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2008.08.12

【愛知県で その三】 半田市の中島飛行機衣糧倉庫跡の北側の外壁には、アメリカ軍機の機銃掃射の弾痕が生々しく残っています。

Photo

 二〇〇八年八月十一日。

 その三。
 半田市の中島飛行機衣糧倉庫跡の北側の外壁には、アメリカ軍機の機銃掃射の弾痕が生々しく残っています。

 案内看板から。

 機銃掃射弾痕

 半田市への本格的な空襲は、昭和20年(1945年)7月15日、硫黄島基地を発進した米軍のP51(ムスタング)戦闘機10数機によって行われました。3機から6機編隊に分かれたP51が、三波にわたり、半田市上空に飛来し、超低空からの攻撃を繰り返しました。
 市内とその周辺地域に急降下による機銃掃射を浴びせ、8名の市民の犠牲者を出しました。当時、中島飛行機の衣糧倉庫として使われていたこの「旧カブトビール工場」も激しく銃撃され、火災が発生し、一部が損傷しました。今もなお、その時の機銃掃射による多数の弾痕が北側壁面に残っています。

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