« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

2008年3月

2008.03.01

高知県 「明見(みょうけん)で 壕(ごう)掘っていた」という元予科練の話。

 二〇〇八年二月二十七日。

 「明見(みょうけん)で 壕(ごう)掘っていた」
 予科練の 話の地名
 わが家の近く

 明見は、高知県南国市(なんこくし)です。
 わが家からほどない所です。
 そして、土佐大津駅から列車に乗って、窪川にできた海軍飛行場に赴任したといいます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「校正を 重ねるごとに 直し出て……」。

018

 二〇〇八年二月二十八日。

 校正を 重ねるごとに 直し出て
 三校目、また
 赤くなってる

 新しい歌集の三校を終えました。
 正午から午後七時までの作業でした。

 写真は、庭の菜園のハクサイの花です。
 初めて見ました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「『面白い。そうか』と叫ぶ。午後のこと……」。

 二〇〇八年二月二十九日。

 「面白い。そうか」と叫ぶ
 午後のこと
 本読み続け 数時間目に

 明日から三月。もうそろそろと家の中に入れておいた花の鉢たちを外にだしました。
 大山レンゲと、フキノトウ十二個を植えました。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市  「『バイオリンって  エロチックですね』……」。

 二〇〇八年二月二十九日。

 「バイオリンって  エロチックですね」
 いっちゃった
 六十一歳 つつしみがない

 夜、あるつどいで聴いた女性のバイオリンのことです。
 身を乗り出して聴きました。
 彼女は、高知県立高知追手前高校の後輩でした。かなり下の人だけど……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「高知県での学徒勤労動員の記録」をアップしています。

 二〇〇八年三月一日。

 ドドーッと 本を返して
 またドドーッ
 借りてきている 積み上げている

 昨日、今日と、借りてきた本を読みながら「高知県での学徒勤労動員の記録」を書いています。
 とにかく入手できたデータから、詳しいものは詳しいなりにデータ不足のものは、それなりに書きつづっていっています。
 そして、それを「高知県での学徒勤労動員の記録」にアップしています。
 たぶん八月ころには本にできるほどのデータがアップされると思います。
 そのデータを構成し直して追加取材もして本の原稿ににするという計画です。
 内容の充実、調査のスピードアップのため、どなたか共同執筆者になっていただけませんでしょうか。募集中です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「ごっそりと 頭の粘土 そぎ落とし……」。

 二〇〇八年三月一日。

 ごっそりと 頭の粘土 そぎ落とし
 モデルの顔に
 近くなったよ

 夜は、彫塑(ちょうそ)の頭像コースの講座に。
 「これが足りない。あれも足りない」と、粘土をつけすぎて不格好になっていました。
 ほほの処理、頭髪の処理も教えていただいて、かなりすっきりした像になってきました。

 うっ、ふっ、ふ、ふ……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.02

高知市 「二十回 ピースライブが 始まって……」。

 二〇〇八年三月二日。

 二十回 ピースライブが 始まって
 時間追うごと
 観客増える

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「これからね 途中の頭像 アップする」。

118


 二〇〇八年三月二日。

 「これからね 途中の頭像 アップする」
 妻への電話
 「ブログ見てよね」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.03

高知市 十首詠 ゙初めての頭像(とうぞう)づくり

 二〇〇八年三月三日。

 本日は、わが家から一歩も出ないでパソコンと遊んでいました。
 四本の原稿を書きました。
 以下は、そのうちの一つです。

 初めての頭像(とうぞう)づくり

朝一番、彫塑(ちょうそ)講座に申し込む エベレストにでも登る勢い

先輩に彫塑の道具もらったよ あと数日で講座始まる

「この女性(ひと)の目は阿修羅(あしゅら)だな」 二時間を見るについやすデッサンの夕

講師たち三人がかり 頭像の輪郭できたよ 生まれて初めて

「目が違う。鼻も違うよ。くちびるも」 また始めから彫塑しなおす

ごっそりと頭の粘土そぎ落としモデルの顔に近くなったよ

耳二つ、そぎ落として付けかえる モデルさんは痛くないのか

阿修羅の目、一倍半に彫りこんで ほかのと違う僕の頭像

陶芸の一日講座もあるんだね また、むくむくとやる気の構え

四時間半 ピースライブに座ってて 「一つカズーもモノにしようか」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.04

