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2009.08.01

高知市 千島列島、歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん)問題を考える その三・問題をつくり出したソ連、アメリカ、イギリス、日本政府

 第二次世界大戦にあたり、連合国は戦後処理の原則として「領土不拡大」の公約を掲げました。日本、ドイツ、イタリアが戦争などによって奪った土地は返させるが、そのほかの土地の割譲は求めないというものです。
 対日戦の戦後処理でも、一九四三年十二月一日にアメリカ合衆国大統領・フランクリン・ルーズベルト、イギリス首相・ウィンストン・チャーチル、中華民国主席・蒋介石が発表した「カイロ宣言」で「自国のためには利得も求めず、また領土拡張の念も有しない」と明確にされました。一九四五年七月二十六日、アメリカ合衆国、中華民国、イギリスの国の首脳が大日本帝国に対し発したアジア・太平洋戦争の終結に関する勧告の宣言・「ポツダム宣言」では、「カイロ宣言」の履行が明記され、ソ連を含む連合国全体のものとなりました。
 ところが、「領土不拡大」の公約に反する国際密約がありました。ソ連連邦首相・ヨシフ・スターリンはアメリカ、イギリス首脳とのヤルタ会談(一九四五年二月、ソ連のヤルタで)で、対日参戦の条件としてソ連への「千島列島の引き渡し」を要求し、ルーズベルト、チャーチルもそれを認め、三国の秘密協定(協定締結は二月十一日)に盛り込まれました。
 ソ連は、第二次世界大戦の末期の一九四五年八月八日に対日参戦しましたが、八月十八日から千島列島などの占領を開始しました。その際、千島列島と歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん)を軍事占領し、その後、一方的に自国領に併合してしまいました。
 それを法的に裏付けたのが、日本がアメリカなどと一九五一年九月八日に調印したサンフランシスコ講和条約です。同条約は、二条C項で「日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。」ことが明記されています。

 南樺太については、日本がロシアから暴力的に割譲させたものですので、ソ連に返還するのは理があります。しかし、千島列島については、性格の違うものです。この条項の千島列島の項目は、ヤルタ協定の当事国であるアメリカが、ヤルタ協定にしたがってもちこんだものです。同条項の千島列島放棄は、カイロ宣言の「領土不拡大」の原則や同宣言「履行」を明記したポツダム宣言などにてらしても、不当なものです。
 以上の経過から千島を日本から切り離した問題の責任をおうべきはソ連、アメリカ、イギリス、日本政府です。
 なお、歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん)は、二条C項には入っていません。

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