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2010.05.26

香川県の道路を拡張してつくった三つの陸軍飛行場 47 飯野山飛行場=高知部隊から召集兵と思われる年輩の者ばかりが法勲寺村に来村。

 『飯山町誌』の「飛行機建設部隊の宿舎になった法勲寺国民学校の記録」の続き。
 「[一九四五年]七月十八日松木場隊長司令部付となり、松山へ転属、二十三日宇佐見隊長着任したが二十九日兵とともに屋島へ転属した。」
 「屋島」というのは工事中の陸軍屋島飛行場のことだと思います。
 「三十日松原隊となり、高知部隊から召集兵と思われる年輩の者ばかりが来村した。隊はかわっても、連日の作業は変わりなく続き終戦の日を迎えた。
 飛行場の完成も見ず、行くべき道も見当たらず、ただ呆然としとしながら、校舎の整備を終えて故郷へ帰って行った。
 転属した兵達も、今一度学校へ立寄り、『一言も兵を責め給はぬに生きて帰る不甲斐なさよ』と語って、父母のいる九州へ帰って行った。……」

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コメント

 物凄く詳細な学校の記録だと思います。後世の人間としては、物凄く有難い遺産だと思います。
 気になる部分は、7月29日に、松山から派遣されていた、空571部隊の兵隊はほとんどが屋島などへ移動して、その後に高知からの兵隊(補充兵でしょうね)が来たという事でしょうか?
 別な資料には、7月末に工事がほぼ終了したので、他へ転属した、と記されているものもあります。
 ただ、松原隊というのは、空571部隊の中隊長ではなかったかなぁ?
 参考に私の「昭和20年8月、愛媛の本土決戦準備始末」を見てみて下さい。
 追記、国民学校の記録のコピーを頂けたら、嬉しいです。

投稿: 池田 | 2010.05.26 07:30

愛媛県立図書館に「飯山町史」ありましたので、呼んでみます。高知から帰った後ですね。十分活用したいと思います。

投稿: 池田 | 2010.05.26 08:53

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