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2010.01.23

高知市 日本の対アメリカ従属の問題を解決するために。「日本は、こんなにやしべられたままで、いいのでしょうか」。【2010/03/09に更新】

 【アメリカ軍が普天間基地に居座っている問題】

 アメリカ軍が普天間基地に居座っている問題の解決が、私たちの日本の大きな課題になっています。
 私は、アメリカは、無条件に普天間基地を撤去すべきだと思います。
 もともとアメリカがひどいことを押しつけてきていたのですから。
 この間、NHK総合テレビを見ていたら日本共産党の赤嶺政賢議員が、沖縄・米軍普天間基地の問題を質問していました(一月二十二日)。
 「普天間基地は、沖縄県宜野湾市にあるアメリカ海兵隊の航空基地です。市のど真ん中に位置し、市民はその周辺を取り囲むようにして生活することを余儀なくされております。米軍ヘリや空中給油機、戦闘機が日常的にその上空を旋回し、訓練を行っており、危険極まりない基地であります。
 ……二〇〇四年には、普天間基地所属の大型のヘリが、沖縄国際大学に墜落、炎上いたしました。」
 「沖縄は、先の大戦で国内で唯一住民を巻き込んだ地上戦を体験をいたしました。米軍が上陸をし、住民が収容所に強制的に収容されているときに、戦争もまだ終わらないうちですよ、その間に、軍用地、民有地を問わず接収して、米軍基地を建設をいたしました。住民が収容所から帰ってきたら、鉄条網が張られ、自分たちの土地が基地に変えられていたわけであります。
 普天間基地がつくられた場所には、民家も、役所も、郵便局も、墓地も、そして沖縄でいうサーターヤーですね、サトウキビを搾って黒糖をつくる製造所、そういうのも、普天間基地のなかにありました。米軍占領のもとで、そういうすべてのものを奪ってつくったのが米軍基地であります。
 それだけではありません。その後、広大な土地を、戦争が終わらないうちに強奪した上に、サンフランシスコ条約が締結された一九五一年以降、米軍は銃剣とブルドーザーによって、抵抗する住民を強制的に排除して基地をさらに拡張いたしました。
 私は、那覇市の飛行場の近くの小禄(おろく)の生まれです。そこに、具志という地域があります。その具志地域では、サンフランシスコ講和条約が発効したかしなかったかという時期に、米軍が水道タンクをつくってやるという理由で、八千坪の土地を奪いました。実際に設置されたのは、水道タンクではなく、米軍のガソリンタンクでした。土がかぶせられ、芝が植えられ、こんもりした緑の丘に見せかけたそのガソリンタンクの丘に抱かれるように私は成長いたしました。少年時代をすごしました。
 住民をだまし討ちにして、ガソリンタンクをつくった後に、米軍は大勢の武装米兵、そして装甲車、トラックで押し寄せて、土地取り上げに反対して座り込む住民を銃剣で殴り、軍靴でけり、頭から毛布をかぶせて、片っ端から追放していきました。こういう土地強奪によって、米軍基地は拡張されたわけです。
 一カ所ではありません。宜野湾市の伊佐浜や、伊江島や、県下各地で銃剣とブルドーザーによる基地の拡張が強行されました。
 私は沖縄の米軍基地は、こうした不法、不当な土地取り上げによってつくられたと、このように認識しております……」
 こうした普天間基地の現状、生い立ちからしても、普天間基地は、いますぐ撤去すべきです。
 私は、この際、アメリカに「真に対等な日米関係」を要求していくべきだと思います。
 日本政府は、「アメリカ政府は、日本を、やしべな(土佐弁で、愚ろうするな)。“出ていけというなら、かわりの基地を、もっといいところによこせ”というアメリカの無法者の態度には、もう我慢できない。日本の主権と国民の利益のために、この際、在日アメリカ軍はすべて日本から出て行ってほしい」という態度で、ことを構えるべきだと思います。
 もともと在日アメリカ軍基地は、日本の防衛については何の役にもたたないものです。
 在日アメリカ軍基地には、海兵遠征軍、空母打撃群、遠征打撃軍、航空宇宙遠征軍など干渉と介入が専門の殴り込み部隊がつぎつぎと配備され、アメリカの侵略的な世界戦略の一大拠点として強化されてきました。アメリカ軍の海兵遠征軍が配備されている(沖縄、岩国)のも、空母打撃群と遠征打撃群の母港がおかれている(横須賀、佐世保)のも、世界で日本だけです。
 アメリカ国防省の発表では、この数年をみても、日本に駐留する米軍は、陸海空海兵隊の四軍そろって、常時、二千人から三千人以上が、イラクやアフガニスタンの戦争に投入されています(日本共産党第二十五回大会決議)。
 もっというと日本全体をアメリカ軍の軍事力におおわれているということは、実質的にアメリカに日本の主権が奪われ、アメリカに侵略されている状態です。日本にとって最大の軍事的脅威です。
 こういう状態を許していいのか、これが思想信条を超えて、いま問われています。
 なぜ、こういう外国の軍隊を維持するために日本人の血税が膨大につぎ込まれなればならないか。
 私は怒り心頭に発しています。
 アメリカ軍への「思いやり予算」(二〇一〇年度予算案では一八八一億円)を撤廃するともに、約三兆円にものぼるグアム移転経費をふくむ「アメリカ軍再編」経費の負担を中止してはどうかと思っています。
 もう、これ以上、特定の外国に日本の主権が奪われているという状態を許してはいけません。日本人の愛国心を呼び起こし、真の主権を回復する道に進むべき時ではないでしょうか。
 在日アメリカ軍の存在は、日本国憲法の平和条項と対立する日米安保条約を根拠にしています。
 その第十条は「当初の十年の有効期間(固定期間)が経過した後は、一年前に予告することにより、一方的に廃棄できる旨を定める。いわゆる自動延長方式の定めであり、この破棄予告がない限り条約は存続する。」です。
 「当初の十年の有効期間(固定期間)」は、とっくに過ぎています。
 「一年前に予告することにより、一方的に廃棄できる」のですから、国民的討論を組織し、廃棄予告をしようという国民的な合意をつくり、そのうえにたって廃棄通告をすればいいのです。
 こうして、日本も、軍事同盟から抜け出して、外部に仮想敵をもたない、平和を愛好する国になるべきだと思います。
 いま、NHK総合テレビで、「龍馬伝」をやっていますね。
 江戸時代に、日本がアメリカなどの属国にされてしまいそうだという危機が発生しました。そのとき、多くの人々が、それを拒むために奮闘し、新しい日本の政治のあり方を築きあげました。
 いま、一度、日本を「洗たく」する、その道の一つが日米安保条約の廃棄だと思います。

