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2007年11月

2007.11.01

高知市 秋の色 寺田寅彦会館で。

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 二〇〇七年十一月一日。


  知らぬ間に 秋になってた
 紅葉した 木の葉一枚
 レンズに入れる 

 休み。
 高知市の寺田虎彦会館に寄りました。
 僕は、ここの庭のファンなのです。
 秋の色を撮りました。
 ここの庭のご覧ください。  


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高知市大津 「壁画」の図案は、「平和を奏でる子どもたち」。

 二〇〇七年十一月一日。

 わが宿の
 「壁画」の図案 確定し
 空色キャンバス その時を待つ

 
 わが家の「壁画」づくりが動き始めました。
 まずは、キャンバスつくり。
 工事を頼みました。
 十月三十一日午前八時二十分、工事の男性が二人到着。
 水圧でブロック塀を洗浄。
 約一時間の仕事です。
 そして、本日、午前九時、男性一人が到着。
 まずは、ブロック塀を平らにする作業。
 そして、午後からは男性二人でブロック塀を「空色」に塗ってくれました。
 午後五時までの作業。

 その間、僕は、画家と会いました。
 素案を三つつくってきてくれていました。
 迷わず、その内の一つを選択。
 画家も、それが一番気に入っていたものだったといってくれました。
 タイトルをつければ「平和を奏でる子どもたち」。
 近々、「壁画」制作の作業に入ってくれるとのこと。

 何日もかかることでしょう。
 どんなものになるかわくわくしています。
 もし十一月中に完成したら、写真に撮って絵はがきにして年賀状にしたいと思っています。 


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2007.11.04

高知市大津 「ビラを配れる うれしさよ…」。

 二〇〇七年十一月四日。

 「おお、やっと」
 ビラを配れる うれしさよ
 医療の力 すごいもんだね

 休み。
 午前十時から政策ビラ配り。
 「できるかな」とちゅうちょしながら開始しましたが、これができました。
 十月二日に手術をして、ここまで回復しました。
 うれしい。
 午後四時半でダウン。


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高知市大津 アメリカ軍のB29爆撃機に襲われた田辺島西地域のこと。

 二〇〇七年十一月四日。

 高知市大津の田辺島西を歩き女性二人から一九四五年七月四日のアメリカ軍の空襲の時の話を聞きました。
 この地域も焼夷弾(しょういだん)の投下で焼かれたといいます。
 「近くの国分川につないであったうちの船に逃げた。うちは半分焼かれた」
 「うちは全焼。国民学校にいっていた二人の子ども、学齢前の子どもを連れて逃げた。夫は兵隊にとられて満州にいっていた」


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高知市大津 ヤマモモの楽しみ。

 二〇〇七年十一月四日。

 夕方、ヤマモモの苗を三つ買ってきました。
 実は庭に二つあるのですが、もっとほしかったのです。
 三年待てばヤマモモが実るそうです。
 あのおいしさ。
 楽しみです。


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2007.11.09

二〇〇七年十一月の僕たち

 二〇〇七年十一月九日。

「世を変える」 手を携えて歩みきた 十八歳が六十になる

きな臭い大連合の危機はらみ 日本共産党(とう)の必要 照らすこの国

走り抜け 前にのめって倒れ込む 六十年の僕の生き方

手術跡少しコリコリしてるけど 「もう大丈夫」 ページをめくる

図書館で あれやこれやと調べぬき 二ページ分の収穫を得る

「知りたい」に突き上げられて次々と本積み上げるテーブルにいる

先輩の特攻体験聞いている 語り継ぎたい 二十歳たちにも

もうすぐね すてきな壁画できるんだ 平和を奏でる子どもの図だよ

同じ時 同じ世界に 生まれきて 思いを交わす君がいること

「この思い分かち合いたい」 打ち込んで ブログに放つ 一瞬が好き


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2007.11.14

高知市 「『そうしよう』 決めてしまえば それなりに…」。

 二〇〇七年十一月十四日。

 「そうしよう」
 決めてしまえば それなりに 事態が動き
 転がり始める

 決断を 息子に告げれば
 「あっ、そう」と
 人の情など まだわからんか

 朝、決断しました。
 よーっし、そうしようと。
 そして、一気に行動に出ました。

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2007.11.15

歌集 田辺島(たべしま)に生きる


   歌集 田辺島(たべしま)に生きる

 二〇〇七年に活字になった「僕の短歌」を集めました。
 少し推こうしてあります。
 読み直してみると、その時の「自分」が愛しくなります。
 かわいらしいやつです。
 その時、その時を一生懸命生きようとしています。
 高校時代、三年で「卒業」した大学時代と同じ人なんだなぁと思います(「成長がない」のかもしれません)。
 「ま、がんばれよ」
 自分で自分にエールを送ります。
 この手づくりの小さな歌集、お読みいただければ幸いです。