高知市 「外来で 九千八百五十円 何だか足が ふらついてきた」。

 二〇〇八年三月四日。
 
 外来で 九千八百五十円
 何だか足が
 ふらついてきた

 ● 診療で八千八百五十円、薬代が千円です。

 ● 薬局へ行った後、バイクに乗ろうとして「立ちごけ」。右のブレーキが駄目になってしまいました。あーーーっあ。

 ● 韓国行きのための梅田までの高速バスの切符をゲット。

 ● 健康保険(任意継続)の三月分の保険料を支払い。二万六千四百四円。グエーッ。

 ● 県立図書館へ。ここは、十冊借りても無料です。知り合い二人に会いました。みんな勉強しています。そのうちの一人と喫茶店でおしゃべりをして、今度は午後六時からの彫塑(ちょうそ)の講座へ。

 ● 彫塑の講座が終わったとき、その生徒の一人、高知大学特設美術出身の女性が、僕の大好きな彫塑(若い女性の裸像)の作者だということを知りました。うわーーっ、そんなすごい人が生徒なのか。

 ● スーパーにいってタイのアラとミズナをゲット。家に帰ってから水炊きにして遅い夕食。こんな単純にできるおかずがおいしい、きょうころごろです。

 ● 歌集の四校ゲラ、いま書いている原稿のための歌集二冊が届いていました。さぁ、これからやるか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.06

高知市 アマリリスの鉢を買い込んできました。

 二〇〇八年三月六日。

 ホウレンソウ 種買いに行き 目があった
 アマリリスの鉢
 手が出てしまった

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 ソメイヨシノの三月下旬。さぁ、花見だ、花見。

 二〇〇八年三月六日。

 高知では 三月下旬に 咲くという
 「花見しようよ」
 友らと語らう

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 キュウリの苗をいただけそうです。 

 二〇〇八年三月六日。

 キュウリ苗 「十、あげようか」
 うれしいね
 一週間後に いただけそうです

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 短歌の色紙の出品は自筆に限るか……。 

 二〇〇八年三月六日。

 出品の 短歌の色紙 自筆でと
 決まりがあって
 苦悩の悪筆

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.07

高知市 「現場には ドラマがある」。やっぱり、これが信条です。

 二〇〇八年三月六日。

 「現場には ドラマがある」を モットーに
 何だか、きょうも
 歩いているよ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.08

やったー。ついに、あこがれの高知文学学校を受講できることになりました。

 二〇〇八年三月八日。

 本日も、けっこう動きました。

 ● 午前七時、起床。
 ● 喫茶店でモーニング。
 ● 午前九時からの表装の教室へ。掛け軸を組み立てるところまでやりました。午後零時半まで。三時間半、立ちっぱなし。

 ● 喫茶店で昼食。
 ● ホームセンターで表装、彫塑(ちょうそ)の道具(小さな丸い木ぎれ二つですが)などを買いました。
 ● 大津の某所にいって「大津の戦争」についての本を二冊見せてもらいました。
 ● 大津の忠霊碑を見に行きました。
 ● 家に帰ってブログに二件アップ。

 ● 三月十三日からの高知文学学校の受講申し込みに。やったー。ついに、あこがれの高知文学学校を受講できることになりました。同学校の講義内容などは、以下のホームページにあります。
  http://www5.plala.or.jp/ko-bun-gakk/index.html

 ● 彫塑の講座に。隣の部屋の講座にきていた知り合いの「お姉さん」が、とことこ入ってきて僕の作品を見て、「初めてにしてはよくできているわね。ここをこうしたら。そして、ここは……」と、いろいろ教えてくれました。感謝。三時間立ちっぱなし。 

 ● コンビニに寄って買い物。
 ● 弟のくれたサツマイモの天ぷら、昨日買った牛肉の天ぷらをつくって遅い食事。
 ● 東京の妻に電話して、「あした、遅くても午前六時にモーニングコールを」。
 ● そして、いま……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.09

