になっています。

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四国、よいとこ 2093 高知市大津 サギ(?)の着地の瞬間の映像。

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 二〇〇七年三月二十九日。

 朝の高知市大津です。 
 サギ(?)の田んぼへの着地の瞬間を撮影しました。
 何か怪獣みたいですね。

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四国、よいとこ 2094 高知市 甲子園の県立室戸高校の勝利で、みんないい気分のようです。

 二〇〇七年三月二十九日。

 きょうは、高知市内を三か所まわりましたが、どこへいっても甲子園の県立室戸高校の試合の話題。
 負けてたのに四対一で勝利。
 市役所の待合室のソファーでテレビを見ていた男性が、終わった瞬間、「よーっし、勝った」と立ち上がって帰っていきました。
 用事はとっくに終わっていたんですね。
 まわりの人たちは、みんないい気分のようです。

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四国、よいとこ 2095 高知市 高知城のわきを通ったら、桜、桜。あれれ、ツツジも。

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 二〇〇七年三月二十九日。

 午後、高知市の高知城のわきを通ったら、桜、桜。
 ことし初めて近くで桜の花を見ました。
 若い人のグループが座り込んで花見をしていました。
 あれれ、ツツジも咲いています。
 堀には一メートルくらいのコイたちがゆうゆうと泳いでいます。

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四国、よいとこ 2096 高知市 このブンタン、いくらだったと思いますか。

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 二〇〇七年三月二十九日。

 おっ、きょうは木曜か。
 高知市の県民ホール近くの木曜市です。
 やっぱり、のぞいてみました。
 傷物のブンタンがビニールの袋に入っています。
 十キログラムもありそうです。
 「千円」の札。
 「もしかして、これが千円ですか」
 「そうです。安くてすみません」
 ゲットしてふうふういいながら事務所に運びました。
 この写真です。

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四国、よいとこ 2097 高知市大津  「ゲコ、ゲコの 合唱聞いて 帰ってる…」。

 二〇〇七年三月二十九日。

 ゲコ、ゲコの 合唱聞いて 帰ってる
 農ある街の
 夜の楽しみ

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2007.03.30

四国、よいとこ 2098 高知市大津  あの「松たか子さん」が、わが家にやってきていました。

 二〇〇七年三月三十日。

 きょう、高知市大津の、わが家に娘の夫の妹夫妻の長女(こんど中学校一年生)、長男(こんど小学校五年生)がやってきました。
 その間、僕は仕事をしていて娘や妻が受け入れました。
 これで、現在、わが家にいるのは八人です。
 夜、家に帰り着いて新しい客人に会って、びっくりしました。
 あの松たか子さんがいるのです。
 娘の夫の妹夫妻の長女です。
 そっくりなのです。
 彼女の出ている映画のDVDを見て確認してみました。
 そのままんまです。
 うえーーーっ、こんなこともあるのですね。

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