« 総集編 短歌の花だより 春 | トップページ | 総集編 短歌の花だより 梅雨 »

2011.12.05

総集編 短歌の花だより 初夏

  総集編 短歌の花だより 初夏

 

 初夏

   シランは紫のつばさ広げて

 メーデーの 平和、暮らしの どよめきに
 シランの群れも
 奮い立ってる

 紫の つばさを広げ
 いま、まさに 飛び立つところ
 シランの花は

 飛んでいる シランのさまを
 撮り終えて
 「よくやったぞ」と 自分をほめてる

 漢字では、紫蘭と表記するようです。
 二〇〇四年五月一日、中央メーデーは、東京都の代々木公園で開かれました。
 舞台に向かって右手の隅に紫色のシランの花ががたくさん咲いていました。
 五月二日、妻と東京都国分寺市、国分寺駅南口近くの殿ケ谷戸庭園にいったら同じ花が咲いていました。
 二〇〇五年五月一日午前、東京都国分寺市の殿ヶ谷戸庭園でシランを撮りました。

   キショウブの原産は欧州か

 キショウブは 日本の美よと 楽しんで
 調べてみたら
 欧州生まれ 

 二〇〇四年五月三日午後、東京都の日比谷公園の池の所にキショウブが咲いていました。鮮やかな黄色の花です。花の姿が池に映っていい感じです。
 これぞ日本の美。
 と、思っていましたが、家に帰ってインターネットで調べてみるとキショウブは、ヨーロッパ原産だということです。
 アヤメ科アヤメ属の多年草です。

   キリの大きく広げた枝の先

 ご近所を 散歩していて
 キリの木を 七本見つけた
 見えてなかった

 「歓迎」と 大きく広げた 枝の先
 紫ラッパ
 キリの花だよ

 「ポットン」と 
 キリの一花 落ちる音
 聞いてしまった 大木の下
 
 キリは、ゴマノハグサ科キリ属です。
 二〇〇四年五月五日午後、自転車で、ご近所を散歩しました。東京都国分寺市東元町二の六の生産緑地地区にさしかかって、枝の先に薄紫の花を咲かせている大木に出合いました。
 まわりにいっぱい落ちている円錐形の薄紫の花を見て気付きました。
 「キリの花だ」
 計七本ありました。ご近所の名所でした。
 以前、東京都八王子市をオートバイでツーリングしていて出合った花です。こんな身近な所にもあったのです。
 二〇〇五年五月十日、東京都三多摩の神代植物公園隣の自由広場から帰って国分寺市東元町二の六の生産緑地のキリの花を撮りました。そこでキリの花の落ちる音を聞きました。

   ムサシノキスゲの盛りの一花

 昨日の 輝きしかと たたみこみ
 盛りの一花(ひとはな)
 ムサシノキスゲ

 二〇〇五年五月四日。休み。午後三時までは「自分の時間」です。
 午前中から例によって東京都府中市の浅間山(せんげんやま)へ。
 ムサシノキスゲが、あちこちに咲いていました。

   キンランが満開になっています

 「この花は つぼみのほうが 綺麗よね」
 満開キンラン
 つむじ曲げてる

 二〇〇五年五月四日、東京都府中市の浅間山(せんげんやま)で。

   ニセアカシアは、いま風の中

 「やすやすと 撮らせてなんか あげないわ」
 ニセアカシアは
 いま風の中

 二〇〇五年五月四日。東京都府中市の浅間山(せんげんやま)の多磨霊園へのつり橋の所にニセアカシアが咲いていました。
 アップで撮ろうしました。しかし、強い風にザワワと揺れて、なかなか撮れませんでした。

   ボタンの花は胸張って咲く。

 「私ほど 美女はいないわ」
 それぞれに
 ボタンの花は 胸張って咲く

 二〇〇五年五月五日、仕事が午前中にかたづいたので、午後からは休み。妻に電話して「遊ぼ!」。
 結局、東京都小平市中島町二一の一、東京都薬用植物園にいくことになりました。
 満開のボタンが迎えてくれました。

