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2011.07.28

【記録 戦争遺跡保存についての地方議会での質問】 高知県南国市議会本会議での村田敦子(あつこ)議員 二〇〇八年六月十三日。

○ 村田敦子

 次に、2006年2月に南国指定文化財となった戦争遺跡前浜掩体群7基の整備と保存について質問いたします。
 戦後63年、私たちは戦争を知りません。書籍やマスメディアから得られる情報でかいま見る程度であり、実体験がなく、痛みを感じることもありません。相手のことも知らず、憎んでいるわけでもないのに、国策により殺し合わなければならない戦争、国民は国の命令の前には財産も暮らしも投げ売って従わなければなりません。昔、そういうことが絵そらごとではなく、確かにあったのだということを実証し、物語ってくれているのが掩体壕です。
 昭和16年、1,500人の人が日々の暮らしを営んでいた三島村は、そこに航空基地をつくるという国の命令でいや応なく接収され、先祖代々住みなれたふるさとを涙ながらに離れ、移転先を探し、家を建てたり、かわりの田畑を求めることにも大変苦労しました。その上、村民は自分の暮らしをほうって勤労奉仕に駆り出されたのです。毎日毎日土を盛り上げ、踏み固め、その上にむしろやセメント袋を敷き、セメントを流し込み、掩体壕がつくられました。大湊小学校のすぐ北にある7号掩体の内側には、はっきりとそのときのむしろとセメント袋の跡を見ることができます。それから、前浜公民館の南西にある1号掩体には、アメリカの戦闘機グラマンによって激しい機銃掃射を受けた大小合わせて約60個の弾の痕跡があります。そのときに、田にいた浜田吉治さんが勤労奉仕の生徒たちと掩体に逃げ込んだ様子を80歳のときに語っておられる記録が「掩体物語」というブックレットに載っています。今生きておられたら108歳になられます。語り部たちが順々に亡くなられてしまいます。その方々の伝えたい戦争の悲しさ、平和の大切さを、物言わぬ掩体ですが、無言のうちに訴えています。
 10年前には、掩体壕として国内で一番に市の文化財指定をされた大分県宇佐市掩体壕の整備保存の様子を、南国市教育委員関係者5名と掩体壕を文化財に推進する会の関係者8名の総勢13名で視察に行かれました。そして、悲惨な戦争を二度と繰り返さないため、戦争遺跡を平和の提唱として後世に伝え続けようと、市民グループと行政が一体となった取り組みで戦跡公園として整備をされ、市民はもとより、宇佐市を訪れる人々に感銘を与えている様子を学んでこられました。その年の3月には、7,159人の署名も浜田市長に手渡されています。
 それから、時間はかかりましたが、平成17年3月に掩体整備検討委員会が出した答申書を、掩体保存整備に向けてのまとめを踏まえて、宇佐市と同じように市と市民が協力をして平成18年2月に前浜掩体群として市の文化財に指定され、保存、活用を図ると決められました。市長、教育長、その答申書はごらんになられたでしょうか。そのときの市長は浜田市長であり、教育長の西森教育長が前浜掩体群としてすべての掩体を指定されたことは、南国市が平和教育を重んじていることを社会全体に知らしめました。その後、橋詰市長、大野教育長に掩体群の保存整備についての引き継ぎはきちんとなされているのでしょうか。そのときに、いずれは用地を買い上げ、公園として保存活用していくという計画はどうなったのでしょうか。
 文化財として指定されるずっと以前から、掩体壕には学校の生徒も含め多くの方が見学に来られています。ブックレット「掩体物語」は、市内の小・中学校の教材としても活用され、一般の方々にも求められています。先日、6月9日には韓国の済州島にある済州大学の教授8名の一行が見学においでになられました。済州島には、太平洋戦争当時に日本軍がつくった要塞があります。飛行場跡と掩体が20基あり、それを戦争遺跡として保存したいので、前浜掩体群を参考にしようとおいでたのです。日本の学者や研究者は、国内だけでなく他の国々に日本軍がつくった掩体も調査しているそうで、外国の人々も興味を持たれ、やはり調査保存をしようとこちらに見学に来られているようです。本当に物言わぬ掩体ですが、国際交流の一環も担っています。見学者の方がふえる一方なのに、これといった調査や整備もなく、見学順路も草ぼうぼうのところさえあります。市の文化財としての位置づけがなされているのですから、見ていただく方にきちんとしたものをお見せするのが南国市としての責任ではないでしょうか。
 先日、掩体壕を文化財に推進する会からの申し入れを受けたとお聞きしましたが、どうでしょうか。特に、その中の第2回掩体コンサートが8月17日に予定されていますが、昨年も事前にRKCラジオやいわぬまラジオの取材を受け、宣伝され、多くの方々が集まりました。これは、本来なら市が主催者となり、物心両面からのバックアップが必要ではないでしょうか、お尋ねいたします。