 【締結から五十年たつ日米安保条約】

 締結から五十年たつ日米安保条約は、日本にとって何のメリットもないものでした。
 日米安保条約は、「戦後の経済成長を可能にした」という人もありますが、それをいうなら日米安全保障条約のおかげではありません。やはり、それは日本国憲法第九条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】の存在です。
 「1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」

   日本国憲法の立場からは、アメリカ軍の日本駐留は、これに違反する存在です。

 一九五九年三月三十日、東京地方裁判所(裁判長判事・伊達秋雄)が、「日本政府がアメリカ軍の駐留を許容したのは、指揮権の有無、出動義務の有無に関わらず、日本国憲法第9条2項前段によって禁止される戦力の保持にあたり、違憲である。したがって、刑事特別法の罰則は日本国憲法第31条に違反する不合理なものである」と判定しています。
 日本国憲法第九条は、これまでアメリカに、ずいぶん「侵略」されてきましたが、日本の軍事費増大、経済の軍事優先の一定のセーブになってきましたし、戦後の平和的な経済成長を可能にした要因になってきました。
 先にのべたように、在日アメリカ軍は「日本を防衛する」ためのものではありませんし、その存在自身が日本を侵略状態におとしめています。
 考えてみてください。
 押しつけられた相互の協定によって、アメリカ全土の各所に特定の外国の軍事基地があり、アメリカの軍事力も、その特定の外国軍によってコントロールされているという状態があるとします。
 こんな状態をとらえてアメリカ人は「えっへん。わが国は主権国家だ」というでしょうか。
 また、日米安保条約のもとで、日本経済はアメリカへの従属と支配のもとにおかれてきました。アメリカ政府は、一九九四年から毎年、日本に「年次改革要望書」を提出し、新自由主義のおしつけと市場開放を迫ってきました。
 金融の自由化、郵政民営化などは、いずれもアメリカの要求から始まったものです。
 こうしたアメリカの理不尽な要求の「制度化」は、日本財界・大企業の要求とも結びつき、日本経済のゆがみを一段と激しいものとし、そのゆがみは世界経済危機のもとで国民生活が陥った特別に深刻な苦難という形で噴き出しています。

