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2009.08.18

高知県 墜落機は偵察機「彩雲」だったようです。

 「三魂の塔」のことを……と思ってインターネットを探していて、つぎのページにいきつきました。

http://www.geocities.jp/bane2161/index.html

 以下のような記事がありました。

 松山上空の大空中戦

 昭和20年3月19日午前5時、松山基地指揮所前に全搭乗員が整列。
源田司令が訓示。
 「今朝、敵機動部隊の来襲は必至だ。わが剣部隊は、この敵機を迎え撃って痛撃を与える。目標は敵の戦闘機隊だ。爆撃機などには目もくれるな。一機でも多くの敵戦闘機を射ち落とすようにこころがけてくれ。」
 午前5時45分、4機の偵察機「彩雲」暁の闇に発進。
 午前6時50分、「彩雲」より「敵機動部隊見ユ、室戸岬ノ南30浬」、「敵大編隊、四国南岸ヲ北上中」との情報が相次いで入電。
 待機中の「紫電改」54機「紫電」8機が発進。
 午前7時10分頃、松山上空において呉方面に向かう敵大編隊(300機以上)と激しい空中戦を展開。
 大乱戦の末、確認された戦果はF6FおよびF4U戦闘機5機撃墜合計57機の大戦果をあげた。
 当方の損害は自爆・未帰還16機・大破5機であった。

 「彩雲の壮烈な最期」

 この華やかな戦果のかげにいくつかのエピソードがある。
 そのひとつは偵察機「彩雲」の4番機の活躍である。
 この機には高田少尉を機長に、操縦員遠藤上飛曹、電信員影浦上飛曹の3人が乗っていた。
 高田機は敵大編隊を発見して第一報を送り、エンジン不調のため帰路についたが、さらに数を増した敵大編隊に遭遇し送信後空中戦となった。
 単機で大編隊に立ち向かったが、敵の集中砲火をあび被弾した高田機は、白煙をはきながら敵戦闘機に体当たりを敢行、さらに余勢をかって他の一機にも体当たりし散華した。
 見事に刺しちがえた高田機の壮烈な戦いぶりは地上からも望見され、当時の感銘を忘れえぬ人々によって、昭和49年春、自爆あとに記念碑が建てられた。
 愛媛県境に近い高知県高岡郡東津野村。
 「三魂の塔」と名づけられた自然石のその碑は、四国カルストの天狗高原を背景に、太平洋に向かっていまなお厳然と立っている。

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