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2010.09.14

牽牛子塚(けんごしづか)古墳が八角墳であったことが、なぜ斉明天皇陵だったことに直結するのか??

 奈良県明日香村の牽牛子塚(けんごしづか)古墳について同村教育委員会が九日、八角墳であることが分かったと発表しました。
 新聞各紙は、これについて女帝斉明陵と「特定」などと報じました。
 しかし、私には、このことが、なぜ、斉明天皇陵と認定されることになるのか理解できません。

 各紙は、こう伝えています。

 ☆  朝日新聞 斉明天皇の墓、ほぼ確実 牽牛子塚古墳は八角形墳

 ○ 大化改新で知られる中大兄皇子(なかのおおえのおうじ=天智天皇)の母、斉明(さいめい)天皇(594~661)の墓との説がある奈良県明日香村の牽牛子塚(けんごしづか)古墳(国史跡)が、当時の天皇家に特有の八角形墳であることが確認された。明日香村教育委員会が9日、発表した。墳丘全面が白い切り石で飾られ、内部の石室も巨大な柱状の切り石で囲われた例のない構造だったことも判明。斉明天皇は巨石による土木工事を好んだとされ、被葬者が同天皇であることがほぼ確実になった。
 ○ 過去の調査では、石室が二つの空間に仕切られていたことが判明している。斉明天皇と娘の間人皇女(はしひとのひめみこ)を合葬したと記された日本書紀の記述と合致するほか、漆と布を交互に塗り固めて作る最高級の棺「夾紵棺(きょうちょかん)」の破片や間人皇女と同年代の女性とみられる歯などが出土していた。
 これまでの発掘成果と合わせ、「一般の豪族を超越した、天皇家の権威を確立するという意思を感じる。斉明天皇陵と考えるほかない」(白石太一郎・大阪府立近つ飛鳥博物館長)など、専門家らの意見はほぼ一致している。

 ☆ 日本経済新聞 奈良の牽牛子塚古墳は「八角墳」 天皇陵の形

 ○ 文献記録や出土品などから古代の女帝、斉明天皇(594~661年)とその娘の間人(はしひと)皇女の合葬墓との見方が有力。
 ○ 同古墳は、(中略)これまでに、天皇などを葬るのに用いた最高級の棺「夾紵(きょうちょ)棺」の破片や七宝の飾り金具、女性とみられる人骨(歯牙)が出土している。

 宮内庁は同古墳の西に約2.5キロ離れた円墳の車木(くるまぎ)ケンノウ古墳(奈良県高取町、直径約45メートル)を、文献や伝承などから斉明天皇陵に指定しています。
 毎日新聞によると、宮内庁書陵部の福尾正彦・陵墓調査官は「斉明陵の見直しは必要ない。文献には大きな工事をしなかったとあり、必ずしも一致しない。被葬者を示す墓誌などが見つかるなどしなければ見直す状況にはならない」と話しているといいます。

 どちらが斉明天皇陵か、どちらもそうでないか、どちらもそうか、大いに議論していくべきではないでしょうか。

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