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2009.10.20

近代の日本と朝鮮 年表

 1875年9月20日  日本の軍艦が朝鮮の領海をおかし、江華島の守備兵が砲撃。
 1876年2月26日  江華島事件を口実に朝鮮政府をおどして日朝修好条規を調印、日本、朝鮮にたいし治外法権をおしつける。
 1882年7月23日~ 朝鮮で兵士、市民が蜂起し、王宮、日本公使館など襲う(壬午政変)。
 1882年8月12日  朝鮮での壬午政変をうけ、急ぎ徴発令制定(戦時・事変のさいの軍需調達を規定)。
 1884年12月4日~ 朝鮮で金玉均らのクーデター計画に日本軍も介入し、朝鮮軍と衝突。
 1885年4月18日  天津条約(朝鮮からの日清両軍徴兵)。
 1894年2月15日  朝鮮で農民蜂起(甲午農民戦争始まる)。
 1894年7月23日  日本軍が朝鮮王朝を占領(ソウル)、朝鮮軍を武装解除。
 1894年8月1日   日本、清に宣戦布告(日清戦争)。
 1895年10月8日  朝鮮で日本軍などが閔妃(みんび)を暗殺。   
 1896年6月9日   朝鮮にかんする山県・ロバノフ協定。山県有朋(ありとも)とロシア外相ロバノフとの間でモスクワで調印された朝鮮問題にかんする日露間議定書。翌年2月26日発表され、公開条項四か条と、秘密条項二か条からなる。公開条項では、〔1〕日露両国の朝鮮への財政援助、〔2〕朝鮮自身による軍隊および警察の創設、〔3〕日本の朝鮮内に現有する電信線の管理、ロシアのソウルから国境線までの電信線架設権の確認、〔4〕後日商議すべきことの生じた場合の友誼(ゆうぎ)的妥協、を取り決めた。秘密条項では、〔1〕将来朝鮮の秩序が乱れ、日露両国が出兵する際、日露両軍衝突の危険を避けるため、両国軍隊の間に空地をつくるなど用兵地域を確定する、〔2〕小村‐ウェバー協定(1896年5月14日調印、翌年2月26日発表)による朝鮮内における日露両軍の駐兵の継続、を協定した。
 1904年2月8日   日露戦争始まる(2月8日、宣戦布告)。
 1904年2月23日  日韓議定書調印、日本の朝鮮への内政干渉を認めさせる。
 1904年8月22日  第一次日韓協約を締結。これにより韓国政府は、日本政府の推薦者を韓国政府の財政・外交の顧問に任命しなければならなくなった。日露戦争中ではあるが、この条約が結ばれた時期には朝鮮半島での戦闘は終了し、韓国は事実上日本の占領下に入っていた。
 1905年1月28日  閣議で竹島を日本領とし、島根県所属にすることを決定。 
 1905年11月17日 第二次日韓協約(乙巳保護条約)調印、日本政府、京城に総監をおき(初代・伊藤博文)、韓国を保護国化。各地で反日暴動。
 1907年7月24日  第3次日韓協約締結。内政権をうばい、軍隊を解散させる。反日義兵闘争高まる。
 1908年8月27日  朝鮮での植民地事業をすすめる国策会社・東洋拓殖株式会社(とうようたくしょくかぶしきがいしゃ)法公布。東洋拓殖株式会社は、朝鮮の農地集約を進めることを目的として設立された国策会社である。大韓帝国政府と日韓民間資本の共同出資などにより設立された。初代総裁は宇佐川一正(陸軍中将)。当初は漢城(現在のソウル特別市)に本店を置き、朝鮮の土地5700町歩を所有して、日本からの移民と開拓をその事業として掲げた。会社発足当初から、政府の補助金も受けて土地の買収を進めた。1919年には78000町歩(全耕作面積の約1.8%)を保有した。同社の日本人移民事業は挫折したが、接収した土地で朝鮮人を小作として働かせ、地主兼金融業を中心業務とするようになった。そのため、朝鮮における最大の地主となり、1937年には小作人78667人を擁した。天皇家が同社の株を所有していたことも含め、名実とも日本の朝鮮経営の中心となった。
 1909年7年6日   閣議で韓国併合の方針決定。 
 1909年10年26日 安重根(アン・ジュングン)が、伊藤博文をハルビンで射殺。
 1910年8月22日  日本軍の圧力のもとで韓国併合条約の調印、朝鮮総督府の設置(8月29日)、初代総督・寺内正毅(10月1日)。 1910年9月12日  韓国駐剳(ちゅうさつ)憲兵条例公布。
 1911年8月24日  朝鮮教育令公布(明治天皇の教育勅語にもとづき日本語を主体に)。
 1912年8月7日   朝鮮総督府が土地調査令を制定。
 1925年5月8日   勅令で治安維持法を朝鮮、台湾、樺太に施行。
 1931年9月18日  柳条湖事件、日本帝国主義、中国の東北地方に侵略戦争を開始。
 1937年7月7日   日本帝国主義、中国にたいする全面侵略戦争を開始(盧溝橋事件)。
 1938年3月4日   朝鮮の教育令改定、朝鮮語の使用を禁止。
 1939年7月28日  朝鮮人労働者の日本への強制連行はじまる。
 1939年12月26日 朝鮮総督府が朝鮮人に日本式氏名を強制する「創氏改名」を命じる。
 1941年12月8日  ハワイ真珠湾攻撃、マレー半島上陸、天皇が開戦の詔勅、アメリカ、イギリスに宣戦布告、日本帝国主義がアジア太平洋戦争を開始。
 1943年3月2日   兵役法をあらため、朝鮮にも徴兵制施行。
 1945年8月8日   ソ連が日ソ中立条約を破棄し、対日宣戦布告。8月9日、ソ連軍がソ連、「満州」国境をこえて対日参戦、千島、歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん)を占領。
 1945年8月13日  ソ連軍、清津府を占領(実質的に日本の統治から外れた最初の街)。
 1945年8月15日  天皇制政府、ポツダム宣言を受諾(じゅだく)して連合国に降伏。呂運亨、朝鮮建国準備委員会(建準)結成。
 1945年8月21日  ソ連軍が平壌府進駐。
 1945年8月25日  アメリカ軍が仁川府上陸。
 1945年8月      アメリカ、ソ連が北緯三八度線での朝鮮の分割占領で合意。
 1945年9月6日   呂運亨らは朝鮮人民共和国の樹立を宣言。
 1945年9月7日   アメリカ極東軍司令部が朝鮮における軍政を宣言(即時独立否認)。
 1945年9月9日   総督府が降伏文書に調印。
    
 
 
 

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