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2007.05.06

四国、よいとこ 2171 高知市 高校時代の同級生の言葉、 「高校時代に、一番きらいだったのは『お前』だった」。

 二〇〇七年五月五日。

 仕事が終わってから高知県で高校時代の同級生二人に会いました。

 Mさんは、高校時代サッカー部でした。
 当時の彼の自宅は県下南国市。
 高校時代は、南国市から高知市中心部の、われらが高校まで自転車で通っていたそうです。
 埼玉県在住。東京の大手の会社に勤めていました。コンピューターのシステムエンジニアでしたが五十二歳で退職。昨年、六十歳になって、やっと年金の支給が始まりました。
 今年になってから「あなたたちがつくった社内のコンピュータシステムの仕組みが会社の誰もがわからなくなっている。教えてほしい」ということで同社にいっているとのことです。
 彼の南国市の実家に招かれ、「ホーホケキョ」の声を楽しみました。

 Mさんと高知市のYさん宅へ。

 Yさんも、高校時代、サッカー部でした。
 県下の公立中学校で体育、英語、職業家庭などを教えました。勤務校などのスポーツクラブの指導でも活躍。今年から年金も支給されるようになりました。
 いまは畑を借りて無農薬で野菜をつくっています。大きな車やボートも持っていて海に出かけては魚をつっています。
 今夜は、農業、つり、地域のことなど、いろんなことを教えてもらいました。
 八百屋、魚屋の息子で小学校のころから「働き手」だったとのこと。今夜、見た魚のさばきかたは見事でした。

 Yさんは、彼が好きだった同学年のKさんと学校のフォークダンスの真ん中で踊った時の感激も語ってくれました。
 高校時代の友人、Mさん、Sさん、僕たちの夢をときどきみるようになったという話が印象的でした。
 「高校時代に、一番きらいだったのは『お前』だった」
 そうだったと思います。
 やせっぽちで、勉強ばかりしているような感じの、自分のことしか考えない、いやなやつでした(一方では、一人の同級生の女の子を三年間、追っかけまわす純な少年でした。家庭教師やコカコーラの配達のアルバイトにも熱心でした)。
 彼が好きだった同学年のKさんと学校のフォークダンスの真ん中で踊った時の感激も語ってくれました。

 三人で話していて同級生のうわさも出ました。
 医師をやっているKさんのこと。
 病気で一年ダブったMOさんのこと。
 などなど。
 
 こんなにも 穏やかだったか この友は
 高校一年
 サッカー少年

 ごんごんと 前に出ていた 少年は
 六十歳でも
 前へ、前へと

 十五歳 僕の弱点 指摘され
 冷や汗かいてる
 六十同士

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