   クロユリといえば「黒百合の歌」

 クロユリを
 見ればたちまち 口をつく
 小学時代の 熱愛の歌

 二〇〇五年五月五日、東京都小平市中島町二一の一、東京都東京都薬用植物園にいったらクロユリが咲いていました。
 クロユリといえば、瞬時に「♪黒百合は 恋の花…」ときます。
 「黒百合の歌」(作詞・菊田一夫、作曲・古関裕而)が頭に浮かびます。

 一、黒百合は 恋の花
   愛する人に 捧げれば
   二人はいつかは 結びつく
   ああ あああああ あああああああ
   この花ニシパに あげようか
   あたしはニシパが 大好きさ

 二、黒百合は 魔物だよ
   花の香りが 沁み付いて
   結んだ二人は 離れない
   ああ あああああ あああああああ
   あたしが死んだら ニシパもね
   あたしはニシパが 大好きさ

 三、黒百合は 毒の花
   アイヌの神の タブーだよ
   やがてはあたしも 死ぬんだよ
   ああ あああああ あああああああ
   ああああ ああああ あああああ
   ああああ ああああ  あああ あああ

 一九五四年、僕が小学校の低学年だったころ、織井茂子さんが歌いました。ラジオで、よく聞きました。
 NHKラジオのドラマ「君の名は」の主題歌の一つです。
 クロユリ、本州中北部の高山帯や亜高山帯の草地に見られます。
 北海道では平地の林内や平地に自生しているといいます。

   ヒトツバタゴの枝の薄雪

 高木に 「薄雪」いただき
 薫風に 揺れに揺れてる
 ヒトツバタゴは

 ヒトツバタゴは、モクセイ科ヒトツバタゴ属の落葉高木です。別名、ナンジャモンジャ。
 二〇〇五年五月五日、東京都小平市中島町二一の一、東京都薬用植物園でヒトツバタゴの花に出合えました。

   アヤメの花のバーコード

 咲くアヤメ ピントを合わせ
 難解な
 バーコードの意味 読み取っている
 
 二〇〇四年五月五日午後、自転車で、ご近所を散歩していて、東京都府中市栄町の都営府中栄町一丁目アパートの庭で、奇麗なアヤメに出合いました。団地のみなさんが丹精をこめた庭です。
 アヤメは、アヤメ科アヤメ属の多年草です。原産地は、日本、東アジア。

   ミヤコワスレの花の完ぺきさ

 花の名を ミヤコワスレと 告げられて
 さもありなんと
 しげじけと見る

 二〇〇四年五月七日午後、東京都調布市の娘の家にいきました。三歳の孫娘が、左手を両手で握って歓迎してくれました。その上、左手にキッス。これだから祖父はやめられません。
 娘、三歳の孫娘、ゼロ歳の孫娘と同市若葉町一の八の三〇の調布市実篤公園にいきました。
 武者小路実篤(むしゃのこうじ さねあつ)さん(一八八五年五月十二日-一九七六年)の家のあった所です。
 そこで出合ったのがミヤコワスレ。
 キク科です。原産地は、日本(関東以西)。
 調布市実篤公園は、京王線つつじケ丘駅南口または仙川駅下車、徒歩十分です。

   ノイチゴの花は黄金に輝いて

 ノイチゴの 花、黄金に 輝いて
 イチゴのありか
 照らし出してる

 二〇〇四年五月七日午後、調布市実篤公園からの帰りに、道端にノイチゴの実がなっているのを見つけました。
 食べてみると少しすっぱいのですが、美味でした。
 市立若葉小学校の通学路ですが、誰も見向いてはいないようでした。

   エゴノキの花の星の降る下

 街頭に 照らし出された エゴノキの
 星降る下に
 遊ぶ楽しさ

 二〇〇四年五月七日夜、東京都府中市栄町の医療少年院寄りの小公園での発見です。今後、「エゴノキ公園」と呼ぶことにしました。
 エゴノキは、エゴノキ科の落葉小高木です。
 星のような形の白い花を咲かせます。

