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2011.12.05

総集編 短歌の花だより 夏

    総集編 短歌の花だより 夏

 

   わが家のヤマユリの旗

 一月に 植えたヤマユリ 二つとも
 梅雨吸い取って
 背丈グイグイ

 ヤマユリが 咲いていたよの メールくる
 見にいきたいね
 夜中の思案

 美しさ 何にたとうか 
 ヤマユリが
 わが庭先に 咲いたこの朝

 「ク、ク、ク、クッ」 男泣きする 夜もあるさ
 家に帰れば
 ヤマユリ盛り

 ヤマユリを わが旗として たたかわん
 ジャンヌのごとく
 平和掲げて

 ジーという セミの合唱 聞きながら
 ヤマユリたちは
 白のほほ笑み

 ヤマユリに
 「北上(きたかみ)夜曲」 思い出す
 「匂い優(やさ)しい…」  歌って下る

 二〇〇四年五月十九日、雨。もう本当は梅雨入りしているのでしょうね。
 庭のヤマユリ二本の丈は五十センチメートルを超えました。
 花の咲くのを楽しみにしています。
 七月三日。名古屋市に出張していて、夜中に家に帰ってきたら、花の写真を撮っている男性Sさんからメールがきていました。
 東京都府中市の浅間山(せんげんやま)で「ヤマユリが咲きました」というお便りと、ヤマユリの写真です。
 さすが、奇麗な写真です。
 まだ、二本くらいしか見つけることができなかったとのこと。「来週ぐらいからなのだろうか」。よーっし。
 しばらく前、わが家の玄関先にヤマユリの球根を二つ植え込みました。せっせと水だけはやっていました。一本は三つの、もう一本は五つのつぼみをつけました。
 そして、七月六日朝。三つのつぼみのほうの一つが開いていました。全開ではありませんが、みごとな気品のある花です。
 カメラを持ってきて記念撮影。
 それにしても二本とも自分の重さで倒れそうです。
 ステッキを支え木にしました。
 三首目は、七月十二日午前一時に、仕事を終えて、わが家に帰り着いた時の思いです。ヤマユリの花が三つ美しく咲いていました。
 メーラーを開くと、Sさんから新しいヤマユリの写真が届いていました。
 ところで、少女・ジャンヌ・ダルクのことです。
 フランスとイギリスとの間の戦争で、彼女が、神のお告げをきいて立ち上がり、イギリス軍に取り囲まれたフランス軍の最後のとりで・オルレアンを解放します。
 その時、彼女が携えていた旗にユリの花が描かれていたといいます。
 浅間山(せんげんやま)の夏は群れ咲くヤマユリです。
 と、いいながら、ことし二〇〇四年は、なかなか足を運べませんでした。
 七月十四日、とにかく明日の朝はいこう、とにかく午前零時になるまでに寝よう。うまくいきました。十五日は午前七時に起床。七時半から自転車でゴー。三十分で到着。
 少し上ると山はセミの合唱でおおわれます。
 ここにも、あそこにも。ヤマユリです。
 ヤマユリを見ていて「北上夜曲」(作詞・菊地規、作曲安藤睦夫)の一番の歌詞を思い出しました。
 「匂い優しい 白百合の 濡れているよな あの瞳 想い出すのは 想い出すのは 北上河原の 月の夜」
 作詞者の菊地規(のりみ)さん(一九二三-八九年)は、岩手県江刺市出身。作曲者の安藤睦夫さんは、その友人で岩手県種市町出身です。
 菊地さんは、水沢農学校の生徒でした。
 同校に、安藤さんという配属将校がいました。
 菊地さんと安藤さんは江刺市愛宕(おだき)の下川原の同じ下宿に住んでいました。
 八戸中学校の生徒だった安藤睦夫さんが、叔父の安藤将校の下宿を訪れて、菊地さんと出会います。
 二人は意気投合し、歌をつくる約束をしました。
 一九四〇年十二月、安藤睦夫さんに曲をつけてもらうために、菊地さんが初めて作詞したのが「北上川のささやき-今はなき可憐な乙女に捧げるうた」。 
 安藤さんが、それを作曲したのは翌四一年二月のことでした。
 それが「北上夜曲」です。
 以下、岩手県の北上観光協会のホームページから。
 〔日華事変の中の昭和16年2月、まさに軍歌行進曲全盛の中で、「北上夜曲」は生まれた。当時、作詞者の菊地規さんは18歳、作曲者の安藤睦夫さんは17歳。歌にもりこまれた青春のロマンチシズムは、軍国の風潮に対する若者の、ささやかな反抗でもあった。
 師範学校の寮で、菊地さんはオルガンを弾きながら、級友と北上夜曲を歌った。この級友たちは、やがて小学校の教師として岩手県内の各地に赴任した。安藤さんは戦時中の勤労動員先で、仲間と北上夜曲を合唱した。
 こうしてこの歌は、暗い時代に咲く日陰の花のように、岩手県の若人の胸にひろがり、やがて敗戦を迎える。
 ……〕
 このページにもヤマユリの写真が載っていました。
 浅間山は、標高八〇メートル。浅間町四丁目、若松町五丁目にあります。JR中央線「武蔵小金井」から京王バス府中行き、「浅間町」下車です。
 おっと、そろそろ出勤です。本日は泊まり勤務です。

