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2010.05.05

ライディングリポート 香川県の道路を拡張してつくった三つの陸軍飛行場 32 陸軍林飛行場の第二十戦闘飛行集団司令部は、第百飛行団と交代。

 一九四五年七月三十一日の発令で、陸軍林飛行場の第二十戦闘飛行集団司令部は、第百飛行団(団長・秋山紋次郎大佐)と交代し、戦隊の編成をする間もなく、部隊全員が引き上げていきました。
 この第百飛行団は、三重県北伊勢で編成され、四式戦闘機(疾風=はやて)を主力とする戦闘機隊で、天号作戦にさいして、宮崎県都城付近に配置し、沖縄への特別攻撃隊の援護にあたっていました。
 発令と同時に、司令部が鷺田(さぎた)公会堂に移って来ましたが、所属の飛行第百一戦隊(戦隊長・元美岳少佐)は、沖縄で「消耗」した搭乗員や戦闘機の補充に手間取り、戦隊の移動が完了したのは八月十二日でした。
 第百一戦隊の任務は、本土決戦にさいしての特別攻撃機援護でしたが、役目を果たしたあとは、みずから特別攻撃機となって「敵」に体当たりしていく任務にありました。

 【参考資料】

 ○ 『高松空襲戦災誌』。高松空襲戦災誌編集室。高松市役所。一九八三年三月三十一日。

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