高知市大津 「五歳児の 脚(あし)ほどもある ダイコンが 九十八円……」。

 二〇〇八年三月九日。

 五歳児の 脚(あし)ほどもある ダイコンが 九十八円 農の哀しさ

 午前七時から忠霊碑の掃除に参加。
 帰りに店によると……。
 本当に農業は「てにあわん」という感じですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.11

高知市 頭像の粘土の像が一応できあがりました。

 二〇〇八年三月九日。

 九日夜は、二月十九日から九回目の彫刻講習会(頭像コース)に参加。
 この日でモデルを見ながらの制作は終了。粘土の像が一応できあがりました。
 十一日からは石こうどりなどに入ります。

 ● 初めての頭像づくりでした。毎回、わくわくしながら通いました。
 ● まずモデルが素敵でした。奈良市の興福寺の阿修羅(あしゅら)のような目をした、京都市の広隆寺の木造弥勒菩薩半跏像のような柔らかな表情をした若い女性でした。
 ● 仏像のような、慈悲にあふれた像に、手を合わしたくなるような像にと思ってつくりました。
 ● 人の顔がどういうぐわいになりたっているかを勉強できました。九日に初めて、口の両横の当たりの表現に進展がありました。
 ● いまのところ「初めてにしては、よくできている」という評価をいただいていますが……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 春を前に「これから」を話し込みました。

 二〇〇八年三月十日。

 春前に
 学生さんと 話し込む
 君の「これから」 僕の「これから」

 彼は、ある商売の手伝いにホームページを立ち上げて方向が出ました。
 成功を祈っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 「年寄りの 医療隔離は やめとくれ 『夫が自民党員(じみん)』も 署名くれたよ」。

 二〇〇八年三月十日。

 年寄りの 医療隔離は やめとくれ
 「夫が自民党員(じみん)」も
 署名くれたよ

 四月からの後期高齢者医療制度導入をやめての署名運動をやっています。
 本日は三人で地域の人たちに訴えました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 彫刻の講座。「カッパ着て 石こう取りを やっている……」。

 二〇〇八年三月十日。

 カッパ着て 石こう取りを やっている
 初めてづくしの
 彫塑(ちょうそ)の講座

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.13

高知市大津 「田の中で 野球をしてる 子どもらよ……」。

 二〇〇八年三月十二日。

 田の中で 野球をしてる 子どもらよ
 もうすぐ水はり
 たんと楽しめ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「純白の ハクモクレンが 咲き誇る街」。

202


 二〇〇八年三月十二日。

 排ガスを 物ともせずに
 純白の ハクモクレンが
 咲き誇る街

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「台所の 洗剤なども 繰り出して……」。石こう取り。

 二〇〇八年三月十二日。

 台所の 洗剤なども 繰り出して
 石こう取りは
 いまがたけなわ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「田の水が もう、あちこちで 入ってる……」。

 二〇〇八年三月十三日。

 田の水が もう、あちこちで 入ってる
 三月半ばの
 高知市大津 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「『ひさしぶりに お顔を見ました』……」。喫茶の店主。

 二〇〇八年三月十三日。

 「ひさしぶりに お顔を見ました」
 歓迎の 言葉をくれる
 喫茶の店主

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「『戦前の 日本の仕組み こうだった』……」。

 二〇〇八年三月十三日。

 「戦前の 日本の仕組み こうだった」
 リポート半ばで
 議論がワイワイ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「生み出せますよ われら男も」。

 二〇〇八年三月十三日。
 
 抱きかかえ 石こう取りを
 終えている
 生み出せますよ われら男も

 あす夜は、頭像(とうぞう)が出現します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「教育の 真実語る 金八(きんぱち)に……」。

 二〇〇八年三月十三日。

 教育の 真実語る 金八(きんぱち)に
 ウルウルしてる
 毎回のこと

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「『金八(きんぱち)を いま見てるから』……」。

 二〇〇八年三月十三日。

 「金八(きんぱち)を いま見てるから」
 東京の わが家(や)の金八
 もうすぐ退職

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 高知文学学校の受講申し込み。三月二十七日までOKですよーっ。

