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2011.09.25

【写真】 「旧高松空港跡地の碑」。「戦争に勝つためとはいえ、断腸の思いで……」

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 高松市の以下の場所にある「旧高松空港跡地の碑」です。

  「旧高松空港跡地の碑」(一九九六年三月。林地区開発協議会)の碑文から

 「太平洋戦争の戦局が厳しくなる中、昭和十九年[一九四四年]一月二十二日林村に晴天の霹靂[へきれき]ともいうべき事態が突発した。陸軍省から林村を中心に周辺三町村にまたがる約二百七十ヘクタールに飛行機を建設するとの連絡が入ったのである。時の三宅信夫村長は事の重大さのあまり顔面蒼白[がんめんそうはく]、絶句して言葉を失うほどであった。
 五日後の二十八日、林小学校[国民学校]講堂に指定区域内の関係者四百余人が集められ土地の買収家屋の移転を正式に要請された。永年住み馴れた土地家屋への愛着、近隣の親しい友との別れ、新しい土地での生活の不安などが心中に激しく交錯[こうさく]し、場内は寂として声もなかった。戦争に勝つためとはいえ、断腸の思いでこれを承諾せざるを得なかった。
 昭和十三年[一九三八年]には優良町村として内務大臣表彰を受けた林村も 田畑の半分近くを失い 公共建物を含めた二百七十五戸の家屋を一挙に移転するに至[いた]っては、まさに崩壊寸前となり、村民の苦悩はその極みに達した。周辺市町村からの援助を得ながらも、縁故知人を頼って列をなして家財を運ぶ村民の姿は今も脳裏を離れるものではない。移転は四月末までの極めて短時間のうちに完了し、引き続き軍は飛行場の建設に着手した。作業はすべて人力に頼るため一般人はもとより学生・生徒まで連日数千人が勤労奉仕に動員された。夜を日につく突貫工事の末、八月には東西滑走路が完成し、九月からは軍用機の飛行訓練が始まった。しかし、当初計画されていた翌年八月の終戦時に至[いた]るも完成し得なかった。」
 「戦後、飛行場跡地については(中略)昭和三十年[一九五五年]十二月運輸省高松航空保安事務所長と宮井政雄村長との間で高松飛行場敷地設定についての協定書が交わされ決着をみた。その結果大部分が農地等として売渡し、譲与され、約三十二ヘクタールが飛行場として残されることとなった。」

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