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2010.06.18

「命おのれのものならず」  『写真週報』の「時の立札」が国民に強いたこと。【写真三枚】

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 『写真週報』が、高知市の平和資料館・草の家にあります(全号ではありませんが)。
 内閣情報部(のちに内閣情報局)が編集、刊行した国内向けの週刊の国策グラフ雑誌です。

 一九三八年(昭和十三年)二月十六日号(創刊号)から一九四五年(昭和二十年)七月十一日号(第三百七十五号)まで刊行されました。価格は十銭。A4版で二十ページ。内閣印刷局の印刷・製本。最大で二十万部発刊されたといいます。
 「写真報国」をうたい、戦時の国民生活を写真によって誌面で特集しました

 二面(表紙の裏)は、広告でした。
 しかし、一九四一年(昭和十六年)十一月五日号からは「時の立札」のページになりました。
 同年十二月八日に天皇がアメリカ、イギリスに宣戦布告しました。
 その後の「時の立札」は、国民に戦争に協力せよと呼びかける詩が載るようになりました。
 その基本は「命おのれのものならず」でした。つまり、戦争のために、あなたの命を投げ出しなさいというものでした。
 三面に天皇の写真と記事が載ったときは、なぜか、「時の立札」は、お休みでした。
 
 【内閣情報局とは】

 一九三七年(昭和十二年)九月二十四日、内閣情報委員会の改組して発足した内閣情報部は、従来の各省間の情報関係事務の「連絡調整」に加え、みずからも「情報蒐集、報道及啓発宣伝ノ実施」をおこなうことになっていました。
 一九四〇年(昭和十五年)八月、近衛文麿内閣が成立すると、政府は行政機構改革の一環として内閣情報部の改組に乗り出し、外務省情報部、陸軍省情報部、海軍省海軍軍事普及部などとの事務の統合を決定しました。その後内閣や各省委員による幾度かの審議を経て、一九四〇年(昭和十五年)十二月五日、内閣情報局が発足しました。
 内閣情報局では『写真週報』は、「検閲及び編輯に関する事項」をつかさどる第四部第二課が担当することになっていました。

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