   一冊だけの『いま風になって』


ブログ開け短歌(うた)の数々コピーする 二年で千首詠んでいそうだ

出版の費用ないこと承知して 二年の歌集編んでいる午後

日の目見ぬ歌集の名前考える 『いま風になって』 うん、いい感じ

二つものパソコン駆使し編んでいる わが新歌集 形をなしてる

さぁ、刷るか 十二時間パソコンと作業の末に 一冊できる


(『高知歌人』一月号)

   二〇〇七年の年賀状

老兵は戦争への道拒むため余命捧げる 年賀の思い

わが町の「清ら」を守れ 年賀くる 東洋町の良識を聞く

高原に移住してから八カ月 退職先輩山頂で笑む

「六十の路は明るく前向きに」 高松の元同級のイノシシ年賀

「人生はまだまだだわよ半分ね」 娘の年賀の孫たち笑顔

(『高知歌人』二月号)

   うれしいと実感する時

 四時間の走行距離まで出張で バイクにブルルとカツを入れてる

 目の前で意外な事態起こってて 僕のカメラもパシャパシャ元気

 息つめて百五十行書き切って 「送信済み」のマーク笑んでる

 風邪ひきの妻のトゲトゲ取れてきて 「元気、元気」が復活したよ

 久しぶり弟がきてアテつくり 「あす」のことなど語り合う夜

 何ゆえかブログのアクセス多い日よ 「うん、ありがとう」世界にお礼

「ああ、君も同じ思いで生きている」 心のメール読む晩のこと

朝早くわれらが新聞開き見て わが記事二本繰り返し読む

「がんばって。私もとるわ。よろしくね」 購読するのメールがきた朝

「よかったよ。この前の記事」「ありがとう」 何だか顔がにやけてくるよ

(『高知歌人』三月号)

   高知市大津の風景

舟戸(ふなと)やら北浦などと海だった昔とどめる街走りゆく

広々の畑に群れる白い鳥 転居の先は「シラサギの里」

十人が座れるテーブル用意して 「わが家(や)作戦」着々進む

朝食に「庭直産」のニンニク葉 調理している新居の片隅

「いらっしゃいエノキのねきの古家(ふるや)です」 転居案内メールに打ってる

(『高知歌人』四月号)

   独り家の八人の卓

妻、娘 孫に親類 加わって独りの家の八人の卓

くるくると野を踊りゆく六人の孫娘(こ) 生きるエナジー内よりわいて

やっぱりね 娘の娘トランプで負けてくやしい涙ためてる

シャボン玉「私のほうが大きいよ」 三歳、六歳張り合っている

娘、孫 去ったわが家に残された おもちゃ、おもつは「またくる」サイン

(『高知歌人』五月号)

    核ゴミ施設を撃退した日

核ゴミに反対している女(おんな)たち 会場整理一糸乱れず

貧乏は耐えてみせるが核のゴミ絶対いやと女らの声

宍喰(ししくい)の宿の主人も核ゴミに絶対反対話が弾む

「世の中は変えられるぞ」と信じきて四十二年か 明日の策練る

エネルギー庁(エネ庁)が「安全だよ」とラッパ吹き 「核ゴミいや」の世論固まる

「交付金 原発麻薬」の日本共産党(とう)のビラ 核ゴミ勢力あわてふためく

「核ゴミに反対です」の看板の立ち並ぶ町 わがバイクいく

「核のゴミいやだ」の候補圧勝で サーフィンの町深夜までわく

「核ゴミの応募やめます」電話するシーン撮ったよ シャッターいい音

サーファーの「核ゴミいや」で始まった思いが実った 春の日うらら

(『高知歌人』六月号)

