« 高知市 日本の対アメリカ従属の問題を解決するために。「日本は、こんなにやしべられたままで、いいのでしょうか」。【2010/03/09に更新】 | トップページ | 国際紛争の処理を学ぶ 資料集 その二 「非裁判手続」 »

2010.01.23

国際紛争の処理を学ぶ 資料集 その一 「紛争の平和的解決」

 【国際連合憲章】

 署名 1945年6月26日(サン・フランシスコ)

 第2条〔原則〕
 3 すべての加盟国は、その国際紛争を平和的手段によって国際の平和及び安全並びに正義を危うくしないように解決しなければならない。 

【国際紛争平和的処理条約】

 署  名 1907年10月18日(ヘーグ)

 第一条[平和的処理の約定]
 国家間ノ関係ニ於テ兵力ニ訴フルコトヲ成ルヘク予防セムカ為、締約国ハ、国際紛争ノ平和的処理ヲ確保スルニ付、其ノ全力ヲ竭サムコトヲ約定ス。

 【不戦条約】

 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から

 不戦条約(「戦争抛棄ニ関スル条約」)は、第一次世界大戦後に締結された多国間条約で、国際紛争を解決する手段としての戦争を放棄し、紛争は平和的手段により解決することを規定した条約。
 1928年(昭和3年)8月27日にアメリカ合衆国、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、日本といった当時の列強諸国をはじめとする15か国が署名し、その後、ソビエト連邦など63か国が署名した。フランスのパリで締結されたためにパリ条約(協定)あるいはパリ不戦条約と呼ぶこともあり、また最初フランスとアメリカの協議から始まり、多国間協議に広がったことから、アメリカの国務長官フランク・ケロッグと、フランスの外務大臣アリスティード・ブリアン両名の名にちなんでケロッグ=ブリアン条約(協定)とも言う。戦争の拡大を防ぐために締結されたとされるが、一方で欧米列強の自国の植民地を守るために作った国際法だという見方がある。
 不戦条約は、期限が明記されていないため、今日においても国際法として有効であるとされる。もっとも、加盟国の多くが自衛権を留保しており、また違反に対する制裁もないためその実効性は乏しい。
 当時、日本は田中義一内閣で、山東出兵や張作霖爆殺事件などの中国での武力行使に諸外国の批判が高まっていたことから、全権として元外務大臣内田康哉を参加させて調印した。しかし、調印にあたって日本国内では、その第1条が「人民ノ名ニ於テ厳粛ニ宣言」するとされていることから、枢密院や右翼から大日本帝国憲法の天皇大権に違反するとする批判を生じ、新聞でも賛否両論が起こった。そのため外務省はアメリカに修正を申し入れたが、修正には応じられず、人民のために宣言すると解釈するとする回答を得たに止まったので、日本政府は、1929年(昭和4年)6月27日、「帝国政府宣言書」で、該当字句は日本には適用しないことを宣言し、27日に批准された。実際に発効されたのは田中内閣総辞職後の同年7月24日であった。その後、日本の起こした満州事変についても日本側は自衛のための措置としたが、諸外国を納得させることは出来ず、国際連盟で非難決議があり、日本の国際連盟脱退に至った。
 日本国憲法第9条第1項は不戦条約第1条の文言をモデルにして作成された。