   ハンショウヅルは風に舞って

 登山口 ハンショウヅルが 咲いていて
 カメラマンたち
 集まってくる

 風に舞う
 ハンショウヅルの 打ち鳴らす
 音聞きたくて 耳そばだてる

 二〇〇四年五月八日午後、東京都府中市の浅間山(せんげんやま)へ。
 登山口にハンショウヅル(半鐘蔓)が咲いていました。
 ハンショウヅルは、キンポウゲ科センニンソウ属です。
 この日は、妻、息子、そして、「もう一人」と一緒でした。

   モモイロヒルザキツキミソウ

 まろやかな ピンクの花の 中心に
 十字架見つけ
 イラクを思う

 二〇〇四年五月九日、東京都国分寺市、小平市で、この花に出合いました。
 十日朝現在、名前は、まだわかりません。
 同日夜、この花の名前が判明。モモイロヒルザキツキミソウ(桃色昼咲き月見草)でした。
 アカバナ科。北アメリカ原産の帰化植物です。

   ケシの畑はカギ付きのまま

 この花が 人の心を むしばむか
 ケシの畑は
 カギ付きのまま

 二〇〇四年五月九日午後、東京都小平市中島町二一の一の東京都薬用植物園にいきました。
 囲いの中のケシの花を見ました。ケシの花は、「東京ではここでしかみられない」といいます。
 草丈は一メートルから一メートル半になります。五月ごろ、透明感のある花びらの白、赤、紫色などの大きくて美しい花を咲かせます。花が終わると、長円形または球形のかなり大きなさく果(けし坊主)をつけます。
 ケシは、あへんアルカロイド類を含有していて、多くの医薬品の原料となっている薬用植物です。たとえば、モルヒネは強力な鎮痛剤としてがんの疼痛(とうつう)治療などに使われていますし、コデインは鎮咳(ちんがい)作用が強くぜん息薬やかぜ薬の製造原料となっています。しかし、これらは麻薬に指定されているため、ケシ(ソムニフェルム種)などの栽培は法律で規制されています。
 同園には、西武拝島線東大和市駅下車徒歩二分。

   テッセンの「花」はがくでした

 「テッセンの 花みたいなの あれは、がく」
 「へー、そうなのか」
 本にらんでる
 
 二〇〇四年五月十一日の明け方、泊まりのベッドで花の本を読んでいて気が付きました。
 テッセンは、キンポウゲ科クレマチス属です。

   クワの実のおいしい季節

 今年も 花に気付かず 実の季節
 わが門近く
 二本のクワの木

 二〇〇四年五月十一日午前、わが家の門近くのクワに緑の実がたくさん付いていることに気付きました。
 クワは、クワ科クワ属です。
 花は四月ごろ、穂状に咲きます。
 実には、とげとげがあり、だんだん紫のイチゴみたいになります。
 五月十六日、いくつか熟れているのを食べました。うまい。
 「クワの実の出てくる歌があるよね」と、考えていました。やっとわかりました。
 「赤蜻蛉(とんぼ)」(三木露風作詞・山田耕筰作曲)でした。

 夕焼小焼の、赤とんぼ
 負われて見たのは、いつの日か

 山の畑の、桑(くわ)の実を
 小篭(こかご)に摘んだは、まぼろしか

 十五で姐(ねえ)やは、嫁に行き
 お里のたよりも、絶えはてた

 夕焼小焼の、赤とんぼ
 とまっているよ、竿(さお)の先

 クワの歌といえば、もう一曲、「桑ばたけ」(作詞・門倉訣、作曲・関忠亮)もいい歌です。
 「桑畑の しげる葉は…」
 一九五七年日本のうたごえ祭典記念創作曲の一つです。アメリカ軍基地反対のたたかい、「砂川闘争」の中から生まれた叙情歌です。
 二曲とも、演奏を聞くことのできるインターネットのサイトがありますよ。

   シャガ一輪の色のみごとさ

 娘さん 「めちゃきれい」と 叫んでる
 シャガさん、あなたを
 ほめてくれてる

 「うおおーっ」と 声を出してる
 道端の シャガ一輪の
 色のみごとさ

 シャガは、アヤメ科アヤメ属です。
 一首目は、二〇〇五年四月十七日午後、東京都の新宿御苑での光景です。
 同年五月十四日午後、東京都国分寺市東元町を歩いていたら道脇にシャガが咲いていました。

