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2010.07.06

香川県の道路を拡張してつくった三つの陸軍飛行場 64 「帥作命丙第四十号」が語ること。 

 『昭和二十年 航空総軍後方関係命令綴』のコピーをいただせました。ありがとうございました。陸軍秘匿(ひとく)飛行場のいったんがわかります。

 帝国陸軍は、四五年一月二十日に策定された帝国陸海軍作戦計画大綱にもとづき本土決戦の準備を進め、同年四月八日に作戦準備を促進させるために第一総軍、第二総軍、および航空総軍を設置しました。
 作戦名は「決号作戦」とされ、航空総軍はそれまで複雑であった陸軍航空部隊の統一指揮を目的とし、合わせて陸軍航空総監部がおこなっていた教育業務も引継ぎ、同総監部は廃止されました。
 航空総軍の通称号は、帥(すい)です。

 川邉正三・航空総軍司令官(中将)の「帥作命丙第四十号 航空総軍の命令 五月二十八日一〇・〇〇 東京」を見ます。
 
 一、航空総軍ハ秘匿飛行場ヲ増設セントス
 二、第一航空軍司令官ハ六月末概成七月末完成ヲ目途トシ左記秘匿飛行場ヲ整備スヘシ
     左  記
 三本木(青森県三本木町附近)
 六 郷(秋田県六郷町附近)
 金ケ﨑(岩手県金ケ﨑西方約四粁高谷野原)
 青野原(兵庫県北條東南方約四粁)
 神 野(兵庫県加古川東北方約四粁加古川河原)     
 行 幸(岡山県和気町西南方約十二粁)」
 又第三航空教育隊ヨリ将校ノ指揮スル人員各々約一、〇〇〇名速ニ松山及丸亀新設飛行場ニ派遣シ概ネ七月中旬迄[まで]夫々中部軍管区経理部松山出張所長及陸軍航空経理部長ノ指揮ヲ承ケシムベシ
 (中略)
 四、航空総軍経理部長ハ、六月末完成ヲ目途トシテ丸亀(香川県)国分(香川県)及倉吉(鳥取●●附近ニ秘匿飛行場ヲ整備スルト共ニ第二項第一航空軍司令官ノ実施スル秘匿飛行場整備を援助スヘシ
 (後略)

 第三航空教育隊は、松山にあった部隊です。
 中部軍管区は、大日本帝国陸軍の軍管区の一つで、中部軍の管轄区域でした。一九四五年二月一日、中部軍は、第十五方面軍の編成により廃止され、その後は第十五方面軍司令部が中部軍管区司令部を兼ね近畿地方の軍政を統括しました。

 香川県関係では、この稿のテーマである国分飛行場、丸亀飛行場が七月完成を目指していたことがわかります。
 松山や倉吉にも、秘匿飛行場がつくられていたようです。

 そのほか、全国各地に秘匿飛行場がつくられていたことがわかります。
 つぎの秘匿飛行場の整備が急がれていました。
 三本木(青森県三本木町附近)
 六 郷(秋田県六郷町附近)
 金ケ﨑(岩手県金ケ﨑西方約四粁高谷野原)
 青野原(兵庫県北條東南方約四粁)
 神 野(兵庫県加古川東北方約四粁加古川河原)     
 行 幸(岡山県和気町西南方約十二粁)」

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