 二〇〇八年三月十三日。

 夜、高知文学学校の第五十四期開校式でした。
 授業の初回は三月二十七日夜です。
 この日まで受講申し込みOKだそうです。
 「ぜひ、あなたも」

 高知文学学校の要綱は、次のページにあります。

 http://www5.plala.or.jp/ko-bun-gakk/index.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.14

高知県 土佐清水市の「とさしみず九条の会」が進めていた憲法改悪に反対し九条を守り生かす署名の数が人口の半数を超えました。 

 二〇〇八年三月十四日。

 九条を 守れの署名
 人口の 半数超えたよ
 土佐清水発

 土佐清水市の「とさしみず九条の会」が進めていた憲法改悪に反対し九条を守り生かす署名の数が人口の半数を超えました。
 同会の結成は二〇〇五年三月二十一日。結成の記念日を前にした快挙でした。

 関連の記事です。

 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-11-04/2005110401_03_2.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 僕が、いま夢中になっていること。

 二〇〇八年三月十四日。

 いま、やっていること。

 【地域での活動】
 
 ● 「世直し」の活動をやっています。
 後期高齢者医療制度やめての運動など。ハンドマイクでのつじ宣伝、各戸への署名の訴え。勉強会のリポーターもやりました。今後は、署名の訴え、花見なども。
 ● 町会の活動にもできるだけ参加しています。
 まだ、防災の訓練、初会に出席、忠霊碑の掃除くらいですが。

 【短歌を詠む、文学する】 

 ● 自分の短歌のレベルアップをと努力しています。
 ● 短歌の月刊誌の校正を手伝っています(月に二、三日です)。
 ● 歌集を出そうとしています。
 十冊目です。四月一日にはできあがります。ワンコイン(五百円)です。
 ● その次は花をテーマにした歌集を出そうと思っています。
 ● 高知ペンクラブの作品展、地域の文化祭にも出品したいと思っています。
 ● 高知文学学校に通うようになりました。今年中に小説を書いてみようと思っています。

 【「戦争中の高知県」の調査】

 ● 「戦争中の高知県」についての調査を始めました。
 いま知りたいのは、窪川町の海軍の飛行場の実態、県下の学徒勤労動員の全体像、戦争に反対した人たちのこと。学徒勤労動員の調査は大学生が一緒にやってくれることになりました。
 ● 妻の父を主人公にした『父は水中の特別攻撃隊員でした』(千五百円)をの原稿を妻と一緒につくっています。
 三月末には印刷に回す予定です。

 【人を感動させる物をつくる】

 ● 表装の教室に通っています。
 月二回です。いま掛け軸をつくっています。
 ● 彫塑の講座に通っています。
 これは十六日までです。作品は高知市展に出す予定です。これが終わってからも継続してやれるようにしたいと思っています。
 ● 陶芸もならうつもりです。
 手始めに四月の一日教室に申し込みました。
 ● 写真もレベルアップしたいと思っています。
 取材旅行も計画中。作品は高知市展に出す予定です。できれば一枚は、高知市展に出したいと思っています。

 【野菜や花もつくっています】

 ● わが家の菜園の一部で野菜などをつくっています。
 いまはダイコン、ホウレンソウの種をまいています。ジャガイモ、サラダナ、フキノトウも少し。ヤマモモも植えてあります。
 ● 花は、いまはアマリリスが咲いているだけ。四季を通じて花いっぱいの庭にしたいと思っています。
 将来の夢は、「南の島」のように熱帯植物のいいにおいのする庭に。

 【三度の食事づくりの工夫】

 三度の食事づくりの工夫をしています。
 安くてバランスのあるものを。
 おいしいものを。
 できれば、「おいしそう」に。
 
 【収入源の確保を急いでいます】

 失業保険や年金をもらえるようにという手続きなど。


 おっと、四月からは高知県立高知短期大学にいきます。
 若い友人も合格したそうです。
 ハングル、英語、歴史、文学、コンピュータなどを、じっくり勉強したいと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 「電話先 妻は、何だか 疲れ気味……」。

