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2008.04.25

「古賀政男さんがつくった軍歌・軍国歌謡 その五」。「勝利の日まで」。

 二〇〇八年四月二十五日。
 ● 「勝利の日まで」(サトウハチロー作詞。古賀政男作曲。霧島昇歌。一九四四年四月・コロムビア)。                

 【歌詞が載っているページ】

 http://gunka.xii.jp/gunka/data/frame/index.html

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文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

「勝利の日まで」これ古賀メロデーの隠れた名曲だと思います。
これは、勝利の日までというより、敗戦の坂を転がり落ちていく中で、その心情を歌ったもので、実は、昭和19年から始まった学童疎開の学童によって歌われたそうです。以下にある雑誌からの投稿を紹介します。

・・
昭和19年8月より、20年にかけ、国民学校3年以上の学童は、戦火を避けるため縁故があれば縁故で、無い者は集団疎開をおこないました。
映画『少年時代』は、この学童疎開を、体験した藤子不ニ夫原作によって映画化したものです。なお、これとは関係無いが、あの對馬丸の悲劇はこの時、昭和19年8月に起こったものです。
 
 「学童疎開」、それは家族がバラバラになり、空腹といじめ、のみ・しらみなどそれは厳しいものだったようです。当時学童疎開を励まし歌ったものに、NHKから流れた国民合唱・『父母の声』(草川信作曲)、
♪太郎は父のふるさとへ 花子は母のふるさとへ・・、同じく国民合唱『勝ち抜く僕等小国民』(橋本国彦作曲)♪勝ちぬく僕等小国民 天皇陛下の御ために・・などがあります。同じ頃、「お山の杉の子」が歌われました。
 
 こんななかで、疎開学童に歌われたもうひとつの歌に、古賀政男の隠れた名曲「勝利の日まで」(サトーハチロー作詞)があります。昭和19年末にNHKから。そして20年に入って同名の映画『勝利の日まで』(東宝 昭和20年1月25日公開)の主題歌として。
これは行進曲風で、前奏・間奏・後奏がそれぞれ独立した一曲に値するような、緊張感を持つ哀調を帯びた名曲。


投稿: 通りすがり・・ | 2009.01.26 22:11

続き・・

「勝利の日まで」がまんした疎開学童 (狭山市 42才 印刷業)

昭和19年8月、太平洋戦争はサイパン・テニアン島の玉砕で、日本の敗色が濃くなってきた。
当時5年生の私も親元を離れ、信州の山寺に学童疎開をした。はるかに見降ろす千曲の清流。
りんごと桑畑に囲まれた山寺。都会育ちの少年にとって、見るもの全てが新しい世界だった。

遠足気分で遊びまわった私たちも.三日もたつと東京の両親のことを思い出した。
毎晩消灯後並べられた布団の中から、すすり泣きの声が聞こえた、泣くのは女の子、しかも一人っ子がおおかった。
 
 楽しみは母からの手紙と食事時間。初めの頃は残すほどの食事も、しだいに質・量ともに落ちていき野草入りの雑炊、すいとん、サツマイモ、主食になった。空腹と望郷・・寂しさを忘れるために、私たちはいつも歌を歌った.40分もかかる村の学校への道、散歩の途中で、遊んだ千曲川の河原で、知ってる限りの歌が出た。

『先生、ぼくたちいつ帰れるの』勇気を出して、先生に聞く生徒もいた。『そのうち、日本軍が逆転して、一気に米軍をやっつける。

そうしたら、また東京に帰るぞ』・・私たちは、先生の言葉を疑いも無く信じた。日本が勝つ日まで、勝利の日まで我慢しよう。そんな私たちの気持ちにぴったり合った歌、それが『勝利の日まで』だった。
 

『さあ、みんな、そろそろ帰ろうか、最期にあれを歌おう。』声をそろえて歌ってるうちに、なぜかこの歌だけは涙がでてきた。途中で歌えなくなる生徒もいた。戦局は次第に悪化、沖縄も陥落、新聞を読むことも許されない私たちは、まだ日本の勝利を信じていた。

 出て来いニミッツ、マッカーサー、出てくりゃ地獄へ逆落とし・・こんな歌を勇ましく歌ったのもこのころだった.出てくるまでもなく、日本のすぐ近くまで来ているのを知らずに。

そして終戦、虚脱状態で声も出ない先生、私たちは勝ったのか負けたのか分からないまま、とにかく戦争は終わった。私たちは一年ぶりに親元に帰れる。ただそのことだけを喜び合った。

・・一億人の証言(『別冊・一億人の昭和史 昭和流行歌史』毎日新聞社1979)より。・・


投稿: 通りすがり・・ | 2009.01.26 22:14

<サヨンの鐘>

「古賀メロデー」の特長は、たくさんある「古賀メロデー」が、それぞれみんな違ってて、しかもそれぞれが名曲ということ。「西条八十作詞・古賀政男作曲」の沢山ある名曲の一つに、松竹映画「サヨンの鐘」(清水宏監督、1943年7月)の挿入歌がある。

