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2009.08.14

高知市 「ブログ高知」に、西森智恵子さんの創作漫画「7月のピアノ 1945年7月4日」(西森 智恵子。四十四ページ)をアップさせていただきました。

私の「ブログ高知」に、西森智恵子さんの創作漫画「7月のピアノ 1945年7月4日」(西森 智恵子。四十四ページ)をアップさせていただきました。

 昨夜からはじめて、いま、午後一時半に終了しました。

 ここです。 

 http://fujihara.cocolog-nifty.com/tanoshi/2009/08/post-890a.html

 西森さんの「まえがき」を、ご紹介します。

 この本を、お手に取っていただいて、ありがとうございます。

 私は、この高知で、生まれ、高知城を見ながら育ちました。

 それでいながら、今年2009年の春まで、高知の街がアメリカ軍の大空襲を受け、焼け野原にされたことは、その事実すら、ほとんど知りませんでした。おぼろげに、「高知の街は戦争で1回焼けた」といった程度の認識しかなかったのです。

 昨冬、ふとしたことから平和資料館・草の家(高知市升形九の11)の岡村正弘館長と知り合うことができました。

 そして、初めて高知を襲ったアメリカ軍B29重爆撃機125機によるじゅうたん爆撃で高知の街が一夜にして焼け野原となり、大勢の人々が、その犠牲になったという事実を知ることになったのです。

 この春ごろから岡村さんに高知大空襲の話を、何度も何度も聞かせていたただきました。

 そうして生まれたのが、岡村さんの体験を描いた漫画『ぼくが見た高知大空襲』(『戦争遺跡保存ネットワーク高知 高知の戦争 証言と調査』6号。2009年7月)です。

 その中で、ほかの方にもいろいろ高知大空襲の体験を聞かせていただきました。それらをもとに創作したのが、この『7月のピアノ 1945年7月4日 高知大空襲』です。

 戦争体験のない世代の私ですが、アメリカ軍の焼夷弾(しょういだん)や爆弾の降り注ぐ夏の真夜中の高知市に身をおいて描きました。

 現実に戦争を体験した方々から見ると、不満に思われる点も多いかとぞんじますが、私の「戦争は絶対にいけない。二度と繰り返してはならない」、「戦争は何も生み出さない。すべてを奪うだけだ」というというせいいっぱいの心からの思いがいっぱいいっぱいつまった漫画です。

 高知大空襲で犠牲となった方々の叫びとして読んでいたただければ幸いです。

  

  2009年7月10日

             西森 智恵子  

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