   うたごえCDを聴きながら

センダンの大学の庭「うたう会」 音痴の僕が歌い始めた

夏の日の代表派遣のカンパ箱 「原爆なくせ」の思い語って

元兵舎 自治会室に陣取って ビラを切ってるガリ版の音

すべり山 学生同志集まって 「地底の歌」を教えてもらった

夏の雨 市営グランド襲う中 友と腕組む「うたごえ」の宴

ベトナムの子を抱く母の貯金箱 僕も貯めたよ支援の思い

すれ違いゲバ棒人(げばぼうびと)になったとか どうしているのか年下の彼

しなめて昔のようにさとす女性(ひと) りりしい顔の十九の口調

(『高知歌人』七月号)

   高知市大津の田辺島(たべしま)に住む

貫之(つらゆき)も帰り船から見ただろか いま地続きの田辺島に住む

庭どれのキュウリのトゲを洗いとり ガリガリガリと食っている朝

足元の用水わけてサギたちが飛び立っていく 人は怖いか

青稲穂広がる農道歩きぬき 「田辺島」という電停に着く

夕刻の庭の畑を一巡し 赤いトマトを一つもぎ取る

留守電に高校の友入ってて 繰り返し聞く 夜の独り家(ひとりや)

夜になり雨、しとしとと降り始め ゲコ、ゲコ、ゲコもうれしそうだね

ロックかけ独りで踊るこの夜中 六十歳も青春してる

休日は日本共産党(とう)ビラ配布のこの半年 担当地域は数百戸分

ご近所の良心市でナス、キュウリ 今夜の「アテ」を抱えて帰る

(『高知歌人』八月号)

   「戦争って悲しいねぇ」

「兵で出た父親の顔知らないの」 この人が持つ平和のたいまつ

無理やりにむりに風船爆弾すかされた 亡き母の手記しみじみと読む

あの日から六十二年 広島の「平和宣言」守れ九条

街頭で「九条守れ」十一回 真夏九日 野市(のいち)の群像

「戦争って悲しいねぇ」の声を聞く 今夜の「まる子」は出色のでき

(『高知歌人』九月号)

   高知県の平和を求める群像


草の家、新事務局長二十二で 平和の思い引き継いでいる

被爆者の思いのたけをビデオにし発表するとか 青年やよし

駆け巡り平和の映画見せている 後輩のこと自慢にしてる

全校に空襲体験聞かせると 女性校長静かな情熱

戦死した夫のことを語る人 用水ぞいの独り住む家

子ども用、戦争柄のふとんなどずらりと並ぶ平和の展示

酒蔵の門前近く 九条の看板をおく社長と語る

田のわきも国道ぞいも九条の看板が立つ 安芸市を走る

空襲の犠牲者名簿もう二人 雨の野外の祈念式展

九条を太陽と呼ぶ歌聞いて 「しか、しか、しか」とひざを打ってる

母、娘、そのまた娘が踊ってる 平和の思いを世々引き継いで

九条を守れの攻防たけなわで 日本共産党(とう)車はめぐる山も分け入り

来年は平和の仕事ビデオにし広めたいよね 友と語らう

パソコンで三十一文字(みそひともじ)を組み立てて「九条守れ」をブログにはなつ

(『四国現代歌人選集 愛媛県・高知県の部』)

   高知の風船爆弾づくり

朝ぶろに本持ち込んで調べてる 風船爆弾わかってきたぞ

本入手。発見あって四時間後 著者のお宅で耳傾ける

母たちの風船爆弾調べたい 「教えてほしい。女学生やーい」

二週間。尋ね尋ねて門に立つ 聞きたいことが山ほどもある

九州の風船爆弾本にした 大先輩に教え受ける夜(よ)

(『高知歌人』十月号)

   花を追う秋

連日の猛暑の中で涼しげに マンジュシャゲ花手を広げてた

「マンジュシャゲもっと撮りたい」 里山をバイクで登る九月の半ば

道路わきニラの花たち整列し「撮って」といってて カメラを向ける

ジャガイモの花を見たくて植え込んだ 四つ、五つと芽が出てきたよ

葉を枯らす虫の攻撃受けながら ハイビスカスたち生きのびている

大輪のハイビスカスたち五つ咲き こわもて顔がほころびている

街中(まちなか)の車道のわきのマンジュシャゲ バイクを止めて見入るひととき

わが家(や)にもトケイソウ花咲きました 「特報メール」打ちたい気持ち

トケイソウ ハイビスカスにあいさつし 腹切る手術の病院にいく

(『高知歌人』十一月号)