○ 橋詰壽人市長

 そして、掩体壕のことに触れられましたが、掩体壕で前浜田市長に意見書などについて提出してあるが、この内容について目を通しておるのかと、そして引き継ぎは受けておるのかということでございました。これは確実に引き継ぎを受けてございますし、先ほどおっしゃいました意見書につきましては、再度来庁していただきまして詳しくお話も聞いておりますし、私のこれについての意見、考え方等も述べてございます。詳しいことにつきましては、生涯学習課長より答弁申し上げますので、よろしくお願いいたします。

○ 浜田清貴生涯学習課長

  村田敦子議員の掩体壕の保存のためにという御質問に答弁を申し上げます。
 掩体は飛行機の格納庫でございまして、高知空港の前身である高知海軍航空隊基地の施設といたしまして、戦時中の1944年、昭和19年に建設されたものであります。現在残っているものは、コンクリート製のものが7基で、平成18年2月に7基全部が前浜掩体群として南国市の史跡に指定をされております。
 掩体は、単なる飛行機の格納庫だけではなく、掩体がつくられるまでに戦争の準備がどのようにされ、国民はどのように動員され、どのように苦しみ、最終的にどのような結果になったかを具体的に教えてくれる場所であり、構造物であります。戦争遺跡は、過去の戦争から未来への検証の意味で重要な意義を持っておりまして、悲惨な戦争を二度と繰り返さないため、平和的教材としての教育的価値を位置づけられるものであると考えております。
 現在、その活用といたしましては、高知県で唯一の掩体でありますので、掩体群を紹介する看板を前浜公民館の駐車場に設置をいたしております。それとともに、ガイドマップを作成いたしまして、市内の児童や、また市民の方々に配布を行っております。
 見学をするコースにつきましては、前浜公民館駐車場を起点にいたしまして、徒歩によりまして順次回ることができます。このコースの農道の雑草につきましても、若干生い茂っているところもありますので、適当な時期に草刈りを行い、なお整備につきましては農道管理者とも協議をいたしまして、見学しやすい環境の整備に努めたいと思います。
 掩体の戦争遺跡の整備につきましては、何といいましても周辺の土地所有者や、また前浜地区地元の御理解をいただかないとできないことでもありますけれども、引き続き御協力をお願いすることは必要であると考えております。具体的にいつ整備するかにつきましては、予算措置も必要でありますので直ちにということは申し上げられませんけれども、大分県の宇佐市等の先進地の公園化等の整備状況等を参考にいたしまして、引き続き検討してまいりたいと考えております。
 また、掩体の形態や構造等につきましては、計測を実施いたしまして、詳細なデータを整備することで現状の記録保存に向けて取り組んでまいります。
 掩体コンサートにつきましては、後援をすることで教育委員会としてバックアップをしていきたいと考えております。

○ 村田敦子

 掩体壕のことですが、確かに掩体壕のマップを18年のときに3,000部つくっておられますが、そのマップはもうほとんどなくなっております。できれば、またそれを増刷していただきたいと思います。掩体マップはなかなか見やすくて、A3の広さの用紙をマップを畳んで持ちやすい大きさになるようになっていますが、その7基の掩体の説明がすべて写真入りで載っておりまして、それから地図も載っていますので、順次見ていくためにあのマップは有効だと思いますので、もうありませんので、できれば増刷をしていただきたいと思います。
 それと別に、申し入れの中にあったと思うのですが、以前は農協のトイレをお借りしていたのですが、現在もう農協は閉められて、売りに出されているとお聞きしたんですが、それで現在トイレがなくて、7基全部ゆっくり説明を聞きながら回ると1時間程度は十分かかります。できればトイレを構えていただきたいのですが、それも御検討いただきたいです。それはできれば早くに考えていただきたいのですが。
 それと、8月17日と、もう二月すれば掩体コンサートがあります。去年も随分話題になり、新聞にも載りました。南国市のことを全体に知らしめるためにも、その宣伝効果は大きいものがありますので、ぜひできるだけの後援をしていただきたいと思います。

  ○ 浜田清貴生涯学習課長

 掩体壕を紹介するパンフレットの増刷ということでございますが、このパンフレットにつきましては、初版以降、1度増刷をしておりまして、それが順次配布をされて、今現在また再度残り少なくなっておるということで、これも増刷をするような手配にしております。
 それから、見学者のためのトイレの設置という御要望でございますが、これまでJAのトイレを利用させていただいておったということでございますが、JA前浜支所は閉鎖をされておりまして、JAの考え方としては前浜支所は閉鎖の後、売却をされるというふうにお聞きをしております。したがいまして、建物も取り壊されるということの方向のようでございます。
 それで、見学者の方のためのトイレの設置ということにつきましては、すぐにそのトイレを単体で設置できるというふうに今現在お答えする用意がちょっとございませんが、なお検討させていただきたいと思います。

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