日台の架け橋のような歌で、現在も台湾で知らない人は無い歌という。格調高い「サヨンの鐘」(1941)・・中国名「月光小夜曲」・・と共に、叙情名曲。

「サヨン」というのは、この台湾奥地に住む少数民族・高砂族の娘で、昭和13年、日本人警官の出征に際し、嵐の中、荷物を持って決死で送ってくれるんですが、自分は丸太の橋で足を踏みはずして転落してしまう、そして日本の台湾総督府は、少女の兄に鐘を送る。

それを聞いた渡辺はま子が、太平洋戦争直前にこの歌を歌う。後昭和18年に映画が作られる。

なお、平成10年9月7日NHK 特集で放送された。日本人の高校生の女の子が台湾に行き、「サヨン」のお姉さんや知り合いに、当時の様子を 取材して歩くというもの。

「サヨンの鐘」は、中国語では「月光小夜曲」というタイトルで歌われていますが、 サヨンの村では、日本の歌詞をそのまま中国語に訳して歌われてる。 台湾原住民(かつての高砂族)の小学生達が学校で合唱していました。

・「サヨンの鐘」(西条八十)渡辺はま子・   中国名「月光小夜曲」
  ♪あらし吹き巻く 峯ふもと  流れあや   ふき 丸木橋・・

・「サヨンの歌」(西條八十) 李香蘭(山口  淑子)
  ♪花を摘み摘み 山から山を 歌いくらし   て夜露に濡れる・・

・「なつかしの蕃社」(西條八十)霧島昇、菊  池章子
  ♪春はやさしい 緋桜が 赤く七つの 峰   染めて・・

<CD 紹介>
CD「渡辺はま子 / シナの夜 (SP盤復刻によ  る懐かしのメロディー)」・・サヨンの鐘
CD「李香蘭 / 蘇州夜曲 (SP盤復刻による懐  かしのメロディー)」・・・・サヨンの歌
CD「SP原盤復刻による日本映画主題歌集  
  5」(「サヨンの歌」「なつかしの蕃社」  「勝利の日まで」他)(「サヨンの鐘」は  入ってない。)

「サヨンの鐘」の“鐘”と、『組曲 サヨンの鐘』
  http://www1.ocn.ne.jp/~shoji/sayon.html

投稿: 通りすがり・・ | 2009.01.26 22:35

古賀政男は昭和53年8月に亡くなった。同じ年の暮れに「平凡出版」から追悼本「古賀政男・昭和の日本の心・・わが歌は永遠に」が出版された。

その最初のあたりに「日本人と古賀メロデー」と題して歌人・楠本憲吉氏が追悼文を寄せている。古賀作品の真髄は決して「義理、人情」ではない。人生に真面目に取り組む姿勢であると。以下抜き出して紹介してみる。

私(楠本憲吉氏)は、「古賀メロデー」という言葉には、二つの使い方があるのではないかと思っている。ひとつは広く古賀政男作曲を意味するものと、もうひとつは、古賀政男の書いた曲のうち、特に詩のテーマが人生の悩みや苦しみを表現しているもの。

後者の系列に入るものとしては、「男の純情」「人生劇場」「人生の並木路」「湯の町エレジー」「誰か故郷を想わざる」などがはいるでしょう。

こうしてみると、この狭い意味での「古賀メロデ-」は、いかにも日本人の心の琴線に触れるエッセンスがたっぷりという感じがする。

今年の春ごろだったと記憶しているが、NHKで古賀氏にインタビューをした番組があった。
病気の後で言葉は少し不自由だったが、頭はもちろんしっかりしていた。その中で古賀氏は、「今は、曲を付けたくなるような詩がなくてねエ」といって盛んに嘆いていた。

佐藤惣之助、西条八十、藤浦洸、サトウハチローらとつねにコンビを組んでいた古賀氏である。さもありなんと思って聞いていたものである。なかでも、「サーカスの唄」の詩を西条八十から渡されたときは、あまりに詩がすばらしいので、「僕にはこの詩に曲を付けることができません。」といって返したことがあるという話が印象的だった。

結局は西条氏に「貴方に曲を付けてもらえないならこの詩は捨てる。」といわれ、あの名曲ができたそうだ。
そのとき若干自分の生い立ちにも触れたが、インタビューアーが母親の話をすると古賀氏はもうそれだけで涙ぐんでしまうのである。とにかく苦労して古賀氏を育ててくれたそうで、このことを話してさめざめと泣かれた。この辺に作曲家古賀政男の原点があるのではないだろうか。

「人生劇場」には、「義理と人情のこの世界」と歌い上げているが、古賀メロデーの真髄は、決して「義理、人情」ではない。人生に真面目に取り組む姿勢である。真面目に取り組んでいれば必ずいい明日がある。--自分がそうだったから、古賀氏は真実そうおもっていたと思う。