   カラーの花は水音を聞きいる

 清流の 真ん中にいて
 水音に 聞き耳立ててる
 白カラーたち

 わき水も 少しぬるいか 今年は
 師走(しわす)に咲いてる
 カラー白花

 東京都国分寺市のJR国分寺駅南口から斜めに伸びている道を南西方向に進み徒歩約十分、野川を越えて信号(西元町一)を南に入ると三百メートルぐらいで真姿の池に出ます。 
 真姿の池からの道沿いにいくと、お鷹の道にでます。お鷹の道沿いには武蔵国分寺の裏手から湧(わ)く水が流れています。
 江戸時代、将軍が鷹狩りに出かけるときに、ここを通ったことから名づけられたという、お鷹の道です。
 二〇〇四年五月十四日午後、ここを歩いていたら小川の中に白いカラーの花が咲いていました。小川沿いのエゴノキの花も奇麗でした。
 カラーは、サトイモ科オランダカイウ属です。
 同年十二月四日午後。出勤前に「お鷹の道」を歩きました。
 わき水のつくりだす小川の中のカラーが二つ白い花を咲かせていました。
 「なぜ、いまごろ…」とは思いますが、うれしいですね。

   ホウセンカ種のTシャツ

 広がれと ホウセンカの種 かきつけた
 戦争放棄の
 Tシャツを買う

 その種子を 自力で広げる ホウセンカ
 わが国民の
 未来信じる

 二〇〇四年五月十五日午後、東京都渋谷区の区立宮下公園で開かれた女性たちの集会で、このTシャツを二枚買いました。おまけにホウセンカの種をくれました。
 ホウセンカには、先のとがった、短い毛のはえた実ができます。実が熟すと、パチンとはじけて、種をあたり一面にはねとばします。
 ホウセンカは、ツリフネソウ科ツリフネソウ属の一年草です。
 風呂に入りながら、ゆったりと本を読むのが好きです。
 ということで、同四年十二月二十三日午前も、「風呂読書」状態に。
  『写真で見る植物用語』(岩瀬徹、大野啓一著、全国農村教育協会)を読みました。
 種子の散布の項目も、ふむふむ。
 ●風に乗って散布(テイカカズラ、ケヤキなど)。
 ●水による散布。
 ●動物により散布。
 ●自力で散布。果皮が炸裂し、その弾みで散布(ホウセンカなど)。
 ホウセンカ(鳳仙花)は、六月から九月に白、桃、紅、紫紅、赤色などの花を咲かせます。
 別名、ツマクレナイ、ツマベニ。
 おっと、もう出勤の時間です。
 妻も、きょうは、休日のはずですが、なにやら勉強会に出かけました。

   コクリコが体揺らせて笑ってる

 コクリコは 薫風の中
 「クククククッ」 
 体揺らせて 笑っているよ
 
 二〇〇四年五月十六日、僕の本『あなたに贈る短歌の花束』(さがらブックス)ができ上がってきました。
 この本には、ヒナゲシの項目もあります。
 翌十七日付の「しんぶん赤旗」日刊紙一面の「潮流」に、コクリコのことがでていました。フランス語のヒナゲシのことなんですね。
 「ああ皐月(さつき)仏蘭西(フランス)の野は火の色す君も雛罌粟(コクリコ) われも雛罌粟」
 与謝野晶子さん(一八七八年十二月七日-一九四二年五月二十九日)の、一九一二年五月の短歌です。
 夜、妻に「晶子の短歌のコクリコって何のことか知ってる?」と聞くと「ヒナゲシでしょう」。少なくても一九九〇年には知っていたといいます。でも、僕は……。
 ヒナゲシは、ケシ科ケシ属。ヨーロッパ産です。英名はポピー、スペインではアマポーラです。