   白いキョウチクトウは緑の中で

 白、一重 緑の中に 輝くよ
 キョウチクトウを
 見つめてる朝

 二〇〇四年七月五日午前。千葉県流山市の若い女性の平和のメッセージをのせたはがきを受け取りました。「陽の光の下で、何の恐怖もなく、大の字になって転がれる日が、イラクの人たちの近い未来に訪れるように、今私にできることを考え、声にだそうとする毎日です」
 この日、出勤の道でキョウチクトウに出合いました。白い一重の花です。白いプロペラといった感じの花で、テイカカズラに似ています。
 キョウチクトウは、キョウチクトウ科キョウチクトウ属です。
 キョウチクトウといえば、すぐ「夾竹桃(キョウチクトウ)のうた」(作詞・藤本洋さん、作曲・大西進さん)を口ずさんでしまいます。
 「夏に咲く花 夾竹桃 戦争終えた その日から 母と子供の おもいをこめて 広島の 野にもえている…」
 一九六九年の第十五回原水爆禁止世界大会で発表された曲です。
 妻の父は、水中の特攻隊員でした。片道ガソリンの五人乗りの小型潜水艦でアメリカ軍の艦船に「突撃」する訓練をしていたのです。訓練中にアメリカ軍機の攻撃で重傷をおって広島県呉市の海軍病院に収容されていました。四五年八月六日、アメリカ軍機が広島市に原爆を投下。被害者たちが義父のいた病院にも押し寄せました。押し出されたかっこうで義父たちは列車で鳥取県の病院に移送されました。その途上、広島駅で見た広島市の惨状……。
 広島の、長崎の、沖縄の、日本国中の「キョウチクトウの思い」は「平和」です。

   スイレンの根っこに託す思い

 独立の マレーシアの意気
 スイレンに 託す小説
 胸熱くして読む

 このところ、出勤の道の楽しみは東京都国分寺市の市立もとまち図書館の入口脇にある「リサイクル図書」コーナーに立ち寄ることです。図書館で使っていた本を無料でわけてくれるのです。
 二〇〇四年七月九日。ここで三冊ゲット。
 その一つが 『スロジャの花はまだ池に』(アディバ・フミン著、松田あゆみ訳、段々社)です。
 スロジャの花は、スイレンの花のことです。
 西洋流の教育をうけ、英文学やクラシック音楽を愛する政府高官の一人娘ディアナ(愛称アンナ)。恋人の、現実主義的な若手官吏のルスリとの婚約にためらいを感じています。そんな中、アンナは、大学で民族学を学ぶ従兄リドワンに次第に心ひかれていきます……。一九五七年八月三十一日のイギリスからの独立後のマレーシアに新しく出現した中流知識階級の人々の生活を背景に、二つの恋に迷いながらも、自己の根ざすべき場所を探し求めるていくマレーシアの娘ディアナを描いた青春小説です。
 スロジャの花が、この小説の中で描かれているわけではありませんが、野の池に根を張って花を咲かせる野生のスイレンのように、自分の生まれ、育ったマレーシアの地を踏みしめて生きる決意をする主人公ディアナを象徴しているようです。
 以下、この小説の最後のページのディアナとリドワンの夜中の二時の電話でのやりとりです。
 ディアナ 「わたし、自分の根がどこにあるかが分かったの」
 リドワン 「その場所は、どこだったの、アンナ?」
 ディアナ 「わたしの根が今、掴(つか)んでいる、このマレーの土地よ」