 二〇〇八年三月十四日。

 電話先 妻は、何だか 疲れ気味
 活入れている
 「花見にきなよ」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.15

【広告】 ワンコイン歌集 四月一日発行、普及中。

 『この星に同じ時代にやってきて 藤原 義一 歌集』です。


047

   高知市大津に独居している「夢見る」61歳、藤原義一(ふじはら・よしかず)の10冊目の歌集です。
生活者としての日々の行動、高知県の平和を求める群像を口語で詠んでいます。
 四六判131ページ。

 メールかファクスで住所、氏名を教えていただければ歌集を、お送りします。
 お読みいただいて、価値があると思えば料金「五百円」を歌集の最終ページに書いてある藤原義一の住所まで、お送りください。切手でも可です。

 メールbqv01222@nifty.com このブログの右上に「メール送信」があります。
 ファクス088(803)8878

 なお、写真は藤原さんちの壁画の一部です。歌集の表紙になっています。


 三月十五日夜現在、お一人が注文してくださいました。ありがとうございました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知県 「研究の 資料がネットに 載ってるよ」。

 二〇〇八年三月十五日。

 「研究の 資料がネットに 載ってるよ」
 興奮電話が
 かかってきた夜

 「あの件は 実態あったよ」
 ルンルンの 研究者の声
 ワクワクの夜


 本日は「戦争遺跡研究の仲間」たちと高知県内で行動。

 まずは僕が「発見」した南国市の山の中腹の陣地へ。
 右に登っていくと壕(ごう)があります。
 左に登っていくとコンクリート製のトーチカらしいもの、壕群、機関銃座があります。
 陣地の標本のような感じで残っています。
 一緒にいった人は興奮気味でした。

 つぎに、高知市の浦戸海軍航空隊にくわしい人のお宅へ。
 ここで貴重な資料をお借りすることができました。

 次に、高知市春野の浦戸海軍航空隊の陸戦の特攻隊長だった人のお宅へ。

 そして、夜は、彫塑の講座へ。
 講座は、あすの掃除で終わりです。


 「研究の 資料がネットに 載ってるよ」の件は、以下にアップしています。

 http://fujihara.cocolog-nifty.com/tanoshi/2008/03/post_2e0e.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.16

高知市大津 「今年も また会えたねー 桜さん……」。

067

 二〇〇八年三月十六日。

 今年も また会えたねー 桜さん
 心にポッと
 あったかいもの

 高知市大津の食品団地の裏へ。
 十数本の桜が咲いていました。
 その近くのナノハナ。
 ご近所のミモザ。
 わが家のアママリリス。
 花の季節が始まっていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 「バリ島の 品々をおく 喫茶店……」。

093


 二〇〇八年三月十六日。

 バリ島の 品々をおく 喫茶店
 ゾウのカチャカチャ
 手に入れ遊ぶ

 午後から、いろんな人とおしゃべりしました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 「軍隊に 家を取られた 九十歳……」。

 二〇〇八年三月十六日。

 軍隊に 家を取られた 九十歳
 目の前にいて
 快活、おしゃべり

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.18

高知市 「慈悲」の名の、わが頭像が完成した朝。

 二〇〇八年三月十八日。

 「慈悲」の名の わが頭像が
 日の目を見たぞ
 徹夜の末に

 十七日午前から十八日朝までは久しぶりに過激な日程でした。

 ● 十七日午前、家の掃除。

 ● 思い立ってパソコンで名刺をつくりました。

 ● 午後一時過ぎ、近くの彫塑の先輩のお宅にうかがいました。家中、所狭しと自作の頭像や全身像がおいてあります。何年か後には、僕の家も、こんな感じになるかもしれません。預けてあった僕の頭像(タイトルは「慈悲」とつけました)に台をつけてもらいました。白木の台を塗って、それに穴をあけて頭像とくつつけるという作業でした。それを車で自宅まで運んでもらいました。

