« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年2月

2008.02.01

この星に同じ時代にやってきて 藤原義一歌集  ①

 以下に引っ越しました。


 http://fujihara.cocolog-nifty.com/naze/

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.02

高知市大津 「体操着 遠近眼鏡も 手に入れて……」。

 二〇〇八年二月二日。

 体操着 遠近眼鏡も 手に入れて
 短大入学
 準備着々

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.03

高知市 土佐湾のニタリクジラのオスのバトル。

 二〇〇八年二月三日。

 土佐湾の ニタリクジラの オスたちも
 メスをめぐって
 バトルするとか

 夜のNHK総合テレビの「ダーウィンが来た! 生きもの新伝説」で知りました。

 今夕、やっと本の三稿のゲラを関係者に送り終わりました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 当面の目標。「ぬかみそくさい男になりたい」。

 二〇〇八年二月三日。

 とにかくも 食べてくことが 一番で
 ぬかみそ臭い
 男になりたい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.04

高知市大津 「アケビ苗 三本買い込み ほくそ笑む……」。幼いころ、僕んちの庭で……。

 二〇〇八年二月四日。

 アケビ苗 三本買い込み ほくそ笑む
 頭の中は
 開いた果肉

 以下にアケビの記事があります。

 http://www.pref.yamagata.jp/ou/somu/020020/mm_bk_data/s/oraho_No29.html

小学校低学年のころ住んでいた、高知県伊野町天神町四丁目の母の姉の「邸宅」の裏門の近くにアケビがありました。
 楽しみでしたねー。この実が。おいしくて。

 高校の同窓生たちと関東を旅行したときだったか、アケビの実に再会しました。
 派手ではないけど、やっぱりおいしーい。

 秋になれば、もしかして、わが家の庭にアケビの実がなる。なんか、おいしくて美しい夢みたいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市、東京都 「もしもし。切ってね」。離婚の切り札、いくらでもありそう。

 二〇〇八年二月四日。

 「もしもし。切ってね」
 わが妻は
 今夜もテレビに はまっているよう

 東京都の妻の「ごあいさつ」です。
 わざわざ高知市から電話したのに……。
 僕の、離婚の切り札は、いくらでもありますよねー。弁護士さん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.05

高知市大津 十四時間、パソコンの前に座って新しい歌集の初校をしました。

 二〇〇八年二月五日。

 いやーっ、きょうは、二階の狭くて暖かい部屋にこもって十四時間、パソコンの前に座って新しい歌集の初校をしました。
 朝ご飯、昼ご飯は、なんとか食べたものの、夕飯のおかずを買いに行けませんでした。
 いま、お腹がぐーぐーいっています。

 かなり変えてしまいました。
 印刷所さん、ごめんなさい。

 ブログの歌集「この星に同じ時代にやってきて」にも反映しました。
 読んでいただければ幸いです。

 この歌集、考えてみれば名前は出てこないものの数百人ほどが登場するものとなりそうです。
 登場人物には、きちんと、できた歌集を、お送りしたいと思っています。
 
 元特攻隊員の本も進行中です。
 今晩は、本のゲラを、お送りした、一九四五年七月から呉海軍工廠(こうしょう)の薬剤見習い尉官だったかたからお電話をいただきました。
 雑誌の、そのかたの文章から引用させていただいたのです。
 直しを送っていただけるとのこと。
 ありがたいことです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.07

高知市大津 訓練コース、住宅リフォーム技術科の魅力。

 二〇〇八年二月六日。

 女性では 非正規雇用 半分か
 訓練所にも
 娘ら、どっさり

 きょうは、午前中から高知市の独立行政法人雇用・能力開発機構高知センターの訓練コース説明会に。
 四コース(いずれも、六カ月。月曜日から金曜日まで。午前九時から午後三時十分まで)の説明がありました。
 僕が受けることのできるのはテクニカルオペレーション科、住宅リフォーム技術科、ビジネスワーク科のいずれかです。
 一番魅力的だったのは住宅リフォーム技術科。道具の扱い方から実際に木造住宅を建てるところまでを教えてくれるのです。
 しかし、ぶきっちょな僕に、そんな大それたことができるのかなぁ……。
 体力的には持つか……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 「短歌より 川柳次々 生まれる日」。

 二〇〇八年二月六日。

 短歌より 川柳次々 生まれる日

 次々と 川柳つくり 憂さ晴らす

 苦虫で 川柳つくる よくないねー


 追伸 二月七日

 ここに書いたもののほか、四句を新聞に投稿することにしました。
 そて、デビューできるか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 うん、折り紙をやってみようか。

 二〇〇八年二月六日。

 折り紙を やってみようか
 ふと思う
 この六十年 したことないから

 ふと、折り紙をやってみようかと思い立ちました。
 昨年、東京で孫たちと会ったとき、孫たちが「一緒に折ろうよー」といってくれましたが、無視してしまいました。
 そのときは、なんだか暗い気分で、心の中の優しさが動いてなかったようです。
 それに、僕は折り紙をやったことがないのです。
 六十年も生きてきているのに……。

