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2010.04.27

江戸時代 朱印地、黒印地とは。

 江戸時代に、将軍、大名は、神社、寺院の領地(寺社領)に一部を安堵(あんど。領有権の承認・確認)しました。
将軍も大名も朱印で領地安堵をしましたが、将軍・家光、家綱以降、将軍は朱印、大名は黒印で領地安堵をすることとなりました。これを朱印地、黒印地といいます。
 朱印地、黒印地は、公領という扱いですが、領内の租税は免除されていて、収益はすべて寺社のものとなりました。

 一六四〇年に讃岐の生駒家が出羽国由利郡矢島(やしま)に転封になり、その保護を失った金光院(こんこういん)は、徳川将軍家の朱印状の下付を受けて金毘羅領三百三十石(生駒家が寄進したもの)を保証されることを願い、生駒家の後に東讃岐を支配した御三家水戸藩の出である高松藩主・松平頼重(まつだいら・よりしげ)に依頼します。
 この結果、一六四八年三月十七日、金光院は朱印状を得ます。
 金毘羅大権現別当金光院の住職は、将軍の代替わり、金光院の住職の交代、四、五年に一度の年頭祝賀のために参府することになりました。
 そして、朱印地になったいきさつから、朱印地金毘羅に対する金光院の支配は、高松藩の強い影響の下に置かれました。
 讃岐では金毘羅のほかに、一六六五年に白鳥宮(しらとりぐう)領二百石、一六七三年に法然寺(ほうねんじ)領三百石(頼重に寄進された寺領)と興正寺(こうしょうじ)領百五十石が朱印地になっています。

 明治維新後の一八七一年の上知令によって朱印地、黒印地は国有地とされ、寺社にはごくわずかの境内地だけが残されました。

 【参考文献】

 ○ 『香川県の歴史』。木原薄幸、丹波佑一、田中健二、和田仁。山川出版社。一九九七年十月十日。
 ○ 『近世の讃岐』。木原溥幸(きはら ひろゆき)。美巧堂。二〇〇〇年十一月二十一日。
 ○ 『街道の日本史45 讃岐と金毘羅道』。木原溥幸(きはら ひろゆき)、和田仁(わだ・ひさし)。吉川弘文館。二〇〇一年四月十日。
 ○ 『地域に見る讃岐の近世』。木原溥幸(きはら ひろゆき)。美巧堂。二〇〇三年五月十四日。
 ○ 『山川 日本史小辞典 新版』。山川出版社。日本史広辞典編集委員会。二〇〇七年三月十日。

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