 ● 高知市の中心地に出て、はつらつとした女性と「高知県下の学徒勤労動員の全体像」の調査のことで相談。落ち着いたら調査に参加してくれるとのこと、万歳。

 ● 夜七時から、町内会の人たちと打ち合わせ。

 ● 「高知県下の学徒勤労動員の全体像」の調査のことで大学の一年後輩の男性と打ち合わせ。調査に参加してくれることになりました。これで計五人のチームになりまし。

 ● 家に帰って、「よーっし、頭像を仕上げるか」。ナイフやノミで「化粧」をし始めたら「うーん、ほほの所が気に入らない」「目も直したい」「額もおかしい」……。何時間もかけて直しました。そして、「色をつけよう」。この作業もけっこう手がかかって午前八時現在。まだ、この作業をやっています。けど、なかなかいいものになってきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 頭像、ついに、ついに完成。

038


 二〇〇八年三月十八日。

 頭像の着色を終わって昼ころまで睡眠。
 起き上がって、もう一度、頭像を見ましたが気に入らない。
 あれこれとやり直して、ついに夕方、こんな感じに。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 隼人神社(はやとじんじゃ)のある小山のふもとの大東亜戦争。

019


 二〇〇八年三月十八日。

 わが地区の 小山のふもとの
 防空壕(ぼうくうごう)
 空襲の日々 語りかけてる

 昨夜、近くの高知市大津の隼人神社(はやとじんじゃ)のある小山のふもとに大東亜戦争のころの防空壕があることを教えていただきました。
 で、本日、いっていました。
 「ありました」
 民家の裏でした。
 高さ一メートル半ほどのものです。
 入れないようにしていました。
 でも、すごいですねー。
 六十数年前の物が、こんな形で残っているなんて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.28

高知市大津 おひさしぶりです。高知市に帰ってきました。

 二〇〇八年三月二十八日。

 ● 三月二十七日朝、韓国のチェジュド、ウドへの旅から高知市に帰ってきました。

 ● メールで、たくさん『この星に同じ時代にやってきて 藤原 義一 歌集』の注文をいただきました。ありがとうございました。本ができしだい、お送りします。

 http://fujihara.cocolog-nifty.com/tanka/2008/03/post_795a.html

 ● 二十七日夜は、さっさく、高知文学学校の講義を受けに行きました。生徒が増えていました。計四十七人です。十歳代から七十歳代までです。講義は明治期の名作について、編集者としてつきあった作家・司馬遼太郎さんのことです。 

 ● ブログで「連載  『本土決戦』の島  チェジュド、ウドのいま」(二十六回)をアップしました。写真をいっぱい載せました。以下のページです。

 http://fujihara.cocolog-nifty.com/tanoshi/2008/03/post_7c70.html

(藤原義一)

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2008.03.29

高知市大津 映画「暁の脱走」を見て。

 二〇〇八年三月二十九日。

 戦争は 断じてこばめ

 「暁の 脱走」を見る

 春先、夜中

 強烈な映画です。

 兵隊たちの「ツー、ツー、レロ、レロ……」の宴会の、すさまじさ。

 新東宝映画です。

 この映画社は、戦後日本の良心の灯火を掲げたのではないでしょうか。

 【参考】

http://movies.jp.msn.com/film.aspx?P_MediaID=23687

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 青木陽子さんの小説『雪解け道』(新日本出版社)を読み終えました。

 二〇〇八年三月二十九日。

 朝、青木陽子さんの小説『雪解け道』(新日本出版社)を読み終えました。

 地方の大学に通う僕より二学年下の女性が主人公です。
 時代の流れの中で考え、行動する主人公の感性がみずみずしい。

 「しんぶん赤旗」に二〇〇七年三月十九日から十月十日まで連載されていたものです。当時、この作品を読んでいなかったことを「もったいなかった」と思いました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.30

高知市 「お花見が 夜桜になり 意気盛ん」。

 二〇〇八年三月二十九日。

 お花見が 夜桜になり 意気盛ん

 午前九時半から十一時過ぎまで街頭演説など。
 午後、Iさんと「高知県の学徒勤労動員」のためのインタビューに。
 その後、市内の城西公園で、お花見。MAさんも来ていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 『母(かあ)べえ』の野上巌さん。