 そのときの「胸のチクリ」を、ふと思いだし書店へ。
 折り紙の本を買いました。
 そして、百円ショップで「折り紙やーい」。
 探していると「あら、藤原さん」。
 知り合いの二十歳代の娘さんでした。
 高知市は狭いので、街に出かけると、たいてい一人、二人の知り合いに出会います。 ということで、夜、家に帰り着いたら折り紙の本、一緒にパソコンの本、短歌雑誌、図書館で借りてきた戦争時代の本などを積み上げました。
 エクスパックが二つ来ているというので取り寄せました。
 元特攻隊員の本の原稿を見ていただいたかたからの意見が入っていました。
 それをもとに本の原稿を手直し。
 午前一時になってしまいました。
 もう寝なくては……。
 で、折り紙は、もう少し暇になってから……に。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 「今年は 五冊の本を 出したいな……」。

 二〇〇八年二月七日。

 今年は 五冊の本を 出したいな
 資金計画
 ないまま走る

 いま、二冊、進行中です。
 ● 歌集。初校を終えました。
 ● 元特攻隊員の物語。二月中に原稿が完成します。

 そして、これからは。
 ● 『写真集 人魚の島の人魚たち』。三月に韓国にいって取材。四月に完成予定。これはパソコンで五十部くらいか。
 ● 『わつはは川柳』。まだ十句くらいしかないけど、わっとできる予定。これは夏休みにパソコンで百部かな。
 ● 『高知県の学徒勤労動員 上』。これは、なんとか年内に。きょう、まず、おひとかたから取材しました。当時の写真も一枚あります。

 きょうは夜は、元特攻…直し。あすも、その続きです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.08

高知市大津 「大丈夫 一緒に暮らすの」と、父母のことを心配する娘。

 二〇〇八年二月七日。

 「大丈夫 一緒に暮らすの」
 娘いう
 「単身」長い 父、母のこと

 半時間 遠距離しゃべる
 夫婦いる
 電話会社は かなりもうけた

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.09

高知市大津 二月の短歌。新しい暮らしのために。


   新しい暮らしのために


 退職し 一足早く 「高知在」
 「出稼ぎ」の妻
 帰ってこいよー

 「大丈夫 一緒に暮らすの」
 娘いう
 「単身」長い 父母のこと

 お互いに
 一人暮らしの 気安さが
 身についてても やっぱり夫婦

 妻と書く 本の原稿
 あれこれと
 電話で議論 「うん、ややこしい」

 半時間 遠距離しゃべる
 夫婦いる
 電話会社は かなりもうけた

 掛け軸の 基礎の裏打ち
 教わった
 うん、難しい うん、おもしろい

 「あのね、いま。僕の部屋はね、夢工房」
 掛け軸つくる
 練習してる

 「引っ越しの 段ボール、百 構えな」よ
 妻の引っ越し
 荷造りいくよ

 「単身」の 暮らしの長い 夫婦がね
 夏から一緒に
 暮らすというが……

 百歳を 生きるという妻 六十歳
 サポート体制
 考えている

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.10

高知市大津 掛け軸の裏打ちを練習しました。

 作品の 墨がにじんで しまったよ
 掛け軸裏打ち
 失敗続き


 二〇〇八年二月九日。

 雨です。
 朝からオートバイで表装の教室へ。
 午前十時から正午まで。
 生徒は二人です。
 僕は、きょうから。
 まずは、掛け軸づくりです。
 持ってきた作品(僕の短歌を妻が筆で書いたもの)の裏打ちを練習します。
 大きなテーブルの上にアクリルを乗せたものが作業台です。
 道具は、下敷きの紙、裏打ち用の紙、水の入った霧吹き、表具用ののり、のりをとくパレット、はけ、のり用のはけ、木の丸い棒。 
 工程。
 一、アクリルの上に下敷きの紙を広げる(横です。以下、紙は、すべて横に)。
 二、それに霧吹きで水をかけます。
 三、はけで、下敷きの紙のしわをとります。はけは倒して使います。内から外へまっすぐに。
 四、下敷きの紙の上に作品を裏にして乗せます。
 五、作品に霧吹きで水をかけます。
 六、作品のしわを、はけでのばします。
 七、作品の右手に裏打ち用の紙を置き、はれで、のりをぬります。
 八、裏打ち用の紙の右端の下を右手で持ち上げていきます。
 九、裏打ち用の紙が持ち上がったら、左手で持った丸い棒に右端全体をくっつけます。
 十、その状態で、裏打ち用の紙を作品の上に乗せていきます。手前から、はけで内から上へ、内から下へのばしていきます。
 一一、はけで、作品の上に乗った裏打ち用の紙のしわをとっていきます。
 十二、全体をはいで、裏返しにして広げたタオルの上に置きます。
 十三、下敷きをはがします。