   高校、大学の友たち

文集の ガリ切った友 二人逝き
さびしくなったね
「でもね。僕はね」

社長さん 足踏みしめて やってるか
体操部員は
がんばりがきく

座したまま ぴょんぴょんと跳ぶ
技を持つ
サッカー部員ら きょうも快活
 
「定年後 きっときなさい。教えるわ」
ピアノ教師の
高校の友

ふるさとの 元日行事は 墓参り
恩師をしのぶ
二組夫婦

高校の 恩師の思想 受け継いで
無料塾やる
友の熱情

本日の 平和の「主張」 彼かいな
空手部長の
気合の論説

定年し
日本共産党(とう)アナウンサー やっている
元寮長の 張り切った声

十八の 光の姫の そのままに
歳を重ねた
僕の後輩

大学で ともに学んだ 後輩が
いま継いでいる
「宅配映画屋」

九条の 絵手紙かいて 広げてる
看護士さんは
僕の後輩

日本共産党(とう)支部で がんばってるわ
後輩の
電話の声の 晴れやかなこと

(『文海』第七号の「少年から青年へ」から)

   いま、痛切に「やりたいこと」

風光る 四国の地から
衆院に 日本共産党(とう)議席得て
「次」にいきたい

戦争は いやだの思い
束にする
九条の会 この地にほしい

「なぜなんだ。晶子の変節」
もう一度 あたりなおして
世におくりたい

反戦の 観光マップ つくろうよ
若いパワーに
迫られている

わが家の 塀に絵をかく 画家、二十歳
下絵ねってて
楽しみに待つ

わがブログ 日々のアクセス 数十で
「一日千」にと
もくろんでいる

菜園の ジャガイモ二つ 芽が出たよ
そのうち僕も
半農となる

戦争と 平和の記事を 束にして
数冊の本
出したいのだが

詩を書いて もう四十年
そのうちに いつか出そうと
パソコンで打つ

半年後 妻との同居 再開で
仲良くやる法
知恵しぼってる 

(『文海』第七号の「少年から青年へ」から)

   二〇〇七年十一月の僕たち

「世を変える」 手を携えて歩みきた 十八歳が六十になる

きな臭い大連合の危機はらみ 日本共産党(とう)の必要 照らすこの国

走り抜け 前にのめって倒れ込む 六十年の僕の生き方

手術跡少しコリコリしてるけど 「もう大丈夫」ページをめくる

図書館で あれやこれやと調べぬき 二ページ分の収穫を得る

「知りたい」に突き上げられて次々と本積み上げるテーブルにいる

先輩の特攻体験聞いている 語り継ぎたい二十歳たちにも

もうすぐね すてきな壁画できるんだ 平和を奏でる子どもの図だよ

同じ時 同じ世界に 生まれきて 思いを交わす君がいること

「この思い分かち合いたい」 打ち込んで ブログに放つ 一瞬が好き

(『高知歌人』十二月号)

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2007.11.17

高知市 高知県立高知追手前高校の奉安殿(ほうあんでん)跡。

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 二〇〇七年十一月十六日。

 高校の 屋上にある
 奉安殿(ほうあんでん)
 見上げています 神の世ツール

 菊の紋 削ろうとした 跡残る
 奉安殿が
 強いた侵略

 わが母校、高知県立高知追手前高校の奉安殿の跡を見ることができました。
 この奉安殿「生きていた」時代は、この学校は、高知県立城東中学校でした。
 研究テーマ。「高知県立城東中学校の奉安殿が戦地に送り出した男たちのこと」。


 【参考】

 奉安殿(ほうあんでん)