 二〇〇八年三月三十日。

 野上照代さんの本『母(かあ)べえ』(中央公論新社)を読みました。
 野上巌さんの「思想」を問われての逮捕、「たらい回し」、そうした中での家族など当時の様子がよくわかる作品です。
 「あとがき」を読んでがく然としました。
 「父が拘置所で急死するのはフィクションです」
 何か、こういうものにフィクションは入れてほしくなかったなというのが僕の感想です。

 「しんぶん赤旗」に野上巌さんのことが載っていました。

 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-03-15/2008031512_01faq_0.html

 ◎映画「母べえ」で「父べえ」のモデルは誰?

 〈問い〉 映画「母べえ」で、坂東三津五郎が演じた「父べえ」のモデルは実在の人で小林多喜二とも交流があったと聞きました。どういう人だったのですか?(東京・一読者)

 〈答え〉 映画の実在の主人公はドイツ文学者の新島繁(本名・野上巌)で「母べえ」の綾子さんともども戦前戦後の二十数年間を杉並で暮らしました。
 新島は1901(明治34)年山口県生まれ。県立山口中学、山口高等学校をへて東大文学部ドイツ文学科を卒業、26年日本大学予科のドイツ語教授となり、プロレタリア文化運動に積極的に参加しました。こうした活動が大学当局ににらまれ思想上の理由で日大を追われ失職します。新島はやむなく31年、杉並区高円寺に古書店大衆書房を開き、綾子さんは代用教員をして生活を支えます。この古書店には、近くの馬橋に住んでいた小林多喜二が時たま、「インタナショナル」(野呂栄太郎主幹の産業労働調査所発行)などを買いに立ち寄っていました。
 新島は、33年3月15日、二人の娘、「初べえ」と「照べえ」の手を引いて敬愛する多喜二の労農葬会場・築地小劇場へかけつけました。しかし、会場付近は警官隊が包囲していて近づけませんでした。
 新島は32年10月、戸坂潤、岡邦雄、永田広志、服部之総(しそう)らが中心になって、哲学者、社会・自然科学者などが幅広く参加する唯物論研究会の結成に参加。後に幹事となり、『社会運動思想史』を書きます。
 この唯研は、科学的社会主義にもとづく文化運動が弾圧・解体されていったとき、唯物論の学問的研究を掲げて創立された研究団体でした。特高警察は38年11月から翌年にかけて、その中心幹部をはじめ43人を治安維持法違反として一斉に検挙しました。新島もその一人で、都内の警察署をたらい回しにされ拷問をともなう取り調べを受け、40年4月起訴され、未決勾留入獄します。
 映画の主人公は獄死しますが、新島は獄中で初志を貫けず、心ならずも「上申書」を提出することによって同年12月保釈出獄します。
 敗戦を迎えた新島は、戦中に多喜二のようにたたかえずに挫折した過ちへの深い反省に立って、日本共産党にいち早く入党し精力的に活動を始めます。執筆活動をしながら自由懇話会、全日本教員組合、民主主義科学者協会などの設立に尽力し、杉並区民生委員などの地域活動、原水禁運動、松川事件救援活動などに献身しました。
 54年綾子さんの死去後、55年神戸大学に赴任し57年教授となりますが同年12月病死しました。地元杉並では「唯研弾圧事件」60周年にあたる1998年から新島繁の業績に光をあてる顕彰運動をすすめてきました。(中)

 〔「しんぶん赤旗」日刊紙 2008・3・15(土)〕

 ◎文化/映画「母べえ」原作者野上照代さん/「父べえ」の思い出

 「こんなに幸運に恵まれるなんて。何かのおまじないが効いてるのでしょうか」と野上照代さん。自伝的物語が映画「母(かあ)べえ」(山田洋次監督)となり、原作『母べえ』(中央公論新社)と、自分史を語る『蜥蜴(とかげ)の尻(し)っぽ―とっておき映画の話』(文芸春秋)もあいつぎ刊行。映画のキャンペーンもくわわって「盆も正月もないのよ」と言います。 児玉由紀恵記者