 本日は、ここまでを繰り返しやりました。
 
 家にも道具をそろえました(先生たちの協力で)。
 一階の板の間は表具店のようになっています。

 以下、参照。

 http://www.wanogakkou.com/culture/040000/040200_jiku01.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 「毛布一 竹ざお二本の 即席の 担架に乗ってる……」。

 二〇〇八年二月十日

 毛布一 竹ざお二本
 即席の 担架に乗ってる
 防災訓練

 午前中、地域の防災訓練。

 ① 消火器のつかいかた。
 ② 竹ざお二本と毛布一枚での担架のつくりかた。
 ③ 三角巾の使いかた。
 ④ ロープ結び。

 消防署の人に指導していただきました。

 ①、②はできましたが、③、④は……。
 でも、②、③、④には感動しました。

 なにごとでもプロのわざはすごい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 「片隅に ニオイザクラの 鉢置いて……」。

 二〇〇八年二月十日

 「君の部屋、一つほしいね。掛け軸が」
 そのうち僕が
 つくってあげるよ

 片隅に ニオイザクラの 鉢置いて
 香りの中で
 裏打ちをする

 午後は小林多喜二の文学を語る集いに参加。
 帰りにニオイザクラの鉢を見て、その香りを体験しほれぼれ。五つ買い込んできました。

 ニオイザクラ 参照。
 
 http://flower365.web.infoseek.co.jp/15/210.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

 「ブログ高知 (あなたの新聞です)」で、「父は水中の特攻隊員でした」を連載中です。おいでください。


 「ブログ高知 (あなたの新聞です)」で、「父は水中の特攻隊員でした」を連載中です。
 ぜひ、おいでください。
 このページの左の「ブログ高知 (あなたの新聞です)」をクリックすれば、そこにあります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.11

高知市大津 わが街に街灯がほしいよーー。

 二〇〇八年二月十一日。

 わが街に 街灯ほしいよ
 暗すぎる
 設置の方法 模索をしてる
 
 いまの高知市大津に住み始めて一年近くになりますが、大津バイパスから、わが家までの数百メートルの道が真っ暗で不便しています。
 電柱はいくつかあるので、電柱ごとに街灯がほしいと思っています。
 道の両脇は田んぼや畑です。
 街灯の光が食物の生育に影響するから……ということでつけていないかもしれません。
 もし、そうなら街灯の照らす方向と位置を工夫する、午前零時になったら消えるようにするとか方法はありそうです。
 市に設置費用や電気代の補助制度があると聞きます。
 四国電力の電柱とNTTの電柱では申し込み方法が違うようです。
 あすから、街の人の意向や行政の方策を聞いてみようと思っています。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.02.12

高知市大津 「先輩に彫塑(ちょうそ)の道具もらったよ……」。

 二〇〇八年二月十一日。

 先輩に 彫塑(ちょうそ)の道具 もらったよ
 あと数日で
 講習始まる

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 路面電車はええねー。「ゴトゴトと 街縫っていく ゆったり感……」。

 二〇〇八年二月十二日。

 ゴトゴトと 街縫っていく ゆったり感
 路面電車が
 体に合ってる

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.13

高知市大津 「ダイコンの 芽が出てきたよ 寒の中……」。

 二〇〇八年二月十二日。

 ダイコンの 芽が出てきたよ 寒の中
 大きく育てと
 声をかけている

 午後、ある青年と話をしにいきました。
 大学の卒論が済み、就職も決まったとのことでした。

 帰りに、はりまや橋の露天でマグロの切り身を買いました。
 夕食と朝食のおかず用です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 「雪の中 演説の声 聞こえくる……」。

011


016


 二〇〇八年二月十三日。

 雪の中 演説の声 聞こえくる
 日本共産党(とう)の二人が
 つじに立ってた

 朝、起きたら向こうの山は雪景色。
 まわりを見渡すと夜中のうちに少し雪が降ったようです。
 しばらくすると雪が降ってきました。
 取材に行く準備をしていたら外から演説の声が聞こえてきました。
 「すごいなぁ。この寒いのに」
 出て行ったら日本共産党の衆院高知1区の春名なおあきさん、県議の米田みのるさんでした。
 米兵の少女暴行のこと、高齢者の医療のことなど熱の入った演説でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市春野町 種間寺の鬼瓦に寄せて。

052

 二〇〇八年二月十三日。

 国民を いたぶる政治 懲らしめる
 鬼となりたい
 鬼瓦見る

 オートバイで高知市春野町へ。
 約束の時間に間があったので種間寺に寄りました。
 ここも鬼瓦が素敵です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「アメリカの 上陸舟艇 拒もうと……」。高知市の浦戸海軍航空隊での特攻訓練の日々の話を聞きました。

 二〇〇八年二月十三日。

 アメリカの 上陸舟艇 拒もうと
 訓練した日々
 聞いている午後

 高知市の浦戸海軍航空隊の陸戦の小隊長だった人に取材しました。
 このかたには、大学生のとき、高知市の朝倉の地域でお世話になりました。
 しかし、戦争中、何をしていたのか知ったのは、昨年、十月に入院した病院で一緒になったときでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「児(こ)と祖母の サッカー遊び 見下ろして……」。高知市の瀬戸公園の少女の裸像。

