« 日本国憲法(一九四六年五月三日に公布)を国民はどう迎えたか 高知県を例に 【その六】 そのころを語る高知県の人々。 | トップページ | 英語で日記 二〇一一年五月十九日 木曜日 陸軍歩兵第四十四連隊の兵舎の地図。Thursday, May 19th, 2011 Map of barracks of 44th regiment of infantryman of army. »

2011.05.22

日本国憲法(一九四六年五月三日に公布)を国民はどう迎えたか 高知県を例に 【その六】『あたらしい憲法のはなし』の戦争放棄の説明。

 前出の高知市の窪田一郎さんたちは、中学校で黄色い表紙の『あたらしい憲法のはなし』を学びました。教師は熱心に解説してくれました。「みなさん、あのおそろしい戦争が、二度とおこらないように、また戦争を二度とおこさないようにいたしましょう」と書いてありました。

 みなさんの中には、こんどの戰爭に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとう/\おかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戰爭はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戰爭をして、日本の國はどんな利益があったでしょうか。何もありません。たゞ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。戰爭は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戰爭をしかけた國には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戰爭のあとでも、もう戰爭は二度とやるまいと、多くの國々ではいろ/\考えましたが、またこんな大戰爭をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。
 そこでこんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戰爭をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戰爭をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戰力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
 もう一つは、よその國と爭いごとがおこったとき、けっして戰爭によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。また、戰爭とまでゆかずとも、國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戰爭の放棄というのです。そうしてよその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけるのです。
 みなさん、あのおそろしい戰爭が、二度とおこらないように、また戰爭を二度とおこさないようにいたしましょう。

|

« 日本国憲法(一九四六年五月三日に公布)を国民はどう迎えたか 高知県を例に 【その六】 そのころを語る高知県の人々。 | トップページ | 英語で日記 二〇一一年五月十九日 木曜日 陸軍歩兵第四十四連隊の兵舎の地図。Thursday, May 19th, 2011 Map of barracks of 44th regiment of infantryman of army. »

ニュース」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30274/51740587

この記事へのトラックバック一覧です: 日本国憲法(一九四六年五月三日に公布)を国民はどう迎えたか 高知県を例に 【その六】『あたらしい憲法のはなし』の戦争放棄の説明。:

« 日本国憲法(一九四六年五月三日に公布)を国民はどう迎えたか 高知県を例に 【その六】 そのころを語る高知県の人々。 | トップページ | 英語で日記 二〇一一年五月十九日 木曜日 陸軍歩兵第四十四連隊の兵舎の地図。Thursday, May 19th, 2011 Map of barracks of 44th regiment of infantryman of army. »