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2011.02.05

本土決戦期の陸軍兵力の高知県への配備 その一 「満州」から高知県へ。

 アジア太平洋戦争終戦当時に陸軍第十一師団長だった大野廣一中将が『終戦当時第十一師団長陸軍中将 大野廣一回想録及著書と意見集 並(ならび)に生涯の体験から得た人生教訓』という本を書いています(一九七六年八月)。
 その中から、本土決戦期の陸軍兵力の高知県への配備についての箇所を抜き書きさせていただきます。
 この分野の研究をされているかたにとって参考になる記述だと思うからです。
 まず、大野さんが、中国東北部の日本のかいらい政権があった満州から高知県にやってくるまでの経過です。

  <四国を郷土とする第十一師団は、ソ連軍の満州に対する進攻に備へて、満州守備軍の虎の子師団として、最後までソ連と満州との国境の防衛に残されてゐた。最も精鋭な師団であったが、内地が危険になったので、其(そ)の警備任務を混成第七十七旅団に引きつぎ、郷土防衛の為め、四月二日から満州を出発して、四梯団(ていだん)となって、遙々(はるばる)内地の四国へ輸送されることになった。
 丁度(ちょうど)其(その)輸送の途中に於(おい)て、僕は昭和二十年[一九四五年]四月七日、陸軍中将に進級すると共に、第十一師団長に親補(しんほ)せられた。(師団長は天皇陛下から親しく任命せられるから、親補職と云う。)
 其(その)当時第十一師団の各部隊は、北満州から鉄道輸送により、續々と南朝鮮の釜山港に到著(ママ)、其處(そこ)から船舶輸送により、第一、第二梯団(ていだん)は九州の博多に上陸した。所が米軍潜水艦が、対馬海峡に現らわれて危険になったから、第三、第四梯団は北朝鮮の羅針港から乗船して、北陸の敦賀港に上陸し、更に鉄道により、徳島附近へ逐次到着していた。僕は飛行機で南京を出発し、満州国の首都新京に飛んで、同地の階行社(かいこうしゃ)で、前任師団長鷹森中将より、事務の引継ぎを受け、翌日再び飛行機で朝鮮の京城を経て、大阪へ飛び、軍司令官の内山中将に申告して、四国防衛に関する軍命令を受領した。
 其(その)当時米軍の潜水艦が日本海にも現らわれ我が師団の輸送船を撃沈する虞(おそ)れがあったので、僕は非常に心配し、航海の安全を祈った。
 幸い海上輸送は無事順調に進捗(しんちょく)し、遂に最後尾の部隊まで悉(ことごと)く、何等の事故もなく、全師団の輸送が安全に完了した。>

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