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2010.08.04

香川県の道路を拡張してつくった三つの陸軍飛行場 67 林飛行場ちかくの日山のふもとの十の掩体(えんたい)の役割。

 八月二日午前十時ころから高松市のアジア太平洋戦争中に陸軍林飛行場のあった地域に向かいました。
 近現代史研究者のMさんと会い、彼に同市三谷(みたに)の日山(ひやま。標高一九一・六メートル)のふもとに連れて行ってもらいました。
 彼が入手したアメリカ軍機が一九四五年五月二十八日に撮影した、この地域の写真には、林飛行場から、この山のふもとに二つの道路が延び、それにつながる、この山のふもとの南北に弧を描く形で道路があり、その内側に十つの四角い空白地帯が並んでいます。その空白地帯の中に黒い点のあるものもあります。
 写真を見ると、いかにも、この十の空白地帯に陸軍林飛行場の飛行機が置かれているように見えます。
 これが何だったかというのが、この日のテーマです。
 当時、ここは、香川県木田郡三谷村でした。
 地元の男性KOさん(一九三三年五月生まれ)に話を聴くことができました。
 彼は、当時、近くの三渓(みたに)国民学校(いまは、高松市立三渓小学校)の六年生でした。
 彼によると、南の端の四角い空白地帯には、いま、株式会社たまもが建っています(高松市三谷町二一一八)、そのとなりの空白地帯は、ちょうどいま整地されて工事中の所です。
 これらの空白地帯には掩体(えんたい)があり、その中に実物大の模擬飛行機が入っていたといいます。
 掩体というのは外側が開いた「コ」の字形の土でつくったもので、高さは約二メートルあったといいます。
 なお、同地域の漆原家の屋敷地と、その周辺には軍隊が分駐していました。
 この、ニセの飛行機置き場を狙ったと思われるアメリカ軍機の襲撃もあったといいます。
 『三谷郷土史』(三谷郷土史編集委員会。高松市立三谷公民館内 三谷郷土史編集委員会。一九八八年一月)につぎのようなことが書かれています。
 ・ 一九四五年七月二十四日、B29爆撃機が、この地域に三十キロ爆弾を投下。それは、平石部落の喜多喜八郎さん宅に命中し、家は破壊、火災を起こし、二女・喜多愛さん、近くの蓮井サエさんが被爆によって死亡しました。喜多喜八郎さん所有の役牛も死亡しました。
 ・ 同年八月八日、アメリカ軍の艦載機数十機が陸軍林飛行場を襲撃、西三谷の畑本ユキさんが被弾して死亡しました。

 前述の写真を見ると近くの由良山(標高一二〇・三メートル。高松市由良町)にも、陸軍林飛行場から道路が二本つながっています。その道路の先には、それぞれ一つ空白地帯があります。
 この山には、防空壕が二つ残っているといいます。
 ここにも近々、いってみたいと思っています。

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