089_2


二〇〇八年二月十三日。

 児(こ)と祖母の サッカー遊び 見下ろして
 少女の裸像
 おもざし柔らか

 午後の高知市の瀬戸公園でのシーンです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「映画って、つくりたいよね」「つくったら」……。

 二〇〇八年二月十三日。

 「映画って、つくりたいよね」
 「つくったら」
 映画青年 こともなげにいう

 午後、中古DVD店に寄ったよ、「僕です。わかりますか」と声をかけてくれた人がいます。
 映画づくりを学びたいと韓国に留学中の青年です。
 一時、帰国中で、二十分くらいのドラマをつくって、それを持って韓国に帰るとのことです。

 「僕も、一度、映画つくってみたいんだれどねー」
 「つくれば、いいじゃぁないですか」

 実は立派なビデオカメラ、編集ソフトを手に入れています。
 やるかもしれないよ。
うっふっふ……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

「なんべんも 電話をしたが 出ない人……」。

 二〇〇八年二月十三日。

なんべんも 電話をしたが
 出ない人
 走り過ぎかな ブレーキかけなよ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.14

高知市 ああ、JR高知駅。写真集です。

029

022


020

009

053

015


 二〇〇八年二月十四日。

 早起きして高知市から四万十市へいきました。充実した一日でした。

 1、現在のJR高知駅がもうすぐなくなるので、記念に写真を撮りました。

 なくなると 気がついてから 恋着し

 「死体」駄目 そこまで書いてる コインロッカー

| | コメント (0) | トラックバック (1)

高知県 「指定より のびのび使える 自由席」。

 二〇〇八年二月十四日。

 背もたれの 布色変えると 指定席

 指定より のびのび使える 自由席

 早起きして高知市から四万十市へいきました。充実した一日でした。

 2、中村、高知の特急自由席のの往復料金は七千円。うーん、高い。
 でも、自由席で正解。すいているものねー。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知県 「おにいちゃん」か「じいさん」か。

 二〇〇八年二月十四日。

 「おにいちゃん」 そう呼ぶ店の 「お姉様」
 「じいさん」よりは
 ずーーーっと、いいよ

 早起きして高知市から四万十市へいきました。充実した一日でした。

 3、中村駅前の食堂での出来事です。
 「おにいちゃん」って、何か、いい言葉ですよ。ねー。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知県 髪を「明るい色」に染めたら「頭、真っ赤ですねー」。

 二〇〇八年二月十四日。

 理髪店 「明るい色に」と いったらば
 真っ赤にされたよ
 ま、これもいいかも

 早起きして高知市から四万十市へいきました。充実した一日でした。

 4、取材の約束までにかなり時間があったので理髪店に。
 帰りの列車で出会った十七歳の女性(こちらが一方的に知っていた高校二年生)は「前(の座席)に赤い髪の男の人がいるって気がついていました。怪しいですね。個性的ですね」。
 チョコをいただきました。
 夜、高知駅前で会った大学四年生の男性。「頭、真っ赤ですねー」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.15

高知県 「将来は、表現者に なりたいの」。十七歳の秘めたる思い。

 二〇〇八年二月十四日。

 「将来は、表現者に なりたいの」
 十七歳の
 瞳は澄んでる


 早起きして高知市から四万十市へいきました。充実した一日でした。

 5、目的は、一九四五年に高知県窪川の山あいにできた海軍航空隊の特別攻撃基地に実際についての取材でした。それを終わって、中村駅に着くと、改札を出てきたのが五人のグルーブ(うち女性二人)。視察の帰りとか。日本共産党の市議たちでした。で、下りの列車に乗ったら、くだんの高校二年生の女性に出会いました。「窪川」で、「さよなら」。列車で、うとうとしていたら高知大学の四年生の男性から電話。僕の調べていることに関係している本を貸してあげるとのこと。気にかけてくれていたんですね。うっ、れしーーっ。彼って、すっごく、いい青年です。この青年が幸せに生きていくことを、僕は、念じています。彼女に、ふられるなよ、がんばれよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「『一つずつ わかってきたよ うれしいね』 何か、ホントに 生きてる感じ」。

 二〇〇八年二月十五日。

 「一つずつ わかってきたよ うれしいね」
 何か、ホントに
 生きてる感じ

 十四日、一九四五年に高知県窪川の山あいにできた海軍航空隊の特別攻撃基地に実際についての取材を開始しました。
 十五日は、高知市の街をふらふら…… 。

 ● レコード店にいって、頼んであったCDをゲット。太平洋戦争中の子どもたちに侵略戦争に命をかかげよと呼びかけた歌が入っているやつです。

 ● 図書館にいって特別攻撃隊のこと、学徒勤労動員のことについての本を借りました。

 ● 印刷屋にいって歌集の再校をもらってきました。『この星に 同じ時代に やってきて 藤原義一 歌集』です。表紙のゲラを見て、びっくり。僕の構想を超えた、すごいつくりになっていました。わが家の塀画が効果的に使われています。「できる」印刷屋さんです。

