« 歴史の自習の時間 考古資料の点から農耕の存在を立証する三つの材料。 | トップページ | 歴史の自習の時間 弥生時代の区分。 »

2010.07.07

歴史の自習の時間 弥生時代の五つの特質。

 弥生時代は、紀元前十世紀、または紀元前五世紀から紀元三世紀中ごろ~後半までです。
 それは、灌漑(かんがい)水田型イネ栽培の出現に始まり、前方後円墳の成立で終わります。
 その時代は、つぎの五つの特質を持っています。
 ① 灌漑水田型イネ栽培の導入。
 水田型イネ栽培のためには、湿地帯を人工的につくってやることが必要で、農業用水のための給排水設備付設の人工的栽培地が造成されました。
 灌漑水田型イネ栽培が食糧獲得の中心的な位置を占めだして、堅果類の貯蔵施設、粗放農業に対応した石鍬類、大規模な貝塚は順次、姿を消していきます。
 ② 金属器(青銅器、鉄器)の普及と石器の消滅。
 青銅器、鉄器は、中国華北が起源で、朝鮮半島を伝わって日本にもたらされたと思われます。
 青銅器は、弥生時代前期の後半に日本列島に流入しました。そして、前期末には青銅器の生産を開始しました。
 鉄器は、弥生時代前期末~中期初めに流入しました。そして、弥生時代中期~後期に北部九州で鉄器の鍛造(金属素材を加熱し、ハンマーなどでたたき、成形し靭性=じんせい=を与えていく加工法)が始まりました。後期には、鉄器製作が拡大しました。
 かくして、石器は駆逐されます。
 ③ 大規模拠点集落の発達。
 十万平方メートル以上の広がりのある拠点集落が弥生時代前期末に成立し、中・後期に大型化しました。
 奈良県磯城郡田原本町の弥生時代の環濠集落遺跡・唐古・鍵遺跡(からこかぎいせき。遺跡面積は約三十万平方メートル)、大阪府和泉市と同泉大津市とにまたがる弥生時代中期の環濠集落遺跡・池上・曽根遺跡(面積約六十平方メートル)、福岡県福岡市博多区の比恵那珂遺跡群、愛媛県の文京遺跡などに、それを見ることができます。
 この拠点集落は、主要な平野ごとに成立し、各種手工業生産の拠点、交易の拠点にもなっていました。
 大規模拠点集落は、古墳時代には続きませんでした。
 ④ 交易活動の活発化。
 このことは、③にのべた金属器の流入を見てもわかります。
 ⑤ 前方後円墳の祖形的な大型墳墓(ふんぼ)の成立。
 弥生時代の墓の基本形は、集団墓地で、被葬者は集団の一部でした。棺は、甕棺墓(かめかんぼ)、土器、木、石と多様でした。
 そして、弥生時代の中期の後半~後期の初めに北部九州に単独墓が成立し、後期中ころから、それが山陰、瀬戸内沿岸に広がりました。
 単独墓は、集団墓と分離され、墳丘を持ち配石(はいせき)されていました。埋葬施設は、棺と石製や木製の槨(かく。棺をおさめる外箱)でした。埋葬対象は一人か二、三人でした。副葬品は、鏡、鉄製武器、装身具でした。埋葬儀礼のために儀礼用装飾土器が発達しました。
 これは、のちの前方後円墳の祖形というべきものです。

|

« 歴史の自習の時間 考古資料の点から農耕の存在を立証する三つの材料。 | トップページ | 歴史の自習の時間 弥生時代の区分。 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30274/48819760

この記事へのトラックバック一覧です: 歴史の自習の時間 弥生時代の五つの特質。:

« 歴史の自習の時間 考古資料の点から農耕の存在を立証する三つの材料。 | トップページ | 歴史の自習の時間 弥生時代の区分。 »