   オニユリの不思議

 完ぺきな おしべ、めしべを そなえてて
 胚(はい)なき種を
 つくるオニユリ

 オニユリの 茶色の花粉 腕につけ
 アップ、アップで
 迫っているよ

 うつむいて咲くオニユリ。
 花は午前二時ころから咲き始め、二、四時間で咲き切ります。
 花びらのような外側の三枚は、がくが変化したもの。その内側が本当の花びらです。六枚とも、オレンジの地に黒っぽいたくさんの斑点がついています。
 めしべが一本。それを囲むように六本のおしべが花の奥からのびています。おしべの先には茶色の花粉がもりあがっています。
 キアゲハが蜜を吸いにやってきて、受粉の手伝いをします。
 めでたく種ができることがありますが、それには胚がありません。したがって、種は芽を生み出すことはありません。
 原産地の中国や対馬のオニユリには、種で育つオニユリもあるというのに、僕らの接するオニユリは、どうして、こんなふうになったのでしょうか。
 僕らのオニユリは、葉のつけねに育つたくさんのムカゴ、根に育ついくつかのキゴ、新しい球根から新しいオニユリを育てていきます。
 以上、ほとんどの知識は、二〇〇四年七月十三日に読んだ『科学のアルバム ユリのふしぎ』(今井國勝著、あかね書房)によるものです。
 「…日本の野にさくオニユリは、突然変異でうまれ、実ができなかったり、できてもたねに胚を育てるしくみのないユリなのです。
 でも、オニユリは、たねにかわるいのちをたやさない方法として、球根をはじめ、たくさんのキゴやムカゴを育てます」
 二首目は、二〇〇四年七月十六日、泊まり明けで最後の気力を振りしぼっての撮影です。

   ヒマワリ一花(ひとはな)の二千の種

 一花に 二千もの花 集め持つ
 ヒマワリ花の
 二千もの種

 ヒマワリの花は、外側のものだけではありません。
 その内側のリング状の所も花。
 中心の円い所も花。
 ヒマワリの花は、外側から一枚一枚めくれるように咲いていきます。咲き始めてから約一日半で、ぜんぶが開き終わります。
 これも二〇〇四年七月十三日に読んだ『科学のアルバム ヒマワリのかんさつ』(写真・叶沢進、文・白子森蔵、あかね書房)による知識です。

   ヤブカンゾウは川音を聞きながら

 街中(まちなか)の
 仙川の音 聞きながら
 ヤブカンゾウが 群れて咲いてる

 二〇〇四年七月十七日。休み。午後からオートバイで東京都三鷹市、調布市内の仙川に沿って走ってみました。気に入ったのは平和の像のある仙川公園、ヤブカンゾウがいっぱい咲いていた仙川遊歩道です。
 平和の像については、以下の三鷹市のホームページに載っていました。
 〔みたか百周年記念事業の一環として、平成元年11月、故北村西望氏の代表作「平和祈念像」を、三鷹の平和のシンボル「平和の像」として、建立したものです。
 この像の原型は、長崎市に建立された像をもとに作成されました。作者の北村西望氏は、三鷹市に隣接する井の頭公園内にあったアトリエで、長年、創作活動を続けられ 、その間、市内の小学校と交流を深めるなど、三鷹市と深く関わりをお持ちでした。
 「平和の像」の建立にあたっては、市民による組織「みたかに平和の像をつくる市民の会」が発足し、募金活動によって、多くの市民からの浄財が寄せられました〕
 ヤブカンゾウは、ユリ科ワスレグサ属です。
 ヤブカンゾウは八重、ノカンゾウは一重です。
 ヤブカンゾウの染色体は三倍体で、生殖細胞が正常に分裂できないため、花は咲いても実を結ぶことはありません。地下茎が分株して繁殖します。