 ● 帰りにうろうろしていたら、電車通りの、ある店の店主が、表に出ていました。「あっ、あの人なら知っているはずだ」。声をかけました。「窪川の海軍航空隊のことを調べ始めたのですが」。招き入れてくれて、そこの隊員名簿、そのことを研究した一人つくった小冊子を貸してくれました。話をしていると、戦後、高知市新開地に店があったとか。右隣が白菊食堂、左隣が、あづま食堂。あづま食堂は、妻の両親がやっていた店です。高知は狭くていいですねー。

 ● 昼、夕食用に、すじ肉をゲット。

 ● 家に帰って、早速、すじ肉とハクサイ、ダイコン、ジャガイモを炊き込んで、かなり遅い「昼飯」。

 ● ある研究者に電話。「窪川」の軍の資料を持っているとのこと。やっほー。

 ● 「窪川」の小冊子を書いた人に電話。近く会っていただけるとのこと。やっほー。

 ● いま妻と執筆中の『父は水中の特攻隊員でした』に協力していただいている兵庫県のかたから電話。原稿について「まことに珍しい、貴重なもんや」と。

 ● 『父は水中の特攻隊員でした』の何回分かをブログにアップ。

 ● 例のCDを、繰り返し聞いています。何かゾクッとします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「♪命かけてと 誓った日から」か……。

 二〇〇八年二月十五日。


 「♪命かけてと 誓った日から」か
 そんな日が
 なかったよねぇー つまらないよね


 「あの素晴らしい愛をもう一度」(作詞・北山修、作曲・加藤和彦)を聞いていて、ふと思ったことです。

 「あの時 風が流れても 変わらないと言った二人の 心と心が 今はもう通わない」というけど、「変わらない」なんて、いわれてないし、いってないものね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.17

高知県四万十町の山あいの地区・宮内 海軍の千百八十メートルの滑走路があった所!!!

073

070

 二〇〇八年二月十六日。

 やっぱりね 僕は調査が 好きなんだ
 「わかっていく」って
 わくわくするよ

 朝から列車で窪川駅へ。四万十町です。
 宮内地区に向かいます。

 駅から数十分歩いたら四万十川に。やっぱりきれいです。
 海軍は、この川沿いの田んぼ、麦畑を接収し、延長千百八十メートルの砂利敷の滑走路をつくりはじめました。
 写真上の左側です。
 一九四五年春のことです。
 戦後、日本側がアメリカ側に引き渡した文書によると「高知第三飛行場」とも「窪川飛行場」とも呼ばれています。

 その文書によると、飛行場の西側に三つの誘導路があり、その先に練習機や発動機が配置されています(これは、いずれも山側です)。
 北谷には練習機九機、発動機八基。
 中谷には八機。
 南谷には十機、三基。

 ずーっと、この近くに住んでいる人に当時の様子を聞きました。

 僕が、まず、報告したいのは、その飛行場の位置。
 写真の、この田んぼの中に、真っ直ぐ飛行場が続いていたということです。
 場所は、四方が山です。なぜ、こんな所に……という印象を受けます。

 いずれ、この飛行場のことについては百ページくらいでまとめたいと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市御畳瀬(みませ) 「靴の皮 食べた兵士の 悲しさよ……」。

016

 二〇〇八年二月十七日。

 靴の皮 食べた兵士の 悲しさよ
 特攻基地の
 悲しさを知る
 
 高知市御畳瀬(みませ)の特別攻撃基地のことを調べに行きました。
 特攻ボート「震洋」の基地です。
 DEさんが誘ってくれて、車で連れて行ってくれました。

 当時、ここの地区に住んでいた男性二人から話を聞き、四人で基地跡に行きました。
 発見したことがたくさんありました。
 いまは、一つだけ紹介してあきます(もっと調べる必要がありますが…)。

 この地区の寺に未成年の海軍予科練習生(予科練)出身者五人と年かさの第二国民兵が「たくさん」寝起きをしていました。ある日、第二国民兵の一人が空腹のあまり靴の皮を食べました。それを見とがめた予科練が、彼の首に「私は靴を食べました」という内容のボードをつるし、御畳瀬の町を歩かせました。それに腹を立てた地元の少年が、その第二国民兵について行っていた予科練を後ろから棒でたたき、路地に隠れて逃げました。


 写真は、御畳瀬の海に面した壕(ごう)跡。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.18

高知市 御畳瀬(みませ)で買ってきた、ひものを焼いて食べました。も、もしかして、僕って最高の料理人!?

