« 『歌集 永国寺町の夜の教室から』 藤原義一   【二〇〇九年度前期】 | トップページ | 『歌集 永国寺町の夜の教室から』 藤原義一   【二〇〇九年度後期】 »

2009.10.11

『歌集 永国寺町の夜の教室から』 藤原義一   【二〇〇九年度夏休み】

 二〇〇九年八月六日から県立高知短期大学は夏休み(九月二十日まで)。
 八月八日、九日、長野県松本市での第十三回戦争遺跡保存全国シンポジウム松本大会に参加。九日の分科会でリポートを発表。
 八月十四日、この日付の読売新聞朝刊が、妻・藤原尋子(ふじはら・ひろこ)と父・矢野統一(やの・とういち)のことを取り上げてくれました。二十七面トップで、見出しは「父娘が伝える『海の特攻』 国に命ささげた青春 戦争は無残 体験記を出版へです。その日のうちから、富山県、東京都、埼玉県、大阪府、兵庫県の全国の読まれた方から電話、手紙、はがき、メールで激励や問い合わせがありました。
 八月十九日~二十三日、二〇〇九年度高知短期大学・韓国晋州(チンジュ)産業大学社会人学生交流に参加しました。訪問先は、プサン、チンジュなどです。日本側は、教官三人、OB十人、学生十三人の計二十六人でした。学生で男性は僕だけです。
 高知短期大学学友会 、同存続を求める学生の会で、九月二十七日午後、高知市の高新文化ホールで「県立高知短期大学存続を求める音楽とトークのつどい」を開くことに。僕は、このつどいのビラの版下をつくらせてもらいました。
 【あの「春の嵐」(♪僕の心は熱く燃えて2人は炎の中…)の堀内佳さんと共に
 県立高知短期大学存続を求める音楽とトークのつどい

 日本に一つの「働きながら学ぶことのできる夜の短期大学」をなくそうという動きがあります。「とんでもない。この県民の宝を守り、もっとよい学び舎にしていきましょうよ」というつどいです。音楽は、シンガーソングライターの堀内さんの一時間余の演奏です。堀内さんは一歳の時、全盲になりました。五歳で中村市の親元を離れ、高知市の県立盲学校に入学。中学時代に独学でギターを弾き始め、曲をつくりだしました。今、「前向きに生きることのすばらしさ」をテーマに各地でコンサートを開いています。入場は無料です。】
 八月三十日から九月十二日まで県立高知短期大学の夏季集中講義。僕は「現代社会論」、「協同組合論」を受講。
 八月三十日、衆議院議員選挙、投開票。

 九月二十一日午後、本山町での「第二十三回ピースライブ イン こうち」(主催・ピース イン こうち 実行委員会)に参加。

 九月二十二日午後、県立高知短期大学の同学年生のTAさん(男性。僕より少しだけ年上)がわが家に来訪。「おまんは、あんまりこえすぎやき」と、やせるための器具を二つ持ってきてくれました。
ありがたくいただきました。

 九月二十三日午後、高知市内で開かれた「高知センター合唱団創立四十五周年 輝け九条! 暮らし良くなれ! うたごえは平和の力! 大みんなでうたう会」へ。高知センター合唱団は、九月二十二日で満四十五歳だったそうです。僕も、数カ月、ここの団員でした。「うたう会」は、百四十二人の集まりでした。「池本さん」という男性が「若者たち」を歌いました。彼のメッセージが、すっごくよかった。こんな趣旨でした。〝徳島県出身ですが、一九六八年に高知大学に入学。児童文化研究会で人形劇などをやりました。そんなころ映画『若者たち』のポスターが学内にはられていました。『若者たち』の俳優・山本圭さんが高知大学を訪問するということもありました。うたごえに出会いました。教師として三十七年間働き、定年になりましたが、教師生活をささえてくれたのが、あのころのうたごえでした〟。僕は、彼の入学の二カ月前に高知大学をやめて高知民主商工会で働いていました。

   戦争遺跡保存全国シンポジウム松本大会

 リポートは十六ページ、六十部
 バッグにつめて
 高速バスに

 「いらっしゃい。戦跡保存の集いです」
 松本駅の
 歓迎の幕

 江戸の世の 手を握り合う 男女像
 道端にいて
 松本や、よし

 「強姦(ごうかん)し、乳房切り取り、食べた兵」
 調査を示す
 中国女性

 「女の子の手も握らずに死ぬのかよ」
 十五の特攻
 静かに語る

 「わが島」の 日本軍の 基地の写真(え)を
 示してくれる
 チェジュド(済州島)の青年

 丸太敷き 滑走路のこと 告げている
 「知らなかった」の
 声も上がって

 「この技術、僕もほしいね。急がなきゃ」
 地下工場の
 測量図見る

 「軍神」像 四十体も 見つけたと
 復活のさま
 例示する男性(ひと)

 両腕に 資料抱えて
 帰路につく
 「また、明日から 取材に歩こう」

   韓国の国立扶余(ふよ)博物館

 ごっくんと 唾(つば)のみこんで 仏像(ほとけ)撮る
 「写真OK」
 扶余(ふよ)の優しさ

 韓国で 「オモナ」のリズム 好きになり
 「また会おうね」と
 手を振っている

   夏休みの夜の県立高知短期大学

 日曜に 七時間をも 語り抜く
 集中講義の
 学の迫力

 次々と 「質問」「質問」 さばきつつ
 ベテラン教師
 両手で語る

 あの江戸の 幽学さんが 提起した
 先祖株聞く
 コープの始祖か

 アメリカの 大草原の 農村が
 壊されるさま
 背をのばし聞く

 ニ十代、六十代も出席し
 六十八の
 瞳かがやく

 左手に、あごを乗せつつ
 ノートとる
 元社長さん、明日を夢見る

 「人助け、職にしようか思案中」
 あと半年で
 学舎出る友

 明日、試験
 幽学の本、積み上げて
 眠気覚ましを グッと飲み干す

   県立高知短期大学存続運動秋の陣へ

 「全国に 夜の短大、高知だけ」
 県の指摘に
 「残さなくっちゃ」

 「存続の つどいの準備 急ごうね」
 休み時間の
 短い対話

|

« 『歌集 永国寺町の夜の教室から』 藤原義一   【二〇〇九年度前期】 | トップページ | 『歌集 永国寺町の夜の教室から』 藤原義一   【二〇〇九年度後期】 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30274/46457498

この記事へのトラックバック一覧です: 『歌集 永国寺町の夜の教室から』 藤原義一   【二〇〇九年度夏休み】:

« 『歌集 永国寺町の夜の教室から』 藤原義一   【二〇〇九年度前期】 | トップページ | 『歌集 永国寺町の夜の教室から』 藤原義一   【二〇〇九年度後期】 »