   ハイビスカスは「恋の花」です

 つぼみ持つ ハイビスカスの 鉢買って
 夕焼け空に
 向かって帰る

 玄関の 淡い灯(ひか)りに 照らされて
 ハイビスカスは
 咲いて待ってた

 泊まり明け 夕闇時に 帰り着く
 ハイビスカスは
 「お先に寝るわ」

 熱射日に 枯れかけていた
 ハイビスカス
 四つの花を 咲かせたこの朝

 タヒチでは ハイビスカスは 恋の花
 その花々の
 真中にたたずむ

 雨を得て ハイビスカスが 輝いて
 「元気になって」と
 歌っているよ

 ハイビスカスの別名はブッソウゲ。植物分類 アオイ科ハイビスカス(フヨウ)属の常緑低木です。
 二〇〇四年四月二十九日夕方、泊まり明けのぶらぶら歩きの終点近くの花屋さんで立ち止まりました。ハイビスカスの鉢があったのです。欲しかった花です。鉢を二つ買いました。
 意外に早く咲きました。
 二首目は、四月三十日夜のことです。
 三首目は六月八日のことです。
 梅雨の季節の猛暑に庭のハイビスカスの葉が枯れそうになっていました。
 で、被害にあっていた鉢たちを日陰に移し、何日も、せっせと水をやりました。
 ハイビスカスは生きかえり、つぼみをつけはじめました。
 七日十二日。出勤前に、玄関脇のハイビスカスを見たら、やっほー、オレンジの花が四つ咲いていました。
 「しずおか国際園芸博覧会 第二十一回全国都市緑化フェア 浜名湖花博」が開催中です(二〇〇四年四月八日から十月十一日まで)。
 七月二十日午後、いってみました。
 ここの「花みどり未来館」のハイビスカスのコーナーに、こんな表示がありました。
 〔漂白の画家ゴーギャンが愛した南の島タヒチ。
 この島に生まれた乙女は、人を恋する年齢に達すると、恋を求めるサインとしてその右耳に一輪のハイビスカスを飾るという。そして生涯の伴侶が見つかると花は左の耳へ移り、エンゲージフラワーになります。
 ハイビスカスはいわば「恋の花」。
 この花が恋を象徴するとされるのは、その命がきわめて短く、一日花だからだといいます。
 だから、乙女たちは、毎朝露にぬれて咲くハイビスカスを摘み、右耳にかざります。
 「この花のように常に新鮮な乙女でありたいと……〕
 ハワイ州の州花、グアムの島花やマレーシアの国花でもあります。
 ハワイでも、花を右耳にさす女性は未婚、左は既婚者という習慣があるといいます。
 ポール・ゴーギャン(フランス。一八四八-一九〇三年)は、後期印象派の画家です。
 ゴーギャンが、フランスの芸術特使として南太平洋のタヒチを訪れたのは一八九一年、四十三歳の時です。フランスの港を出てから二カ月の船旅でした。
 当時、タヒチはフランスの植民地でフランスは、ここに総督を送り込んでいました。タヒチの都市・パペーテの人口はおよそ三千人。人口の一割にも満たないフランス人が、タヒチの政治、経済を仕切っていました。
 そこでゴーギャンが見て、描いたものは……。
 ところで、「浜名湖花博」。非常に不快なコーナーもありましたが、全体としては一見の価値がありました。
 二〇〇五年五月三十日、風邪をひいてダウン。寝巻きのまま庭にでると、黄色のハイビスカスが奇麗でした。

   ブーゲンビリアの透けるような赤

 青空を 背景にして 咲き誇る
 ブーゲンビリアの
 透きとおる赤

 高知県で「借地農民」をやっている弟と二人、二〇〇五年一月六日から十日までフィリピンにいってきました。
 日本の夏の暑さでした。
 ここでは、出合った花たちを紹介します。
 ● マニラのラサール公園、マラテ地区、コレヒドールなどで、いつも温室で見ている白い花が咲いていました。
 プルメリアです。
 キョウチクトウ科プルメリア属。和名は、インドソケイです。
 この写真はマニラで。
 ● マニラ、コレヒドールなどでハイビスカスを見ました。
 アオイ科フヨウ属です。
 写真は、マニラで。
 ● ブーゲンビリアを、九日、コレヒドールで撮りました。これも、いつも温室で見ている花ですが、青空の似合う花です。
 オシロイバナ科イカダカズラ属です。
 ● コレヒドールでパパイヤの花に出合いました。これは初めてです。
 パパイヤ科パパイヤ属です。

   赤いアマリリスがぱっと咲いたよ

 「二カ月後 ぱっと咲いてね」
 アマリリス 球根四つ
 植える夕時(ゆうどき)