   「あじさい」の歌、その後

 雨にぬれ アジサイ花と 対話する
 「元気に咲いたね」
 「今年もよろしく」

 「あじさい」の 作詞、作曲 こんな人
 うれしいメールが
 やってきた夜

 あの時を 三十数年 飛び越えて
 「あじさい」を聞く
 梅雨晴れの午後

 わが町の 一万五千の アジサイを
 見においでよと
 梅雨時だより

 二〇〇四年五月二十日。雨。東京都国分寺市東元町二丁目の民家の生垣のアジサイが咲いていました。ことしはじめて見る咲いているアジサイです。
 アジサイは、ユキノシタ科です。中心部の小さいのが花です。
 アジサイは、なぜ色が変化するのか。「しんぶん赤旗」五月九日付に「アジサイ 花色変化の秘密わかる」に出ていました。
 五月二十一日午後、国分寺市南町で全体が円錐形のアジサイを「発見」。カシワバアジサイという名前だそうです。五月二十三日午後には、東京都府中市栄町一丁目にも、この花が咲いているのを見つけました。
 僕が、五月に出した短歌集『あなたに贈る短歌の花束』(さがらブックス)に、大学生時代に出合った「あじさい」の歌のことを書きました。
 「この歌について、作詞者、作曲者、その人たちが、どういう人たちだったか、いつ、どういう時代状況のもとでつくられたのか、ご存じのかたがいらっしゃれば教えていただけませんでしょうか」
 応答がありました。
 六月九日、花の短歌集に目をとおしていただいた高知県の未知の男性Yさんからメールをいただきました。作詞者、作曲者のことが書かれてありました。作詞者は宮本偉(すぐる)、作曲者は、柳井卓さん。うれしい知らせでした。
 翌十日午前、高知市在住の作曲者に電話しました。
 その後、調べたら高知新聞の二〇〇一年五月二十四日の夕刊にも、この歌の作詞者、作曲者のことが載っていました。高知市文化振興事業団の出している雑誌『文化高知』二〇〇二年七月、百八号にも柳井さんの「あじさいによせて」という文章が載っていました。
 柳井さんは、二〇〇一年五月、自分が作曲した二十曲を入れたCD「柳井卓歌曲集 SONGS COLLECTION」を出されています。その中に「あじさい」も入っています。
 六月十二日午前、柳井さんが送ってくださったCDや資料が到着。早速、CDを聞いています。やっぱり「あじさい」は美しい歌でした。
 六月十七日、宮本さんは、大阪市で活躍中だとわかりました。うれしい。以前、東京のうたごえ喫茶「ともしび」にいたかたでした。オペレッタ「お月さんももいろ」の制作にたずさわった人です。在日アメリカ軍横田基地の記録映画「核戦争三分前」や映画「渡り川」の制作にも参加されました。
 ところで、「あじさい」は、こんな歌です。