だから古賀メロデーはどんなにどんなに哀愁を帯びていても、暗さがないし陰気な感じをうけないのである。

最後に私の選んだ古賀メロデーベストテンとして、10曲をあげている。

目ン無い千鳥、勝利の日まで、南の花嫁さん、柔、女の階級、サーカスの唄、湯の町エレジー、男の純情、人生の並木路、青春日記

それぞれ簡単な説明つきだが、「勝利の日まで」は軍国歌謡のひとつだが、この歌には思い出があり忘れられない曲だという。なお、「目ン無い千鳥」は、最近いろいろな人が歌っているがやはりオリジナルの霧島昇夫妻のがいいとある。男の純情・人生の並木路・青春日記の三曲は説明不要だろうとある。

投稿: 通りすがり・・ | 2009.01.29 21:37

「勝利の日まで」は、太平洋戦争最末期の混乱状態のなかで作られた東宝映画の主題歌。 「古賀メロデー」の戦時歌謡で、隠れた名曲だとおもいます。その残る音源を紹介します。霧島昇版ともうひとつあるようです。

      ー勝利の日までー 

 サトウハチロー作詞 古賀政男作曲 仁木他 喜雄編曲  (昭和20年)

 ・歌:波平暁男、近江俊郎、志村道夫、高倉 
    敏、菅沼ゆき子、奈良光枝、池真理 
    子、渡辺一恵  版

  CD「SP原盤復刻による日本映画主題歌集   5」
   (「サヨンの歌」「なつかしの蕃社」 
   「勝利の日まで」他)(「サヨンの鐘」
    は入ってない。)

 ・歌: 霧島昇・日蓄合唱団 版 

前者は、最初に述べてように行進曲風。昭和20年1月発売のもの。前奏・間奏・後奏がそれぞれ独立した一曲に値するような名曲。緊張感を持つ哀調を帯びた名曲なのでお勧めです。

後者はそれに先立ち昭和19年に発売されたNHK委嘱で作られたものだと思う。参考に以下のyou tube に投稿されていて聞けるようなので参考までに書いておきます。
        
ttp://jp.youtube.com/watch?v=2VKjmdyAGOA&feature=related

投稿: 通りすがり・・ | 2009.01.29 23:42

映画「勝利の日まで」ってこんな映画です。

貴重な資料が載ってます。

http://blog.livedoor.jp/susie_arabia/archives/50541040.html

投稿: 通りすがり・・ | 2009.02.05 21:27

参考に上記一部抜粋・・

円谷英二が関与した東宝の特撮SF映画第1号(少なくとも現代劇では)だが、部分的にフィルムが存在するのみ。大戦最末期の公開(1945年1月25日)ゆえ、映画雑誌はすべて休廃刊状態にあり、批評記事を載せた媒体もほとんどない。俺の知る範囲では「くろがね叢書」第23集(1944年10月31日発行)に掲載された8ページほどのフォトストーリーが当時刊行された唯一の活字資料だ。その「くろがね叢書」も後述の理由で一般には流布せず、国会図書館にも所蔵されていない。「くろがね叢書」のフォトストーリーにはフィルムセンターの成瀬巳喜男特集で上映されたプリントにないシーンのスチルが含まれており、資料性が高いと思われるので、ここに紹介する次第である。・・

投稿: 通りすがり・・ | 2009.02.08 09:32

上記URLは間違ってましたので訂正しておきます。
http://blog.livedoor.jp/susie_arabia/archives/50541040.html

ついでに、これをみると、慰問映画だそうですが、コミック風で、勝利の日までとは程遠い内容です。

ここにはつぎのようにあります。・・
スチルから受ける印象はずいぶん呑気そうで、とても "鬼畜米英" という気負いは感じられない。ロケットや実験室のデザインも1930年代のハリウッド製SF映画(たとえば「透明光線」とか)みたいだし、高峰秀子のコスチュームはバタくさい。この映画、ほんとに戦意高揚が目的なのだろうか? 俺には単なる息抜きにしか思えないのだが。逆に「昔の日本人って精神的余裕があるなぁ」と感心してしまった。「太平洋戦争中の日本は軍事色一辺倒」というのは、どうやらウソらしい。少なくとも「すべて」ではない。・・

といいったところですが、この映画のすぐ後、2月には硫黄島の激戦が始まります。2月19日には硫黄島上陸、23日には擂鉢山に星条旗(占領)。2月26日には元山飛行場占領。そして3月10日には10万人が亡くなった東京大空襲です。

サイパンからのB29爆撃機を中間にある硫黄島の基地からのグラマン戦闘機が護衛できたのです。日本は敗戦の坂道を転げ落ちていくのです。

こういうことは知らされないことだろうが、映画「勝利の日まで」は映画の内容とは違って、悲壮な緊張感満ちた行進曲風で名曲です。

涙が出てくるというのもわかります。一度聞かれることを薦めます。


投稿: 通りすがり・・ | 2009.02.11 16:26

再訂正
http://blog.livedoor.jp/susie_arabia/archives/50541040.html

投稿: 通りすがり・・ | 2009.02.11 16:30

うまくURLが出ないがいかです。

http://blog.livedoor.jp/susie_arabia/archives/50541040.html

投稿: 通りすがり・・ | 2009.02.11 16:37

・・・archives/50541040.html です。

投稿: 通りすがり・・ | 2009.02.11 16:43

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