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2011.07.14

【エッセイ】 倭(やまと)の大王は百済(くだら)語で話していた!?

 七月十四日午前、キムヨンウンさんの『日本語の正体 倭(やまと)の大王は百済(くだら)語で話す』(三五館。二〇〇九年八月三十日)を読みました。
 おもしろい書物でした。

 ハングルを学んでいて感じるのは、朝鮮と日本は、もともとは共通の文化をもつ「くに」だったんだろうなということです。文法にも単語にも、それほどの共通性があるのです。

 この三十年ばかり、日本の天皇の支配の成立について、「かたよった」本をたくさん読んできました。
 それらをつまみ食いして私流にまとめると……。
 人口の非常に少なかった日本列島に、ものすごい数の朝鮮半島南部の人々がやってきました。
 やってきた人たちは、それまで日本列島にいた人の数倍の人数でした。
 やってきた人たちが、近畿地方に政権をつくります。
 それが天皇政権になっていきます。
 支配者たちは、日本に同化せず、朝鮮半島南部の言葉を使っていました。
 彼らは、南へ北へと従来の地域の権力、住人たちを支配するための戦争をしかけます(『古事記』を読んでいると、当時の支配者が、地方を支配するためにトリッキーで残虐な戦争くりかえしていく様子がわかります。そして、そのことをトリッキーとも残虐とも考えていなかったことをも……)。
 そうして、支配地域を広げていきました。
 『万葉集』も、それらの言葉で書かれています。漢字の羅列ですが、使われてい言葉と音は、朝鮮半島南部のものです。出身地の方言も、それぞれに反映されています。
 それまでに日本に住んでいた人々は被圧迫民のなりますが、なかなか朝鮮半島の言葉に同化されなかったようです。
 支配者側の人間が書いた『枕草子』にも、それ以前から日本列島にいた人々の言葉をなじる文章があります。
 朝鮮半島南部から来た人たちの日本列島の政権は、当初、朝鮮半島南部と密接なつながりをもっていましたが、その後、従来の日本列島の文化をも吸収しながら独自性を強め、かつての朝鮮半島南部とのつながりも忘れ去っていきます。
 ……
 しかし、ほんとうに、そうだったのだろうかという思いが残ります。
 これらの本には、あまり実証がないのです(おおくの古代史の本が、そのような傾向を持っていますが……)。実証と思われる所は、他の本をひいて、この人もこういっているからというというものが多いように思います。
 きちんと史料を組み立てて、こうした歴史の筋道をたどってみたいと思っています。

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