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2007.11.15

歌集 田辺島(たべしま)に生きる


   歌集 田辺島(たべしま)に生きる

 二〇〇七年に活字になった「僕の短歌」を集めました。
 少し推こうしてあります。
 読み直してみると、その時の「自分」が愛しくなります。
 かわいらしいやつです。
 その時、その時を一生懸命生きようとしています。
 高校時代、三年で「卒業」した大学時代と同じ人なんだなぁと思います(「成長がない」のかもしれません)。
 「ま、がんばれよ」
 自分で自分にエールを送ります。
 この手づくりの小さな歌集、お読みいただければ幸いです。


   一冊だけの『いま風になって』


ブログ開け短歌(うた)の数々コピーする 二年で千首詠んでいそうだ

出版の費用ないこと承知して 二年の歌集編んでいる午後

日の目見ぬ歌集の名前考える 『いま風になって』 うん、いい感じ

二つものパソコン駆使し編んでいる わが新歌集 形をなしてる

さぁ、刷るか 十二時間パソコンと作業の末に 一冊できる


(『高知歌人』一月号)

   二〇〇七年の年賀状

老兵は戦争への道拒むため余命捧げる 年賀の思い

わが町の「清ら」を守れ 年賀くる 東洋町の良識を聞く

高原に移住してから八カ月 退職先輩山頂で笑む

「六十の路は明るく前向きに」 高松の元同級のイノシシ年賀

「人生はまだまだだわよ半分ね」 娘の年賀の孫たち笑顔

(『高知歌人』二月号)

   うれしいと実感する時

 四時間の走行距離まで出張で バイクにブルルとカツを入れてる

 目の前で意外な事態起こってて 僕のカメラもパシャパシャ元気

 息つめて百五十行書き切って 「送信済み」のマーク笑んでる

 風邪ひきの妻のトゲトゲ取れてきて 「元気、元気」が復活したよ

 久しぶり弟がきてアテつくり 「あす」のことなど語り合う夜

 何ゆえかブログのアクセス多い日よ 「うん、ありがとう」世界にお礼

「ああ、君も同じ思いで生きている」 心のメール読む晩のこと

朝早くわれらが新聞開き見て わが記事二本繰り返し読む

「がんばって。私もとるわ。よろしくね」 購読するのメールがきた朝

「よかったよ。この前の記事」「ありがとう」 何だか顔がにやけてくるよ

(『高知歌人』三月号)

   高知市大津の風景

舟戸(ふなと)やら北浦などと海だった昔とどめる街走りゆく

広々の畑に群れる白い鳥 転居の先は「シラサギの里」

十人が座れるテーブル用意して 「わが家(や)作戦」着々進む

朝食に「庭直産」のニンニク葉 調理している新居の片隅

「いらっしゃいエノキのねきの古家(ふるや)です」 転居案内メールに打ってる

(『高知歌人』四月号)

   独り家の八人の卓

妻、娘 孫に親類 加わって独りの家の八人の卓

くるくると野を踊りゆく六人の孫娘(こ) 生きるエナジー内よりわいて

やっぱりね 娘の娘トランプで負けてくやしい涙ためてる

シャボン玉「私のほうが大きいよ」 三歳、六歳張り合っている

娘、孫 去ったわが家に残された おもちゃ、おもつは「またくる」サイン

(『高知歌人』五月号)

    核ゴミ施設を撃退した日

核ゴミに反対している女(おんな)たち 会場整理一糸乱れず

貧乏は耐えてみせるが核のゴミ絶対いやと女らの声

宍喰(ししくい)の宿の主人も核ゴミに絶対反対話が弾む

「世の中は変えられるぞ」と信じきて四十二年か 明日の策練る

エネルギー庁(エネ庁)が「安全だよ」とラッパ吹き 「核ゴミいや」の世論固まる

「交付金 原発麻薬」の日本共産党(とう)のビラ 核ゴミ勢力あわてふためく

「核ゴミに反対です」の看板の立ち並ぶ町 わがバイクいく

「核のゴミいやだ」の候補圧勝で サーフィンの町深夜までわく

「核ゴミの応募やめます」電話するシーン撮ったよ シャッターいい音

サーファーの「核ゴミいや」で始まった思いが実った 春の日うらら

(『高知歌人』六月号)

   うたごえCDを聴きながら

センダンの大学の庭「うたう会」 音痴の僕が歌い始めた

夏の日の代表派遣のカンパ箱 「原爆なくせ」の思い語って

元兵舎 自治会室に陣取って ビラを切ってるガリ版の音

すべり山 学生同志集まって 「地底の歌」を教えてもらった

夏の雨 市営グランド襲う中 友と腕組む「うたごえ」の宴

ベトナムの子を抱く母の貯金箱 僕も貯めたよ支援の思い

すれ違いゲバ棒人(げばぼうびと)になったとか どうしているのか年下の彼

しなめて昔のようにさとす女性(ひと) りりしい顔の十九の口調

(『高知歌人』七月号)

   高知市大津の田辺島(たべしま)に住む

貫之(つらゆき)も帰り船から見ただろか いま地続きの田辺島に住む

庭どれのキュウリのトゲを洗いとり ガリガリガリと食っている朝

足元の用水わけてサギたちが飛び立っていく 人は怖いか

青稲穂広がる農道歩きぬき 「田辺島」という電停に着く

夕刻の庭の畑を一巡し 赤いトマトを一つもぎ取る

留守電に高校の友入ってて 繰り返し聞く 夜の独り家(ひとりや)

夜になり雨、しとしとと降り始め ゲコ、ゲコ、ゲコもうれしそうだね

ロックかけ独りで踊るこの夜中 六十歳も青春してる

休日は日本共産党(とう)ビラ配布のこの半年 担当地域は数百戸分

ご近所の良心市でナス、キュウリ 今夜の「アテ」を抱えて帰る

(『高知歌人』八月号)

   「戦争って悲しいねぇ」

「兵で出た父親の顔知らないの」 この人が持つ平和のたいまつ

無理やりにむりに風船爆弾すかされた 亡き母の手記しみじみと読む

あの日から六十二年 広島の「平和宣言」守れ九条

街頭で「九条守れ」十一回 真夏九日 野市(のいち)の群像

「戦争って悲しいねぇ」の声を聞く 今夜の「まる子」は出色のでき

(『高知歌人』九月号)

   高知県の平和を求める群像


草の家、新事務局長二十二で 平和の思い引き継いでいる

被爆者の思いのたけをビデオにし発表するとか 青年やよし

駆け巡り平和の映画見せている 後輩のこと自慢にしてる

全校に空襲体験聞かせると 女性校長静かな情熱

戦死した夫のことを語る人 用水ぞいの独り住む家

子ども用、戦争柄のふとんなどずらりと並ぶ平和の展示

酒蔵の門前近く 九条の看板をおく社長と語る

田のわきも国道ぞいも九条の看板が立つ 安芸市を走る

空襲の犠牲者名簿もう二人 雨の野外の祈念式展

九条を太陽と呼ぶ歌聞いて 「しか、しか、しか」とひざを打ってる

母、娘、そのまた娘が踊ってる 平和の思いを世々引き継いで

九条を守れの攻防たけなわで 日本共産党(とう)車はめぐる山も分け入り

来年は平和の仕事ビデオにし広めたいよね 友と語らう

パソコンで三十一文字(みそひともじ)を組み立てて「九条守れ」をブログにはなつ

(『四国現代歌人選集 愛媛県・高知県の部』)

   高知の風船爆弾づくり

朝ぶろに本持ち込んで調べてる 風船爆弾わかってきたぞ

本入手。発見あって四時間後 著者のお宅で耳傾ける

母たちの風船爆弾調べたい 「教えてほしい。女学生やーい」

二週間。尋ね尋ねて門に立つ 聞きたいことが山ほどもある

九州の風船爆弾本にした 大先輩に教え受ける夜(よ)