 二〇〇八年二月十七日。

 現地買い
 御畳瀬(みませ)のひもの 焼いて食う
 最高の味 料理の極意

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 引っ越して初めて出た町会の集まり。

 二〇〇八年二月十七日。

 引っ越して 初めて出たよ 町会に
 温かそうな
 人の和がある

 この日夜の町会の初会ことです。
 「街灯を」の提案に賛成してくれました。
 みなさん。ありがとうございます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 僕の、つじ演説を聞いてくれている人がいた。うっれしーーーっ。

 二〇〇八年二月十八日。

 つじでやる 僕の演説 「聞いていた」
 女性たちいて
 ジーンときちゃった

 本日は「活動デー」。

 午前中、一人でハンドマイクで、つじ演説。
 メーンは、後期高齢者医療制度中止を。
 数十メートルごとに五カ所でやりました。
 風邪をひいているらしく、不調。
 声を持続させる発声法を学ばなければ。これは「しゃべり」が仕事の妻に聞いてみたいと思っています。

 次に同じ地域にビラを配布。

 午後、計三人で、宣伝をした地域を訪問。
 「今朝、演説で聞きました」(女性)
 「演説をずーっと聞いておりました」(女性)
 という声を聞いて感激。
 聞いてくれていたんだ!!!!!

 行動して、世の中は動く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.19

高知県 「毎日が 平日になる 退職後」。

 二〇〇八年二月十九日。

 毎日が 平日になる 退職後

 退職し 各駅で行く 取材先

 なんか、誰だよ、「毎日が日曜日」だっていった人。
 週一回「休み」にして、遊んだり、ぽかーんとしたりする必要がありそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知県四万十町 窪川宮内の海軍基地に家も田んぼも取られて……。

 二〇〇八年二月十九日。

 「海軍に 家、田を取られ 移転した」
 窪川宮内
 証言を聞く

 この奈路で 死ぬけいこした 兵がいた
 田の滑走路
 丸太敷きとか  

 本日も宮内に行きました。

 奈路については、以下のページにあります。
 http://fujihara.cocolog-nifty.com/tanka/2006/12/post_06d3.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 彫塑(ちょうそ)の頭像(とうぞう)コースが始まりました。

017

 二〇〇八年二月十九日。

 「この女性(ひと)の 目は、阿修羅(あしゅら)だな」
 二時間を 見るについやす
 デッサンの夕

 高知県四万十町での取材を終えて、高知市に舞い戻り、彫塑(ちょうそ)の頭像(とうぞう)コースに出席。初回です。
 チャーミングなモデルと向き合って頭像のデッサン。
 写真は、僕のデッサンの一部。われながら漫画みたいな線ですね。

 高校の美術の時間以来、デッサンもしたこともない僕が、一足飛びに彫塑をしたいというのですから、われながら大胆。
 他の九人の生徒は、みな美術系の人ばかりのようでした。

 次回から像づくりに入りますが、目のつくりを工夫して(たとえば顔にはり付けたような感じにして)特徴のある作品にしたいと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新しい歌集『この星に 同じ時代に やってきて 藤原義一 歌集』の「あとがき」。

 二〇〇八年二月十九日。


新しい歌集『この星に 同じ時代に やってきて 藤原義一 歌集』の「あとがき」。


 『この星に 同じ時代に やってきて 藤原義一 歌集』を読んでいただいてありがとうございました。
 
 毎日が 平日になる 退職後

 いま、こんな感じの日々です。

 こんな目標を持って、ことをやっています。

 【「きれいで、安くて、おいしい料理」をつくれる人に】

 ○ まずは材料づくり。家の菜園や室内で野菜をつくっています。昨年来のことですが、いままでに成功したのはジャガイモのみ。いまカイワレやダイコンが進行中。
 ○ とにかく材料の良さ。新鮮で、おいしくて、安い材料の入手について「研究」しています。
 ○ ぬか漬けを、いくつかつくっています。けっこうおいしい。
 ○ いまのところ、見栄えはともかく「おいしければいい主義」です。この夏ころには東京都の妻・尋子[ひろこ]も高知市の、わが家にやってくると思いますので、彼女が気に入るような見栄えもいい料理をどうつくるかが課題です。 

 【「戦時下の日本」の研究。これがメーンテーマです】

 ○ 妻と共同で『父は水中の特攻隊員でした』を執筆しています。ブログには、二月にアップしてあります。これを改善して、三月中には原稿を印刷所に渡すつもりでいます。
 ○ あの反戦詩の与謝野晶子さんが、なぜ、「侵略戦争万歳」の短歌を詠むようになったのか。一応、スケッチをブログでは発表しましたが、再度、綿密な検討をしてみようと思っています。
 ○ 高知県四万十町宮内にあった海軍航空隊の丸太敷き飛行場の研究。一九四五年春から農民から田んぼを奪ってつくった飛行場、民家を接収してつくった兵舎で何があったのか……。
 ○ 高知市御畳瀬[みませ]の海軍の「震洋[しんよう](爆弾を積んだベニヤ板のボート)」の特別攻撃基地の実際。民家を接収した兵舎で何があったのか、いま海辺に残る横穴の壕[ごう]では何があったのか……。
 ○ 高知市の浦戸海軍航空隊での陸戦特別攻撃訓練の実際。浜でアメリカの上陸用舟艇を爆弾を抱えて迎え撃つ訓練をしていたという証言がありますが……。
 ○ 高知県下の各中学校、高等女学校、高等学校、師範学校などで生徒が、どう勤労動員さたのか。海軍の飛行場づくり、風船爆弾や飛行機などの兵器づくり、軍事品生産、軍用の壕[ごう]づくりなどの実際。

