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2010.07.16

香川県の道路を拡張してつくった三つの陸軍飛行場 65 一九四五年七、八月ころの、香川県下の陸軍の飛行部隊の配備。

 一九四五年七、八月ころの、香川県下の陸軍の飛行部隊の配備はどうなっていたでしょうか。
 七月十八日、陸軍明野教導飛行師団は、第二〇戦闘飛行集団に改編され、司令部(集団長・青木少将)は、明野から高松(鷺田公会堂)に移転してきて、四国地方の「防衛」にあたりました。
 八月一日、明野教導飛行師団は、第一〇〇飛行団と交代しました。
 飛行団の主力は、四式戦闘機(よんしきせんとうき)でした。
 四式戦闘機の開発は中島飛行機製作所太田工場、宇都宮工場で生産されました。中島飛行機。キ番号(試作名称)はキ84。愛称は日本全国から募集され、多くの票数を占めかつ陸軍省の選定を受けた結果「疾風」(はやて)と命名され、四五年四月十一日の各新聞欄にて「殊勲を樹てている陸軍最新鋭戦闘機」「疾風のごとく敵に襲いかかるわが戦闘機の雄姿を讃ふにふさわしい名前である」という賛辞が交えられつつ写真付きで発表されました。
 ほかに、飛行第一〇一戦隊(任務は本土決戦にさいしての特別攻撃機援護でした)、偵察飛行隊、航空地区司令部、第一七六飛行場大隊(地上部隊)、第二五一飛行機大隊(地上部隊)、高射機関砲隊、対空無戦隊、航空通信隊などが配備されていました。
 高松飛行場には、八月十五日の終戦時に、第一〇〇飛行団所属の四式戦闘機や第一〇一戦隊、第一〇三戦隊(由良)所属の司令部偵察機五、単座戦闘機三四ら飛行機六十一機が保存されていました。
 十一月九日、これらの飛行機は、進駐軍によって飛行場に並べられて焼却されました。

 【参考文献】

 ○ 『香川県史 第六巻 通史編 近代Ⅱ』。香川県。一九八八年三月三十一日。

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