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2009.12.12

 『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』の「……さしさしきしとたくとこそみれ」の訳について。

 『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』には、こんな歌も載っているそうです。

 恋(こ)ひ恋(こ)ひて邂逅(たまさか)に逢(あ)ひて寝(ね)たる夜(よ)の夢は如何(いかが)見る
 さしさしきしとたくとこそみれ

 これを以下のように訳している人がいます。

  恋しくて恋しくて、その恋しい人とやっと逢えて抱き合った、その夜の夢は何を見よう。
 互いの腕と腕を差し交わし、きしりと音がするほど抱きしめあう、そんな夢を見続けていたいよ。

 「さしさしきしとたくとこそみれ」の訳は不自然ではないでしょうか。僕は、もっと直截(ちょくさい)な行為だと見るのが自然だと思います。

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