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2007.05.18

四国、よいとこ 2200 高知市 岸恵子さんと横浜空襲、映画「君の名は」。

 二〇〇七年五月十八日。

 休み。
 朝、NHK総合テレビを見ていたら女優の岸恵子さんが出ていました。
 横浜市に住んでいた時、アメリカの空襲で恐ろしい目にあったこと、戦争反対の思いを語っていました。

 四十歳代に見えるのですが戦争の体験があるのですね。
 調べてみたら一九三二年八月十一日生まれでした。

 いろんなところで、横浜空襲のことをかたってきたようです。
 「忘れられない記憶があります。終戦まぎわの五月の横浜。空がB29の銀色で染まりました。
 『きれいだなと思ったのはつかの間。子どもは防空ごうだと言われ、入ったんですが、こんな暗い所で死ぬのはいやだと思いました。母がかぶせてくれたぬれた布団を脱ぎ捨て、松の木に登ったんです。私は生き残り、防空ごうの中の子は死んだ。その時、子どもをやめようと思いました』十二歳の体験でした」(「しんぶん赤旗」、二〇〇一年八月九日付の「休憩室」、板倉三枝記者)。

 僕らが子どものころの映画「君の名は」(一九五三年~五四年。一、二、三部、総集編)のヒロインで氏家真知子役でした。
 こんな物語でした(といっても僕は、おとなになってからビデオで見たのですが)
 太平洋戦争の時のアメリカ軍の東京大空襲の夜。
 アメリカ軍の焼夷弾(しょういだん)が降り注ぐ中、たまたま一緒になった見知らぬ男女、真知子と春樹は助け合って逃げ回るうちに、銀座・数寄屋橋までたどり着きます。
 二人は、ここで、ようやく互いの無事を確認します。 そして、名を名乗らないまま、互いに生きていたら半年後、それがだめならまた半年後にこの橋で会おうと約束し、そのまま別れます。
 やがて、二人は運命の渦に巻き込まれ、互いに数寄屋橋で相手を待つのですが再会がかないません。
 一年後に再開した時は、真知子は勝則との結婚の前夜でした。
 結婚したものの夫との生活に悩む真知子、そんな彼女を気にかける春樹……。

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