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2008.11.21

高知市 軍歌「雪の進軍」の「どうせ生かして還さぬ積り」の歌詞。

 二〇〇八年十一月二十一日。

 「雪の進軍」(作詞・作曲:永井建子)という軍歌があります。
 一八九五年二月中旬にできました。
 作者が、大山巌大将率いる第二軍司令部付の軍楽隊の軍楽次長として山東半島の虎山という寒村に二週間駐営したときにつくったものです。
 歌の最後の文句「どうせ生かして還さぬ積り」は、昭和に入ると不穏当だと軍の横槍が入って、「生きて還さぬ積り」に改めさせられました。

 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の「軍歌」には、こう書かれています。
 
 ……厭戦(えんせん)歌そのもののような、軍歌としては異色の歌詞が特徴。長らく将兵に愛唱されていたが「勇壮でない」とされ、昭和に入り歌詞が一部改訂(「どうせ生かして還さぬ積り」という歌詞が「どうせ生きては還らぬ積り」に直された)され、さらに太平洋戦争中には歌唱禁止とされていた。……

 一、雪の進軍氷を踏んで
   どれが河やら道さえ知れず
   馬は斃(たお)れる捨ててもおけず
   ここは何処(いずく)ぞ皆敵の国
   ままよ大胆一服やれば
   頼み少なや煙草が二本

 二、焼かぬ乾魚(ひもの)に半煮(はんに)え飯に
   なまじ生命(いのち)のあるそのうちは
   こらえ切れない寒さの焚火(たきび)
   煙(けむ)いはずだよ生木が燻(いぶ)る
   渋い顔して功名噺(ばなし)
  「すい」というのは梅干一つ

 三、着の身着のまま気楽な臥所(ふしど)
   背嚢(はいのう)枕に外套かぶりゃ
   背(せな)の温(ぬく)みで雪解けかかる
   夜具の黍殻(きびがら)シッポリ濡れて
   結びかねたる露営の夢を
   月は冷たく顔覗き込む

 四、命捧げて出てきた身ゆえ
   死ぬる覚悟で吶喊(とっかん)すれど
   武運拙(つたな)く討死(うちじに)にせねば
   義理にからめた恤兵真綿(じゅっぺいまわた)
   そろりそろりと頚(くび)締(し)めかかる
   どうせ生かして還さぬ積り*


 恤兵は、物品を送って、戦地の兵士を慰問することです。

 【参考文献】

 ● 『CDブック 戦争と流行歌 君死にたまふことなかれ』(矢沢寛。社会思想社。一九九五年八月三十日)。

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