 【アメリカは「テロとの戦い」と日本】

 二〇〇一年の同時多発テロ以降、アメリカは「テロとの戦い」を続けています。これに対し日本は、経済的な支援にとどまることなく、自衛隊をイラクやインド洋などに派遣する「人的貢献」をおこなってきました。
 こうしたことは、もうやめにすべきです。
 同時多発テロは、アメリカの軍事支配にたいしての一部の人たちの暴発です。テロは、ゆるされないことです。
しかし、このようなことは、アメリカが外国にたいする不当な軍事支配をやめればなくなる性格のものです。
 「テロ」を口実にした身勝手なアメリカの道理のない軍事的世界支配、侵略戦争、軍事テロのために、なぜ、日本が協力しなければいけないのでしょうか。
 むしろ、「そのような無法は、アメリカのためにもなりませんよ。世界の軍事支配から手を引きなさい。やめなさい」と諭してあげるのが親切というものです。
  国際連合憲章(効力発生・一九四五年十月二十四日)も日本国憲法(施行・一九四七年五月三日)も、これは二度にわたる悲惨な世界大戦の教訓を踏まえて、紛争は平和的に解決をする、こういう決意のうえにつくられています。
 国際連合憲章は、紛争の平和的な解決の手段をつくした後の安全保障理事会の決議にもとづく軍事的な措置を認めていますが、日本国憲法は、この軍事的な措置への参加は認めていません。
 紛争の平和的な解決に徹するのが日本国憲法の立場です。
 日本国憲法制定時の一九四六年六月二十六日の衆議院本会議で、吉田茂首相が日本国憲法の第九条に触れてこうのべています。
 「……斯(か)かる思い切った条項は、凡(およ)そ従来の各国憲法中稀(まれ)に類例を見るものでございます。」
 「……此(こ)の高き理想を以(もっ)て、平和愛好国の先頭に立ち、正義の大道を踏み進んで行こうと云(い)う固き決意を此(こ)の国の根本法に明示せんとするものであります。」
 日本は世界各国の先頭に立って紛争の平和的な解決を目指そう、これが日本国憲法の立場です。
 このことを厳格に実行すべきです。

 【日本外交の基本方針はどうあるべきか】

 今後、日本外交の基本方針は、どの国とも、対等、平等、平和の関係をつくっていくことにおくべきだと思います。
 アメリカの日本への軍事的、経済的支配を排し、アメリカとは平和的な関係を築きます。他の国とも、対等、平等、お互いに栄えるという観点で、いい関係をつくっていきます。
 アメリカは、日本の不幸をつくっている元凶の一つです。その軍事的、経済的支配を排したうえでこそ、本当に仲良くやっていけます。
 そうした日本の外交をつくっていくうえでも、日本国憲法第九条を厳格に守る日本をつくっていくことです。
 あらためて、かつて文部省のつくった中学一年生の教科書『あたらしい憲法のはなし』から引いておきます。

 みなさんの中には、こんどの戰爭に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとう/\おかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戰爭はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戰爭をして、日本の國はどんな利益があったでしょうか。何もありません。たゞ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戰爭は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戰爭をしかけた國には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戰爭のあとでも、もう戰爭は二度とやるまいと、多くの國々ではいろ/\考えましたが、またこんな大戰爭をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。
 そこでこんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戰爭をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戰爭をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戰力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
 もう一つは、よその國と爭いごとがおこったとき、けっして戰爭によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。また、戰爭とまでゆかずとも、國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戰爭の放棄というのです。そうしてよその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけるのです。
 みなさん、あのおそろしい戰爭が、二度とおこらないように、また戰爭を二度とおこさないようにいたしましょう。

 日本国憲法が施行されたのは一九四七年五月三日です。
 しかし、この日本国憲法第九条の「2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」が、実施されたのは三年足らずした。
 アメリカ軍占領下の一九五〇年七月八日、連合国最高指令官マッカーサーは、七万五千人の国家警察予備隊の創設指令します。
 この指令受けた政府は、同年八月十日、政令第二百六〇号警察予備隊令を公布、警察予備隊を創設します。
 当初、アメリカの軍事顧問が保安隊を指導しましたが、翌年からはかつてGHQから戦争犯罪で追放された旧職業軍人が多数入隊するところとなりました。
 同政令による警察備隊の任務は「国家地方警察及び自治体警察力を補うため」のもの(警察の任務の範囲内)でしたが、その実態(装備)は小規模の軍隊であり、組織的にも警察から独立して首相に直属していました。また、武器もカービン銃からバスーカ砲、戦車、軽飛行機へと増強されました。
 一九五一年九月八日、日本が連合諸国と講和条約を調印し、日本は「独立」の形をとりました。
 しかし、同時に日米安全保障条約が締結します。
 このもとで、一九五二年十月、保安隊が警察予備隊になります。
 陸上部隊十一万人、海上部隊七千六百人、航空機百二十機、フリゲート艦十八隻、上陸支援艇五十隻を擁する実力部隊になります。
 そして、一九五五年七月、陸、海、空の3軍を備えた自衛隊が発足します。
 発足当時の兵力は、陸上十三万九千人、海上一万六千人、五万八千ン、航空六千七百、百五十機でした。
 実際に日本国憲法第九条を厳正に守り抜く、こういう日本にするというのが私たちの直面している課題ではないでしょうか。

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コメント

西田敏行さんの大ファンです。憲法9条についてそんな発言をされているとは知りませんでした。ますます好きになりました。

投稿: 福井満知子 | 2010.01.30 00:20

藤原さんの沖縄での体験からの米軍基地の告発は鋭いものですね。歴史的経済的な見方については全く同感です。初めて見たのですが,素晴らしいブログですね。ただ,国際連合を国際連盟としているところだけ訂正をお願いします。

投稿: 丸茂信行 | 2010.03.09 21:51

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