 (中略)野上さんの父、野上巌さんは、1901年生まれ。ドイツ文学者でした。新島繁のペンネームで天皇制下、プロレタリア文化運動に加わり、勤務先の日本大学を追放。38年、治安維持法による唯物論研究会への弾圧で、検挙、投獄されます。
 原作『母べえ』は、その獄中の父(父べえ)と野上さんら母子が交わした手紙を織り込み、太平洋戦争が始まる時代に、肩を寄せ合って生きる一家の姿を伝えます。
 現実の巌さんは、40年に保釈出獄。敗戦直後から、民主主義科学者協会、新日本文学会など民主諸団体で活躍し、57年に56歳で亡くなります。
 「父は、子どもたちに〝早く帰ってきて〟とせがまれて、どんなにつらかったことかと思います。今思えば、悪いことをしたなと胸が痛みます。終戦と同時に共産党に入りました。唯物論研究会の仲間だった戸坂潤さんや三木清さんらが獄死していますし、潔癖な人でしたから、上申書を書いて出所した自分に罪悪感もあったのでしょう」
 巌さんは、『社会運動思想史』ほかの著訳書や詩を残しています。その中には、小林多喜二の葬儀に幼いわが子とともにかけつけた、という一編も―。
 「父の書斎には、拘置所との往復書簡や自分の詩の原稿を入れた、『非常持出』と書いた袋がありました。詩集を出すのが夢で、『知られざる星座』というタイトルも決まっていました。生きている間に出してあげれば良かったのに―」
 映画「母べえ」のラストに、妻を思う父の詩が流れてきます。「そこへ来ると涙があふれる」という野上さん。「母は肺結核で50歳で亡くなりました。医者に見せるお金も無くて。二人が生きていたら、映画化をどんなに喜んでくれたことか」
 (中略)
 野上さんは、父に勧められて、敗戦直後、日本共産党本部で働き、ガリ版のチラシ作りに没頭しました。新しい時代の息吹があふれていたころです。
 「木造のバラックで足元がギシギシ。面白い人がいっぱいいた。そのころの若者の気持ちにピッタリでしたね」
 (中略)

 のがみ・てるよ=1927年、東京生まれ。43年、都立家政女学校卒。雑誌記者を経て、大映京都撮影所でスクリプターに。50年、「羅生門」で黒沢明監督作品につき、以後、「白痴」以外の全黒沢作品にかかわる

(「しんぶん赤旗」日曜版 2008年02月03日)

 以下、野上巌さんのことがわかるページです。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~setagaya-9jou/archives/setagaya-9zyonokai32.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市 やっほー、歌集ができました。『この星に同じ時代にやってきて 藤原義一 歌集』。四六判、百三十四ページ。初版、二千部です。

100

 二〇〇八年三月三十日。

 やっほー、歌集ができました。
 『この星に同じ時代にやってきて 藤原義一 歌集』。
 四六判、百三十四ページ。五百円。
 初版、二千部です。
 早速、ご注文していただいていたかたへの発送を始めました。

https://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=50821309&blog_id=81450

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.03.31

高知市大津 「夕どきの 虹、追っかけて バイク駆る……」。 

004

 二〇〇八年三月三十一日。

 夕どきの 虹、追っかけて バイク駆る
 消えてしまって
 雨がザザザザ

 昨日から歌集を注文していただいていたかたへの発送作業。

 午後三時半ころ、メール便の運転手がやってきて、もっていってきました。

 明日も、お願いしています。懸命に宛名をかかなくては。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

高知市大津 日本共産党の東京都の渋谷区議の苫孝二(とま・こうじ)さんの本『小樽の街と渋谷の街で』。

 二〇〇八年三月三十一日。

 本日、日本共産党の東京都の渋谷区議の苫孝二(とま・こうじ)さんから彼の本『小樽の街と渋谷の街で』(文芸社)が届きました。
 二百八十三ページです。

 彼は一九五〇年五月三十一日生まれ。僕より少しだけ後輩です。気のいい「やつ」です。いろいろ、お世話になっています。

 今夜から、じっくり読ませていただきます。
 ありがとう。とまちゃん。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »