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2010.01.24

高知市 生まれて三カ月で亡くなった長男・一志(かずし)へ。

     生まれて三カ月で亡くなった長男・一志(かずし)へ。

 ふと気がつくと、 真夜中の三時です。
 ふいに、あなた、長男・一志(かずし)のことを思い出してしまいました。
 実は、「しまった」と思いました。
 「耐えられるだろうか」と。

 君は、すっごい男前で、貴公子のようでした。
 こんな素敵な子どもが、僕たちの子どもだろうかと、びっくりするほどでした。
 でも、生まれてから三カ月生きただけで、突然、亡くなりました。

 高知市のA病院の病室で、彼の包帯だらけの遺体に向かい合ったときの衝撃を思い起こしています。
 妻が、その日の昼間に、この病院に彼を連れていったときは軽い風邪だという診断でした。
 それが、数時間後に帰らぬ人となったのです。
 「なんなんだ。お前の診断は」
 医学、医師というものの、情けなさを、胸を刺されるほど感じました。

 それから、僕は、「赤ちゃん拒否症」になりました。
 テレビのシーエムで赤ちゃんが出てくると、すぐにチャンネルを変えました。
 僕の心は、それから何年かは死んでいました。

 誠実だったつもりですが、どこか投げやりだった、その後の僕の人生は、あの事件のせいかもしれませんね。

 六十二歳のいまも、君の死のことについては、直視できません。
 思い出すと、つらくて、つらくて、自分が、どっかに消え去ってしまう感じなのです。
 生きていれば、彼も、もう中年です。
 僕と二人で、酒を飲みながら、人生の喜びとか悲しみとかについて語り合っていたかもしれません。父親湯に似て、君も、きっと理屈っぽい男だろうからね。

 この文章、あふれでる涙を、自分の服のそでで吹きながら書いています。
 ごめんよ、一志。
 二十歳前半だったお父さんは、もう六十二にもなったけど、まだまだ、やりたいことがいっぱいで、しばらくは、お前の所には行けないんだよ。

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