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2010.07.17

香川県の道路を拡張してつくった三つの陸軍飛行場 66 林飛行場づくり=囚人も動員して……。

 高知市屋島町西潟元濱中に住んでいた青木正彦さんが、林飛行場づくりへの動員の体験を書いています(『私の戦場 回顧録』。青木正彦。二〇〇三年五月一日)。
 「昭和十九年一月、陸軍の飛行場が林村に設置される事が決定され、早急に工事に取り掛かった。飛行場になる土地の上にある家屋の取壊しに、近辺の各町内会からは、勤労奉仕に男も女も駆り出され、腰に弁当持参で、しかも歩いて出かけて行った。春日川の堤防を、寒風吹く二月、三月頃、防空頭きんをかぶっての出動、そして飛行場での土の運搬、地均し等、すべて人力で行った。二百七十五町歩、林村の四十六パーセントにあたっていたという。
 一般の勤労奉仕隊の外に、中学生(旧制中学)、囚人、朝鮮人等が作業に従事させられ、何の機械力も無い、牛車、猫車、リアカー、手押車等で毎日勤労奉仕が続き、その年八月には飛行場が完成し、陸軍の飛行場が発着するようになった。
 私も何度か浜中町内会の勤労奉仕隊に加わり、早朝暗がりの中を、一時間余りもかかって歩いて行き、一日中泥押しに参加し、帰りは六条の喜岡さんの家へ寄り、いろいろ食糧を貰って帰った。この頃から既に日本は食糧不足になり、配給制で、いつも腹八分目で辛抱し、ぞうすい、おかゆでやっと満腹感を味わっていた。不平、不足を言っても仕方ない時代であった。しかし勤労奉仕の帰りに喜岡の家でご馳走になった米の飯は実にうまかった。こちらからも時々塩田のお塩を持って行ってあげた。」

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