 球根を 植えて育てた アマリリス
 三九度の日
 赤く咲いたよ

 二〇〇四年六月二十八日。朝からハードに「走りました」。
 夕方、一日の疲れ休めの買い物。やっぱり花に手が出ました。白、赤の花が咲くアマリリスの球根です。「植えてから七十日位で大輪の花が一茎から三~四輪咲き大変見事です」とあります。
 「この花がアマリリスか」と、ちゃんとわかったのは、この日、この店で見てからです。実は、あまり花のことはくわしくないのです。
 以下、にわか知識です。
 アマリリスは、ヒガンバナ科ヒペアストラム属です。
 南アメリカ原産。ヒペアストラム属の植物を原種として生まれた園芸種だといいます。
 そういえば、「アマリリス」(岩佐東一郎作詞、ギース作曲)という歌がありますね。「みんなで聞こう 楽しい オルゴールを ラリラリラリラ しらべは アマリリス…」。よく考えると「しらべは アマリリス」って何だろうとわからなくなりますね。
 「恋のアマリリス」(作詞・西条八十、作曲・服部良一)という歌もあります(実は、この日まで知りませんでしたが。一九四九年発表のものだそうです)。「赤い花びら アマリリス 窓にやさしく 咲いた日に 私の胸にも 春風吹いて…」。アマリリスは、春の花なんでしょうか。
 七月二十日。東京では三九・五度にもなったといいます。
 その日夜、愛知県、静岡県の旅行から帰ったらアマリリスの花が四つ咲いていました。
 球根を植えて咲かせた花。僕の五十七年五カ月の人生では、最近のヤマユリに続いて二度目の体験です。

   エゾスカシユリはオレンジに輝く

 花の基(もと) きゅっとくびらせ 
 オレンジに 輝いている
 エゾスカシユリ

 僕の歌集『あなたに贈る短歌の花束』(さがらブックス)を読んでいただいた北海道日高地方の女性から自筆の花の絵を二枚いただきました。野の花や自然が好きで、よくスケッチをして歩くというかたです。二〇〇四年七月二十八日のことです。
 一枚は、エゾスカシユリ(蝦夷透百合)。ユリ科ユリ属。北海道の海岸草地や山地の岩場などに生える多年草です。茎の先に一-五個ほどの花が上向きにつきます。花弁は六枚で濃い斑点があり、基部付近が細くなって、隙間ができます。花の色は明るいオレンジ色から朱色に近いものまであり、蛍光色のようなあざやかな色合いです。いただいものはオレンジです。
 もう一枚は、エゾハナシノブ。ハナシノブ科です。北海道、本州中部以北に分布する日本固有種です。山地のやや湿った岩地に生える多年草で、シダのような葉をたくさん生やし、株になります。青紫色の美しい花を咲かせます。しかし、「めったに見られなくなりました」とのことです。
 ところで、この日夜中から雨が降りました。
 ひさしぶりの雨で気持ちのいいこと。