(『高知歌人』十月号)

   花を追う秋

連日の猛暑の中で涼しげに マンジュシャゲ花手を広げてた

「マンジュシャゲもっと撮りたい」 里山をバイクで登る九月の半ば

道路わきニラの花たち整列し「撮って」といってて カメラを向ける

ジャガイモの花を見たくて植え込んだ 四つ、五つと芽が出てきたよ

葉を枯らす虫の攻撃受けながら ハイビスカスたち生きのびている

大輪のハイビスカスたち五つ咲き こわもて顔がほころびている

街中(まちなか)の車道のわきのマンジュシャゲ バイクを止めて見入るひととき

わが家(や)にもトケイソウ花咲きました 「特報メール」打ちたい気持ち

トケイソウ ハイビスカスにあいさつし 腹切る手術の病院にいく

(『高知歌人』十一月号)

   高校、大学の友たち

文集の ガリ切った友 二人逝き
さびしくなったね
「でもね。僕はね」

社長さん 足踏みしめて やってるか
体操部員は
がんばりがきく

座したまま ぴょんぴょんと跳ぶ
技を持つ
サッカー部員ら きょうも快活
 
「定年後 きっときなさい。教えるわ」
ピアノ教師の
高校の友

ふるさとの 元日行事は 墓参り
恩師をしのぶ
二組夫婦

高校の 恩師の思想 受け継いで
無料塾やる
友の熱情

本日の 平和の「主張」 彼かいな
空手部長の
気合の論説

定年し
日本共産党(とう)アナウンサー やっている
元寮長の 張り切った声

十八の 光の姫の そのままに
歳を重ねた
僕の後輩

大学で ともに学んだ 後輩が
いま継いでいる
「宅配映画屋」

九条の 絵手紙かいて 広げてる
看護士さんは
僕の後輩

日本共産党(とう)支部で がんばってるわ
後輩の
電話の声の 晴れやかなこと

(『文海』第七号の「少年から青年へ」から)

   いま、痛切に「やりたいこと」

風光る 四国の地から
衆院に 日本共産党(とう)議席得て
「次」にいきたい

戦争は いやだの思い
束にする
九条の会 この地にほしい

「なぜなんだ。晶子の変節」
もう一度 あたりなおして
世におくりたい

反戦の 観光マップ つくろうよ
若いパワーに
迫られている

わが家の 塀に絵をかく 画家、二十歳
下絵ねってて
楽しみに待つ

わがブログ 日々のアクセス 数十で
「一日千」にと
もくろんでいる

菜園の ジャガイモ二つ 芽が出たよ
そのうち僕も
半農となる

戦争と 平和の記事を 束にして
数冊の本
出したいのだが

詩を書いて もう四十年
そのうちに いつか出そうと
パソコンで打つ

半年後 妻との同居 再開で
仲良くやる法
知恵しぼってる 

(『文海』第七号の「少年から青年へ」から)

   二〇〇七年十一月の僕たち

「世を変える」 手を携えて歩みきた 十八歳が六十になる

きな臭い大連合の危機はらみ 日本共産党(とう)の必要 照らすこの国

走り抜け 前にのめって倒れ込む 六十年の僕の生き方

手術跡少しコリコリしてるけど 「もう大丈夫」ページをめくる

図書館で あれやこれやと調べぬき 二ページ分の収穫を得る

「知りたい」に突き上げられて次々と本積み上げるテーブルにいる

先輩の特攻体験聞いている 語り継ぎたい二十歳たちにも

もうすぐね すてきな壁画できるんだ 平和を奏でる子どもの図だよ

同じ時 同じ世界に 生まれきて 思いを交わす君がいること

「この思い分かち合いたい」 打ち込んで ブログに放つ 一瞬が好き

(『高知歌人』十二月号)

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投稿: 大野智久 | 2007.12.04 21:24

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