 【発表できる写真を撮りたいと思っています】

 ○ 高知県香美市の歌碑、句碑群の、写真撮影。これは、一月に完了。この写真を載せた本が出る予定です。
 ○ 韓国済州島での「本土決戦」のための戦争遺跡の写真撮影。これは三月中に行く予定です。
 ○ 韓国牛島の海女たちの群像の写真撮影。これもセットで行く予定です。

 【短歌をしっかりしたものに。川柳にも挑戦中】

 短歌を、もう少ししっかりしたものにしたいと思っています。
 自分でも作品は幼稚だと思っています。一首ですっくと立って、胸に響くものを詠みたい読みたい切望しています。
 川柳にも挑戦中です。僕は本来、ユーモアの人です。

 【「他人を楽しませるもの」を生み出せる人間になりたいのです】

 ○ 表装に挑戦中。二月から教室に月二回いっています。いまは掛け軸を勉強しています。
 ○ 二月十九日から彫塑[ちょうそ]の講座にいっています。頭像[とうぞう]コースです。誰が粘土に向かって頭像をつくる僕を想像したでしょうか。僕も、想像していませんでしたが……。

 【高知県立高知短期大学に入学します】

 ○ 四月からは高知県立高知短期大学に通います。
 歴史、文学、コンピューター、韓国語、英語、生きていくための「実学」を学びたいと思っています。
 だんだんパワーアップしていきたいと思っています。

 【世の中を前向きに変えることに貢献できる人に】

 ○ 日本共産党員の一人として、世の中を前向きに変える仕事をしていきたいと切望しています。
 ○ まずは勉強。世の中がどうなっているか、国民がどこで苦しんでいるか、それを解決する道筋は、そのために自分はどうするか。これをキチンと学んでいきたいと思います。
 ○ 地域の人々と仲良くなり、地域の人々の要求をよく聞き、その願いを実現するために挺身したいと思っています。
 ○ 得手にしたいのは演説。ハンドマイクを貸していただいています。今年になってから、ハンドマイクでの、つじ演説は数十回。キチンとした原稿をつくり、それをもとに、とつとつとでもいいのですが、思いを胸に届けることのできる演説をしたいと思う、きょう、このごろです。

 【こうした思いをブログで発信していきます】

 ○ いくつかのブログを持っています。
 いまのところ、アクセスは日に三桁。これを四桁に持ち込みたいというが当面の目標です。

 こんな暮らしの中から、また、新しい短歌、新しい歌集が生まれると思います。
 僕自身が楽しみです。
 たぶん、また、歌集の形で、お会いできると思います。
 また、お会いしましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.21

高知市大津 「十二時間 座り続けて 本仕上げ……」。

二〇〇八年二月二十一日。

 十二時間 座り続けて 本仕上げ
 足りない所の
 取材の算段

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.22

高知市 一日は短すぎます。やれることが少なすぎます。

 二〇〇八年二月二十二日。

 零時まで あと半時間
 ベッドで読む本
 思案している

 朝食は、自宅で、ひものの焼いたのと漬け物で。
 洗濯。
 風呂。

 昼食は、喫茶店の日替わり定食のトンカツ。

 いま妻と一緒に書いている『父は水中の特攻隊員だった』のゲラを四人に郵送、宅配。

 そして、短歌雑誌の校正に。
 本日は女性四人、男性二人というメンバー。みな、ていねいな校正ぶりで勉強になります。
 一時から五時まで。

 スーパーで、回転ずしを食べ、バッグ、下着、画材、そして、アジ六匹などを購入。
 安いアジでした。二日分くらいは、おかずがありそうです。

 帰ったら「しんぶん赤旗」編集局からの手紙が届いていました。二月十九日の短歌欄に載った作品の「薄謝」が入っていました。うれしーーーっ。

 家に帰って掛け軸づくりの練習。
 歌集の再校を完了。

 もう午前零時になります。
 うわーっ、明日は早起きしなくては……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.23

高知県 「濡れ紙が 助けてくれて す、す、すーっと……」。掛け軸の裏打ち。

 二〇〇八年二月二十三日。

 濡れ紙が 助けてくれて す、す、すーっと
 裏打ちできたよ
 「うん、いい感じ」

 午前七時四十五分、オートバイで出発。
 表装の教室。二回目です。
 先生一人に生徒二人というぜいたくな教室です。
 掛け軸づくりの続きです。
 布の裏打ち三枚。
 縦の織り目、横の織り目を直角にそろえるというのが大切な作業です。
 紙の裏打ち十二枚。
 九時から正午までの三時間の教室です。
 裏打ちの宿題を持って帰りました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 「いまのとこ おめでとうカードは ニフティからだけ……」。六十一歳になりました。おめでとうメール募集中。