   コスモスは風の申し子

 「さぁ、止まれ」
 カメラを構え 念じてる
 コスモスたちは 風の申し子

 コスモスの 畑を過ぎて
 おさなごは
 ブランコ見つけ 青空に舞う

 「…コスモスはとてもねばりづよい植物です。風や雨で地面になぎたおされても、地面についたところからどんどんあたらしい根がはえはじめます。そして、くきは、とちゃうからおきあがって上にのびていき、空にむかってうつくしい花をさかせます」(『科学のアルバム別巻 夏休み植物のかんさつ』、文・石原幸夫、監修・大後美保、あかね書房)。
 短歌は、二〇〇四年七月二十九日、出勤の道で。
 最近、出勤のとき、東京都国分寺市の、市立もとまち図書館が開いていれば、立ち寄っています。
 目当ては「リサイクル図書」です。
 九月十七日も、三冊いただいてきました。
 そのなかの一冊が『一つの花』(今西祐行、ポプラ社)です。
 太平洋戦争のときの話です。
 出征する夫を駅で送る妻と、幼い娘の「ゆみ子」。
 夫は「プラットホームのはしっぽの、ごみすて場(ば)のようなところに、わすれられたようにさいていた、コスモスの花(はな)」を見つけて、一輪のコスモスをとってきて「ゆみ子」に渡します。
 夫は、よろこぶ「ゆみ子」を見て、にっこり笑うと、なにもいわず汽車にのっていってしまいました。「ゆみ子」のにぎっている花をみつめながら。
 ……
 この物語の初出は、一九五六年刊の本です。
 僕が、小学生のときです。
 戦争といえば、母の姉の夫が戦死しています。
 本籍・高知県高岡郡佐川町甲一四〇九番地、坂本秀吉。
 海軍上等主計兵。
 所属部隊・第七五五航空隊。
 一九四四年八月十日、マリアナ諸島グアム島において敵部隊と交戦中に戦死。
 それ以外は、わかりません。
 三十歳を過ぎてから、大元帥・昭和天皇に侵略戦争に動員され、アメリカ軍に殺されました。
 母の姉は、戦後、ずーっと独り身でした。
 さびしい人生だったと思います。
 そして、亡くなりました。
 彼女にかわって、いつか、「どういうふうに亡くなったのか」を、つきとめたいと思っています。
 同年十一月四日、休み。
 午後から、久しぶりに娘・カナの家にいきました。
 娘、娘の長女エミ・四歳、二女ユリ・七カ月と計四人で散歩。
 二女はベビーカー、長女は自転車(補助車つき)。
 目的地は上祖師谷(かみそしがや)三、四丁目の東京都世田谷区の祖師谷公園。
 中に仙川が流れていました。
 エミは、広場で走り回って楽しんでいました。
 ユリは、座れるようになり、表情が豊かになりました。

   キツネノカミソリを撮りたい

 メールあけ キツネノカミソリ 楽しんで
 「どこで見れるか」
 夜中の思案

 泊まり勤務を終えて二〇〇四年八月十一日午前零時過ぎ、やっと帰りついたら兵庫県西宮市の男性がメールをくれていました。大阪府茨木市で撮ったというキツネノカミソリ(狐の剃刀)の花の写真が添付されていました。
 僕の知らない花です。
 調べてみるとありました。ヒガンバナ科ヒガンバナ属です。 葉は夏には枯れ、そのあと花茎を伸ばし、黄赤色の花を数個つけます。
 この日は休み。でも、夕方には職場に顔をださなくては…。
 妻は仕事を休んで早朝から人間ドックに。
 ご飯を炊いておいてくれたので、それで「朝昼食」。
 さぁ、「出勤」です。
 途中で東京都の国分寺駅近くの東京都立殿ケ谷戸庭園をのぞいたらキツネノカミソリが咲いているというのです。
 「激写」しました。
 それにしても写真を撮るというのは、かなり激しい肉体労働なのですね。汗まみれになってしまいました。

   カラスウリ真っ白な糸張る

 真っ白な 糸張るという カラスウリ
 ぜひ見たいよね
 あと二カ月後

 三十歳代までは、花のことは、ほとんど意識しませんでした。
 すこしずつ花に興味を持ち出して、いまは「花と出合いたい」は「欲望」に近い感じです。
 いま見たい、撮影したいのは「夕闇に咲くカラスウリの花」。
 カラスウリは、ウリ科カラスウリ属です。樹木などにからみついて蔓(つた)を伸ばしています。
 夏の夜に、花弁の縁が糸状に長く伸びる花を咲かせるといいます。
この花弁は、つぼみの時には折りたたまれているのですが、時が訪れると十分ほどで開ききります。糸の一本一本がみるみる伸びていくそうです。
 開花時刻は日没前後、翌朝にはしおれてしまう一日花だということです。
 どこか、近くに咲いていないかなぁ。
 少し遠くったって(日本列島だったら)、いくのだがなぁ。
 咲いている場所を、ご存知のかた。お教えいただけませんか。

   ヘビウリの白糸五弁の花

 ヘビに似た 瓜つくりだす 植物の
 花のかわいさ
 白糸五弁

 二〇〇四年八月二十七日午後、高知市の五台山の高知県立牧野植物園にいってきました。
 とにかく暑い日でした。
 最初に温室に入ったものだから、暑いのが倍増。くらくらしながら歩いているとアーチ型の棚に一メートル五十センチくらいの白い緑色のヘビが、いくつもぶらさがっています。
 よく見ると植物の実です。
 ヘビウリだそうです。
 その花を見ると白い糸のかたまりのような五弁の美しいものでした。
 ウリ科カラスウリ属。原産は熱帯アジア。
 植物園の裏口から下山してきましたが、ここから下りれるだろうといった先で「いきどまり」。そのうち脱水状態、熱射病状態になりながら地上にたどり着きました。自動販売機で水を買って、一気に飲み、近くの市立青柳中学校で一休みして、ゆるゆると回復しました。