 一 雨にぬれてる手の中で
   ひとり泣いてるあじさいの
   うるんだ瞳(ひとみ)のせつなさが
   ここまで二人をつれて来た

 二 風の吹いてる木の下で
   心さびしいあじさいの
   かわいた唇(くちびる)いとしさが
   ここまで二人をつれて来た

 三 雲の浮いてるみずうみで
   胸のふるえるあじさいの
   とぎれることばのかわいさが
   ここまで二人をつれて来た
 
 四 波の寄せてる砂浜に
   打ちよせられたあじさいの
   静かなねがおの安らぎが
   ここまで二人をつれて来た

 宮本さんは、一九四二年八月十二日生まれ。
 五八年四月、高知県の県立宿毛(すくも)高校に入学。十二キロメートルを自転車で通学しました。美術部、文芸部、バレーボール部を掛け持ち。帰宅後は、一晩中、二十キロメートル半径の地域の郵便配達をしました。そんななかで、高知県高等学校生徒会連合の一員として教師への勤務評定導入に反対の運動にも参加しています。「先生を守れ」と、高知市の県立丸の内高校に県下の約五千八百人の高校生が集まりましたが、その集会にも参加しています。
 宮本さんが、この歌の詩「青春」を発表したのは三年生の時、一九六〇年夏に出たの同校文芸部の文集『澪標』です。彼は、「青春」を、高知大学教育学部を卒業して同校の音楽教師をつとめていた柳井さんに見せて、作曲してもらいました。それが、いまの「あじさい」です。
 宮本さんは、六一年三月、同校を卒業して、上京しました。
 その後も、「あじさい」は、高知県で歌い継がれていました。
 僕が、この歌を知ったのは、その四年後、六五年四月に高知市の高知県立高知追手前(おおてまえ)高校から高知大学文理学部に入学してからのことでした。高知市の歌声喫茶「ヴォストーク」でもよく歌いました。
 やっほー。八月二十三日の大発見。僕の大好きな「あじさい」の歌の演奏がホームページで聞けるようになっていました。
 ここです。
 http://utagoekissa.web.infoseek.co.jp/ajisaimiyamoto.html
 以下のような記事も載っています。
 <(「あじさい」は)ともしび大阪の宮本さんが1960年、高知の高校生の時につくったもの。
 曲は、担任の柳井先生。いつの頃からか、高知で歌い広まってゆきました。当時、高知のうたごえ喫茶「ヴォストーク(そう、ソ連の人工衛星ですね)」で毎日のように歌われていたようです。それがいつの間にか忘れ去られていたのですが、最近、藤原義一が「あなたに贈る短歌の花束」という本のなかで、この曲について「どなたか、この曲の背景、作者を知りませんか」って「たずね歌」をやったんです。そしたら、ある読者の方が、宮本さんのことを藤本さん(記者注・ここは「藤原さん」)に連絡して、また、この曲が脚光を浴びてきたようです。
 名前が同じ「すぐる」のため、当初、作詞者は柳井先生のペンネームだと思われていたらしいです。
 事実は、かくのごとし。
 ところで、宮本さんが一番お気に入りの歌詞は2番。ところが、歌集などでは、1・3・4番で紹介されているケースが多いとか。でも、ませてた高校生ですな。
 その宮本青年は、高校を卒業後1961年に東京へ。亀戸の朝日新聞の専売所(今のASA)で働きながら、舞台美術の勉強を。
 新宿コマ裏の「灯」に関わりあってきたのが、1964年2月。当時、灯は第3次閉鎖反対闘争の前夜。お茶大・教育大「あらぐさ」の創設者の一人、アコ奏者の池田健さんと一緒に9月の閉鎖反対闘争に飛び込んでゆきます。
 宮本さんは、現在62歳。大阪で健在です。大阪ともしびの会として、毎月第4土曜に新大阪の近く、カフェ・マルシェでうたごえを響かせてます。>
 <製作日誌:
 平成16年7月10日 宮本さんのご自宅を、かつての部下、森のフクロウさんと訪問。
 取材をさせていただきました。
 平成16年7月11日 歌詞とMIDIデータをアップ
 平成16年7月15日 コメントを完成>
 六月二十五日には、短歌集を読んでいただいた高知県春野町の女性から、私の町は「あじさいの町です」というお便りをいただきました。
 春野町は、土佐湾に面し、江戸時代の土佐藩の家老・野中兼山が仁淀川から引いた灌漑用水が網の目に走り大地を潤しています。
 六月になるとアジサイが用水路沿いに一万五千本も咲き、用水にその姿を映すといいます。
 「あじさいの町」の歌もできています。「水と紫陽花(あじさい)」(作詞・矢野元子、作曲・すがのうただひこ、編曲・向原寛)です。
 一度、梅雨時に訪れたいものだと思っています。

   コヒルガオは顔に雨つぶつけて

 雨つぶを 白いお顔に つけながら
 ほほ笑んでいる
 コヒルガオさん   

 二〇〇四年五月二十日。雨。東京都国分寺市東元町二丁目の民家の生垣に、白いアサガオのような花が咲いていました。
 見ていると通りがかりの女性が「奇麗ですねー」と声をかけてくれます。
 夜、家で調べてみたらコヒルガオでした。
 ヒルガオ科ヒルガオ属です。
 名はヒルガオに比べると葉や花が小型であることからついたといいます。日当たりのよい道端に生え、つるで他のものにからみついて伸びます。

