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2008.09.11

「日本国憲法」の主権在民の規定の生い立ち

   「日本国憲法」の主権在民の規定の生い立ち

 「日本国憲法」(一九四六年十一月三日公布、四七年五月三日施行)は、「……ここに主権が国民に存することを宣言し……」(前文)、「…
主権の存する日本国民の総意……」(第一条)と主権在民をうたっています。「大日本国帝国は万世一系の天皇之(これ)を統治す」とし、国民を「臣民(天皇の家来)」とした「大日本帝国憲法」(一八八九日二月十一日発布)とは全然違った規定です。「日本国憲法」にこの規定が盛り込まれた経過をみてみましょう。
 この憲法が生まれたのは、連合国を代表してアメリカ軍が日本に進駐し、この占領軍(総司令官・マッカーサー)が日本の全権力をにぎる全面占領の時代でした。日本の政府は存在しましたし、議会もありましたが、占領軍は、その上にたつ権力で、国民生活も全面的にその管理と支配のもとにおかれていました。
 新しい憲法の検討は幣原喜重郎(しではら・きじゅうろう)内閣(一九四五年十月九日~四六年五月二十二日)の時代に始まりました。
 真っ先に新しい憲法について、こういう内容でと提案した政党は日本共産党でした。一九四五年十一月十日発表の「新憲法の骨子」です。
 そこでは「主権は人民にある」、「民主議会は主権を管理する」とうたっていました。
 他の政党も翌年の四六年、「要綱」を発表しましたが、主権は天皇にありでした。
 日本自由党 「天皇は統治権の総攬者なり」(一月二十一日の「憲法改正要綱」)。
 日本進歩党 「天皇は臣民の輔翼(ほよく)に依(よ)り憲法の条規に従ひ統治権を行う」(二月十四日の「憲法改正案要綱」)。
 日本社会党 「主権は国家(天皇を含む国民共同体)に在(あ)り」(二月二十三日の「新憲法要綱」)。
 幣原内閣も、の政府の内部で憲法の議論をやって新しい憲法についての日本政府案をまとめました。その内容は「天皇が統治権を総攬(そうらん。一手に掌握して治める)」する体制は「日本国歴史の始まりたる以来不断に継続せるもの」だとうるものでした。
 それを、憲法担当の松本烝治(まつもと・じょうじ)が占領軍総司令部にいって、こういう憲法をつくりたいと説明しました。
 占領軍司令部は、天皇主権の政府案を拒否し、自分たちの側で草案をつくる仕事を始めました。
 そして、同年二月十三日、総司令部案が日本政府にわたされました。それには「人民の意志の主権を宣言し」と主権在民の原則が明記されていました。
 それをもとに、日本政府の側で検討しました。
 三月二日、「日本側案」ができあがりました。
 それが、また、総司令部で検討されるなどの過程を経て、三月六日、日本政府は「憲法改正草案要綱」を発表しました。
 四月十四日には、この「要綱」を憲法の草案に仕上げた「憲法改正草案」を発表しました。この「草案」には「人民の意志の主権を宣言し」はなく、それは「国民の総意が至高なものであることを宣言し」と書き換えられていました。
 この「草案」が、四月十日の総選挙で選ばれた憲法制定議会の審議にかけられたのです(六月から十月)。
 この間、五月二十二日、吉田茂内閣が成立しました(四七年五月二十四日まで)。当初は四月の総選挙で第一党となった日本自由党の鳩山一郎総裁が組閣するはずでしたが、就任を目前にして鳩山が公職追放となったため、鳩山の依頼で吉田が同党の総裁に就任し、日本自由党と日本進歩党の連立内閣を組んだのです。
 六月二十八日、総選挙で五議席を得た日本共産党は、憲法制定議会の召集にあわせて、憲法法案を発表し、主権在民の原則をあらためて明記しました。
 七月二日、連合国を代表する対日政策の最高機関としてアメリカのワシントンにもうけられていた極東委員会(十一カ国が参加)も「日本の新憲法についての基本原則」を決定。その第一項で「日本国憲法は、主権が国民に存することを認めなければならない」とうたっていました。
 七月二十五日、日本共産党は、憲法制定議会で「修正案」を提出し、その中で主権在民の原則を明記することを要求しました。
 こうした展開の中で、総司令部と日本政府のあいだで、会談が重ねられ、憲法制定議会では、政府提出の「憲法改正案」を国民主権を明確にする方向で修正する検討がされました。
 その結果、八月二十四日の衆議院本会議で、国民主権の原則を前文と第一条に明記した「日本国憲法」が採択されることになりました。
 主権在民の規定は、日本の政治を民主的に切り替える上で大きなパワーを発揮しました。

 (二〇〇八年九月十日)

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