   ノボタンのくねくね雄しべら

 泊まり明け ご苦労様と
 みずからの ねぎらいのため
 ノボタンを買う

 ノボタンの くねくね雄しべら 誘ってて
 立ちつくしてる
 泊まり明け午後

 二〇〇四年八月三十一日の出来事です。
 ノボタン(野牡丹)は、 ノボタン科属名 チボウキナ属の常緑低木です。
 紫紺色の大輪花を咲かせます。
 おだやかな感じの花です。
 この日、サフランの球根を買い、庭に植えました。
 ところで、優しいものいいの大切さを感じる、きょう、このごろです。
 この日も、歯科医にいきましたが、その男性の歯科医師がおだやかで優しいものいいで感心します。
 来週あたりから入れ歯が入ります。生まれてはじめてです。
 奥歯がなくなっているので、よくかまない、それで太るというのが僕の考えです。
 今年中、徹底的に治療して、スリム化作戦をと思っています。
 ところで、妻の父は、九月十一日、十二日に「最後の戦友会」に参加するそうです。海中の特別攻撃隊員でした。会も、その基地があった香川県小豆島のホテルで開かれます。妻も参加するように手配中です。
 十月七日朝、東京都国分寺市、市立もとまち図書館前。
 ここの前の花の写真を撮っていました。花は、紫の小花が上下にあって、ぱかっと口をあけた形になっています。ずーっと何という花かわからないでいます。
 すると前のマンションのほうから男性の声がかかりました。
 「もしもし、ここにも奇麗な花がありますよ。撮ってください」
 男性は、いつも出勤時に見かけている、このマンションの管理をしている人でした。
 その花は、玄関近くの花壇の、僕が、このところ楽しんでいた大きなノボタンでした。
 「ノボタンですね。ずいぶん長く咲いていますね」
 「もう二カ月咲いています。一日花ですが、次々咲いています」
 このマンションの周りは、いつも奇麗な花がいっぱい。
 この男性が世話をしていたんですね。
 知り合えてよかった。
 十月二十四日夜中、仕事の帰り道の渋谷区千駄ヶ谷の道脇で大きなノボタンを発見。しばらく見入りました。
 ここのノボタンは、二〇〇五年一月にも咲き続けていました。
 ノボタンは、ノボタン科シコンノボタン属。十個ほどの長い雄しべを持っています。

   サギソウの飛んでいる写真

 サギソウを 飛んでるように 撮りたいな
 来夏までの
 僕の目標

 二〇〇〇四年十月二十日の朝日新聞朝刊「多摩」のページに、東京都立川市、昭島市の国営昭和記念公園のサギソウ栽培の記事が載っていました。
 ここには二〇〇三年夏にサギソウを撮りにいきました。しかし、どうも気に入る写真になりませんでした。
 来年はいって、いい写真を撮りましょう。それまでに写真の腕を上げなくては。

   ツタの葉のはし置き

 ツタの葉の はし置きの出る
 レストラン
 なごんで待ってる 和食のランチ

 二〇〇四年十二月十八日午後、妻と自転車で「お出かけ」。
 まずは東京都小金井市貫井南町五丁目の若い夫婦のやっている小さなレストランへ。
 雰囲気が良くて、おいしい。妻のお気に入りの店です。
 ツタは、アイビー(Ivy)ともいいます。
 ブドウ科ツタ属です。
 夏に緑色の花が咲きます。秋には黒っぽいブドウに似た実がなります。

   クワイって食べたことがないけど…

 おせちには クワイがつきもの
 そうなのか
 正月料理と 縁ない暮らし

 二〇〇四年十二月二十日夕、テレビでおせち料理にはつきものというクワイの紹介をしていました。
 残念ながらクワイって食べたことがありません。
 考えてみれば、おせちとはあまり縁のない五十七年間でした。
 正月には仕事というときが多かったしね。
 仕事でなければオートバイのツーリング(最近では海外旅行)をしていたしね。
 家族団らんというのは、あまり僕の人生にはなかったね……。
クワイは、オモダカ科オモダカ属。水生多年草です。原産地は、中国。
 球茎が、正月料理に利用されます。
 夏の終わりごろ、白い三弁の花を輪状に咲かせます。

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