111


 二〇〇八年二月二十三日。

 誕生日 そろそろ夕方
 いまのとこ
 おめでとうカードは ニフティからだけ

 家に帰って朝食、洗濯。そして歌集の再校をすませました。いい気持ちです。
 で、ふと気がついたら「きょうは、僕の誕生日だ」。
 何か、誰か、おめでとうのメールでもくれていないかなとメーラーをあけると、ありました。
 ニフティからのカードです。
 六十一歳になりました。うる、うる。
 
 おめでとうメールをお待ちしています。

 さあ、これから図書館にいってから彫塑の講座の第二回目に。

 写真は、午前中、高知県香美市で見た風景です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「頭像(とうぞう)の 輪郭できたよ」。

 二〇〇八年二月二十三日。

 講師たち 三人がかり
 頭像(とうぞう)の 輪郭できたよ
 生まれて初めて

 図書館に滑り込みセーフ。いま調べていることにぴったりの本を何冊も借りることができました。

 それが終わって彫塑(ちょうそ)講座の頭像コースへ。
 講師三人、受講者十人という超ぜいたくな、うれしい講座です。

 ○ 彫塑台の金属の棒に木片をくっつけ、シュロ縄でくくりつけます。
 ○ それにべたべた粘土をくっつけ棒でたたいて隙間をなくしていきます。
 ○ そして、モデル(阿修羅の目をした女性)を見ながら頭像にしていきます。
 まずは、全体の格好を写しとること。あごから首筋のラインが難しいですね。なんとかできました。ほほもできました。

 次回、明日の夜は、目、鼻、口、耳、頭髪をつくっていくことになりそうです。
 まわりを見渡していると、みな、それぞれに違う作品です。どうも、僕のだけが、写実的なものになりそうです。

 雪の降る中を帰宅。
 妻に電話したら「そういえば、あなたの誕生日は皇太子と同じ日だったわね」。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.24

高知市大津 「誕生日 祝うメールが やってきた」。

 二〇〇八年二月二十三日。

 誕生日 祝うメールが やってきた
 「私も、がんばる」
 涙が出てきた

 「岩国発」でした。
 ありがとう。
 ほんと、君って、素晴らしい人。
 「檄謝」。

 いつか家族四人で高知に観光にきてください。
 食事がおいしい場所、くつろげる居酒屋にも案内します。ていねいに観光案内いたします。かまわなければ私たちの家に、お泊まりください。

 人間の資質をはかる一番の基準は「人に優しいこと」にあるのではないかと、最近、考えています。
 優しい言葉は、人の心を「生き返らせる」力も持っているものですね。
 
 ところで、さっきまで、「調べ物」で、ずーっと本を読んでいました。
 いつか、この結果もブログで、お知らせできると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.25

高知市 「えらっそうなねー。今夜の妻も」。

 二〇〇八年二月二十五日。

 「そんなことで 電話してきなや」
 えらっそうなねー。
 今夜の妻も


 朝六時半に起床。

 腹ごしらえは喫茶店のモーニングで。

 大先輩のОさんと一緒に、高知市内で、戦前の拷問死した日本共産党員についての取材。写真二枚を借りました。貴重な証言も得ました。

 昼も喫茶店の定食で。

 昼休み。後期高齢者医療制度ノーの集会の取材。
 会場で、ある人からビラの原稿を受け取りました。

 店を二軒回って、魚とナスを買い込みました。

 家に帰って、とにかく食事をつくってパクパク。

 記事を書きました。
 書いているうちに、ある原稿の依頼。
 記事を書き終え、送信。

 依頼原稿の執筆。ものすごく長くなりましたが、後ろから順に削れば大丈夫。
 送信。
 東京都の妻に電話。

 あれれ、もう午後十時です。

 ビラの原稿の打ち込みが残ってしまいましたが、あ・し・た。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.02.26

高知市 「目が違う 鼻も違うよ くちびるも…」。彫塑(ちょうそ)の面白さ。粘土の像を何回もつくりなおせること。

 二〇〇八年二月二十六日。

 目が違う 鼻も違うよ くちびるも
 また始めから
 彫塑(ちょうそ)しなおす

 朝、電話三通、その処理。写真の複製の注文。短歌雑誌の校正。
 そして、夕方は彫塑の講座に。

 粘土の像の全体像をつくりなおしました。
 目もつくりなおしました。
 ひたいもつくりなおしました。
 鼻もつくりなおしました。
 くちびるもつくりなおしました。

 そして、時間切れ。
 次回、また、つくりなおすことになると思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年1月 | トップページ | 2008年3月 »