   ドクダミの「わたし、ここよ」

 十字苞(ほう) 精いっぱいに 開きぬき
 ドクダミたちは
 「ここよ」と叫ぶ
 
 ドクダミは、ドクダミ科ドクダミ属。日本全土の陰地、湿地に普通に自生する多年草です。
 二〇〇三年までは、わが家の庭の隅にも、たくさん咲いていました。
 花穂の下に白色で十字形に四枚開いているものが、一般に花びらだと思われていますが、これは葉に近い性質をもった苞と呼ばれるもので、その上の円柱状の黄色部分が花で、多数の小さい花が集まっています。
 生のドクダミ葉には葉のにおいの、デカノイルアセトアルデヒドやラウリールアルデヒドが含まれていて、これは、乾燥すると成分が変化をして無臭になります。このにおいの成分には強い抗菌性や抗かび性があります。
 ドクダミの名前の由来は、ドクダミの生の葉は、全草に特有の臭気があるために、なにかの毒が入っているのではと、ドクダメ(毒溜め)と呼ばれるようになり、これからドクダミになったといわれています。

 ドクダミを抜けば残り香手にありて有事法案通過せし朝

 埼玉県東部・北部地域に配布されている情報紙「東武朝日」の二〇〇四年二月二十六日号に掲載された、東武朝日歌壇年間賞(海野登紀さん選)準賞の吉川市の黒木幸枝さんの作品です。
 選評は「黒木さん作、ドクダミの残り香と、有事法案通過のニュースを巧みに照応させた」。

   ラクウショウの根っこを見たよ

 こりゃ何だ? 根っこのタケノコ 群生し
 アメリカのスギ
 領土広げる

 このタケノコのようなものは、ラクウショウ(落羽松)という木の気根(きこん)です。
 本日、二〇〇四年十二月十七日午後、東京の新宿御苑を歩いていて、これを見てびっくり。
 初めての遭遇です。
 ラクウショウは、スギ科ヌマスギ属の落葉高木。北米原産です。別名は、ヌマスギ。
 葉は、晩秋に褐色になって落ちます。花は五月ごろ咲き、球果は十月ごろ暗褐色に成熟します。

   リラ冷えの地のリラの紫   

 リラ冷えの
 北国(きたぐに)にいき 見たいもの
 リラの紫 リラの白花

 いま二〇〇四年十月二十日夜十一時過ぎです。
 びしょびしょに濡れて帰り着きました。台風23号です。
 ここ東京都三多摩は、これからがひどくなりそうです。緊張しています。
 ところで、ある人が、いま秋田市の南大通りではリラの紫の花が咲いているという記事のことを教えてくれました。この日付の「しんぶん赤旗」日刊紙の東北のページの記事です。
 リラの花は、普通は五月ごろでしょうか。
 リラは、モクセイ科ハシドイ属。別名は、ライラック。
 リラは、フランス語名のLiraから。ライラックは英語名のLilacからです。
 ここのリラは、八月二十日の台風15号による塩害(潮風害)で、葉が枯れました。
 「季節外れの落ち葉が(この開花の)きっかけになっている」と指摘するのは、秋田県森林技術センターの真坂京子専門技術員。「台風通過後も気温が高く、植物が秋・冬を過ぎて春先になったよと勘違いし、季節が早送りされたような反応を示しているため」と、いいます。
 ところで、「リラ冷え」について。
 東京などでいう「花冷え」は、春に気温が上がり桜の花が咲くころになって急に冷え込むことをいいます。
 同じ「寒の戻り」でも、春の訪れが遅い北海道では桜にかわってリラの花咲く五月下旬ごろ思いがけなく寒くなることがあります。
 これを「リラ冷え」といっています。

|

« 総集編 短歌の花だより 春 | トップページ | 総集編 短歌の花だより 梅雨 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30274/53408093

この記事へのトラックバック一覧です: 総集編 短歌の花だより 初夏:

« 総集編 短歌の花だより 春 | トップページ | 総集編 短歌の花だより 梅雨 »