 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から。

 奉安殿とは、戦前戦中にかけて各地の学校で、天皇皇后の写真(御真影)と教育勅語を納めていた建物のこと。御真影自体は大正~昭和期にかけて下賜されたため、奉安殿の成立もその時期と推測される(小学校の奉安殿建築は昭和10年前後に活発化)。また学校への宿直も、この御真影の保護を目的として始められた面もある。
 四大節祝賀式典の際には、職員生徒全員で御真影に対しての最敬礼と教育勅語の奉読が求められた。また、登下校時や単に前を通過する際にも、職員生徒全てが服装を正してから最敬礼するように定められていた。
 当初は講堂や職員室・校長室内部に奉安所が設けられていた。しかしこの奉安所の場合、校舎火災や地震などによる校舎倒壊の際などに御真影が危険に晒される可能性が高く、また実際に関東大震災や空襲、校舎火災の際に御真影を守ろうとして殉職した校長の美談がいくつか伝えられている。 このため、さらに万全を期すために、校舎内部の奉安所は金庫型へ改められ、また独立した「奉安殿」の建築が進められていった。前者の校舎一体型は旧制中学などに多く、後者の独立建築型は小学校に多く見られた。
 建築物としてみると、実に様々なバリエーションが存在する。ギリシャ建築風や鉄筋コンクリート造り、レンガ造りの洋風建築から旧来の神社風建築など、意匠を凝らした物が多い。小形ながら頑丈無比の耐火耐震構造、さらに威厳を損ねぬよう荘厳重厚なデザインになるようにとの苦心の跡が垣間見えるようである。また実際、昭和8年には奉安殿の建築デザインに関するコンペも開かれている。ただし、このような頑丈な小建築には「湿気がこもる」という欠点があり、御真影に染みを作ってしまい学校が始末書を提出する羽目に陥ることもしばしばあった。

 

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高知市大津 「あなたには 自由にやらせて もらったわ」。

 二〇〇七年十一月十六日。

 「あなたには 自由にやらせて もらったわ」
 こやつ、まだまだ
 暴れそうだな
 

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2007.11.18

高知市大津 「五つほど 球根植えていた サフランが…」。

 二〇〇七年十一月十七日。

 休み。

 五つほど 球根植えていた サフランが
 まず一つだけ
 笑んでいた朝

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高知市 「この星に 同じ時代に やってきて…」。

 二〇〇七年十一月十八日。

 高知市長選挙告示。

 午後二時半ころ、高知市帯屋町のパラソルの下で休んでいたら、青年が色紙に詩のような言葉を書いて売っていました。
 「僕の短歌を書いてもらえないかな」
 こう思いついて、うーん、うーんと短歌を一首詠みました。

 この星に
 同じ時代に
 やってきて
 おもしろかったね
 「さぁ、これからも」

 メモを渡しながら「ねえ、この文章を書いてもらえないかなぁ」。
 「いいですよ」

 色紙は十分ほどで仕上がりました。


 

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2007.11.21

徳島県那賀町木頭(なかちょうきとう)北川で。

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 二〇〇七年十一月二十一日。


   徳島県那賀町木頭(なかちょうきとう)北川で


ユズを採る合間を縫って 屋外で 「政治変えろ」の車座集会

「町内に出した手紙が五日後に」 国壊す人怒る山人(やまびと)

「生ものを置いてる店がないんだよ」 トラックスーパー迎える母ら

 標高約七五〇メートルの徳島県那賀町木頭北川。
 二〇〇七年十一月二十一日午後、北川ゆず集荷所前で日本共産党衆院比例四国候補を迎えた車座集会が開かれました。
 集会が終わったころ、ここに肉や魚などを積んで「トラックスーパー」がやってきました。同県阿南市から月曜日、水曜日、金曜日の週三回の来訪です。


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2007.11.26

高知市 妻が父の戦争体験を聞いています。

二〇〇七年十一月二十三日。

 二時間で 十八歳に さしかかる
 八十三歳
 義父の戦争

 休み。
「父の戦争体験を本にしたい」
 妻の義父へのインタビューが続いています。


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高知市 「わがコラム 載せた新聞 配られて」。

 二〇〇七年十一月二十四日。

 わがコラム 載せた新聞
 配られて
 読み直してる 「思いよ伝われ」

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高知市 「自販機の 『いってらっしゃい』 聞きたくて…」。

 二〇〇七年十一月二十四日。

 自販機の
 「いってらっしゃい」 聞きたくて
 ジュース買ってる 田辺島(たべしま)電停

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2007.11.30

高知市大津 「菜園で ジャガイモ四つ 収穫し…」。

 二〇〇七年十一月二十九日。

 菜園で ジャガイモ四つ 収穫し
 フライにしてる
 僕の夕食


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