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2010.03.12

そして、神馬・青銅馬像は残った――高知県南国市里改田の琴平神社。【写真あり】

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 高知県南国市里改田の琴平山(こんぴらやま。標高七二メートル)の頂上に琴平神社があります。この境内に神馬・青銅馬像(身長、高さともに約二メートル)があります。戦争中、国は金属供出を国民に強いました。この青銅馬像も、すんでのところで持って行かれるところでした。
 当時の宮司だった宮地豊吉さん(一八八八年三月二十四生まれ)が、その間の事情を語っています。
 「もちろん、この軍馬も目をつけられていましたよ。神社にあった日露[戦争]の戦利品――大砲や錨[いかり]なども供出しましたからね。しかしまあ琴平宮信仰の対象だというの、神馬はまあまあ大目に見ていてくれたのです。
 ところが、結局のどたん場――二十年[一九四五年]の五月も末ごろ、私の知らぬ間に供出ということになったらしい。ある日外出から帰ってみると、高知市の某古物商が、なんと引き倒して搬出しかけている。これをとどめておいて三和村役所にかけつけてみると、ちょうど県地方事務所の小笠原庶務課長も控えている。
 『供出せんとは言わん、しかし手順をふんでもらいたい』と抗議すると、さすがにすまんかったということで、以後何もいって来ませんでした。
 そら、今よくみると右耳がない。これはその倒したときに欠けたものですし、尻尾がないのは敗戦直後に盗難にあったものです」(一九七一年二月十一日談。『本土決戦 四国防衛軍 上巻』。茶園義男。徳島出版文化協会)。

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