【戦争ノ抛棄ニ関スル条約(パリ条約、ブリアン=ケロッグ規約)の現代語訳】

 昭和4(1929)年7月25日 条約第1号
 昭和4(1929)年7月24日 発効
 (昭和4年 外務省告示第64号)
 以下のページから抽出しました。

  http://www7.ocn.ne.jp/~tomoni/jouyaku.htm#parigendaigo

 ドイツ国大統領、アメリカ合衆国大統領、ベルギー国皇帝陛下、フランス共和国大統領、グレートブリテン、アイルランド及びグレートブリテン海外領土皇帝インド皇帝陛下、イタリア国皇帝陛下、日本国皇帝陛下、ポーランド共和国大統領、チェコスロヴァキア共和国大統領は、
 人類の福祉を増進すべきその厳粛な責務を深く感銘し、
 その人民の間に現存する平和及び友好の関係を永久にするため、国家の政策の手段としての戦争を率直に放棄すべき時期が到来したことを確信し、
 その相互関係における一切の変更は、平和的手段によってのみ求めるべきであること、又平和的で秩序ある手続きの結果であるべきこと、及び今後戦争に訴えて国家の利益を増進しようとする署名国は、本条約の供与する利益を拒否されるべきものであることを確信し、
 その範例に促され、世界の他の一切の国がこの人道的努力に参加し、かつ、本条約の実施後速やかに加入することによって、その人民が本条約の規定する恩沢に浴し、これによって国家の政策の手段としての戦争の共同放棄に世界の文明諸国を結合することを希望し、
 ここに条約を締結することにし、このために、左のようにその全権委員を任命した。
ドイツ国大統領
外務大臣 ドクトル グスタフ ストレーゼマン
アメリカ合衆国大統領
国務長官 フランク B ケロッグ
ベルギー国皇帝陛下
外務大臣兼国務大臣 ポール イーマンス
フランス共和国大統領
外務大臣 アリスティード ブリアン
グレートブリテン、アイルランド及びグレートブリテン海外領土皇帝インド皇帝陛下
グレートブリテン及び北部アイルランド並に国際連盟の個々の連盟国でない英帝国の一切の部分
ランカスター公領尚書外務大臣代理 ロード クッシェンダン
カナダ
総理大臣兼外務大臣 ウイリアム ライオン マッケンジー キング
オーストラリア連邦
連邦内閣員 アレグザンダー ジョン マックラックラン
ニュージーランド
グレートブリテン駐在ニュージーランド高級委員 サー クリストファー ジェームス パール
南アフリカ連邦
グレートブリテン駐在南アフリカ連邦高級委員 ヤコブス ステファヌス スミット
アイルランド自由国
内閣議長 ウイリアム トーマス コスグレーヴ
インド
ランカスター公領尚書外務大臣代理 ロード クッシェンダン
イタリア皇帝陛下
フランス国駐剳イタリア国特命全権大使 伯爵 ガエタノ マンゾニ
日本国皇帝陛下
枢密顧問官 伯爵 内田康哉
ポーランド共和国大統領
外務大臣 アー ザレスキー
チェコスロヴァキア共和国大統領
外務大臣 ドクトル エドゥアルド ベネシュ
 よって、各全権委員は、互いにその全権委任状を示し、これが良好妥当あること認めた後、左の諸条を協定した。

第一条
 締約国は、国際紛争解決のため、戦争に訴えないこととし、かつ、その相互関係において、国家の政策の手段としての戦争を放棄することを、その各自の人民の名において厳粛に宣言する。

第二条
 締約国は、相互間に起こる一切の紛争又は紛議は、その性質又は起因のがどのようなものであっても、平和的手段以外にその処理又は解決を求めないことを約束する。

第三条

 本条約は、前文に掲げられた締約国により、各自の憲法上の用件に従って批准され、かつ、各国の批准書が全てワシントンおいてに寄託せられた後、直ちに締約国間に実施される。

 本条約は、前項の定めにより実施されるときは、世界の他の一切の国の加入のため、必要な間開き置かれる。一国の加入を証明する各文書はワシントンに寄託され、本条約は、右の寄託の時より直ちに当該加入国と本条約の他の当事国との間に実施される。

 アメリカ合衆国政府は、前文に掲げられた各国政府、及び実施後本条約に加入する各国政府に対し、本条約及び一切の批准書又は加入書の認証謄本を交付する義務を有する。アメリカ合衆国政府は、各批准書又は加入書が同国政府に寄託されたときは、直ちに右の諸国政府に電報によって通告する義務を有する。

 右の証拠として、各全権委員は、フランス語及び英語によって作成され、両本文共に同等の効力を有する本条約に署名調印した。
1928年8月28日、パリにおいて作成する。
(全権委員署名 省略)

 宣言
 (昭和四年六月二十七日)

 帝国政府は、1928年2月27日パリにおいて署名される、戦争抛棄に関する条約第一条中の「其の各自の人民の名に於いて」という字句は、帝国憲法の条文により、日本国に限り適用されないものと了解することを宣言する。

 【国際連合憲章】

 第33条〔平和的解決の義務〕
 1 いかなる紛争でもその継続が国際の平和及び安全の維持を危くする虞のあるものについては、その当事者は、まず第一に、交渉、審査、仲介、調停、仲裁裁判、司法的解決、地域的機関又は地域的取極の利用その他の当事者が選ぶ平和的手段による解決を求めなければならない。
 2 安全保障理事会は、必要と認めるときは、当事者に対して、その紛争を前記の手段によって解決するように要請する。

|

« 高知市 日本の対アメリカ従属の問題を解決するために。「日本は、こんなにやしべられたままで、いいのでしょうか」。【2010/03/09に更新】 | トップページ | 国際紛争の処理を学ぶ 資料集 その二 「非裁判手続」 »

学問・資格」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30274/47368641

この記事へのトラックバック一覧です: 国際紛争の処理を学ぶ 資料集 その一 「紛争の平和的解決」:

« 高知市 日本の対アメリカ従属の問題を解決するために。「日本は、こんなにやしべられたままで、いいのでしょうか」。【2010/03/09に更新】 | トップページ | 国際紛争の処理を学ぶ 資料集 その二 「非裁判手続」 »