« 十一月八日の県立高知短期大学祭のパンフレットができました。僕の出した広告も載っています。 | トップページ | 南国市 国分寺近くの強風に舞うコスモスたち。 »

2009.11.03

十八歳の選択と、もうひとたびの選択。【書き直しました】

 ものこごろついたら高知県伊野町の子どもでした。父は機械すきの紙工場の営繕係で、母は手すきの紙工場で紙をすいていました。共稼ぎで、そこそこの収入はあるはずなのに、中学校のときから両親から「うちは貧乏だから高校には行かんといて」といわれていました。貧乏の理由の一つは、父が母以外の女性に、つぎつぎと「入れ上げている」ことでした。戦争で青春がなかった父の「ばぶれ」だったと思います。

 両親の反対を押し切って、無理やり県立高知追手前高校に行きました。授業料は、夏休みの肉体労働、家庭教師でまかないました。

 高校三年生の十八歳のとき、大学へ行こうと思いました。地元の国立大学なら「なんとかなりそうだ」という自己判断で高知大学を受けて合格しました。将来は歴史研究者になろうと思っていました。十八歳の選択でした。

 大学に入学してからラジカルな学生運動に出合い、その後をついていきました。その中で、彼らの反社会性を知りました。彼らと決別して日本民主青年同盟に入れてもらい、その後、日本共産党に入れてもらえました。これは正解でした。

 恋もしました。二年生になって一年下の髪の長い美しい人を追っかけました。毎晩のように家まで送りました。ある日、彼女に「君はいくつで結婚するの」と聞きました。「卒業したらすぐに結婚してほしい」という告白のつもりでした。彼女は、二十四と答えました。いますぐにでも結婚したかった僕は「そんなには待てないよー」。

 一年生の二カ月間ほどの「ラジカル」は心の中に深く残っていて、日々の「行動」のみを重視し、勉学を軽視し、生活設計を軽視して、大学生活は破たんを迎えました。四年生になる前に、授業料不払いのまま除籍に。二十歳のときです。

 その年、一九六八年の二月から高知市で働き始め、十月からは東京の職場につとめはじめました。

 七〇年春、追っかけていた人とは別の、一年下の女性が東京にやってきてくれました。その年の十月、彼女と結婚しました。

 東京の職場で働き続けました。自分の思ったことが実現できる素晴らしい職場でした。

 そして、二〇〇七年十二月三十日に、六十歳で退職しました。二つの大きな病気が退職の理由でもありました。

 二〇〇八年四月から県立短期大学社会科学科に行き始めました。思いは、やはり「将来は歴史研究者になろう」でした。「もうひとたびの選択」でした。

 先生がたの手取り足取りの援助で、四年制大学に編入することができました。二〇一〇年四月からは、お隣の香川県の四年制大学の文学部文化財学科の三年生になります。

 そのうちに、悔しいことに大病が一つ追加されました。病名を知った、学友の一人が「夫も、同じ病気でなくなりました。気をつけてね」と励ましてくれました。

 何とか体をカバーしながら生き抜きたいと思っています。妻は「ネコの世話があるので高知にいます。一人で行ってください」といっていますが、一人暮らしに耐えて卒業するつもりでいます。

 まわりの人々は「その体調では無理やない? やめちょきや」と優しい声をかけてくれます。「あんたには、目の前にやらんといかんことがあるはずやないか。勉強に逃げなや」という声もあります。

 しかし、僕は、勉強したいのです。僕が勉強したい分野は、やるべきことがいっぱいあります。勉強して、それが役に立つ時間は、あまり長くないこともわかっています。でも、いま、「僕は、生まれついて歴史研究者になることを宿命づけられていたのだ」と、思い始めています。何の根拠もありませんが……。

 短い時間でも、その役割を果たしてから、「やらんといかんことは、それなりにやったからね。ここと、ここと、ここと、ここと、ここが、まだだから、お願いします」と誰かに引き継いで、ほほ笑んで消えていきたいと思っています。

|

« 十一月八日の県立高知短期大学祭のパンフレットができました。僕の出した広告も載っています。 | トップページ | 南国市 国分寺近くの強風に舞うコスモスたち。 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。体調がお悪いのでしょうか?大分気弱になっておられるように思います。退職をされたのですから、あまり気を詰めて、やり過ぎないようにして下さい。ぼちぼちゆっくりでいいのではないでしょうか?過労はマイナスですよ。それと、少し欲張りすぎです。掛け持ちを減らしましょう♪では、お大事に。

投稿: のぶさん | 2009.11.03 12:00

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30274/46657971

この記事へのトラックバック一覧です: 十八歳の選択と、もうひとたびの選択。【書き直しました】:

« 十一月八日の県立高知短期大学祭のパンフレットができました。僕の出した広告も載っています。 | トップページ | 南国市 国分寺近くの強風に舞うコスモスたち。 »