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2011.07.13

浦戸海軍航空隊の少年兵だった人の言葉。「私たちは太平洋岸から上陸するアメリカの戦車に踏みつぶされ、火炎放射機で焼き殺される寸前だったのです」。

 「私たちは太平洋岸から上陸するアメリカの戦車に踏みつぶされ、火炎放射機で焼き殺される寸前だったのです」
 久保田栄三さんの『三重・浦戸海軍航空隊の最期 少年兵の終戦をまたいだ三七八日間』(文芸社。二〇一一年一月十五日)の文章です(七月十四日夜、読みました)。
 「昭和二十年四月のある日、[高知県の]浦戸海軍航空隊三千五百人が集められ、先任分隊長の講話が初めて行われました。
 それは長い話ではありませんでした。アメリカ軍が高知海岸に上陸してきた時の対策で、隊員は身をもってこれを防ぐこと、具体的には敵の戦車のキャタピラーに爆薬を突っ込むことでした。
 (中略)大尉は最後にこう申しました。
 『しかし、敵の戦車がM4型だったら、どんな爆薬を使っても、あのキャタピラーは破壊できない』
 これが講和の結語でした。」
 久保田さんたちは、五台山の頂上に近い東向きのくぼみにトンネルをほったそうです。
 八月十五日の天皇の放送を久保田さんたちは、長浜国民学校の校庭で聞いています。
 一週間ほどあとに、校庭に浦戸海軍航空隊の銃器類が集められたとも書いています。

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コメント

物凄い資料収集と読み込みですね。尊敬します。あと、卒論でお手伝いできる事がありましたら、ご連絡ください。

投稿: いけだ | 2011.07.13 21:44

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